小笠原諸島の世界自然遺産地域の保全と管理への提言を発表しました。
小笠原諸島の世界自然遺産地域の保全と管理への提言(PDF/256KB)
2011年6月24日
環境大臣 松本 龍 殿
林野庁長官 皆川芳嗣 殿
文化庁長官 近藤誠一 殿
東京都知事 石原慎太郎殿
小笠原村長 森下一男 殿
小笠原諸島の世界自然遺産地域の保全と管理への提言
公益財団法人 日本自然保護協会
理事長 田畑貞寿
国際教育科学文化機関(UNESCO)の世界遺産委員会において、小笠原諸島の世界自然遺産登録が決定した。
公益財団法人日本自然保護協会(NACS-J、代表・理事長 田畑貞寿、会員2万1千人)は、海洋島として固有の生態系を有する自然環境上の重要性から、小笠原諸島の兄島や時雨山の空港建設計画の見直しと保護地域化を求め、計画の白紙化を求めてきた。その後も、南島の保全のための自然環境モニタリング調査の企画と実施、諸島全域への森林生態系保護地域の設定・拡大、島民・地元NPOの主体的活動への支援など、長期間にわたり自然保護の活動を続けてきた。
こうした経緯から、小笠原諸島の自然が、世界的な遺産としての「完全性」「真正性」を認められたことを喜ぶとともに、世界自然遺産の登録に際し、小笠原諸島の自然を守るために尽力してきた人々、専門家、自然保護団体、地方自治体、政府関係省庁の努力の成果であると敬意を表明し、今後の小笠原諸島の生物多様性の保全にむけて、次のように課題をあげ提言する。
■1 脆弱な生態系を保全するあらゆる施策を、連携して、一体的に、かつ継続的に進めること
世界自然遺産に登録されたことは、世界的に高く評価をされた小笠原諸島の自然環境を、後世に引き継ぐことを国際的に約束したということである。登録そのものが目的でもゴールでもない。
小笠原諸島は、大陸と地続きになったことがない海洋島のため、固有動植物が多く存在する。このことから、ハワイ諸島やガラパゴス諸島と対比されることが多いが、面積は陸域63 km2と極めて小さい(ハワイ諸島28313 km2、ガラパゴス諸島4640 km2)。規模から考慮すると小笠原諸島の自然環境はハワイやガラパゴスとは比較にならないほど脆弱で、人の利用によるインパクトや外来種による生態系の破壊を受けやすい。小笠原諸島の自然環境の「完全性」を維持するためには、人の利用と外来種による影響を最小限に抑制することが保全管理上の原則である。
現在も進められている、侵略性の高い外来種の駆除、域内域外による希少種保護策、ガイドラインによる外来種の属島間移動の予防策、モニタリング調査、順応的な保全対策などを、より効果的かつ持続的なものとするために、各事業が、連携し、一体的に、継続して実施される必要がある。例えば、オガサワラオオコオモリの保護のためには鳥獣保護地区の地域指定だけでなく、農作物被害の問題を解決するために防除施設設置の支援制度など、社会的な手だてが必要である。また、外来種の予防対策は、小笠原諸島内だけでなく侵入源となりうる「おがさわら丸」において、さらなる乗船者等への徹底した周知・環境教育と物流の管理・監視などが必要である。
■2 世界遺産地域は、観光地ではなく、保護地域である。保全を前提とした環境管理を行ない、世界遺産地域にふさわしい「エコツーリズム」を追求すること
近年、国内の世界遺産地域の白神、屋久島、知床では、観光産業への期待が大きく、世界遺産登録後に観光客数が増加し、過剰利用による影響が問題となっている。世界遺産条約は、危機に瀕した自然環境と文化に対して、国家を超えて保全の責任を分かち合うことが本来の趣旨であり、決して観光が保全に優先されるものではない。
小笠原諸島では、一般には「おがさわら丸」のみが渡航手段のため、年間利用者数は2万人強程度で維持されている。しかし、もともと観光利用できる資源が限られている中でGW、お盆、年末年始などの繁忙期に利用集中がおこり、利用密度の管理が課題となっている。特に南島では一日100人という自主ルールが運用されながら、200人近い観光客が入島する事象も発生している。
これらの課題解決のためには、世界遺産登録地域が、「保護地域」であることの原則に立ち、科学的なモニタリングと判断に基づき、合意形成を経て、世界遺産地域にふさわしい「エコツーリズム」を追求するべきである。具体的には、既存の利用に関する協定や自主ルールだけでなく、自然公園法の利用調整区域設定、エコツーリズム推進法の特定自然観光資源の指定など、各種の保護制度の活用が考えられる。
■3 IUCNからの勧告事項を真摯に受け止め、海域の保護区の拡充など、さらなる保全措置の充実を図ること
世界自然遺産の審査機関を担う、国際自然保護連合(IUCN)の評価及び勧告(2011年5月7日公表)では、以下のような要請事項が付記されている。
- ○大規模なインフラ整備について厳格な事前の環境影響評価を実施することを要請する。
- ○より効果的な管理を行えるようにし、海洋と陸域の生態系の連続性を高めるために、海域の保護区の拡大を検討するよう促す。
- ○気候変動の影響の評価と適応のための研究モニタリング計画の策定を促す。
- ○予期される利用者の増大について、注意深いツーリズムの管理ができるよう促す。
- ○利用者による影響を管理するための規制措置と奨励措置を確保するよう促す。
これらの要請事項は、今後の保全管理上の重要な課題であり、現在の取り組みでは不十分であると評価されているに等しい。特に、海洋保護区設定を含む海域保全のためには、海岸域・浅海域に関するデータが極めて不足しており、総合的な生物群集の調査及び地形・流況等の物理環境調査を実施し、この海域の生態系の特性を把握することが不可欠である。
また、大規模なインフラ整備である空港建設は、限られた観光資源へのさらなる利用集中を生じさせ、脆弱な自然環境に及ぼす影響が非常に大きい。世界遺産登録地として慎重に考慮されるべきである。
以上