「国立公園における鳥獣保護は国の役割であるというのが国際的な常識、我が国もそれにならうべき」
平成11年9月21日
環境庁自然保護局 野生生物課鳥獣保護業務室 御中
財団法人 日本自然保護協会
第8次鳥獣保護事業計画 策定基準改定素案に対する意見
環境庁は、平成11年6月の「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」の改正に伴い、都道府県が鳥獣保護管理計画を策定するための基準の改定に関する検討を開始し、9月1日から改定素案に対する国民意見の聴取を開始した。
日本自然保護協会は、すでに平成10年12月に「『鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律』の改正に関する意見書」を提出し、「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」に係る問題点を解決するためには、野生生物全体をカバーする法律への抜本的な改正が必要であり、地方分権の前に国および都道府県における野生動物保護管理体制の充実が不可欠であると主張してきた。
4月から6月の国会審議においても、これらの問題点が指摘され、法改正にあたっては、参議院において附則および附帯決議、衆議院において附帯決議がつけられた。
しかしながら、今回の鳥獣保護事業計画策定基準改定素案における改正内容は、特定鳥獣保護管理計画に関する改正と鳥獣捕獲許可等の地方分権に関する改正にとどまり、ツキノワグマなど地域個体群の絶滅のおそれのある種への対応、都道府県における野生鳥獣保護管理体制の充実などの課題は、平成14年度からの第9次鳥獣保護事業計画に先送りされている。
当協会は、先送りされた重要な問題についても、ひきつづき指摘してゆくつもりであるが、この国民意見聴取の機会に、鳥獣保護事業計画策定基準改定素案に対する意見を含め、鳥獣保護事業全体にわたって意見を申し述べたい。
鳥獣保護事業全体にわたる意見
1. 鳥獣保護区の設定について
地方分権一括法による鳥獣保護法改正に伴い、国設鳥獣保護区の設定および同保護区における捕獲許可は国の役割、県設鳥獣保護区の設定および同保護区における捕獲許可は県の役割とされることになった。
しかしながら、国立公園における鳥獣の捕獲許可は地方自治体の権限とされることになった。このままでは、国立公園における植物は国の権限、動物は地方自治体の権限というおかしな状態となってしまう。
国立公園における鳥獣保護は、国の役割であるというのが、国際的な常識であり、我が国もそれにならうべきである。 もし環境庁が主張するように、地方分権推進計画における国と地方の権限の切り分けが今から変更の効かないものであるとするならば、国立公園のうち野生動物保護の視点から重要な地域において、以下の項目を検討すべきである。
1) 国立公園のうち野生動物保護の視点から重要な地域であって、鳥獣保護区に指定されていない地域を、「大規模生息地(あるいは希少鳥獣生息地)」のカテゴリーの国設鳥獣保護区に指定すべきである。
来年4月から、国立公園野生生物事務所が、国設鳥獣保護区を所管するようになるのにともない、それぞれの事務所が所管する国立公園の中で、国設鳥獣保護区にすることがふさわしい地域をリストアップすることから始め、実現に向けて着実な努力をすることが望まれる。
2) 国立公園外であっても、希少野生動物保護の視点から重要な地域は、「希少鳥獣生息地」のカテゴリーの国設鳥獣保護区とすべきである。
本来、このような地域は、種の保存法の指定地域とすることを検討すべきであるが、地権者との話し合いがなかなか進まないのが現状である。その間にも密猟等の問題が発生するおそれがあるため、まず鳥獣保護区の設定を急ぐ必要がある。
とくにイヌワシ・クマタカの生息地であって、鳥獣保護区になっていない地域を急ぎリストアップし、一つずつ着実に国設鳥獣保護区に指定するよう努めるべきである。
3) 国際条約を履行するために、重要な野生動物の生息地・渡来地であって鳥獣保護区に指定されていない地域は、「集団渡来地」のカテゴリーの鳥獣保護区とすべきである。とくにラムサール条約締約国会議で登録推進が求められている干潟であって、鳥獣保護区になっていない地域を急ぎリストアップし、国設鳥獣保護区の候補地とした上で、指定に向けた条件整備を着実にすすめてゆく必要がある。
2.鳥獣保護に係る普及啓発について
1) 自然保護憲章に、「自然保護についての教育は、幼いころからはじめ、家庭、学校、社会それぞれにおいて、自然についての認識と愛情の育成につとめ、自然保護の精神が身についた習性となるまで、徹底をはかるべきである」とあるように、鳥獣保護に関する環境教育が、学校教育、社会教育の両方において活発に行われるよう、環境庁は学校や民間団体の活動を支援すべきである。
鳥獣保護に関する環境教育を、巣箱かけなどの狭義の愛鳥教育に限定せず、野生動物の生息調査や鳥獣による農林業被害を防除するためのボランティア活動などにまで広げて考えるべきである。
2) 鳥獣保護に関する環境教育の担い手を養成すべきである。環境教育の担い手の養成は、民間のボランティア活動に依存しているのが現状であり、それを支援・活用することが必要である。
また、環境庁および都道府県が、自然公園のビジターセンター、自然保護センター、鳥獣保護センター等に専門の指導者を配置し、自然観察会、探鳥会等の活動を実施できる体制を自ら整えるべきである。
なお、鳥獣保護センターは、改定素案において、鳥獣保護事業の啓発に関する事項に記載されているが、今後は野生生物保護管理のための調査研究の拠点として位置付けられるべきであるので、記載位置を再検討すべきである。
3. 鳥獣保護の実施体制の整備について
1) 都道府県の鳥獣行政担当職員として、野生動物の生態を研究してきた学生を採用すべきである。
またほとんどの県では、鳥獣行政担当職員を、他の部署同様に2-3年で異動させてしまうが、このような状態では長期的な見通しのもとに広域的な観点から、野生鳥獣と人間との共存を図る施策は実現しようがない。
文化財保護を担当する専門職員と同様に、ある程度の専門性をもたせるため最低でも5-10年は異動させないような体制への改善を働きかけることが必要である。
2) 鳥獣保護員を専門職とすべきである。鳥獣保護員として、全国で3000名以上が任命されているが、ほとんどの地域で狩猟者がこれを兼ねており、また年間200日以上の巡視を求められているにもかかわらず報酬は年70万円程度であるため、狩猟の監視、鳥獣保護思想の普及という面では、十分な成果をあげていない。
野生動物の生態を研究し、その保護に熱意をもった人を鳥獣保護員とすべきであり、それには抜本的な制度の見直しが必要である。
予算の増額が難しいならば、鳥獣保護員の数を野生動物の専門性と熱意をもった現員の1/10程度に限定し、専門職相当の報酬を支払うなどの改善策を検討すべきである。
特定鳥獣保護管理計画に対する意見
1. 対象鳥獣について
特定鳥獣保護管理計画は、
- 個体数の著しい増加又は分布域の拡大により顕著な農林業被害等の人と野生鳥獣とのあつれきが深刻化している鳥獣
- 個体数の著しい増加又は分布域の拡大により生態系の悪化が生じている鳥獣
- 生息環境の悪化や分断等により地域個体群としての絶滅のおそれが生じている鳥獣、であって長期的な観点から当該地域個体群の安定的な維持及び保護繁殖を図る必要があると認められるもの
を対象とすることになっている。
(1)、(2)に該当する種に関しては、農林業被害を防止するため特定鳥獣保護管理計画をたてる県がでてくると思われるが、(3)に該当する種(たとえばツキノワグマ)に関しては、狩猟や有害鳥獣駆除で簡単に捕獲できる限り、特定鳥獣保護管理計画をたてて個体群の安定的維持・保護繁殖を図ろうとする県が現れるとは思われない。
このような種(たとえばツキノワグマ)に関しては、特定鳥獣保護管理計画による個体群の安定的維持・保護繁殖を図るためにも、狩猟獣からの削除、捕獲許可権限の国への引き上げを検討すべきである。
また、特定鳥獣保護管理計画をつくらなくても、狩猟や有害鳥獣駆除で捕獲が可能な種(たとえばツキノワグマやニホンザル)については、都道府県が特定鳥獣保護管理計画を選択するためのインセンティブを用意すべきである。
具体的には、これらの種に関して、特定鳥獣保護管理計画をつくる県に対しては、国からの補助が確実に得られるようにすることが必要である。
2. 保護管理の目標について
対象鳥獣が、(1)、(2)、(3)のいずれのカテゴリーによって選ばれたかによって、目標とすべき管理目標が異なってくる。
(1)のカテゴリーによって選ばれた個体群(ニホンザルなど)は、被害防除に重点を置いた保護管理の目標を設定することが必要である。
また長期的には、広葉樹林の回復などの生息環境の整備を行い、本来の生息地に戻すことが最終的な目標となる。やむをえず個体数調整を行う場合であっても、被害を出している群れを識別せずに、地域的な密度調整を行うような方法は、被害の防止につながらないばかりか、被害を拡大することになりかねないので、厳に慎むべきである。
とくにジゴクオリと呼ばれる檻型の罠による捕獲は地域の個体群を絶滅させてしまうため、使用を制限すべきである。
(2)のカテゴリーによって選ばれた個体群(ニホンジカなど)は、個体数を減少させる個体数管理を行うだけでなく、被害防除、生息地管理に関する目標を設定し、個体数あるいは生態系への影響が目標レベル以下になった場合は、自然の個体群変動にゆだねそれをモニタリングする方式に切り替えるべきである。
生態系への影響に関しては、草食獣の生息する地域では、ある程度の採食圧は自然の一部と考えざるを得ない。これを皆無にしようとすれば、大雪の年には絶滅のおそれのあるレベルまで減らすことになってしまう。
したがって生態系への影響が目標レベル以下になった場合は、農林業被害防除、生息地管理に重点をおいた目標に切り替えることが必要である。
(3)のカテゴリーによって選ばれた個体群(ツキノワグマなど)は、安定的な生息地を確保することに重点をおいた管理目標を設定すると同時に、個体数を増加させる個体数管理目標、農林業被害を減少させるための管理目標、を定める必要がある。
個体数を増加させる個体数管理とは、短期的には狩猟および駆除の制限であり、長期的には生息地の確保である。とくにツキノワグマとイノシシが混在する地域では、イノシシ用のククリワナ・トラバサミにツキノワグマがかかってしまうため、ククリワナ・トラバサミの使用を制限すべきである。またハコワナによる捕獲は、地域の個体群を絶滅させてしまうため、調査捕獲・奥地放獣の際にのみ認めるようにすべきである。
目標設定の見直しは、随時行うと書かれているが、3~5年後の計画終了時では遅すぎる場合もあるので、毎年の結果が翌年の計画にフィードバックされるようなしくみを特定計画の中に組み込むべきである。
3. 保護管理事業
1) 個体数管理
捕獲の実施にあたっては、本当に決められた区域で捕獲を実施しているか(他の捕りやすい地域で捕ったもので数合わせをしていないか)、捕獲個体の不適切な扱い(残虐な殺し方・死体の放置等)はないか、などに大きな懸念がある。
特定計画に基づく個体数調整には、鳥獣保護担当行政職員が立ち会うことを原則とすべきである。
2) 生息環境管理
野生鳥獣の安定的な生息環境の確保のため、森林にあっては国有林・民有林の協力を得て、針葉樹の人工林からその地域にあった種組成をもった広葉樹林への転換を図るとともに、野生鳥獣の移動経路を確保するため生息地を回廊(コリドー)状の樹林で結びあう必要があるという点にも言及すべきである。
3) 被害防除対策
被害防除対策は、都道府県の農林行政担当部局との連携が必要不可欠である。
自然保護担当部局の予算・人材では限界があり、農林行政担当部局の持っている予算、農業技術普及員などの人材が、鳥獣被害防除に振り向けられない限り、被害問題は解決できない。その点をもっと強調すべきである。
なお具体的な被害防除策として、防鳥網があげられているが、一部地域(河北潟など)ではこれがカスミ網の代用として捕獲のために使用されている。防鳥網はあくまでも農地を保護するためにのみ使用し、渡り鳥の移動経路などには設置しないよう指導すべきである。
捕獲許可基準に対する意見
1. 有害鳥獣駆除の対象種
「狩猟鳥獣、カワウ、ダイサギ・・・サル、マングース又はノヤギ以外の鳥獣については、被害等が生じることは稀であり・・・これらの鳥獣についての有害鳥獣駆除は、特に慎重に取り扱うものとする」 と書かれているが、同時に、「生息数が少ないなど保護上の要請が高い鳥獣の種又は地域個体群に係る駆除は特に慎重に取り扱うこととし、継続的な捕獲が必要となる場合は、明確な保護管理の目標に基づき計画的に行うこととする」とも書かれており、ツキノワグマ(狩猟鳥獣の一部)やニホンザルに関しては、矛盾した書き方がなされている。
この矛盾を解決するためには、有害鳥獣駆除の対象種を記述した文章から、クマおよびサルを除き、これらの種を駆除する場合は、特定鳥獣保護管理計画の下で計画的に実施するようにすべきである。
2. 許可権限の市町村への委譲
「都道府県知事の権限に属する鳥獣の捕獲許可に係る事務については、当該種の生息数及び分布等を踏まえた広域的な見地からの判断の必要性並びに市町村における野生鳥獣の保護管理の実施体制の整備状況等を勘案した上で、地域の実情に応じて適切に市町村に委譲され・・」と書かれているが、 この書き方では市町村に委譲することを奨励するように読めてしまう。
すでに都道府県においては、地方分権に係る条例の準備がすすめられており、一部の県ではこれまで都道府県が所管していたすべての種の捕獲許可権限を市町村に委譲しようとしている。
「当該種の生息数及び分布等を踏まえた広域的な見地からの判断の必要性」のある種(具体的には国のレッドデータブックの準絶滅危惧種、県のレッドデータブックの記載種、市町村界をこえて広域的に異動する種)については、市町村に委譲すべきではないということをはっきり示すべきである。
3. 捕獲物の処理
有害鳥獣駆除およびその他の事由によって捕獲した鳥獣の生体および派生物(肉・毛皮・角・胆嚢など)については、通常の狩猟行為によって捕獲したものとは意味が異なることから、売買は禁止すべきである。
ツキノワグマに関しては、春の有害鳥獣駆除は、実質的に猟期外の狩猟許可となっており、それによって得られたクマの胆は公然と売買されている。
また野生動物を動物生体実験に使用することは、野生動物の生命の尊厳にかかわるという理由だけでなく、実験用に飼育された動物の代わりに、バックグラウンドのわからない野生動物を生体実験に用いることは実験の信頼性からも問題がある。
他の先進国ではすでにこれらの理由から野生動物の生体実験は行われていないが、我が国では医学実験に使用するために、ニホンザルの無許可の捕獲が行われたり、被害とは関係なく有害鳥獣駆除の申請が行われたりしている(高崎山の事例)。
以上のような有害鳥獣駆除の目的をはずれた捕獲申請は認められるべきではない。
問い合わせ先:NACS-J保護部長 吉田正人