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特集「エイリアンスピーシーズ」その2
〜ケーススタディ(1)  逃亡ペット/北海道〜

2000.10.01
解説

アライグマに乱される生態系と農業

会報『自然保護』No.450(2000年10月号)より転載


厄介な動物が棲み着いた

札幌郊外に広大な森林が広がる野幌森林公園。野生化したアライグマの調査を行う池田透さん(北海道大学大学院文学研究科助手)に同行した。池田さんは近くの木を指して言う。

「アライグマは木のうろを住処や巣にするので、この木は前年までフクロウが営巣していたのを追い出してしまいました。また、アライグマが繁殖したことで、アオサギが営巣を放棄して九七年までにコロニーが消滅してしまいました。アライグマは鳥の雛や卵を食べるのです」。

放たれたり逃げ出したペットのアライグマが、北海道の生態系に影を落とし始めている。最初は恵庭市を中心に自然繁殖したと推測されるが農業被害が出て表面化し、今では札幌市や江別市・千歳市・北広島市まで生息域が拡大している。

アライグマを見かけるようになると、決まってキツネやタヌキの姿が消えたという報告がある。田んぼのカエルの声も聞かれなくなったという。

池田さんがアライグマの調査をするきっかけとなったのは、10年ほど前、アライグマの子どもが恵庭市の高速道路で保護された、と聞いたことだ。

「地元ではペットが逃げてウロウロしているくらいの意識でしたが、そうではなく、人の手を離れたところで繁殖を始めたということをどうしても証明する必要がありました」

ついに恵庭市に引っ越し、夜行性のアライグマを追いかけて夜明け前にすみかを探し、大学から戻るとその場所を調査するという生活を365日続けて出産の事実をつかんだ。

データを見せて市や道に「放っておいたらたいへんなことになる」と言い続けた。

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ポンポン、ポンポン、ポンポン。池田さんが差し出すアンテナが、アライグマに付けた発信機を捉えた。音が次第に小刻みになる。こちらに接近するのかと思ったのも束の間、音は遠くにかき消えた。野幌森林公園(江別市)で。

アライグマは原産国の北米では、住宅街から森林地帯まで広く生息しており、雑食性で、手先が器用で木登りが上手、しかも学習能力がずば抜けて高い。また鹿に匹敵する高い妊娠率で、かつ、鹿の1年1頭に対して1回に3~6頭を生み、妊娠に失敗したり子どもが死ぬともう一度妊娠することもある。

放っておけば恐ろしい勢いで増加していく。しかも日本には天敵もいない。さらに狂犬病などの人獣共通感染病も媒介する。知れば知るほど、池田さんは「厄介な動物が入ってきた」との思いにかられた。

聞き取り調査によって、79年に恵庭市近辺で10頭ほどのペットのアライグマがまとまって逃げた事実がわかった。その後も、道内各地から逃亡情報が集まっている。初期の段階できちんとした手当てができるかどうかで後への影響が違ってくる、と池田さんは指摘する。

つまり、せっかく捕まえても殺すには忍びない、元々はペットだし飼ってくれる人がいればあげよう、といった “温情行為” で各地に運ばれ、定着地の拡大を促進したというわけだ。

それにしてもなぜアライグマがこれほど逃亡することになったのだろう。背景には、70年代後半に放映された人気アニメ「あらいぐまラスカル」によるブームがある。独特の姿やしぐさの愛らしさが人気を呼び、一時はペットとして数万頭が輸入された。

だがアライグマは、幼獣のときは人間になついてかわいいものの、成獣になると気が荒く凶暴になる。野生動物として飼育することはできても、決して”ペット” 向きの動物ではないのだ。そのため、飼い主が持て余して放獣する結果を引き起こしてきた。

飼えなくなったとき飼い主は、「捨てる」ことでなんとか生き延びてほしいという “善意” で罪悪感を償う気になっている節がある。アニメの中でも最後に人間の手に負えなくなりアライグマを森に帰す場面が描かれている。

しかし、舞台の北米では野生に帰せても、日本にはいない動物アライグマは、「移入種問題」を引き起こしてしまうのだ。

酪農地帯が”温床”となり繁殖

「スイートコーンが採りごろになって明日は収穫しようというその晩にやられる。何が悔しいかってね、誰が入れたかわからない外国の動物が日本の農作物を食べてることサ。もともといたキツネの被害ならまだ我慢できるが、アライグマだけは許せない」

吉田俊二さん(恵庭市・農業)は、キツネはこんな食べ方はしないと憤る。昨夜やられたばかりの数本のトウモロコシは器用に皮をむかれ、食いつくされていた。

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「アライグマは1頭で5~6本も食べる大食漢だ。キツネはそんなに食べない、かわいいものだ。アライグマが子連れで4~6頭で来た日にはひどいことになる」と、吉田さんは嘆く。

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農業被害対策に取り組む、恵庭市農政課長の宮本さん。

被害がピークとなった97年には、コーン畑10アールが全滅というケースもあった。スイカやメロンも食べられ放題。また、養魚場に入り込み5~6頭が泳いでいたこともある。

アライグマに好都合だったのは、これらの地域の酪農家の畜舎には、好物のコーン入り混合飼料が年中あり、冬には干し草を巣に子どもを出産できたこと。酪農地帯がまさに “温床” となり人知れず増え続けたのだ。

「言われたことが本当になってしまいました」

ある日、池田さんに恵庭市の担当者から電話がかかった。問題は農業被害という形で吹き出したのだ。95年に12万円だった被害額が、翌96年に500万円に急増。千歳市・北広島市にも広がった。97年、恵庭市は「駆除やむなし」と判断し、アライグマが狩猟対象に指定された(94年)鳥獣法に則り駆除申請を行った。

市の農政課を悩ませたのはアライグマによる農業被害ばかりではなかった。「罪のないアライグマを殺すのはかわいそう。人間の身勝手だ」という動物愛護者などからの電話や、駆除作業を追いかける取材報道だった。

この年、108頭を駆除したが農業被害額はそれでも約900万円と前年の2倍。98年にさらに139頭を駆除、被害額はほとんど変化なく、99年にやっと500万円を切った。

「ここ1、2年は全滅的な被害はなくなりました。わずかな被害でも農家から報告があれば、その日の夕方すぐに罠をかけることで大きな被害を食い止めています。
有害鳥獣駆除はあくまでも被害が出た段階で拡大を防止するのが目的。ですから、農家から届けがなければ、駆除はできませんし、これから被害の出そうな場所に予防的に罠をかけることもできません」

しかし、恵庭市農政課の宮本敏治さんは、被害がある限り、行政として駆除を続ける方針と繰り返した。

「移入種問題は人災です」

農業被害は問題発覚の糸口だったが、アライグマによる影響は、生態系全体へと広がっている。広域連係で、生態系全体からの排除でなくては、移入種問題を解決できない。98年、生態系への影響に対して初めて道が動き出した。

「現在は『生態調査を兼ねた排除』という形で、北海道全域の生態系からの排除を目標にすすめています」と北海道環境生活部野生生物室の関直樹さんは言う。在来の生物や自然環境の保護を目的として、アライグマという移入種を駆逐する方向で動き始めたのだ。

道庁では、全道で事前調査の聞き取りアンケートを開始し、99年から始まった生態調査では、前述の野幌森林公園などで試験的捕獲を実施して捕獲効率や手法を検討、あわせて捕獲個体分析なども行ってきた。

今のところ、全道にどれだけのアライグマがいるかつかめていない。生息密度が地域ごとにバラバラで推定が困難なのだという。野幌森林公園では1500ヘクタールに20~30頭という推定数が出たが、原産国の北米ではもっと高密度で生息している例もあるという。

昨年度の予算は1000万円、今年度は4000万円、来年度も同額程度を見込んで取り組む。北海道には野生動物が多く、アライグマが釧路湿原に入ったらタンチョウがとんでもないことになると、関さんら野生生物室は危機感を募らせている。

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北海道庁・野生生物室の関さん。
農業被害は、額が小さくなると届け出も減り、問題が表面化しなくなる。道庁では、「アライグマを見かけたら情報を」と呼びかけている。

「移入種対策の大前提は、なんといっても飼い主の自覚です。『殺さないで』という批判の声が挙がりましたが、いったい最初に誰が捨てたのでしょう。捨てた人がいるから、結局は行政にツケが回ってくる。個人個人がきちんと飼っていれば税金を使うこともなければ、駆除する必要もないのです」

と関さんは無責任な飼い主への憤りを隠さない。駆除という手段について、池田さん(前出)はこう考える。

「こうした移入動物の問題は元はといえば人間が起こした人災ですから、人間がケリをつけるべきことではないでしょうか。『動物に罪はないのになぜ殺されなければならないか』という言われ方をされますが、移入動物によって在来の動物が殺されています。」

「それによって、生態系というシステムが破壊されています。目の前の生命は大事にしているかもしれないが、広く長い目で見たら取り返しのつかないジェノサイド的な被害に目をつぶっているだけだと思う。」

「実際に手を下す人間には罪悪感がつきまといます。そうやって痛みを感じながらやるしかないと思っています。人間が何をしてなぜこうなったのかを反省した上で対応する。それを次につなげていかなければ、駆除されたアライグマたちも浮かばれないでしょう」

ただし、駆除は最後の手段であり、野生動物を安易に輸入しない、飼い主はペットを放さない、という基本的な考え方が実はもっと重要だと池田さんは強調する。それが徹底されなければ、際限なく駆除し続けなくてはならない。池田さんが指摘するように基本的な知識や解決策を広めていくことが、第二、第三のアライグマ問題を防ぐ道になることだろう。

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北海道庁空知支庁が発行した『アライグマ被害対策ハンドブック』。

(島口まさの)

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