「第3次生物多様性国家戦略(案)」について意見提出 (パブリックコメント)
2007年10月12日
第3次生物多様性国家戦略(案)に対する意見
(財)日本自然保護協会
保護プロジェクト部部長代行 大野正人
保全研究部 道家哲平
(財)日本自然保護協会は、平成18年度に開催された見直し懇談会、平成19年度に開催された中央環境審議会生物多様性国家戦略小委員会に対し、国内の生物多様性の損失状況と国際的動向を踏まえて、生物多様性国家戦略の実効性を高めることの重要性とその実現のための提言を行ってきた。
あわせて、2002年の生物多様性条約第6回締約国会議で合意された「2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に抑える」という2010年目標をはじめとした国際的な生物多様性保全を求める声に、海外の生物多様性の恵みを享受する日本としても真摯に応える必要があることをシンポジウム・セミナー等の開催や会報「自然保護」等を通じて指摘してきた。
まずは、NGOが開催するセミナー等への積極的な参加・協力、全国8箇所での地方説明会の開催、NGOのみならず学会・地方自治体・企業等へのヒアリングなど、策定過程への多様な主体の巻き込みに努力された環境省の姿勢を高く評価したい。一方で、二度目の見直しの機会に、各省庁の施策の方向性を大きく転換させ、生物多様性に関わる関連制度を再構築するまでは至らなかった。そのため生物多様性を損なう公共事業が温存され、戦略的に体系立てられていない諸施策が不効率に続けられる状況は変わらないと懸念する。
生物多様性保全を進める上で求められている取り組みと第3次生物多様性国家戦略(案)に記載されている施策にはまだまだ大きい隔たりがあること、国家戦略が「絵に描いたもち」に終わらず、確実に実行され効果をあげることが何より重要であることを強調したうえで、以下の意見を提出する。
総論意見
意見1:4つの基本戦略と行動計画との整合性をはかるP60 基本戦略
今後5年間の重点施策として設定された基本戦略について、「生物多様性を社会に浸透させる」「森・里・川・海のつながりを確保する」などの方向性は妥当なものであり、限られた予算のなかで基本戦略のうち何の施策に重点をおくかが課題解決には重要であると考える。しかし、その優先度の設定が行動計画と明示的につながっていないため、何が基本戦略に基づいた優先的施策なのかが不明確である。例えば、「生きものにぎわいプロジェクト」といった基本戦略の骨格に相当するものが、他の行動計画と同等のものとして併記されており、優先度が一目では分からない。したがって、基本戦略を基軸とした形式で、行動計画のなかでの優先度の強弱の見える項目立てが必要である。
意見2:行動計画に盛り込まれた数値目標だけでは不十分 P75~ 第2部
生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する行動計画(全般)
行動計画に、数値目標や年次計画(行程)を盛り込むことによって、政府の生物多様性保全への姿勢を明確にするとともに、第3次戦略の進捗状況・効果を評価するための指標にもなりえる。素案(8/22)と比較してみると、NGOや委員からの指摘により、ラムサール条約湿地を2011年までに新たに10ヶ所増やすなどの改善が見られ、わずかであるが数値目標が盛り込んだ努力は認めたい。しかし、環境省の施策でも数値目標が盛り込まれた分野は限定的であり、他省庁と協議が必要なことを理由に自然公園など保護地域制度では具体的な数値は盛り込まれていない。また農林水産省の数値目標は、先に策定された農水水産省生物多様性戦略に挙げられたものを再掲したにすぎない。したがって、環境省内はもとより各省庁の施策にも具体的な数値目標を設定すべきである。
意見3:各施策の束ねあわせでは行動計画とは言えないP75~ 第2部生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する行動計画(全般)
第2部行動計画では、「国土空間的施策」と「横断的・基盤的施策」に分け、テーマごとに「現状と課題」を明記し、具体的施策の「主体」となる省庁を明確にしたことは前進ではあるが、具体的な行動は各省庁の既存事業・来年度事業項目を束ねただけの1,2年の事業計画でしかない。また、第1部戦略「国土のグランドデザイン」示された100年後の目標像に向け、次期戦略見直しまでの5年間でいかに近づけるのかの道筋(行程)が示されておらず戦略との関係が明確ではないため、行動計画とするには十分ではない。そのため、テーマごとに設けられている「基本的考え方」で、その道筋を示すべきである。
意見4:省庁連絡会議ではない、開かれた進捗状況点検プロセスが必要P7 前文(実施状況の点検と見直し)
これまでの国家戦略がそうであったように5年ごとの見直しと毎年の進行状況の点検作業の方法については、第3次戦略では改善されていない。各省庁が自主的に自前施策を点検したものを、傍聴はおろか会議の開催時期や検討事項が公開されていない省庁連絡会議で検証し、審議会で追認するといった従来の方法では、前時代的であり点検作業としての機能を望めない。第3次戦略の中間点検として、NGOや専門家なども参加した公開の場で、進捗状況を検証する機会を設け、その後の行動計画を見直し、次の国家戦略に反映させるべきである。
意見5:生物多様性総合評価を各制度・施策に連携させるP42~43、P238~239、P261~ 生物多様性総合評価
第3次戦略による新しい施策として、日本の生物多様性の状況や動向を総合的に分析評価する「生物多様性総合評価」を打ち出し、「危機状況の地図化」や「重要地域(ホットスポット)の選定」を行い、世界各国へ同様の取組の実施を促していくとしたことは評価し、注目をしている。しかし、重要湿地500がそうであったように重要地域を選定しただけでは意味がなく、危機状況の改善のためには、様々な制度や施策との関係性がはかられなければならない。したがって、生物多様性総合評価と、国土形成計画などの土地利用や保護地域制度、環境アセスメント制度などの制度・施策と関係づけるべきである。生物多様性総合評価が、第3次戦略の基軸となり、様々な成果と効果をあげるものになりえるか否かが、次の戦略の見直しの際にも大きな焦点になると考える。
個別テーマの意見
意見6:重要地域の保全についてP79、重要地域の保全 P240アジア国立公園イニシアティブ
重要地域の保全の(基本的考え方)において、「指定実態や規制内容、管理水準の現状は未だ十分なものとは言えないため、生物多様性の視点からより効果的に機能するよう、必要な取組を進めます」(P79)とするだけでなく、各保護地域制度での個別の取組の推進や連携の強化とともに、保護地域制度の整理統合が必要である。また、多様な保護地域制度が運用されているアジア地域において「アジア国立公園イニシアティブ」を実施するうえでも、IUCN保護地域管理カテゴリーによる保護地域分類など、国際基準に合わせた保護地域制度の検証が求められる。したがって、国立公園制度のみならず保護林や保護水面、自然環境保全地域といった国内の保護地域制度の管理当局にNGOを加えた「保護地域フォーラム(仮)」を立ち上げるなどの省庁横断的取り組みが必要である。また、アジアの国立公園当局の情報交換の場として、「IUCN世界保護地域委員会東アジア会合(IUCN-WCPA-EA)」という枠組みが存在し、3年に1度の頻度でアジア地域の会合を開催している。環境省も、アジアでのIUCNの保護地域プログラムに資金的にもこれまで継続した協力を実施していることを鑑みれば、この枠組みを有効活用するべきである。
意見7:自然公園についてP81~ 2.自然公園
自然公園制度をより生物多様性保全の役割を担う制度とするには、自然公園法の見直し時期にきているこの機会に、目的条項に生物多様性保全を盛り込んだうえで、指定の基準や管理計画などを再構築すべきである。昨年度環境省で行われた「国立・国定公園の指定及び管理運営に関する検討会」でも同様の付帯意見が出ている。
意見8:ラムサール条約湿地についてP93 ラムサール条約湿地
ラムサール条約湿地について、素案(8/22)段階のものには具体的な数値目標がなかったが、NGOや委員からの指摘により、10カ所という目標を掲げたことは評価したい。しかし、ラムサール条約締約国会議(2005年、COP9)で決議された2010年までに2,500カ所の登録を目指すという世界目標(2005年登録数の約60%増)について、その割合から考えても10カ所ではまだ少ない。国内で用いている登録要件(規模や法的担保の必要性)を締約国会議のガイドラインに即して見直すことも念頭に条約湿地の登録を進めるべきである。
意見9:河川・湿地などについてP147~167 河川・湿地など
第1部戦略で「3.森・里・川・海のつながりを確保する」ことを「基本戦略」として位置づけたうえで、第2部行動計画において、その連続性の重要性や河川の攪乱・ダイナミズムによる生態系形成を認識した記述がされていることは評価できる。しかし、河川に関わる(具体的施策)において、「多自然川づくり」ばかりがあげられており、河川の連続性の確保に向けた施策や自然河川の保全策はなにも書かれていない。「多自然型川づくりレビュー委員会」(国交省設置)では、画一的な形状で計画されたものが全体の9割、モニタリング調査も1割しか行われていないなど多くの問題が指摘され、その反省を受け改めた「多自然川づくり基本指針」(平成18年)でも、本来の河川の生物多様性の保全に貢献できるほどの内容には十分になりえていない。また、連続性を分断する元凶であるダム事業への反省もないまま、「ダム整備等に当たっての環境配慮」などが項目としてあげられていることは理解しがたいため、これらの項目は削除すべきである。そして、本来あるべき姿を残した河川・流域を評価し、河川環境の保全を最優先した河川管理を行う「重要河川域」の選定を環境省と国交省の施策として検討すべきである。
意見10:海岸についてP169 沿岸・海洋(基本的な考え方) P181 海岸環境の保全・再生・創出
再生、情報収集、教育普及といった記述は多く見られるが、海の生物多様性に最も影響をあたえる埋立事業などの開発行為の反省やそれらを今後行わないことを明記すべきである。(基本的考え方)には、沿岸域の保全の強化が謳われているにもかかわらず、特に海岸域の(具体的施策)では、海岸整備ばかりが記述されている。内陸から後背地(後背湿地)~砂浜の海岸植生帯~砂地~潮間帯~海といった海岸環境の連続性の保全を図る旨を明記すべきである。特に、陸側にも海側にも堤防、消波ブロック、突堤、離岸堤などの人工物のない自然海岸の保全を確保することが重要であるが、それらの保全施策も盛り込まれていない。[海岸環境の保全・整備]では、海生生物や野鳥等だけでなく、それらの生息環境でもある海岸植物群落(海浜植生)の保護も明記することが重要である。
意見11:藻場・干潟についてP172 藻場・干潟の保全・再生
国交省は、港湾整備・浚渫土砂の処分などの理由をもとにした現存する干潟や藻場への埋立計画を見直し、保全を図ることを優先すべきである。亜熱帯性海草の移植は泡瀬干潟などでは失敗しているように、海草藻場は造成できるものではなく、また干潟についてもその再生手法は確立していないため、安易に国家戦略に藻場・干潟の造成を積極的に行うと記述すべきではない。
意見12:種の保存及びレッドリストについてP190~ 絶滅のおそれのある種の保全・レッドリスト
レッドリストの更新・公表だけではただの警鐘だけで終わってしまうため、レッドリストインデックスの手法を導入し、「種数の増加」としての悪化のみならず、「危機ランクの高まっている種」の生態系タイプの傾向やその危機要因を明確に分析し示していくことが重要である。レッドリストインデックスによる分析は、生物多様性条約の指標に位置づけられる可能性が高いため、日本でもその導入を明記すべきである。
P191~192 希少野生動植物種の保存
種の保存法の国内希少野生動植物種の選定作業は行政内部で行わず、検討委員会等を設け、公開で行うべきであり、すでに三重県・徳島県の条例にあるような希少野生動植物種指定に関する市民提案システムの導入を検討するべきである。レッドリストをもとに、種の保存法の国内希少野生動植物種の検討について、絶滅危惧Ⅰ類を優先的にすすめる旨の記述があるが、その主な減少要因として「捕獲・採取圧」だけでなく、「開発」も加えるべきである。また、新たに15種程度指定を増やすという数値目標を書き加えた姿勢は評価できるが、生物多様性保全上の目標としては、危機状況を改善したうえで種指定の解除数やレッドリストのランクダウンの目標をあげるべきである。また、保護増殖事業計画の実施状況の点検・評価を行うにあたって、生息地等保護区の指定と合わせて計画制度そのものを見直し、生息地の保全とともに種が回復できる計画制度を目指すべきである。
意見13:環境影響評価と戦略的環境アセスメントについてP279 環境影響評価など、P280 環境影響評価の充実
生物多様性総合評価による重要地域の抽出や地図化といった新たな施策とアセスメントとの関連づけをし、基礎的データの整備をすすめ、計画構想段階において開発による影響を回避できるようにすべきである。また、アセスメントで得られた情報を生物多様性総合評価等でも活用できる情報集約システムも必要であり、2章5節情報整備・技術開発の(具体的施策)として検討すべきである。アセスメントの対象事業については、その対象事業の種類を増やすとともに、開発事業の規模ではなく、開発計画地が生物多様性上どのような価値があるかを検討し、その重要性によってアセスメントを実施するか否かを判定する「生物多様性スクリーニングマップ」やそのスクリーニング基準が必要である。近年のアセスメントでは「事後調査」を理由に、開発事業を押し進める傾向が強い。(具体的施策)にある「(略)環境大臣意見を述べた事業、事後調査を実施することとされている事業について、適切にフォローアップをする」ことは、きわめて重要である。フォローアップの中身として、事業者に対する遵守の徹底、事後調査の実施状況の監視、予期せぬ悪影響の発生や影響予測が外れた場合の開発事業の一時中止や計画変更を行う仕組みを環境影響評価法で制度化し、フォローアップ状況を公開することが必要である。
P281 戦略的環境アセスメント(SEA)の導入
昨年に策定された第三次環境基本計画において、SEA制度導入に向けた積極的な記述を発端に、環境省では「SEAガイドライン」を策定し今年4月に公表した。SEAは、計画構想段階から環境影響を回避・低減をし、計画を見直すことにより生物多様性保全への貢献が期待できるしくみであるため、第3次戦略では、環境基本計画よりも前進させ積極的にSEAの法制度化を進める記述をすべきである。
意見14:学校教育についてP232 学校教育
現在、環境教育の範疇はとても広く捉えられており、学校現場ではその一部が試行的に行われているにすぎない。行動計画に記述されているように、生物多様性を環境のなかの一部分として位置づけた教育を続ける限りは、生物多様性の重要性の理解にはつながらない。したがって、(具体的施策)[教育内容の改善・充実]に『「生物多様性保全のための教育プログラム」の研究開発とそのカリキュラム化の検討』(文部科学省・環境省)と加え、また[教員の指導力の向上]にも『教員を対象に、生物多様性保全の基礎的な理解と教育をすすめるための研修を実施』(理科・生物・生態学・生物多様性保全についての再教育)を加えるべきである。
意見15:エコツーリズムについてP225 普及と実践 自然とのふれあい活動の推進
今年6月にエコツーリズム推進法が制定されたにも関わらず、生物多様性保全に貢献する制度としての活用を考えていないのか、独立した項目が立てられておらず、利用に関することのみしか書かれていないのは、法律制定の趣旨からもおかしい。エコツーリズム推進法の対象となる自然環境のモニタリングや保全活動、利用の規制などを的確に生物多様性保全を基調としたものにしていくためには、第3次戦略で明確に位置づけることが重要である。
以上
*環境省に提出した意見書は、形式フォーマットに合わせて提出