NACS-Jは、昨年(1993年)12月20日、塚本隆久・林野庁長官と、速見統一・前橋営林局長に「群馬県、福島県におけるイヌワシ繁殖・生息地の保全に関する意見書」を提出した。
要旨は、
1.群馬県三国高原と福島県博士山地域の森林内にあるイヌワシの営巣地の保護措置を講じ、イヌワシとその生息域にある開発計画の関係を把握する調査の要請。
2.国有林内のイヌワシの生息域を保全する、具体的な方策を講じる要請。
3.その際、イヌワシという種の保護だけでなく、イヌワシを指標にして自然環境を総合的に保全する措置を講じる要請、
の三点(意見書全文参照)。
これらを、国有林を管理する林野庁と、今回事例にあげた二地域を管理する前橋営林局に提出した。
NACS-Jでは、イヌワシを森林生態系を保護する際の指標の一つとして注目している。イヌワシはノウサギや大型のヘビなどを餌とする森林生態系の食物連鎖の頂点に位置する猛禽類である。この頂点に立つ生物が生息し続けていることは、それを支える生物相が豊かであること、つまり生物の多用さとその安定を示しているからである。
だが、イヌワシは個体数が減少し、それに伴って全国で繁殖率が低下しつつあり、現在絶滅の危機にある。イヌワシのような大型猛禽類が安定して生息し繁殖し続けるためには、十分な生息場所の保全が不可欠である。保全策を立てるためには行動圏やその中のどこをどう利用しているかを、生息地ごとに明らかにすることが重要だ。これまではそれがなされず、人間の都合だけで開発が進められてきたために、イヌワシが生息できる条件を備えた自然環境が次々に失われてきた。
今回の意見書では2ヶ所の事例をあげた。
一つは群馬県の三国高原地域である。ここは、群馬県がリゾートエリアに指定し、それにあわせて林野庁が森林空間利用林にしている国有林で、(株)コクドによるスキーリゾート開発が計画されている。これまで、新治村の自然を守る会会長岡村興太郎さんらが自然保護のための活動を続けてきた。
NACS-Jはこれに協力し、1991年1月に保護部長・横山隆一が守る会と合同の現地視察を行ない、開発予定地のムタコ沢で二羽のイヌワシが飛翔しているのを確認した。この谷の中での初めての観察記録である。これがきっかけで守る会会員によるクマタカやイヌワシなどの猛禽類生息調査活動が始まった。昨年はこのイヌワシのものと考えられる営巣地が新治村内で発見され、つがいでこの地域を利用していることも確認できた。
しかし、このつがいの行動圏や内部の利用状況など詳しいことはまだわかっていない。綿密な調査を実施し、その結果に基づいて事業を評価し保全対策が講じなければ、このイヌワシの生息は危うくなる。
もう一つの事例は、福島県博士山である。イヌワシの生息地には県が広域基幹林道大滝線の開削工事等を計画している。隣接地には昭和村によるリゾート開発も計画されている。
博士山の場合は、これらの計画地がイヌワシの行動圏と重なっていることは、博士山のブナ林を守る会の菅家博昭さんらによって以前から調べてられており、1993年には初めて繁殖も確認されている。当初生息を否認していた県も営巣地を確認してこれを認め、1993年1月から3年計画でイヌワシ調査を行なっているが、「伐採はイヌワシには大きく影響しない」として1993年7月から林道工事を再開している。本来は調査の結果が出るまで工事を中断し、その結果の分析に基づいて計画を見直すべき事業である。
ただし、このイヌワシの巣そのものは民有地にあり、生息域には複数の開発計画がある。解決策を見出すのは難しいが、これらを十分考慮した保全策が講じられなければならない。
イヌワシの保護を制度的に完成させることは、他の大型動物の保護策や、野生動物を含めた森林生態系の保護策の進展に良い事例になるはずである。意見書として情報を提供したことで、行政側の現状把握作業も始まった。NACS-Jでは、今後もこの課題の解決に努力していきたいと考えている。
(渡邊いづみ・保護部)
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