「海草は空港予定地にぶつかる」-沖縄シーグラスウォッチ調査・第1次報告書-
沖縄ジャングサウォッチ No.1(要約版)
~沖縄シーグラスウォッチ調査・第1次報告書~
(財)日本自然保護協会(NACS-J)
1.はじめに
ジュゴンが餌とするうみくさ海草(英語でシーグラス)のことを沖縄ではジャングサ(ジュゴン草)、ジュゴンやウミガメを育むうみくさもば海草藻場をジャングサヌミー(ジャングサの海)と呼ぶ。
海草藻場は、サンゴ礁、干潟、マングローブ林とともに、沖縄の沿岸生態系の要素であり、このうちどれが欠けても重大な影響をもたらす。沖縄の海草藻場は、今、埋め立てや赤土流出などによって、最大の危機に瀕している。沖縄島の最大の海草藻場である辺野古沖、泡瀬沖の海草藻場は、米軍飛行場の建設、埋め立て計画によって消失の危機にある。
そこで日本自然保護協会では、市民参加による海草群落のモニタリングを行う「沖縄シーグラスウォッチ調査」を実施した。
2.オーストラリアのシーグラスウォッチと簡易目視調査法
シーグラスウォッチは、1998年にオーストラリアのクイーンズランドではじまった市民参加型の海草モニタリング活動で、現在では、北はケアンズから南はブリスベーンまで、59ケ所の定点において、300人のボランティアの参加によって実施されている。
調査データは、ジュゴン保護地域の設定、世界遺産地域の評価にも活用されている。シーグラスウォッチの活動は、すぐれた環境保全活動であるとして、2000年6月にオーストラリアの首相環境賞を受賞した。
3.沖縄におけるシーグラスウォッチ
<調査期間>
<調査手法>
(1)空中写真による海草藻場の読み取り
日本地図センターで市販している空中写真(1993年撮影)を用い、名護市天仁屋岬から金武町金武岬までのサンゴ礁、海草藻場の分布を読み取り、1/25000地形図にマッピングした。
(2)ライントランセクト調査(嘉陽)
嘉陽では、7月と9月の2回、海岸から海に向かって200mのラインを5本ひいて、海草の調査を行うライントランセクト調査を実施した。50mごとに調査地点を決め、50×50cmのコドラートを置いて、(1)時刻、(2)水深、(3)底質、(4)海草全体の被度、(5)海草の種ごとの被度、(6)備考としてジュゴンの食痕や赤土による影響などを記録した。
(3)定点調査(辺野古 )
辺野古では、9月と11月の2回、GPSを用いて船で定点に接近し、ダイビングによって海草を調査する定点調査を実施した。辺野古港航路を基準ラインとして、その東と西に200m間隔で各8本、合計16本のラインを設置した。また海岸に近い側から、1から5まで200m間隔でラインを設置し、その交点にある60定点を調査した。
4.沖縄シーグラスウォッチの結果
(1)空中写真の読み取りと予備調査の結果
空中写真から海草藻場の分布を読みとった結果、この地域で、最大の海草藻場は、名護市辺野古から豊原・久志の海岸に広がる海草藻場であった。この他、名護市嘉陽と安部、宜野座村松田と漢那、金武町億首川河口から金武岬にかけてまとまった海草藻場があることがわかった。
5月の予備調査では、嘉陽、辺野古、豊原の海草藻場で、この地域に生育する7種の海草を確認した。また嘉陽ではジュゴンの食痕、豊原ではウミガメの食痕を確認した。
(2)嘉陽の海草藻場の調査結果
7月21日、9月22日に嘉陽において、ライントランセクト調査を実施した。
海草全体の分布を見ると、起点から50m~150m付近で被度が高く、200mを越えると被度が低くなっている(図1)。底質は200mを越えると砂からサンゴまじりの礫に変わる。これは、空中写真から見た海草藻場の分布と一致している。
種ごとに分布を見ると、リュウキュウスガモが全域に広く分布するのに対して、ボウバアマモは岸から50~100m付近の水深の浅い場所に分布している。ジュゴンが好むといわれるウミヒルモは、岸から100~200m付近の水深の深い場所に分布していた。
ジュゴンの食痕は、5月、7月、9月と毎回観察され、この地域の海草藻場はジュゴンの生存にとって非常に重要な意味を持っていることがわかった。
図1.嘉陽における海草全体の分布(左;2002年7月、右;2002年9月)
(3)辺野古の海草藻場の調査結果
9月23日、11月3日、11月4日に辺野古において、定点調査を調査した。
辺野古岬~キャンプシュワブ沖の海草藻場(幅1500m、長さ800~1000m)は、沖縄本島で最もまとまった海草藻場であると考えられる。空中写真では、海岸から500mまでしか海草がないように見えたが、実際には海岸から1000mまで海草藻場があることがわかった(図2)。
海草の種ごとに分布をみると、ボウバアマモ、リュウキュウアマモは岸から200~400mの水深が浅い場所に密生しているのに対して、リュウキュウスガモは岸から400~1000mにパッチ状の群落を作っている。
ベニアマモ、ウミジグサ、マツバウミジグサは、岸から400~600mのボウバアマモの密生群落の周辺部で、ウミヒルモは、岸から600~800mの水深の深い場所で見られた。
空中写真で読み取れたのは、このうちボウバアマモ、リュウキュウアマモを中心とする密生した海草藻場のみであり、ウミジグサ、マツバウミジグサ、リュウキュウスガモ、ウミヒルモは、読み取れていないことが分かった。
図2. 辺野古における海草全体の分布(2002年9月、11月)
5.今後の調査に向けて
<嘉陽>
嘉陽の海草藻場は、海岸から歩いてアプローチできること、この地域に生育する7種の海草がすべてそろっていること、ジュゴンの食痕を観察できることなどから、シーグラスウォッチに始めて参加する人にとって研修の場としてふさわしい条件を備えている。今後、海草の季節変化を把握する必要がある。
<辺野古>
今年の調査で、辺野古の海草群落の広域な分布状況は、おおまかに把握する事ができた。防衛施設庁の調査では、海草の被度25%以上の分布図しか示されていないが、実際にはその外側にも海草藻場が広がっている。被度10%未満の海草藻場を含めると、海草の分布は、飛行場予定地まで広がっている(図3)。
図3.辺野古における海草の分布限界と空港計画
オーストラリアでは、ジュゴンは密生した海草群落よりも、密度の低いウミヒルモなどの群落を好むと言われている。環境影響評価では、飛行場建設が潮流や底質にどのような影響を与え、密度の低い海草群落の分布をどう変化させるかを予測する必要がある。
調査中にはジュゴンの食痕は発見なかったが、ジュゴンネットワーク沖縄がこの海域でジュゴンの食痕を確認している。飛行場計画は、ジュゴンが辺野古サンゴ礁に出入りする”クチ”を塞いでしまうことになる(図4)。
図4.辺野古サンゴ礁のクチの位置と空港計画