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「千歳川放水路計画」に全国から見直し・反対の声を!

1991.11.01
解説

北海道・千歳川の洪水対策として「千歳川放水路」の建設計画が北海道開発庁によって進められている。日本海に流れ込んでいる千歳川を、人工的につくる水路によって洪水時には太平洋に流して氾濫を防ごうというのだ。しかし、水路の建設によって、地下水の分断や水質悪化といった自然環境の破壊が懸念されている。

これまでにも、何度か『自然保護』でも取り上げてきた千歳川放水路計画問題だが、これまで慎重な姿勢をとってきた北海道による独自調査(美々川流域の自然環境についての基本的なもの)が始まるなど、計画をめぐって新たな局面を迎えようとしている。

小野 有五

※『河川に関する大規模な生態系の破壊が北海道でも』(月刊『自然保護』No.354(1991年11月号)より転載)


千歳川放水路(注1)の 計画は、ここ数年来、北海道で大きな議論を呼んでいるが、道外の人々にはほとんど知られていないのが現状である。河川の問題としては、長良川河口堰問題の かげに隠れてしまっているかのようであるが、実際には今、北海道において非常に大きな自然破壊がなされようとしている。北海道開発局が工事の着工を急ごうとしている現在、全国に方々から長良川同様に見直しの声をあげていただきたいと考え、『自然保護』の誌面をお借りした次第である。

千歳川は支笏洞爺国立公園にある支笏湖に源を発する川で、石狩川の支流にあたる。支笏湖から流れ出た川は束に向かった後、千歳市のあたりで向きを北にかえ、江別市付近で石狩川に合流する。千歳市から江別市までの千歳川の勾配はきわめて穏やかで、千歳川は昔から氾濫を繰り返し、馬追(うまおい)原野とよばれる豊かな平野をつくりあげてきた。そこにはかって長都(おさつ)沼などの大きな沼や低湿地が広がっていたが、戦後の食料増産期までにすべて埋め立てられ、広い水田地帯になっていたのである。

千歳川周辺に氾濫が多発する原因は2つある。1つは千歳川の勾配がきわめて緩いことであり、もう1つは、千歳川が合流する石狩川の水位が出水時にはさら に高くなるので、千歳川の水がはけなくなるためである。 これを解決するためには、石狩川の水位を下げる以外に根本的な対策はない。

しかし、北海道開発局は、石狩川の水位そのものを下げる方策をとろうとせず、千歳川放水路というもっとも反自然的な計画を持ち出したのである。

日本海に流れ出ている水を太平洋へ逆流させる巨大な水路計画

千歳川放水路とは何か?それは千歳市の近くから、38キロにわたって幅約200メートルの水路を堀り、洪水時には本来は日本海に注ぐ千歳川の水を逆流させて 太平洋へ流してしまおうという計画なのだ。石狩川と千歳川の合流点には水門(可動堰)をつくり、洪水時にはそこを閉めて両者を分離し、同時に放水路の水門 を開いて、千歳川の水を太平洋にはき出そうというものである。千歳川に水位を下げるという点からみると、このやり方は確かにもっともすぐれている。だがこの計画の致命的な欠陥は、水位を下げることのみ固執したあまり、他のすべてにおいてとうてい解決できない不利益を生じさせることを、まったく無視してきた点である。

まず第一に、この放水路計画は、日本最初のサンクチュアリであるウトナイ湖に大きな影響を与える。実は、すでにラムサール条約(注2)への指定が予定されており、北海道だけでなく、日本全体にとって、世界に対して守る責任のあるウトナイ湖を、開発局は当初、つぶそうとしていたのだ。

(社) 北海道自然保護協会、(財)日本野鳥の会苫小牧支部などの強力な反対などにより、開発局はルートをわずかにずらしたものの、ウトナイ湖への水の供給源となっている美々(びび)川の清流と周辺の湿地は、放水路建設による地下水脈の分断によって、ほとんど破壊される運命にある。開発局は、人工的に地下水をくみ上げ、湿原の水位を保つと言っているが、人工的に維持されている湿原が世界にあれば知りたいものである。人間の科学技術は、残念ながらまだそこまで進歩してはいない。

美々川の保全についても、北海道開発局の対策は水位の維持だけである。しかし、水位維持のために川に堰を設ければ、まったく段差をもたずに蛇行して流れる湿原の河川は、すでにそのことによって決定的に自然を破壊されてしまうのに、それさえ気付かれていないのが現状なのだ。

第二は、苫小牧沿岸に対する影響である。長さ38キロ、幅200メートルの巨大な浅い水溜まりになる放水路は、洪水時にしか水が流れないから、ふだんは停滞水となり容易に富栄養化するであろう。そうしてできた汚水が、あふれんばかりの洪水時に、一気に太平洋に放出されるのだ。沿岸に塩分濃度は一挙に低下し、水質汚濁とあいまって、日本一を誇るホッキ貝漁場に壊滅的な打撃を与えるであろう。

さらに心配なのは、洪水時に自然の河川を、しかも曲がりくねった蛇行河川を逆流させるという反自然行為である。こんな実験はこれまで誰もやったことがない。河道の形状は河川の流れに適応して決まっている。それを逆流させれば、予想もしなかった侵食や土砂運搬ば生じる可能性が高い。水位は下がっても、河岸侵食で堤防が決壊しないとも限らないのだ。

治水と治山は表裏一体、ゴルフ場を増やしながらなぜ放水路なのか?

治水は、古来、つねに大きな政治問題である。一地域を洪水から救おうとすれば、必ず他地域にそのしわ寄せがいくのである。したがって治水工事によって利益を受ける側は、日頃から地域の中での万全の治水対策を行い、その上で、どうしてもやむをえないときに初めて、他地域に不利益をもたらす方策の検討にはいるべきであろう。ところが千歳川放水路で利益を受ける千歳市・恵庭市・長沼市などの市町村は、北海道でもっともゴルフ場面積が多く、さらに周辺の丘陵を削ってゴルフ場化しようとしている市町村である。

治水と治山は本来切り離せるものではない。これらの市町村は、まず河川流量を増大させる危険性のあるゴルフ場を他地域よりむしろ強く規制し、水害常襲地であった木曾川・長良川流域の住民のように、森を守り、水田をつくり、屋敷林を植え、たとえ水があふれても被害を最小にくいとめる手だてを尽くすべきであろう。その上で、なおかつ必要と考えられたならば、初めて別の計画を持ち出すべきでないだろうか。

すでに建設省も、いたずらに堤防を高くして力で川を抑え込むのではなく、たとえ水があふれても、水害を小さくできるような、水に強い街づくり村づくりを総合治水対策として推進しようとしている。(注3)

千歳川放水路は、今日の国のこのような方針ともすでに相入れないばかりでなく、完成までに20年という大プロジェクトであるなら、前述のような決定的な問題点をかかえている。

もとより水害を軽減するための努力は続けなければならないが、単一目的のために自然に逆らい、価値のある自然をわざわざ破壊して、つくりかえてしまう千歳 川放水路は、神をもおそれぬ所業としか考えられない。全国の心ある方々から、今こそ反対の声をあげていただきたいと願うものである。

おの ゆうご・北大環境科学研究センター教授
(社)北海道自然保護協会理事
(財)日本自然保護協会評議員

注1  千歳川放水路計画
1975年(昭和50年)、1981年(同56年)の千歳川流域の大水害を契機に、1982年(昭和57年)国の河川審議会が千歳川放水路計画をふく む「石狩川水系工事実施基本計画」を決定。長沼町馬追原野から苫小牧市安平川河口までの38?.5キロを結び、底部の幅180~280メートル、河川敷地 幅は300メートル~400メートルに及ぶ。総事業費2100億円(82年時の試算)、工期は20年程度。事業主体は北海道開発庁。事業の実施監督官庁は 建設省。北海道では土地水対策課が担当窓口になっている。

注2  ラムサール条約
正式名称は、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」。1971年採択、日本では1980年に発効。日本では現在、釧路湿原(北海 道)、伊豆沼・内沼(宮城県)、クッチャロ湖(北海道)の3ヶ所が登録湿地に指定されている。

注3  総合治水対策
昭和50年の石狩川、昭和51年の長良川の破堤など、流域の開発にともなう洪水ピーク流量のいちじるしい増大による水害があいついだため、昭和52年 に河川審議会から出された中間答申をさす。洪水氾濫の恐れのある地域では遊水池機能を維持したり、水害に安全な土地利用方式を設定することを提唱してい る。

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