「添付文書」・・・全資料を詳細に検討したNACS-Jの見解
「大型猛禽類調査資料(水資源開発公団)」の検証
「公開資料」添付文書
1.本文書と検証作業の位置づけ
本文書は、「岐阜県揖斐川上流域徳山ダム建設計画に関わる大型猛禽類調査資料(水資源開発公団による生息実態調査結果)の適正公開等に関わる協定書」に基づき、財団法人日本自然保護協会(以下「協会」又は「NACS-J」)が、公開資料の作成過程において公開資料に添付する文書として独自の裁量によってとりまとめたものである。
ここでは、調査資料の科学的妥当性及びデータ類の信頼性を独自に点検し、調査資料に関する一定の検証と評価を行った。
尚、本文中の「調査資料」及び「公開資料」とは、次のとおり。
調査資料:水資源開発公団(以下「公団」)が、徳山ダム建設計画地域において環境調査会社に委託して実施しとりまとめた、希少猛禽類の調査計画、調査結果、その解析結果を内容とする「徳山ダムワシタカ類に関する資料(平成11年9月) 水資源開発公団徳山ダム建設所」。この資料は、解析結果を中心とする「詳細版」と文字による全データ一覧の「基礎データ集」の二分冊に分かれている。
公開資料:協会が、報道機関及び一般国民に対する情報公開の必要性の観点から実施される公団による調査資料の内容公開にあたり、公団から提供された調査資料の選択、及び選択した資料に対し猛禽類保護の観点から公開を差し控えるべき情報にマスキングをする等の加工を行った、情報公開の要請に応じた公開用資料。検討の結果、調査資料二分冊のうち「徳山ダムワシタカ類に関する 資料/詳細版」(平成11.9) 水資源開発公団徳山ダム建設所」を公開資料とすることとし、加工を行った。この公開資料作成に関する詳細は、公開資料の巻頭に別途まとめた。
2.作業体制
1.スタッフ構成
公開資料とするための「調査資料」の選択、調査資料の内容の検証、そして「公開資料」に加工するための検討は、NACS-J内に以下のスタッフによる検討委員会を組織して行った。検討委員には、大型猛禽類の研究者で生態や保護に造詣の深い山崎 亨氏、井上剛彦氏の2名にご参加いただき、また作業委員として、各地で猛禽類を観察され報告レポート作成経験のあるNACS-J会員3名にご協力いただいた。
検討委員/ | 山崎 亨(日本イヌワシ研究会、クマタカ生態研究グループ) 井上 剛彦(日本イヌワシ研究会、クマタカ生態研究グループ) |
検討スタッフ/ | 横山 隆一(NACS-J/本委託事業主任調査員) |
作業委員/ | 金田 正人(NACS-J自然観察指導員/神奈川) 佐々木 洋(プロナチュラリスト/東京) 松井 睦子(新治村の自然を守る会/群馬) |
事務局/ | 横山 隆一(NACS-J/総括) 森本 言也(NACS-J/広報) |
2.事務局
財団法人 日本自然保護協会(NACSーJ)
3.水資源開発公団より提供された全ての資料リスト
徳山ダム建設計画に関わる大型猛禽類調査結果は、以下の二分冊にまとめられ資料化されている。今回の検証はこの二分冊について行った。
- 「徳山ダムワシタカ類に関する資料/詳細版」(平成11.9) 水資源開発公団徳山ダム建設所
- 「徳山ダムワシタカ類に関する資料/基礎データ集」(平成11.9) 水資源開発公団徳山ダム建設所
また以下の資料類は、上記二分冊の検証作業のために、検証過程においてNACS-J から公団に要望し、追加資料として提供されたものである(順不同)。
- 「徳山ダム周辺の自然環境/概要版」(平成11.9)水資源開発公団徳山ダム建設所
- H.8-11の工事実施位置・期間・種類全図(大型図面4枚及び工程表2枚)
- 調査対象ペアの選択理由一覧(A3版文書.2枚)
- クマタカ・イヌワシ/ペア毎の行動圏内部構造図OHPシート(A3版シート.10枚)
- 新たにデータを整理し直した資料及び図表(緑ファィル)
1) クマタカ・イヌワシの行動圏内部構造解析の方法(緑ファィル p.1-2)
2) クマタカ・イヌワシの行動圏内部構造の把握要素(緑ファィル p.3-4)
3) 年度別調査体制一覧(緑ファィル p.5-14)
4) イヌワシの止まり行動位置図(緑ファィル p.15-22)
5) クマタカペア毎のハンティング行動位置図(緑ファィル p.23-38)
6) 「イヌワシ記録・その他のトレース」の内、Dペア個体と推定できるデータ の、報告書 p.101記録への入れ込み図(緑ファィル p.39)
7) クマタカペア毎のトレース記載図(緑ファィル p.40-71)
8) 基礎データ集・ソーティングし直し資料/日付・指標行動優先版(緑ファィル付表 p.1-55)
- クマタカ全止まり行動位置図(別紙)
- イヌワシ全観察定点延べ使用日数記入図(別紙)
- 基礎データ集・ソーティングし直し資料/個体識別記録優先版(青ファィル)
4.作業過程
- 第1回作業(作業日9/25-27,第1回検討委員会9/26) /調査資料の全体像把握、事業者へのヒアリング、各種追加資料要望
- 第2回作業(作業日10/9-10) /検討事項の抽出整理、追加資料分析
- 第3回作業(作業日11/2-3,第2回検討委員会11/2) /調査体制・計画・結果等の検討、事業者へのヒアリング
- 第4回作業(作業日11/13-15,第3回検討委員会11/15) /解析結果等の点検方法の検討
- 第5回作業(作業日11/19-20) /点検用資料作成、データ整理
- 第6回作業(作業日11/22-23)/点検用資料作成、データ整理、添付文書素案の作成
- 第7回作業(作業日11/25-26,第4回検討委員会11/25) /資料検証作業、公開資料化にあたっての方針検討
- 第8回作業(作業日11/28-29) /公開資料とするための図面加工、添付文書用一覧表作成
- 第9回作業(作業日11/30) /「添付文書」及び「公開資料原稿」作成
3.検証結果
資料の検討作業は、この調査の科学的妥当性及びデータ類の信頼性等を点検し、大規模開発を伴う公共事業における公的機関の行った調査資料として十分な水準に達しているかどうか、自然の豊かさを象徴する猛禽類の生息環境とこの大規模開発との関係を適切に考察するに十分な資料になりえているかについて、一定の検証と評価を行うことを目的に行った。
検討にあたっては、この作業を行うことになった理由である情報公開の要望が強いこと及び極めて短期間のうちに検証資料をまとめる必要があることから、検証と評価にあたってはいたずらに枝葉に属する問題点を探すのではなく、このような調査活動の幹にあたる部分のチェックを行うことを方針とした。
開発主体である水資源開発公団は、猛禽類に関して強い関心をもち独自に猛禽類調査のマニュアルを作成し、その都度新知見を得つつ毎年その改定を重ねるなど、この問題の調整あるいは解決に対する一定の努力は行っている。また、まだ実践の段階には達していないものの、今後の水資源開発計画における猛禽類調査活動の改良とその結果を踏まえた保全対策についても検討を進めていると聞いている。
しかしながら一方では、今回の調査と並行して、生息環境内の土地改変が予備工事として行われていた。このことは、収集データを読みとる際に極めて大きな制限要因と考えられた。今回は、このような条件下行われた調査に基づくデータについての検証であることを、はじめに強調しておきたい。
徳山ダムにおける猛禽類調査資料の検証の結果、後述する複数の問題、しかも、対象となったイヌワシとクマタカという2種の大型猛禽類調査の本質に関わる基本的問題があると判断された。
問題点は、イヌワシに関わる問題点、クマタカに関わる問題点として一覧表の形でまとめ、次にこの揖斐川上流域に見られるような猛禽類の生息状況にある地域での本来あるべき調査の視点をまとめた。そして最後に、調査資料自体を検証するという今回の協定の枠組みにおける結論をまとめた。
1.イヌワシに関わる問題点
イヌワシに関わる問題点は、表1のようにまとめられた。
イヌワシ調査に関する最も大きな問題点は、調べるべきペアの全てを調査対象とせず、また対象としたペアについても生息環境利用の解析を繁殖期データのみを取り出して行うなど、必要十分なデータに基づいて行われていないこと、そして個体識別ができなかった場合、そのデータを利用しなかったという点にある。
これらについては、調査対象ペアの選択の問題点についてはイヌワシ付表(1)に、調査体制とデータ量の問題についてはイヌワシ付表(2)に参考データをまとめてある。
2.クマタカに関わる問題点
クマタカに関わる問題点は、表2のようにまとめられた。
クマタカ調査に関する最も大きな問題点は、このような多数の個体が出現する場所における影響評価、保全対策に結びつける根拠となるデータ収集がそもそもできておらず、極めて限られたデータにいくつもの推定を重ねることで、わからないことまで解明できたと表現されていることにある。
これらについては、調査対象ペアの選択の問題点についてはクマタカ付表(1)に、調査体制とデータ量の問題についてはクマタカ付表(2)に、クマタカのペア毎に線引きされた行動圏内部構造の境界線と実際のデータの整合性に関する疑問点はクマタカ付表(3)として参考データをまとめてある。
3.あるべき調査の視点
(1)イヌワシについて
イヌワシは周年にわたってペア関係を維持し、ペアハンティングも行う猛禽類である。したがって、生息状況の把握にあたってはペアが周年にわたって生息するエリアを調査対象として観察を続けることが必要である。その上で、その地域において周年にわたって生息することを可能としている(行動圏内の)ハンティングエリア(狩り場)の特定が必要であり、これが保全されることによってはじめて繁殖活動に入ることも可能となる。
イヌワシは行動圏内に散在するハンティングエリアを飛行しながら探餌することが多く、ハンティングエリア間の移動も尾根上又は高空を飛行することが多い。そのため、クマタカに比べて目視しやすいので、これを連続的に追跡すれば個体識別は可能となり、そのような観察結果が得られるよう調査シフトを敷くことが重要である。
繁殖活動を維持・成功させるためには、まず営巣場所と繁殖期のハンティングエリアを特定する必要がある。イヌワシは岩崖に営巣することが多く、ペアが代わってもほとんどの場合同一場所が永続的に利用されるため、営巣場所を厳密に保護しなければならないからである。また、繁殖期においては、巣から近いところに安定した良好なハンティングエリアが存在することが繁殖成功にとって不可欠なためである。このエリア(高頻度利用域)の特定と共に、その外側に存在する潜在・代替的なハンティングエリアの推定も必要である。それらを含めた繁殖環境を保全していくという考え方に立たなければ、イヌワシの生息環境は守れないといえる。
調査期間については、気象や植生の変化等によりハンティング場所が変わるところもあることから、原則として繁殖成功年を含む最低3年間の調査が必要である。
(2)クマタカについて
クマタカは繁殖期以外は基本的には単独生活を行っており、生息状況の把握に際しては通年にわたってクマタカの社会を構成する個体(ペア形成経験のある成鳥・繁殖可能な成鳥・亜成鳥・幼鳥)すべての生息環境利用を把握していく必要がある。
地域個体群におけるクマタカ繁殖ペアの行動圏は連続して存在し、相互にオーバーラップしているため、調査はペアごとのハンティングエリアやコアエリアを特定するということに絞るよりも、地域個体群を構成するすべての個体のハンティングエリアを特定する方がクマタカと人為的な環境改変の影響予測や保全対策の基礎データとするための調査としては現実的である。このようなデータに基づく保全対策がなされるならば、その地域には繁殖ペアが安定して確保されることとなり、地域個体群の保護が可能となるのである。
クマタカのハンティングの大半は木に止まって獲物の現れるのを待つタイプであり、止まり場所の多くはハンティングエリアを示すものとして評価されうる。調査にあたっては、このことを前提においた調査計画を立てデータ解析する必要がある。
その上で、繁殖ペアが繁殖を成功させるための営巣場所を含む繁殖テリトリーの特定が不可欠となる。営巣場所は巣を架けるに十分な大木が特定の場所に存在していなければならない。この位置は、巣からの距離だけで決まるものではない。特定の場所とは、標高・隣接ペアの巣との距離・斜度・周囲の林の要素が満たされねばならず、かなり限定されている。このような基本的な生態の理解の上で、調査計画を立てる必要がある。
4.結論
徳山ダム建設計画地域となっている揖斐川上流地域は、他の地域では見られないほど複数の個体が存在しており、本来の意味での地域個体群の保護を考えるべきフィールドである。この流域に生息するイヌワシとクマタカが必要としている環境はどのようなものかという、2種の生息環境利用について解析を行えば、今回の公団の調査結果のようにペア毎に見ることでは十分データが入手できない場合でも、この2種についての一定の考察は可能といえる。その種の生息環境利用を把握し、その上でペアも含めた各個体に対するその環境の機能を明らかにしていく調査解析方法をとるべきである。この手法を用いなければ、さまざまな保全対策を立てたとしても、対策の根拠があいまいなため意味をなさない。
データが取れないためにわからなかったことを判定できたことにしてしまったり、不明個体とされたデータを単純に捨ててしまう調査では、資金と労力をかける意味が無いといえる。
また、このまとめに至る中では具体的な影響を検証する時間がなかったが、野生動物の生息実態、特にその地域における猛禽類の生息状況やその特性を正確に把握しようとするならば、このような調査と大規模な環境かく乱を起こしつつ進められる予備工事を、調査地内で同時進行させることはあってはならない。
最後に、この他に指摘すべき問題点として資料そのものの問題点がある。この調査資料は事業主体の自主的な調査結果のまとめであり、かつ制度としての環境アセスメントのような市民への公開・説明を前提としたものではない。公的な資金を大量に投入した結果の調査報告が、観察した日付順の生データの束と事業者としての解析結果を羅列しただけのものであり、これらの結果を導いた道筋を説明する文章がつけられていないことは理解に苦しむ。今回追加資料として要望したような基本的な説明資料を添付するのは、調査実施主体の責任ではないだろうか。
また、調査及び解析対象とされた猛禽類がイヌワシとクマタカのみで、調査された2種と制度的には同じ位置付けがなされているオオタカ (p265-266)をはじめとする猛禽類は、たとえ繁殖期に観察されていても解析・評価対象とされていない。このような状態ないしは認識は、改善されるべきである。
以上述べてきたように、今回の徳山ダムにおける猛禽類調査は、地域の生息状況を把握したいわゆる「スクリーニング調査」ができた段階であるのが現状と考えられ、解析に必要な十分な調査がなされたとはいえない状況にある。一度全ての計画及びそのスケジュールを見直し、自然保護と開発活動に関わる自然環境調査のあり方を論議すると共に、猛禽類の地域個体群としての環境保全に必要な措置とその根拠とは何かを再検討すべきといえる。