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諫早湾干拓事業のアセスとそのレビューのおかしさ(要約)

2001.09.01
解説

元東海大学教授・元理化学研究所主任研究員 宇野木早苗


報告書全文はこちら>>

事業前に出されたアセスについて、日本自然保護協会への最初の報告書(2001年4月)の中で、筆者は疑問点を指摘し、問題の多いアセスに基づいて事業を実施したことが、現在の有明海の著しい環境悪化の重要な要因であろうと述べた。しかし依然として今回のレビューは、当初のアセスを支持するか、その誤りを糊塗する内容になっている。そこで、当初のアセス、および今回のレビューのどこに問題があるかを述べる。

1.当初のアセスの結論

潮汐・潮流に関するアセスの主要な結論は、評価書の中で次の文面(下線)のように記してある。

(1)シミュレーションの精度について、「潮位と潮流ともに、再現性は良好であると判断した。」

(2)予測計算によれば潮位(満潮位と判断される)は、「諫早湾から有明海の湾中央部にかけて1-2cm程度締切前より上昇すると予測されるが、この変化量は有明海の潮位差3-5mに比べると1%にみたないものであり締切による影響はほとんどないものと考えられる。」

(3)潮流の予測計算では、「従って、諫早湾湾奥部の締切による潮流の変化は、諫早湾内に限られ、諫早湾湾口部およびその周辺海域の潮流に著しい影響を及ぼすことはないものと考えられる。」

2.計算技術の欠陥と観測の著しい不足

図-1に予測に用いた計算手法の精度を示す。最も重要なM2分潮の潮流楕円の観測結果を実線で、計算結果を点線で表している。常時海水に覆われる測点2では、計算の再現性は許容できる。だが湾奥の測点1では、計算値は実測値の60%に過ぎないので、前節(1)項の判断は認めにくい。

これは、干潮時に数kmも干潟が干上がる底面を潮汐が遡上する現象は、非線形性が非常に強いので、極めて高度な計算技術と多くの時間と費用を要するが、アセスではこれが満たされていないためと思われる。測点1付近の流れは広い干潟の水位と流れを支配しているから、ここで再現性が悪いことは、干潟が発達した有明海でこの計算手法を予測に用いることは問題があることを示す。

一方信頼できるアセスを行なうには、関係海域での観測を充実させることが不可欠である。だがこのアセスにおける諫早湾外の流れの観測点は、わずか3地点だけで(図-3参照)、有明海の流れの特性を把握することは非常に困難である。上記の再現計算に用いた観測も水路部のデータを借用したもので、アセスの20 数年前のものであるから、地形変化のために流況が変わっている可能性もある。

このような計算技術と観測の基本的不備について、レビューでは触れず、改善をしていない。

3.満潮位の変化予測は意味が乏しく、検証も困難

開発事業が潮汐に及ぼす影響を知るには、潮の干満の大きさ、すなわち潮差や分潮振幅の変化を見るのが一般的で、最も適している。ところが本アセスではこれを取り上げずに、1節(2)項に示したように潮位そのもの、ここでは満潮位の変化を取り上げているのは理解に苦しむ。そしてこの変化は微小だから、潮汐への影響は無視できるという、都合のよい結論を導いている。

ところがレビューでは満潮位の変化予測の検証を行っていない。その代わりに、朔望(大潮)時の平均満潮位と平均干潮位が共に、年々上昇する傾向にあると述べている。朔望時の満・干潮位は、潮汐に起因する満・干潮位と、他の自然現象に起因する平均海面(季節変化と経年変化を行う)とを重ねたもので、後者の変化の方がずーっと大きいから、朔望時の平均海面の変化を基に、干拓事業が潮汐に及ぼす影響を把握するのは無理であり、検証も難しい。そして上にわざわざ言及した年々上昇は、実は平均海面の経年変化によるもので、干拓事業とは関係ないものである。

さらにレビューでは平均海面の季節変化の変動と堤防締切の関係を長々と述べ、この変動が広域的であるから潮受堤防の締切を海面変化の主因とすることは考え難いと結んでいるが、平均海面の季節変化の性質からいえば当たり前のことで、なぜこのような不必要な結論を取り上げたか疑問に思う。

4.潮の干満差の減少は明確だが、これの予測は欠けている

当初のアセスでは、不思議に思えるが事業が潮汐に与える影響、すなわち潮差や分潮振幅の変化の予測は実施されていない。予測がないので、レビューにおいても予測の検証は行われない。

そこで気象庁の4検潮所におけるM2分潮の振幅の経年変化を求めると図-2が得られる。干拓事業着手の1988年ごろから、有明海内部で変動しながらも潮汐が顕著に減少を続けていることが認められる。筆者らはすでに、東京湾、伊勢湾、大阪湾における潮汐の年々の減少は、埋立浚渫に伴なう湾面積の減少と水深増大のために、湾の振動特性が変わったためであることを明らかにしている。よってこの有明海の潮汐減少も諫早干拓事業の影響が強いと判断される。ところが当局は、レビューの中で潮汐が減少していることは認めても、この減少は事業前から起きているとして、事業との関係を否定するような記述を加えている。だがこれが事実でないことは図から明らかであろう。

ただ図-2によれば、有明海の湾口や湾外においても潮汐が減少しているので、有明海の潮汐減少の主因は有明海の内部にあるのではなく、外部にあるとの主張もなされている。しかし有明海の振動特性(増幅率)の変化を考慮して解析すると、事業着手から堤防締切までの間の潮汐減少に対して、湾の内部の寄与が 95%、外部の寄与が5%で、圧倒的に内部の寄与が大きく、干拓事業が潮汐減少の主因であるといえる。なお最初の報告書の中で筆者は、干拓事業のために潮汐が約4%減少したと見積もったが、これは少ない資料を基に緊急にまとめる必要があったためで、今回の詳しい解析によればやや過大であり、その半分程度が妥当であろうと考えている。

一方、図-2では堤防締切後も潮汐が減少しているが、その理由はまだ明確でなく今後の検討が必要である。なお事業着手から1999年までの期間では、当初の潮汐の3.6%が減少し、その減少に対して湾の内部の影響が72%、外部の影響が28%であって、やはり湾内部の寄与が本質的に重要である。

5.予測に反した大きい潮流変化、あいまいなレビュー

当初の予測は1節(3)項に述べてある。今回のレビューでは、「(諫早湾内では)湾奥部から湾口に向かうに連れて流速変化は徐々に小さくなっている。一方、諫早湾外の3地点については、地点・層により流速の増加及び減少傾向が異なっており、潮受堤防締切の前後で一様な変化傾向が認められない。」と結論している。これは単に、事業の前後で潮流がいろいろ変化しているといっているだけで、当初予測の評価としてはあいまいで、適否の判断を避けているといわねばなるまい。

そこで当局の資料を基にして、大潮時の最大流速が堤防締切前に比べて、締切後に何%変化したかを計算し、結果を図-3に示す。プラスが増加、マイナスが減少で、観測層は海面下2mである。堤防のすぐ前面では100%近く減少し、堤防から遠くなると減少は小さくなる。それでも破線で示した諫早湾の湾口を結ぶ3点では、11%から33%とかなり大きく減少している。とくに諫早湾はるか沖で有明海中央の測点14においては、23%も潮流が減少していることが注目される。

ただし潮位と異なって潮流は地形変化の影響を受けて局地性が大きい。また観測される流れには、密度成層に伴う密度流や風による吹送流が加わり、これらは深さによって変化する。観測によれば、諫早湾の外で流れの増加が見られるところもあるが、それが局地的なものか、潮流外の流れが加わっているのか、現在のデータのみではよく分からない。前に述べたように観測の充実が是非とも必要である。ただ、検討すべき点は多く残されているが、以上の観測結果によれば、諫早湾の湾口から外にかけては、干拓事業の影響は考えなくてよいという当初のアセスは正しくなかったといえよう。

 


図-1 潮流楕円の実測値(実線)と計算値(点線)の比較


図-2 有明海内外の4地点におけるM2分潮の振幅の経年変化


図-3 諫早湾堤防締切による大潮時の最大流速の変化率(%)

 


追加資料

 

有明海の2%の潮汐減少が環境悪化に及ぼす影響

 

宇野木早苗

日本自然保護協会への報告書(2001年9月)の中で、諫早干拓事業のため有明海の潮汐が2%程度減少することを指摘した。これは有明海の環境に重大な影響を及ぼすことを、他の海湾の開発計画と比較して示す。

潮汐が2%減少すると、直線状海岸で海底が直線的であるときには、干潟面積が同じく2%減少することを、筆者は同協会への最初の報告書で示した。これは有明海の干潟面積についての農水省推定値270平方kmを用いると540haの干潟の消失を、環境庁の推定値207平方kmを用いると414haの消失を意味する。

一方、他の海湾における代表的沿岸開発による埋立面積は、下記のようになる。

東京湾、三番瀬(1990年)     470ha
伊勢湾、中部国際空港     470ha
大阪湾、関西新空港(第1期)     511ha

これらをみると、単に潮汐の減少に伴う干潟面積の消失のみで、上記諸事業に匹敵する悪影響が海域に及ぶことがわかる。ところが有明海では諫早湾の堤防締切によって、さらに、実に3550haにも及ぶ広大な浅瀬干潟が失われる。このことから諫早湾干拓事業が有明海の環境に及ぼす悪影響がいかに重大であるかが理解できる。

なお現実には1999年までを見れば、外海における潮汐の減少やその他の影響が加わって、有明海では潮汐が合わせて3.6%減少している。ゆえに有明海における干潟浅瀬の面積の減少はさらに大きく、それだけ環境の悪化は加速されるのである。

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