【特集】地球へつなぐ大実験「コリドー」( その5)世界の「コリドー」はどんどん拡大している
会報『自然保護』No.453(2001年1/2月号)より転載
特定の動物種に着目したコリドーは今もあるが、新たに立ち上がってきているのは、もっと広く生態系と生態系をつなぐコリドー(生態コリドー)だ。
2000年10月、ヨルダンで開かれたIUCN(国際自然保護連合)主催の第2回世界自然保護会議に参加し、IUCN世界保護地域委員でもある当協会の吉田正人に「世界のコリドー最前線」について話を聞いた。
吉田正人・NACS-J常務理事
ーーこれまでの「コリドー」の典型的な例を教えてください。
一つは、ブータンの自然保護区をつなぐ生態コリドーです(図1)。国土のかなりの面積が手つかずの森林に覆われ、そこにはユキヒョウ、ベンガルトラ、ジャコウジカといった希少種を含む160種を超えるほ乳類が生息しているといわれています。これら野生動物の生息地は国土の60パーセントに及ぶ保護区で守られていますが、自然保護に意欲的な国王と政府は9つの国立公園・保護区の生態系どうしをコリドーでつなぐことにしました。これでほぼ3800平方キロメートルをカバーし野生動物の重要な移動経路を確保しようとしているのです。
▲図1:ブータンのコリドー
ーー新しいタイプの「コリドー」は、どこが違ってきているのですか。
ブータンの生態コリドー構想にも、実は新しい考え方が組み込まれているんです。野生動物の移動経路の確保とともに、たとえば川の上流域の生態系と下流域の生態系をつなぐという新しいタイプの機能も持たせています。
ーーそうすると、新型のコリドーというのは?
これまでの自然保護区というのは、森林なら森林、海なら海、川なら川……というように、同じタイプの生態系をつないで保全しようとしてきました。しかし最近は、森と川と海など異なるタイプの生態系同士をつなぐ広い機能を持つものとして、「コリドー」を捉え直す動きが出ています。
ーー今回の世界会議では、どのような形で話題になったのですか。
キーワードとして出たのが、「ビッグ・ピクチャー」と「エコスペース」。「エコスペース」は、一つの生態系を越えたり国境を越えるような、もっと広い自然保護の概念です。そして「コリドー」は、いろんなエコシステム(生態系)をつないでエコスペースにするための生態空間と言えましょう。
ーーリドーの概念がダイナミックに変わりつつあるのですね。その背景は何でしょう。
IUCN主催の世界国立公園保護地域会議というのが1962年から10年に1度開かれています。82年のインドネシア会議で世界の陸地の5パーセントを保護地域にしよう という目標が掲げられ、92年のベネズエラ会議では10パーセントへと目標を上げました。これは、保護地域が従来の人が住んでいない手つかずの生態系から、人が利用している生態系も含む地域にまで広がることを意味しています。そのような動きの中で、人の自然利用も含んだ形の自然保護という、一歩踏み出した保全のあり方が求められています。 それがもう一つのキーワードである「ビッグ・ピクチャー」につながるわけです。
ーー新しいタイプのコリドーにはどんな例がありますか。
中米の7ヵ国にメキシコが加わった「中米生態コリドー」という計画が始まっていま す。中米そのものがかつて北米大陸と南米大陸とを結ぶコリドーでした。人間活動によって分断されたコリドーをもう一度取り戻そう、という考えに立つもので、メタコリドー(コリドーのコリドー)と呼ばれています。
その方法は大まかに言うと、国境沿いに保護地域を両側からつくり、保護地域を連続させるというもの。彼らはそれを「国際平和公園」な どと名づけていますが、その周辺に住む人々の生活の安定や治安を含む点が、大きな特徴です。まずは8地域をその優先地域に設定しています(図2)。
▲図2:中米の7カ国にメキシコが加わった「中米生態コリドー」計画。人間活動によって社会的に分断されたが、中米は、もともと北米大陸と南米大陸を結ぶコリドーだった。世界的な生物多様性の重要地域を超えて保護していこうという試みだ。
中米には、ホットスポットと呼ばれる世界の生物的多様性が集中している地区のうち10パーセントが集中しています。しかし、土地問題や貧困問題から、そこでの伐採や農地化がすすんでいます。自然資源を守るには、地域住民の生活を成り立たせる持続的な社会・ 地域開発を行い、「社会的公平性」を確保することが優先課題だという認識があるのです。
ーーそのうちに地球生態系全体にまで到達しそうな広がり方ですが。
「周北極コリドー」という構想は、北極を取り巻く国々が環境汚染対策を協力して行う というものです。北極圏では、アザラシや渡り鳥がPCBなど化学物質汚染にさらされるな ど目に見える影響が出ています。渡り鳥や海獣にとって北極圏は、他に代えることのできない繁殖や生息の本拠地ですから、そこを守ることは広い意味での生態系の保全になるわけです。IUCN世界保護地域委員会では、北極地域の作業チームをつくってこれから取り組もうとしているとのことです。
ーーコリドー概念をここまで広げる意味は何でしょう。
一般的に、「コリドー」が動物の移動経路といった意味で狭く捉えられすぎるので、もっ と広い意味合いを持たせようと変わってきたのではないでしょうか。IUCN世界保護地域委員会の前委員長、アドリアン・フィリップ氏がコリドー設定において重視すべき5つのポイントとして、(1) 政治的なリーダーシップ、(2) ビジョン(目標)の共有、(3)パートナーシップの確立、(4)財源確保のしくみづくり、(5)行政上のカベの乗り越え、を挙げています。 日本でのコリドー設定で最大の障害物は省庁間のカベでしょう。林野庁は国有林で、環境庁は鳥獣保護区(コラム参照)で、建設省は河川で……というように、他の省庁と仕事を共有する形になっていません。このカベを乗り越えないと、いま世界が向かっている広い意味でのコリドーはできません。
(聞き手・保屋野初子)
コラム
鳥獣保護区の設定に「回廊」を
日本の野生動物を保護する法律の一つが鳥獣保護法だ。具体的には、保護管理の内容を「鳥獣保護事業計画」として都道府県がまとめ、それに則って実施している。そのガイ ドラインとなる第9次鳥獣保護事業計画(2002年4月から5年間)の基準の素案が、環境庁から示された。その中にはいくつか新しいポイントがある。
ひとつは、保護区設定のガイドラインとして新たに「生息地回廊の保護区」が設けられたこと。素案には、設定方針の一つとして次のように書かれた。
「生息地が分断された鳥獣の保護を図るため生息地間を繋ぐ樹林帯や河畔林等であって、鳥獣の移動経路となっている地域、または、鳥獣保護区に設定することにより、鳥獣の移動経路としての機能が回復する見込みのある地域のうち必要な地域について、新たに生息地回廊の保護区の設定に努める」
そして設定にあたっては、「移動分散を確保しようとする対象鳥獣を明らかにし、その生態や行動範囲等を踏まえて回廊として確保すべき区域を選定する。また、その際には、既設の鳥獣保護区のみならず、自然公園等他の制度によってまとまった面積が保護されている地域等を相互に結びつけるなどにより、効果的な配置に努める」としている。
今後ますます、野生動物の生態学や行動学などに力が注がれなければならないが、この分野はかなり手薄である。知見を積み重ねるための方策や財源が必要だ。
特集『地球へつなぐ大実験「コリドー」』
<目次>
- その1 はじめに
- その2 東北の背骨を樹林帯でつなげる(奥羽山脈)
- その3 緑の回廊はどのように設定されるか(秩父山地)
- その4 水辺林コリドーの働きを発揮させる(パイロットフォレスト)
- その5 世界の「コリドー」はどんどん拡大している(世界自然保護会議報告を聞く)
- その6 コリドー計画とNACS-Jのしごと
- その7 まとめにかえて