海洋生物多様性保全戦略案にパブリックコメントを提出しました。
海洋生物多様性保全戦略案に対するNACS-Jの意見(PDF/251KB)
2011年2月10日
海洋生物多様性保全戦略案に対するパブリックコメント
(財)日本自然保護協会 保護プロジェクト部
大野正人・安部真理子
●海洋生物多様性保全戦略に、環境省だけではなく水産庁や国交省など他省庁をもっと積極的に関与・連携させ、国の戦略として位置づけること。
本戦略は、海洋生物多様性の日本の現状や制度、国際的な情勢など、総じてよくまとめられているが、保全戦略の要となる「施策の展開」(第5章)は、具体的な主体が環境省に限られるため、その実施可能な範囲にとどまり、海洋の施策で肝心な水産庁や国土交通省に関わる施策内容が何もあげられていない。
第2章目的に書かれているように、環境省が検討会を設置し策定するという縦割りの戦略にとどまるのであれば、生物多様性国家戦略2010をはじめ、生物多様性条約第10回締約国会議決議の愛知目標を実現するものにはなりえない。
本戦略に、各省庁の施策も具体的に反映させ、その連携のもと国の戦略として位置づけなおすべきである。
【該当箇所】p8 第2章目的
●流域も視野にいれた海域全体の生物多様性の保全と利用のマスタープラン(海洋のあるべき将来像)をまず策定することを本戦略で位置づけること。
本戦略であげられている既存の海洋保護区制度や環境影響評価制度等の法制度を当てはめても、総合的かつ計画的な保全戦略としては不十分であり、日本の海域全体(浅海域、外洋域)から沿岸や流域といった陸域も含めた総合的な「マスタープラン(海域の生物多様性保全上のあるべき将来像)」をまず策定することが必要である。
生物多様性保全を基礎におく持続可能な自然利用(土地利用・海域利用を含む)について、ゾーニングを伴う計画である必要がある。陸域起因の流入物質や、流砂系の総合的な土砂管理も関係するなど、海域の施策にとどまるものではない。
このようなマスタープランを枠組みのなかで、各種の利用形態やゾーニングを考慮した海洋保護区を設定する地域、自然再生への取り組みを行う地域など、効果的な配置が決められるべきである。
【該当箇所】p30~39 第5章 2.海洋生物多様性への影響要因の解明とその軽減政策の遂行、3.海域の特性を踏まえた対策の推進、4.海洋保護区の充実とネットワーク化の推進
●開発事業への対応が、環境影響評価手続きによる「環境保全の適切な配慮」では、埋立て事業によって生物多様性を失ってきた状況と、今後も何ら変わらない。
「生物多様性総合評価報告書」(JBO)の指標「沿岸生態系の規模・質」が、干潟など浅海域の埋立て等の減少によって、生物多様性が損失の傾向にあることを、本戦略の「3.海洋生物多様性の現状」でもあげている。
沖縄・泡瀬干潟などで進行する埋立事業のあり方を根本的に見直し、今後、生物多様性を明らかに損失する埋立計画を中止していかなければ、この指標の損失の傾向は改善されず、愛知目標の目標10「サンゴ礁や脆弱な生態系を悪化させる複合的な人為的圧力を最小化し、健全性と機能を維持する」ことに貢献できるものにもならない。
これらに対応する施策の展開が、「(1)開発と保全の両立」であり、ここであげられている「環境影響評価法に基づく、環境保全への配慮」では、近年に至るまでの状況と変わるものではなく、問題を解決できるものではない。
また、上位計画や政策の策定を対象とした戦略的環境アセスメントにも触れられているものの、現在、制度的な担保は何もなく、課題に対処する施策にはなりえない。加えて環境影響評価手続きの対象とならない小規模な港湾や海岸整備、海砂採取等が自然海岸を減少させてきたことへの対応も不可欠である。
したがって、生物多様性の保全上重要な海域にある開発計画・行為に対して、保護区の設定だけでは調整困難になるため、まずは埋立など開発計画・行為を見直し・中止する強制力をもった調停等や制度などの手立てが必要である。
【該当箇所】p33(1)開発と保全との両立
●海洋保護区の定義のうち「その他効果的な手法により管理される」の解釈によって保護区の内容が変わらぬよう具体的な共通認識を明確にすること。
本戦略において日本の「海洋保護区」を、IUCNが示す定義なども踏まえて、定義づけたことは評価できる。しかし、既存の法制度でかなえようとした場合に、手段に含まれる「効果的な手法」の範疇や、どのような「管理」が保護区の担保となるのか、明確にしていかなければ、この定義の目的を達成することは難しい。
つまり、国内の法制度による既存保護区制度も、その目的が必ずしも「生物多様性の保全」を念頭にしたものではないため、ある特定の生物種(例:有用魚種のみ)だけが対象にされていたり、区域指定だけされ何も管理されないために周辺との効果の違いないなどが生じることも十分に考えられる。
それでは海洋保護区の意味をなさなくなるため、本戦略では、「その他効果的な手法により管理される」の内容を明確におさえたうえで、海洋保護区の充実とネットワーク化をすすめるべきである。
【該当箇所】p29 海洋保護区の定義(囲み)
●厳正・原生自然保護地区に該当する既存の国内制度が存在しないため、早急に規制の強化を図る制度を見定めるか、新たな海域保護区の制度をつくること。
IUCNは、保護区管理分類表をもとにしたバランスのとれた配置を求めている。このカテゴリーのうち「厳正自然保護地区(Ia)」「原生自然保護地区(Ib)」に該当する、既存の国内制度による海洋保護区があるのか、不明瞭である。海洋生物多様性の重要度の抽出した際に、そのもっとも重要性高い海域はあらゆる利用を排除し保存することが優先されなければならない。
確かに自然公園法・海域公園地区や自然環境保全地域・海中特別地区の行為規制の運用によって厳格な保護も可能ではあるが、そのように規制の幅を持たせるよりは、厳しい規制を明確にしたランクを設け、海域公園地区内でのゾーン分けを機能的にできるようにすべきである。もしくは、ネットワーク化も含めた統合的管理を実行していくためにも、新たな海域保護区制度を体系的に新設すべきである。
【該当箇所】p29(2)我が国の海洋保護区の現状、p28 IUCN保護区域管理分類表
●国立・国定公園の海域公園の拡大目標だけが明記されているが、他の制度による海洋保護区の具体的な方向性や設定の目標も示すこと。
第5章施策の展開において、既存の保護制度の適切な活用による海洋保護区の充実とネットワーク化を推進することが明記されているにもかかわらず、その具体的な施策は、海域公園地区(国立公園)を2012年までに倍増することだけが目標としてあげられており、他の制度による海洋保護区の展開について何も書かれていない。特に生物多様性保全の位置づけが比較的薄い水産資源保護法の保護水面や天然記念物指定などについて、今後の設定の展開や目標を明記すべきである。
【該当箇所】p37 4.海洋保護区の充実とネットワーク化の推進
●データベース等の情報基盤の活用の展望や方向性を明確に示すこと。
情報整備を行いデータベースを充実させるという取り組み、および海洋環境モニタリングを継続的に行うことができる体制づくりは、知見の少ない海域において重要な対策である。またすでに環境影響評価や市民調査等で実施・推進されている調査のデータの活用も検討すべきである。
その際に環境影響評価に係る調査に時折見られるよう調査者や分析者の氏名が匿名のまま提出され、他者の引用が難しくなるようなことがあってはならない。保全戦略なのだから既存のデータの活用も盛り込み、またデータベース構築後の活用方法(例えば施策への活用、資源管理への適用、重要海域の抽出など)を明確に書くべきである。
【該当箇所】p30 (1)科学的な情報及び知見の充実
●第5章施策の展開に明記されていない国内の動植物の意図的非意図的な移動に関する対策として、海域の生き物の放流や移植のガイドライン等を盛り込むこと。
意図的又は非意図的に海外及び国内の他の地域から導入された外来種が引き起こす脅威に関する記載はあり、問題として認識されているのは読み取れる。しかしながら第5章施策の展開には、国内での生き物の放流活動やサンゴや海藻などの生き物の移植への対策が書かれていない。
海域の外来種の抑制に外来生物法の対応だけでは限界がある。対策に海域の生き物の放流や移植についてのガイドラインが必要であることを盛り込むべきである。
【該当箇所】p15-16 人間活動の海洋生物多様性に及ぼす影響 4)外来種によって引き起こされる生態系の撹乱、p34-35(4)生態系の撹乱を引き起こす外来種の抑制
●原則的に今ある自然の海の保全を積極的に優先し、自然再生や里海の取組によって、生物多様性を損なうことがないようにすること。
あらゆる施策のなかで、今残された自然の海域を少しでも多く守り、その上ですでに自然が破壊・劣化してしまった海域について自然再生を行うことが基本姿勢であることを明記すべきである。「里海」は人により定義が異なり(日本水産学会監修 2010)、様々な解釈がされ、開発行為の代償や、対処療法的な自然再生として行われ、保全の効果も科学的に不明確である。
本戦略の「海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用の基本的視点」にて、「里海」の取組を位置づけるならば、まずは定義を明確にし様々な事例を集め、人手を加えることにより高い生物多様性の保全が図られている海域を例示し、「里海」と称して保全の効果をともなわない対処療法的な取組が推進されないようにしなければならない。
【該当箇所】p27 4. 地域の知恵や技術を生かした効果的な取組
■引用文献
1) 環境省 生物多様性総合評価検討委員会(2010), 生物多様性総合評価報告書 第5節沿岸・海洋生態系の評価
2) 日本水産学会監修(2010), 山本民次編, 「里海」としての沿岸域の新たな利用, 恒星社厚生閣
■参考文献
1) 大澤雅彦監修・日本自然保護協会編集(2008), 生態学からみた自然保護地域とその生物多様性保全, 講談社
2) 日本自然保護協会(2009), 生物多様性条約資料集シリーズNo.1 保護地域編
<参考>
■環境省報道資料(平成23年1月20日)
「海洋生物多様性保全戦略(案)」に対する意見募集(パブリックコメント)について(お知らせ)
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=13389