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「有明海の豊かな海はどうして悪化したか」(その1)

2001.04.24
解説

「有明海の豊かな海はどうして悪化したか」諌早湾干拓事業を中心に物理的観点から

宇野木 早苗
(元東海大学教授、元理化学研究所主任研究員)


目次

  1. はじめに
  2. 諌早湾干拓事業とは
  3. 堤防締切による有明海の顕著な潮汐の減少
  4. 潮汐減少に伴う意外に多い有明海の干潟喪失面積
  5. 堤防締切が有明海の潮流に及ぼす影響
  6. 埋立干拓によってなぜ潮汐と潮流は減少するか
  7. 信頼度が乏しい環境影響評価書の潮汐潮流計算
  8. 潮汐・潮流・干潟の減少が有明海の環境に与える悪影響
  9. 河川流量の減少が有明海の環境を悪化させている可能性
  10. むすび ― 有明海の環境保全のためには総合的視点が不可欠

1.はじめに

ノリの大凶作と共に、赤潮発生の激増、貝類の激減、漁獲高の著しい低下などのため、有明海沿岸の漁民が諌早湾の干拓事業について厳しい批判を行なっています。また漁業だけでなく、この事業が有明海の生態系や自然環境に与える悪影響についても、研究者たちが以前から指摘してきました(文献1)。

たまたま筆者は、自然環境の保全に尽力しておられる日本自然保護協会から資料を送られて意見を求められ、この問題を考える機会を与えられました。さらに 2001年4月初めに同協会の厚意によって、これまで沿岸と河川の環境保全に努力してこられた友人の西條八束名古屋大学名誉教授と共に、現地を巡って事業の実態を認識し、またこの問題に詳しい長崎大学の研究者の方々から事情をお聞きして意見を交換することができました。

この結果筆者は、自分の専門分野(海洋物理学)から見て、(1)諌早湾の干拓事業は有明海の潮汐と潮流を明瞭に減少させているが、環境影響評価書では再現されていないこと、(2)この潮汐潮流の減少の効果、およびこの減少と堤防締切によって有明海全体で干潟が大量に喪失したことが有明海の環境を悪化させていること、(3)有明海の環境を回復させるためには有明海全体を見渡す総合的視点が必要であるのにこれが欠けていること、などを痛感しました。

現在農水省の(通称)第三者検討委員会の結論にしたがって、諌早湾の水門を開けて干拓事業の影響を把握するという状況になっています。その際、上記の総合的視点を十分に考慮した調査が行なわれないならば、将来禍根を残すことになると考えられるので、解析のまだ初歩的段階ではありますが、取り急ぎ結果をまとめて報告する次第です。

とくに上記の総合的視点を強調するのは、瀬戸内海における筆者の経験からです。いまから3,40年前の瀬戸内海は、激しい沿岸開発が広範囲に行なわれた結果、瀬戸内海は自然浄化能力を失い赤潮の海と化して深刻な環境問題が生じていました。この基本的原因は、各地における個々の開発や事業が地先海域への影響のみを考慮して、無秩序に実施された結果であると私たちは考えました。そこで瀬戸内海は一つながりの海であり、個々の事業や海域のみを注目せず、瀬戸内海全体を考慮した対策を行なうことが不可欠であることを示す研究結果を発表しました(文献3)。

この研究内容は末尾の付属資料に示すように新聞第一面に大きく掲載され、環境問題に悩む関係方面に大きな衝撃を与えたように思われます(1970年)。その後この方向に沿って瀬戸内海沿岸の関係府県や政令都市の全首長が集まって洋上会談が開かれ、やがて瀬戸内海臨時措置法(1973年)さらに瀬戸内海特別措置法(1978年)へと発展して、瀬戸内海の環境の管理と保全が図られるようになりました。また通産省中国工業技術試験所(当時)では野球場が一つすっぽりと入る世界最大級の瀬戸内海水理模型が建設されて研究が推進されました(1973年)。

意見を求めた日本自然保護協会への報告書を兼ねるこのレポートでは、これまであまりきちんと議論されて来なかった物理的観点を中心にして、上記の筆者が感じた問題点とその理由を述べたいと思います。

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