長良川河口堰事業と我が国の河川行政に関する意見書
建設大臣 綿貫民輔殿
水資瀕開発公団総裁 川本正知殿
会 長 沼 田 眞
長良川河口堰事業と我が国の河川行政に関する意見書
建致省及び水資源開発公団による長良川河口堰事業は、昭和35年1月に構想が発表され、その後地域住民をはじめとする国民のさまざまな疑問や反対があるにもかかわらず、一昨年7月、すでに一部着工されています。
この間、当協会では、昭和49年9月に水資源開発公団総裁、岐阜県知事等にあて「最良川河口堰建設事業に対する反対意見書」を提出しました。また、昨年 12月より、我が国のあるべき河川像と河川観を検討するため、河川問題調査特別委員会を設置致しました。長良川河口堰事業については特に緊急の課題として、本委員会の中に長良川河口堆問題専門委員会を設け検討を続けてきました。この度その中間報告書がまとまりましたので、再度意見を述べる次第です。
長良川は、他の大河川が自然の姿を失いつつある現在も、その本流にダムがなく、自然の状態を比較的よくとどめている数少ない河川です。このような河川に大規模な土木工事を行う際には、惧重な上にも慎重な取り扱いが不可欠です。
河川管理は本来、流域全体の生態系を念頭において考えられなければなりません。治水については、上流部の森林保全と個々の地域の防水体制作り、利水については、節水社会の構築と都市部こおける雨水利用の促進など、有効な手段がより積極的に検討される必要があります。真に流域の自然環境と人間の生活との共生を望むのであれば、従来の土木的対応にのみ立脚した河川行政の理念を、この機会にぜひ改めていただきたい。
1)木曽三川河口資源調査報告書の分析
本事業が自然環境に与える影響について、貴省及び貴公団はこれまで十分な自然環境調査を行い、また、対策についても十分考慮したとして、自然環境への影響は軽微であるとの見好を示してきました。しかし、その根拠としてきた「木曽三川河口資源調査報告書(通称KST報告)」(1963~1968)を詳細に分析すると、以下のような点に基本的な問題があることが明らかになりました。
第一に、このKST報告の中で調査対象となっている自然は、水産資源として重要な魚介類のみで、その他の水生生物、自然植生、陸上動物に対する調査と評価はまったくといってよいほど行われておりません。河川の自然環境は水産生物のみで成立しているのではなく、多くの生物と周囲を取り巻く水質、土壌、地形などの諸環境から成り立っています。冒頭で述べた「長良川が自然の状態を比較的よくとどめている」という意味は、これらの自然環境が、いまなお健全な状態で残されているということです。この生態系を恒常的に維持しない限り、水産生物に対しても好ましからざる影響がでることは間違いありません。
最近、建設省内部でも、護岸工事などの河川工事と自然環境の保全を両立させるための試みがなされていると聞いています。しかしながら、自然環境に対する認識が上記のようであれば、それらの試みの効果も甚だ疑問といわざるを得ません。
第二には、ブランケットをはじめとする河口堰建設に伴う付帯施設工事が自然環境に与える影響について、まったく考慮されていない点です。これらの工事によって、河岸の自然植生が失われることは、そこを生息地とし、また繁殖地とする鳥類、魚類などに多大な影響を及ぽします。これらのことについての考慮がはらわれていないことは、上記した自然環境の捉え方そのものに起因する問題です。
第三には、大著であるKST報告の内容を取りまとめた「KST結論報告」の信愚性です。1巻から5巻までのKST報告の内容とKST結論報告の内容とが、いくつかの項目で、大きな食い違いを示しています。例えばヤマトシジミに与える影響について、前者では「河口堰建設にともなって塩分濃度が変化し、多大な影響を与える」としているのに対し、後者ではその影響が極めて過小に評価されています。
2)「鑑定書」等の分析
一方、昭和48年(ワ)第457号長良川河口堰建設事業差止請求事件における「鑑定書」と証言などその他の文献を分析しても、未解決の課題や再検討を要する問題が少なくありません。
例えば、堰上流側の水質環境の悪化(富栄養化等)は渇水期には深刻な問題となる恐れが強く、それにともなう生物相の変化(ユスリカの大量発生等)とあわせ再検討の必要があると考えられます。
事業面についても、構想発表以来現在までに30年近い年月が立っていることもあり、再検討を要する項目が多々あります。貴省及び貴公団自身、洪水流下能力予測の際の凌 量や粗度係数の変更を行っていますが、その妥当性が十分に説明されないまま事業が進められています。河口水位や河川縦断面形などの計算基礎となった資料についても妥当性の明示が必要と考えられます。
さらに、河口堰建設の目的のひとつに塩水遡上対策が挙げられていますが、塩水遡上によって実際にどの程度の被害が生じると予測されるか、という点についてはいまだに示されていません。また、「鑑定書」では、もともと存在する河床の突起部を利用した、河口堰以外の方法が検討されていますが、この方法は、適切な工法を採用すれば、河口堰に替わりうる有効な方法であると考えられます。利水面の必要性についても、水需要予潮が大幅に変化したことから、本事業全体の再検討の中で十分検討すべきであると考えます。
3)情報の公開性
今回の調査にあたっては、いくつかの資料を貴省及び貴公団に請求致しました。しかし検討中との回答のみで、一切の資料をご提供いただけませんでした。本意見書並びに中間報告書で指摘した点についても、既に検討されている項目があるかと考えられますが、その結果はもちろん、検討に用いた基礎資料も含め、科学的根拠を公にしていただきたい。これは、国民に対して、事業に関する正しい理解を求める前提として不可欠な貴省及び景公団の責務ではないでしょうか。
以上のように、長良川河口堰事業は自然環境面においても事業面においても検討されるべき点が数多く残されています。自然環境をはじめとする周囲への多大な影響や、河口堰に起因する新たな災害が懸念されている現状を踏まえ、長良川河口堰事業は「一旦中止し、現在行われている工事の代替案の検討と、広く河川の自然環境全般に関する環境影響評価を先行させることを強く要望します。