絞り込み検索

nacsj

1995年8月発表 生物多様性国家戦略(原案)に対する意見

1995.08.25
要望・声明

1995年8月25日

(財)日本自然保護協会
理事長奥富清

1995年8月に、「生物多様性国家戦略(原案)」が政府から公表され、国民各層からの意見が求められている。当協会でも、この原案を検討し、基本的な問題点の概要を下記のようにまとめた。今後の検討作業の中でこれらの点が改善され、生物多様性の保護と回復のために、真に効果的な戦略が構築されることを強く要請したい。

 

基本的問題点

a.この文書は「国家戦略(原案)」とされているが2つの意味で本来の国家戦略になっていないと考えられる

1)これまでわが国の生物多様性保全あるいは自然保護は、自然保護団体や研究者の訴えによって前進してきたのが実状である。これらの集団が生物多様性保全に反する行政や企業の行為を批判してきた結果として、行政は生物多様性保全に取り組む姿勢を示してきたといっても過言ではない。現時点でもその状況は基本的に変わっていない。したがって国家戦略といった場合に、行政の旋策だけをとりあげた今回の「国家戦略(原案)」は全く不十分といえる。これまで生物多様性保全の推進役であった自然保護団体、研究者の評価と役割を組み込むべきである。またそのために、原案は自然保護団体、研究者をはじめ生物多様性保全の実質的な担い手を含む会議で作成されるべきである。

2)今回の「国家戦略(原案)」は、各省庁の施策の詳細な記載が大半を占めており、各省庁の施策・事業の羅列としか受け取れない。さらに、各章で述べられている「基本的な考え方」と「各省庁の具体的施策」の両者の関係が極めてあいまいであり、整合がとれていないと考えられる。その原因の弟-は、土地利用を含む自然利用を全国規模で計画・実施している「全国総合開発計画」「水資源関発計画」などとこの戦略の関連が、全く検討されていないためと思われる。これらの開発関連の総合計画は、生物多様性国家戦略の粋の中で見直され、再計画・実施するように位置づけるべきである。

b.現実経検が十分でないため、具体的な目標が立てられていない

わが国の自然の現状の評価と良好な自然環境が喪失されてきた原因の解析が、極めて不十分である。わが国の自然(生物多様性)が全体的に劣化し危機的な状況にあることと、その原因を可能な限り明確にする必要がある。それなくしては、保全の目標は立てられないはずである。

また、各省庁の施策・事業が羅列される形式からは、日本での生物多様性条約の履行には、現行の法制度に基づ<各省庁の施策・事業で十分対応できるという考えの基に、「国家戦略(原案)」が作られたと推察できる。しかし、現行の法制度で全て対応できるのであれば、現在の自然保護問題は生じないはずであり、複雑な問題が発生しても速やかに解決できるはずである。しかし、現実はそうなっていない。新たな戦略を作るのであれば、現行の法制度の問題点を自然の現状にあわせて再検討することが必要であり、それを行うことで現行の法制度で対応できる点とできない点が明白となるはずである。それを明らかにした上で、法制度の改善の必要性について記述すべきである。

c.保全を前提にした利用のあり方が定義されていない

今回の「国家戦略(原案)」では、生物多様性の「保全」と「持続可能な利用」のそれぞれについて定義がなされておらず、また両者がどのようなバランスで保たれるべきかという議論がない。日本における生物多様性の分化は、過度の自然利用(土地利用も含む)に起因するものと考える。両者が適切なバランスを保つには自然利用の制限が前提となるはずである。また、生物多様性条約は、南北間の協議の結果、遺伝子利用推進のための国際的ルール・自然利用推進という側面が強くなってしまった感があるが、本来の意図は、地球的・地域的な生物多様性の保全にある。第三世界の生物多様性保全、ひいては地球全体の生物多様性保全を推進するためには、まず北側を代表する国のひとつであるわが国が率先して国内の生物多様性保全を正しく認識し、その強化を表明すべきであろう。そのような実積なしには、第三世界が納得の上で生物多様性保全を推進する、という状況をつくりだすことは困難である。

d.生物多様性保全におけるミティゲーションの位置づけが不適切である。

関発事業実施の際のミティゲーション(環境影響緩和策)が、さまざまな省庁の生物多様性保全の中心的施策のように列挙されている。しかし、本来、生物多様性保全において、原生的あるいは健全な生態系については、人為を加えずに維持することが原則である。ミティゲーションは次善の策であり、ミティゲーションを免罪符にして開発を進めることは生物多様性の保全に反することを明記すべきである。また、ミティゲーションと、既に自然環境が劣化してしまった地域で行われるリストレーション(自然回復)とは明確に区別されるべきである。

e・「戦略の進捗状況の点検および戦略の見直し」には、自然保護団体・研究者の参画を検討すべきである。

5年程度をめどに行うとされる「戦略の進捗状況の点検および戦略の見直し」の際には、自然保護団体・研究者をはじめとする生物多様性保全の実質的な担い手の参画を何らかの方法で保証するための方策が記述されるべきである。例えば政府原案に対して勧告権を持つ、第3者機関としての会議の設置などの方法を検討すべきではないか。

 

各記述の問題点

生物多様性の現状(第1部p2-9)

  1. A-b.で述べたように全体に、わが国の自然の現状の評価と良好な自然環境が喪失されてきた原因の解析が、極めて不十分である。
  2. p5にサンゴ礁の衰退には「オニヒトデ等の食害等による」という記載があるが、赤土流出問題については全く触れられていない。

生物多様性の保全と持続可能な利用のための基本指針(第2部,pl0-12)

  1. 「わが国に生息・生育する動植物に絶滅のおそれが生じないこと」は、「わが国に生息・生育する動植物およびその生息・生育環境である生態系が健全な状態で保全されること」とすべきである(第2節2.当面の政策目標,p12)。
  2. 「生物多様性の保全上重要な地域が適切に保全されていること」は、「生物多様性の保全上重要な地域(森林・河川・海岸・サンゴ礁など)が保護地域として適切に保全されるとともに、保護地域間のつながりが保証されること」とすべきである(第2節2,当面の政策目標.p12)。
  3. 「生物多様性の構成要素の利用が持続可能な方法で行われていること」は、「生物多様性の構成要素の利用は、利用の限界について十分な調査をし、科学的な評価をした上で、持続可能な方法で行われること」とすべきである(第2節2.当面の政策目標,p12)。
  4. (4)として、「生物の多様性の保全上重要な地域あるいは絶滅のおそれのある動植物種が生息・生育する地域において開発が計画される場合には、あらかじめ計画地およびその周辺の生物多様性の現状および開発計画が生物多様性保全に与える影響を事前に評価した上で、影響が大であると判断される場合には、計画中止も含んだ回避措置をとること」を加える必要がある(第2節2.当面の政策目標.p12)。
  5. (5)として、「わが国の経済活動が、国外の生物多様性の保全に影響を与えることが予想される場合は、国はその影響を事前に評価し、その影響が大であると判断される境合には、事業者に対し、その回避措置を含む指導を行うこと」を加える必要がある(第3節2,当面の政策目標.p12)。

施策の展関(第3部.p13-105)

1)第1章生息域内保全第1節の「4.自然公園」(p15)にあらたに「自然公園の今後の展開」という項をたて、以下の内容を加えてはどうか

  1. 自然公園法の目的に生物多様性の保全を含めるよう改正を検討する。
  2. 自然公園のうち生物多様性保全上重要な地域は積極的に特別地域に加え、国有地であれば移管により、民有地であれば買い上げによって、公園用地としてゆく。
  3. 自然公園のうち生物多様性保全上重重な地域を、特別地域・普通地域を問わず、生物多様性保全地域として指定できるようにする。

2)第1章第2節生態系及び自然生息地の保護(p22-24)

  • 干潟については、「ラムサール条約締約国会議の決議を受けて、渡り鳥の渡来地・休息地として重要な干潟を積極的に保護する」を加える
  • 河川においてのみ、建設省の施策が単に並べられているのは整合性を欠いている。
  • 沿岸については、「ウミガメ産卵地である砂浜への砂の供給、サンゴ礁への赤土の流入防止等、沿岸生態系に影響を与える陸上・河川上流部でのダム開発、農地関発を見直す」を加える。
  • 「2(3)河川における生態系及び自然生息地の保護」(p23)の内容は、「生態系及び自然生息地の保護」ではなく、ミティゲーションあるいは環境創造である。したがってこの項への記載は不適切であり、第5章第4節「影響評価及び悪影響の最小化」(p94)の項に移す必要がある。

3)第1章第3節野生動植物の保護管理(p25-30)

  • 種の保存法については、「国内希少野生動植物種については、生息地等保護区の指定を促進する。国際希少野生動植物種については、ワシントン条約の付属書をすべて含めるように政令指定を促進する」を加える。
  • 鳥獣の保護管理については、「鳥獣保護及狩猟二関スル法律を改正し、広く野生動植物全般を対象とした野生生物保護法の制定を検討する」を加える。

4)第1章第4節.保護地域の周辺地域の開発の適正化(p31-32)

  • 海洋等に、「海中保護区に隣接する陸上、流入河川においては、大規模な農用地関発、河川改修を行わない」を加える。
  • 河川に関する項目が欠落している。

5)第1章第6節.二次的自然環境の保全(p35-37)

  • 今後の取り組みに、「相続税の軽減を含む税制措置の活用」、「都市緑地保存法による市町村の基本計画の策定および緑地保全地区の指定の推進}を加える。
  • 「4,水辺における二次的自然環境の保全」の(l)と(2)の内容は、第5章第4節「影響評価及び悪影響の最小化」(p94)の項に移すぺき内容である。

6)第3章第4節.野外レクリエーション及び観光(P73-77)

  • 野外レクリエーション及び観光活動の促進は、生物多様性の保全と二律背反的な側面をもっている。したがって、その施策の推進には慎僕重を期する必要がある。
  • 生物多様性保全の観点から野外レクリエーション及び観光を考えた場合、利用に関するゾーニングを設定することが必要であるが、それについての記述がない。
  • 近年注目を集めているエコツーリズムやエコミュ-ジアムについての基本方針と施策が欠落している。

7)第4章.生物多様性の構成要素等の特定及び監視(p82-84)、第5章第2節.調査研究の促進(p86-90)

  • 国内の生物多様性、特に生態系レベルの多様性についてモニタリングし、現状とその変化を把握・評価しようとする調査・研究活動は、大学等研究機関の研究者に頼っているのが現状である。しかし、このような調査・研究についてに本格的に取り組もうとするのであれば、独立した調査組織と体制が不可欠である。将来的な方針としてでも「国家戦略」の中に組み込むぺきである。

8)第5章第3節教育及び普及啓発(p91-93)

  • 大字数育での戦略と施策が欠落している。大学の専門課程や大学院での生物多様性保全関連分野の調査者、研究者の養成拡充が不可欠である。また生物多様性保全の必要性の高まりの中、必ずしも直接生物多様性保全にかかわる学部や分野でなくとも、大学の一般教育課程あるいは他の専門課程においても、生物多様性保全に関する教育が不可欠である。

9)第5章第4節影響評価及び悪影響の最小化(p94)

  • 影響評価に関する施策が全く記述されていない。

前のページに戻る

あなたの支援が必要です!

×

NACS-J(ナックスジェイ・日本自然保護協会)は、寄付に基づく支援により活動している団体です。

継続寄付

寄付をする
(今回のみ支援)

月々1000円のご支援で、自然保護に関する普及啓発を広げることができます。

寄付する