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第3次海上の森・万博問題小委員会調査報告書(地形・地質)

2000.05.19
活動報告

『海上の森南地区博覧会場が自然環境に与える影響』

~NACS-J保護委員会/第3次海上の森・万博問題小委員会調査報告書~


 

地形・地質から見た問題点

 

森山昭雄(地形地質 愛知教育大学教授)

去る4月4日、通産大臣、愛知県知事、博覧会協会会長の合意事項として、「海上の森の博覧会事業及び地域整備の基本的方向について」という文書が発表された。地形改変に関しては極めて抽象的であるが、文面から推定すれば、西地区に駐車場を設け、吉田川本流よりも南の地域(赤池の南)の丘陵地にシンボルゾーンなどを配置し、その間を道路で結ぶ計画のようである。聞くところによれば、その道路は30mもの大きな道路とのことである。そこで、筆者は、西地区を含む南地区の地形地質の特徴について明らかにし、その開発による環境への影響を地形・地質学の立場から、以下に問題点を指摘する。

西地区の地形・地質と開発上の問題点

筆者は、現地を歩くとともに、1948年、1965年、1974年、1987年の空中写真を判読し、土地利用と森林の変遷について考察した。それぞれの撮影時期の空中写真を以下に示す。

判読によれば、サンヒル上之山団地とその南の造成地およびその東の丘陵地は、1948年の空中写真でも陶土・硅砂が採掘されており、複雑な丘陵地の地形が大きく改変されていた。1965年および1974年の写真では、陶土採掘穴はさらに拡大している。1987年の空中写真では、団地の宅地造成の工事が始まったばかりのようであり、現在の団地の範囲の森林がすべて切り払われている。95年の写真では団地は完成して、北部はほとんど住宅で埋まっているので、 92年頃に団地の宅地造成は終ったと考えられる。

陶土採掘による改変地は、現在の団地東の池のやや東の斜面までであり、その池は、採掘地の大きな穴の西半分を盛土して宅地にしたために、その東半分が凹地として残り、そこに水が溜まってできたと考えられる(写真2)。池の周囲には、現在でも陶土・硅砂とその中に挟まれる亜炭層が露出している。池の東および南の斜面は、陶土採掘時に改変されて緩やかな斜面になっているが、現地の住民によれば、1950年に砂防のためにアカマツを植林したという。65年の空中写真でも、筋状に植林された様子を判読できる。現在でも極めて貧弱なアカマツ林であり、50年ほど経過しても貧弱なアカマツ林にしか成長しないほど、砂礫層地域の森林の成長が遅いことを物語っている。

そこから南東方向に愛工大に抜ける道沿いには、成長の悪いモンゴリナラ(写真3)とアカマツの群落がある。団地の東側の丘陵地は、1948年の空中写真では尾根の一部が禿山となっているが、一部の崩壊地を除いて斜面は植生で覆われている。その後の空中写真を見ると、禿山は次第に回復し、65年の写真では完全に植生に覆われている。丘陵地の東斜面の崩壊地は、そのまま残りつづけ、現在でも同じである。1987年のカラー空中写真では、植生が回復した丘陵頂部が再び禿山となっている。そこには、古墳上の丸い丘と大きな花崗岩の大礫が散在しているので、おそらく古墳の発掘調査によって植生が破壊され表土が削り取られたと考えられる。表土がまったくなく、アカマツの幼木が侵入している程度である。丘陵の東斜面および北斜面には、平安期の穴窯の発掘跡があり、近年の発掘のために面的に植生と表土が剥ぎ取られており、基盤の花崗岩類にトレンチが掘られている。この西地区全体の地質構造は、基盤の花崗岩類とそれをおおって存在する土岐砂礫層である。砂礫層は丘陵の頂部のみであり、その厚さも10mを越えることはないと思われる。

池の東の斜面下部には、ハッチョウトンボが群生している。そこには、1~2mの滑落崖を伴った地すべり地形が見られ、滑落した砂礫層が扇状地状に押し出し、そこに地下水が染み出して、ハッチョウトンボの生育環境を形成している。そこには、トウカイコモウセンゴケなどの貴重種も見られた。砂礫層の上を走る旧道にも地下水が染み出し、ハッチョウトンボが群生するという。砂礫層が滑落した原因は、おそらく、基盤の花崗岩との不整合面からの地下水の湧出であろうと推論される。

吉田川入口から愛工大に抜ける谷は、断層ではないかと思われるほど直線的な谷である。現地では、断層であることを示す確かな証拠はない。しかし、その上流部にはシデコブシ(写真4)、サクラバハンノキが見られる湿地があることから、断層を水みちとする地下水の湧出が起こっていると推定される。その谷の東側の斜面は、コナラ・アベマキなどの落葉広葉樹林となっており、良好な雑木林の環境が保たれている。

したがって、この西地区において守られるべき自然は、ハッチョウトンボの生育環境とシデコブシ湿地の環境であり、守られるべき文化財は、古墳と平安期の古窯である。それらを直接に破壊するような開発は避けるべきであるばかりでなく、大きく砂礫層を削り取るような改変を行った場合には、地下水の供給に多大の影響が考えられるので、慎重な配慮が必要である。

「基本的方向」の文面からは具体的な地形改変の内容は不明であるが、この地区に道路を通す計画であることは明らかであり、その道路の位置や構造によっては、上記の守られるべき自然や文化財の破壊が起こる可能性がある。

南地区の地形・地質と開発による問題

海上の森の南地区は、活断層である猿投北断層の本体と分岐断層の南側に位置する。両断層とも南東側が隆起する変位を繰り返してきたために、吉田川は、発達史的には先行性の谷であり、海上の森の他の地域に比べて谷が深く、急峻な峡谷をなしている。その支流も、深い吉田川の河谷に合わせるように、深い峡谷をなす。

* 先行性の谷:河川の流路の途中に断層や褶曲の隆起軸があって、その部分が隆起すると、河川の侵食速度が隆起速度よりもまさるため、流路を維持しながら深い峡谷を刻み、山脈を横切る谷を作る。それを先行谷(anticedent valley)という。そのような性格を持つ谷を先行性の谷という。

南地区の地質は、基盤の花崗岩が大部分で、その上に土岐砂礫層を乗せる構造で、西地区に近接する地域ほど砂礫層が厚くなる。給水塔から北に延びる尾根上には砂礫層が堆積しており、著しいバッドランド(禿山)を形成している部分がある。尾根のの両方から崩壊が進み、痩せ尾根となっている。これはおそらく、古い崩壊により裸地化し、大雨のたびに表土が流されて植生が回復しなかったためであろう。それは、1948年の空中写真にも写っており、禿山のまま植生が回復しなかったものであろう。

砂礫層地域の尾根部分は、モチツツジ-アカマツ群集の植生となっている。それに対して、給水塔よりも東の丘陵地は、丘陵頂部に砂礫層はほとんど存在せず、すべて風化花崗岩からなる。そこには、数十年を経過したと思われるコナラ・アベマキ・ヤマザクラなどの巨木が尾根まで生い茂り、土壌の発達も良い(写真5)。河谷は深く、一部に湿地が存在する。筆者が情報公開で得た500分の1の実測図(現況平面図)によれば、河谷に近い斜面下部が特に急勾配であり、 40度以上(場所によっては50度近く)の傾斜を示すところもある。尾根は、従順化により丸みを帯びているところが多く、鞍部は谷頭の急斜面が切り合い、痩せ尾根となっている。谷底と尾根の高度差(起伏量)は、最大40mにも達する。

* 従順化:尾根部分は風化作用を受けやすく、斜面下方に向かうソイル・クリープ(土壌圃行)により丸みを帯びた尾根になること。

以上のような地域に、西地区から南地区へと道路を通すためには、地形を大きく改変しなければならない。尾根部分は大きく切土し、谷部分には厚い盛土をしなければならない。盛土をして通せば、支流の水系は分断され、支流の河谷に生息する動植物への影響が大きくなる。

「水系や地形への配慮を行う等環境負荷を最小化する」ためには、谷部に盛土することなく、尾根から尾根へと橋脚で渡す以外にはない。その場合には、どうしてもいろいろの方向からの工事用道路が必要になり、そのために地形改変がさらに大きくなると考えられる。

南地区開発地の正確な場所と面積が分からないが、仮に赤池南の丘陵地に5haの平地を造成するとすれば、尾根部分を削り谷を埋めなければならないのであるから、このような起伏の大きな地域では、盛土したり切土したりする地形改変面積は倍の10ha近くにもなると考えられる。工事中を含めて、改変地ばかりでなく吉田川本流へも甚大な影響を与える結果となり、流域の自然環境を破壊することは明らかである。

保安林地域を避けたことについて「基本的方向」では、「保安林地域については、解除申請は行わない」としている。森林法によれば、森林の保水能力の減少を補うために、それに見合う調整池を作らなければならないことになる。吉田川の「水系」への配慮との文言は、保安林地域を避けることによって、調整池を設置することによる吉田川水系の分断を避けるという意味であろう。本地域では、東方の保安林がかかっている地域は、大正時代から植林されてきた人工林の地域であり、保安林の種類は、「土砂流出防備」のための保安林である。しかし、保安林がかかっている地域とかかっていない地域とは、法的には大きな違いはあっても、本地域では人工林地域と雑木林地域との違いはあれ、森林であることには変わりはない。

保安林地域は、人間が定めたものであって自然の性質に由来するものではない。偶然、本地域の保安林地域は人工林であるが、土砂流出防備あるいは保水力という点においては、人工林よりも雑木林の方が優れているといわれる。雑木林の方が根が深くはり、斜面の風化土層をしっかりと緊縛するために、人工林に比べて山地崩壊が起こりにくいといわれる。手入れが行き届いていない人工林では、強風による倒木や集中豪雨時の降雨による斜面崩壊が起こりやすくなる。十分に手入れされていない人工林が広がっている本地域では、風水害の被害が心配される。保安林がかかっていない南地区の雑木林は、同様に風化花崗岩地域であるにもかかわらず、成熟した雑木林であるから山地崩壊から守られていると言っても良い。

新住事業の準備書(2分冊のうち2、104~129)には、森林土壌の調査結果と環境影響評価が記載されている。尾根部分は乾性黄色系褐色森林土、斜面は適潤性黄色系褐色森林土となっている。愛工大の給水塔北の一部に受食土が分布する。そのうちの土壌の貯水機能の評価(120p。)の図では、南地区は、尾根の部分に「貯水性中」の地域が分布しているほかは、「貯水性高い」との評価結果が図示されている。

仮に、保安林がかかっていない南地区の雑木林を10ha程度伐採し、大規模に地形改変するならば、土壌の保水機能がその分だけ失われることになる。そのために、それを補うだけの調整池を設置しないと、洪水時には吉田川本流に出水が集中し、渓岸崩壊や道路の決壊、下流への洪水災害をもたらすことにもなる。簡単な計算ではあるが、仮に10haの面積を開発したとすれば、日雨量200mmの豪雨と流出率を60%と仮定すれば、1日に12万m3の洪水が出ることになる。平均して毎秒1.4m3の洪水である。ピーク時にはその何倍にもなると考えると、それをさばける河道断面積があるのかどうか。保安林の解除申請は行わない」としても、結局は、吉田川本流のどこかに調整池を設置しなければならなくなるのではないかと考える。

以上のように、地形・地質の観点からは、「環境への最大限の配慮」の内容が不明であるが、仮に最大限環境に配慮したとしても、南地区の大規模土地改変は自然環境を著しく破壊するものであり、「環境」万博の会場計画にはふさわしくないと考える。

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