「点検の方法と内容が不十分!」
2004年8月17日
環境省自然環境局自然環境計画課
生物多様性国家戦略関係省庁連絡会議 御中
(財)日本自然保護協会理事長
田畑 貞寿
「新・生物多様性国家戦略の実施状況の点検結果(第2回)(案)に対する意見
標記案件に関わるパブリックコメントに対して、生物多様性保全の立場より、意見を述べる。
1.点検結果の全体についての意見
1-1.点検の方法と内容が不十分であり、点検としての意味をなしていない(2頁)
個別施策の点検結果の「進捗状況」の記述をみると、各省庁の基準の整合が図られておらず、○(実施中)、△(検討中)、×(未着手)の差が明確ではなく、点検としての意味をなしていない。「施策の目標」と実際に行われていた内容が記述されている「進捗状況」が十分に整合していない(例:41頁「生物多様性センターの機能充実」、28頁「保護地域の指定、管理の充実」、他)にも関わらず、○(実施中)という評価になっている箇所が見受けられる。また、唯一の×(未着手)である「戦略的環境アセスメントの考え方に基づいた代替案の検討」については、未着手の分析も反省もなく、「今後の課題」は空欄のままである。施策の目標自体が曖昧な内容なためやむを得ない部分もあるが、せめて「今後の課題」の部分で段階的・具体的な目標を明記しなければ、国家戦略に基づいた施策の「実施状況の点検」として、いつまでも抽象的な評価の列記の域を出ず、新・国家戦略自体が何の意味も持たないものとなるおそれがある。進捗状況だけではなく、どのような成果や効果があったのか、また、取り組みの見直しや必要な省庁の連携など、「今後の課題」に具体的に記載すべきである。
1-2.新・国家戦略の普及啓発を積極的に(6頁)
アンケート調査により、「生物多様性」の認識度は3割、「生物多様性国家戦略」の認識度は6.5%という極めて低い結果が報告されている。これらの概念の整理が十分でないうえに、認識も多様であると分析したうえで、雑誌などへの連載、中高生以上を対象としたパンフレットの作成を今後の取り組みとしている。日本自然保護協会では、パンフレット「いのちは創れない 新・生物多様性国家戦略」が発行された直後より、環境教育のリーダー養成として長年継続している自然観察指導員講習会などで年間約1,000部を配布し、生物多様性の理解を広めることに協力してきた。現在の「生物多様性」の低い認知度を根本的に上げるためには、文部科学省と連携のうえ、総合的な学習、環境教育・学習、理科・生物などの授業で、必須のカリキュラムとして取り組み、そのための教材や人材の養成を検討すべきである。また、社会教育としても、環境教育や環境保全活動に取り組む人材や地方自治体自然環境担当者、民間企業環境対策担当者を対象とした「生物多様性セミナー(研修)」などの開催にも取り組むべきである。
1-3.各省庁が実施している環境調査の連携と活用(5頁)
各省庁が個別に行っている環境調査について、その連携や相互互換性の必要性を、その都度意見として述べてきた。報告では、現在連携を図るため、各省庁が集まりワーキンググループを設置し検討を進めており、相互利用するためのデータの変換が課題とされている。しかし、どのように活用するのかが検討されておらず、今後技術的な手法のみの施策となる可能性がある。基礎的な生物多様性地理情報をオーバーレイし分析したものを、「国土利用計画」、「環境基本計画」、「エコロジカルネットワーク」、「戦略的環境アセスメント」などの国の施策、各自治体の「マスタープラン」や「環境基本計画」などへの活用、NGOなどの活用ができる体制整備についても、同時に検討をすべきである。
2.生物多様性の3つ危機への対応
2-1.「第1の危機」~人の活動による種の絶滅・生態系の破壊~への対応(25頁)
(1)20世紀型の公共事業について何の点検も見直しもなされていない。人間の活動や開発に伴う負の影響要因が招く危機(種の絶滅、生態系の破壊)に対して、国立公園や森林生態系保護地域などの限られた範囲の保全の強化だけでなく、今ある生物多様性を大きく破壊する、川辺川ダム・徳山ダム・八ッ場ダム、泡瀬干潟埋立事業、普天間代替飛行場施設建設、新石垣空港建設などの開発計画を早急に根本的に見直し、点検することが、何よりも「第1の危機」への対応である。(2)野生生物保護基本法の制定を検討鳥獣保護法や自然公園法の改正が行われてきたが、野生生物の問題を解決するためには、横断的・総合的な野生生物全体の保護を目的とした「野生生物保護基本法」などの法制度が必要であり、今後の取り組みとして目指すべきである。(3)沖縄のジュゴンの保護対策を早急に新・生物多様性国家戦略では「絶滅のおそれの高い沖縄のジュゴンについては、・・・略・・・藻場を含めた広域的な調査を実施し、その結果を踏まえ、全般的な保護対策を早急に進めます」とされているが、2001年から3年間による「ジュゴンと藻場の広域的調査」により情報が得られており、2004年7月の「種の保存法」の国内希少野生生物種の追加指定の際に「選定対象種」の要件は該当しているにも関わらず見送られ、保護区の設定の検討もなされていない。沖縄島東海岸におけるジュゴンの保護管理施策を早急に進めるべきである。
2-2.「第2の危機」~人の働きかけが縮小することの影響・里地里山の保全~への対応(26頁)
里地・里山の保全について、「新たな仕組みの構築、人と自然の関係の再構築という観点にたった対応」を必要としているならば、文化財保護法の対象、風景地保護協定制度、都市緑地保全法管理協定制度だけでは、解決への糸口にもならず、二次的生態系を支える農業・林業との関わりを抜きには考えられないはずである。「V具体的施策の展開に関する点検結果」の「(1)森林・林業」「(2)農地・農業」が、「第2の危機」で整理されていないのは、不可解に思われる。環境保全型農業などの農業施策の転換やバイオマス利用などのエネルギー転換が里地・里山において果たす役割は大きいため、生物多様性の観点から農業施策・林業施策についても「第2の危機」のなかで点検すべきである。
2-3.「第3の危機」~外来種による生態系の攪乱~への対応(26頁)
この間、当協会は機会ごとに総合的な「外来種対策法」の制定を提言し、2004年5月に「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(特定外来生物対策法)が成立したが、運用によってブラックリスト形式となることや、後述する国内外来種を対象としなかった点など、今日の外来種対策を講じるには、必ずしも十分とはいえない内容である。新・生物多様性国家戦略では外来種を「国外または地域外からの人為的に持ち込まれた生物」として、国内の移動による外来種(国内外来種)やノヤギなどの家畜由来の外来種も、対策を講じる範疇としているが、「特定外来生物対策法」では国外外来種のみを対象としているため、早急な対処を求められる国内外来種の対応が後手にまわることが心配されている。「今後の課題」で、「国内外来種の対策についても所要の施策を講じる必要がある」と記述すべきである。新・生物多様性国家戦略では「対策に必要な体制、資金の確保」が取り組みの必要なものとして上げられているが、「特定外来生物対策法」でも、その「基本方針」においても対処されておらず、今回の点検項目にすらあがっていない。環境省の限られた予算と体制では広範に及ぶ外来種対策は十分に行えない状況からも、早急に検討・整備すべきである。