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「博覧会事業との連携の努力を無にするもの」

1999.10.15
要望・声明
平成11年10月14日

建設大臣  中山 正暉 殿
環境庁長官 清水嘉与子 殿

財団法人 日本自然保護協会
理事長 奥 富  清

 

瀬戸市南東部新住宅市街地開発事業の
環境影響評価書に対する意見

当協会は、1998年6月1日に標記事業の環境影響評価方法書(計画書)に対して、また1999年4月6日には同準備書に対して、文書をもって意見を述べてきました。その後1999年4月に、事業予定地内にオオタカの営巣が確認されたことによって、同準備書の不備が明らかとなり、事業者である愛知県は事業計画の一部を変更せざるを得ない状態となりました。

にもかかわらず愛知県は、8月31日に建設大臣に対して環境影響評価書を送付し、翌9月1日には環境庁長官に対して評価書が送られています。その直後の9 月7日には、2005年日本国際博覧会の会場計画変更案が発表されており、関連する新住宅市街地開発事業も改めて再検討の必要が生じています。

環境影響評価法では、評価書に対して国民が意見を述べる機会が設けられておりませんが、上記の理由から、8月31日に建設大臣に送付された評価書は、準備書改訂版という性格を多分に有しているものであり、これに対して追加的な意見を申し述べます。

1.環境影響評価手続きに関する意見

1.博覧会事業との連携の努力を無にするものである  
本事業は、2005年日本国際博覧会が開催される瀬戸市南東部の海上の森と呼ばれる地域に計画されており、同博覧会事業および名古屋瀬戸道路と事業計画の上で密接な関係を持ち、また同地域に複合的な影響を与えることから、環境影響評価の実施にあたって連携を保つことが要望されてきた。そのため、方法書、準備書の公告縦覧にあたっては、説明会を共同で開催したり、3事業の準備書を統一した資料を作成するなどの措置がとられてきた。しかしながら、新住宅市街地開発事業の評価書は、これまでの博覧会事業との連携を無視し単独で提出されている。提出直後の9月7日には、2005年日本国際博覧会の大幅な会場計画変更案が発表されており、関連する新住宅市街地開発事業も改めて再検討の必要が生じている。このような中で、新住宅市街地開発事業のみを先行して審査することは、これまでの3事業の連携の努力を無にするものであり、今後の環境影響評価法の運用にも悪い事例を残すことになる。

2.都市計画地方審議会の意見を無視している
8月26日に開催された、都市計画地方審議会において、審議委員からさらに慎重な検討を求める声が出ていたにもかかわらず、愛知県は8月31日の準備書提出を強行した。これに対して委員の一部から、審議会のすすめかたを批判する文書が出されている。都市計画地方審議会において、環境影響評価のための部会を設けながら、その意見を尊重せずに提出された評価書は、都市計画手続き上もきわめて問題の多いものといわざるを得ない。

3.オオタカ調査検討委員会の存在を無視している   
愛知県は、7月4日に博覧会および新住宅市街地開発事業の予定地内外のオオタカの調査ならびに計画に対する意見を諮問するため、オオタカ調査検討会を設置している。この検討会は評価書提出以前には2回の会議を開いたばかりであり、準備書発表後に実施された調査結果についての専門的な検討も終わっていない。このような段階で、これらのデータを含んだ評価書を提出することは、オオタカ調査検討委員会を設置した意味を無にするものであり、希少猛禽類保護の上からもきわめて問題の大きな前例を残すことになる。

2.環境影響評価書の内容に関する意見

1.「環境の自然的要素の良好な状態の確保」のうち「地下水」について
愛知教育大学の森山昭雄教授の意見書によれば、同教授の指摘によって新たに実施された調査によって、「豊水期には(砂礫層と花崗岩層との)断層以南の地下水が砂礫層地域に流動していることが明らかとなった。しかし、梅雨期の降水量の少ない時期については、源頭部の断層の近傍の河床に湧水は見られず・・地下水流動は明らかにされなかった。・・このことから、砂礫層に挟まれるシルト層(粘土質砂礫)の分布にも規定されつつ、渇水期にも地下水が湧出する限界付近から湿地が形成されていると考えられる」。また森山教授は、「豊水期に断層以南からも十分な地下水が供給されるために、渇水期の流量が減少しても湿地環境が保持されているのであるから、道路建設に伴う寺山川源流部の開発による直接集水域の減少に加えて、豊水期に断層以南からの地下水の供給が断たれるならば、湿地環境を保持できなくなる可能性を否定できない。」と指摘している。

さらに森山教授の指摘にもかかわらず、深層地下水流動に関する追加調査は実施されなかったが、「深層地下水の水系は花崗岩類に存在する断層や節理などによって結ばれており、河谷を越えて流動していると考えられる。北部地区と南部地区をインテンシブに開発するということは、その地域の地下水位が低下し、そこに向かって他の地域から深層地下水が流動することになる。他の地域からも流入してくるが、湿地が多数存在する砂礫層地域からも流動することになり、全体として砂礫層地域の地下水位の低下が起こると推定される」と述べている。

いわゆるBゾーンに区分される寺山川・屋戸川流域の貧栄養湿地の保全は、1995年12月の閣議における国際博覧会開催の重要な条件の一つである。新住宅市街地開発事業ならびに名古屋瀬戸道路が、地下水流動に影響をおよぼし、湿地環境を保持できなくなる可能性があるのであれば、これを回避低減する環境保全措置がとられなければならないが、環境保全措置の項目にはなんの記述もない。したがって、本評価書は95年の閣議決定に対して重大な違反をしているといわざるを得ない。

2.「生物多様性の確保及び自然環境の体系的保全」のうち「植物」について   
植物については、予定地の植物相、注目すべき植物種、植生、注目すべき植物群落等の調査がなされているが、植物の種多様性に関して他地域との比較がなされていない。これに関して、千葉県立中央博物館の中村俊彦・須賀はる子の両氏が、「植物の種多様性に基づいた『海上の森』の自然環境評価:種数・面積関係を用いた種多様性評価手法」という注目すべき分析結果を報告している。
中村・須賀は、1ha以上10万ha以下の66箇所の地域の維管束植物の種のリストをもとに、面積と出現種数との関係をグラフ化し、対数4次多項式を導いた。この理論値と実際に調査記録された種数の差を算出した結果、理論値との差がもっとも大きかったのが、海上の森(540haに1062種)であり、東京大学千葉演習林(2171haに1254種)、同博物館山の分館が計画されている清和の森(600haに911種)がこれに次いでいた。

この分析からも、海上の森は全国的に見ても、植物の種多様性が高いホットスポットであり、花崗岩地帯と砂礫層地帯、森林・湿原・ため池・田畑などがモザイク状にいりまじった里山の自然環境が、このような種多様性を維持していることは間違いない事実である。
本評価書は、注目すべき植物種、植物群落の分布と事業による影響については言及しているが、全国的レベルからみた生物の多様性の維持という視点からの分析がない。したがって「生物多様性の確保」という目的と照らして、植物の評価は不十分であるといわざるを得ない。

3.「生物多様性の確保及び自然環境の体系的保全」のうち「動物」について     
動物については、1999年4月に事業予定地内にオオタカの営巣が確認され、オオタカの追加調査が行われた。この結果、「本事業による直接改変域は、平成 11年1月から7月までの調査結果による営巣期高利用域には含まれる」ことが明らかになったにもかかわらず、「工事の実施にあたっては・・事後調査を実施し、工事区域周辺のオオタカの飛翔状況等を確認しつつ、確認状況によっては、低騒音・低振動型建設機械の使用の徹底や施行計画に配慮」という程度の配慮措置しか考えられていない。

先に述べたように、オオタカ調査検討会を設置しながら、専門家の結論を待たずして、事業者の判断でこのような安易な環境保全措置を書くことは許されない。
平成8年度のオオタカの営巣期高利用域をみると、準備書段階でも事業予定地内の営巣は十分予見できたはずである。準備書の不備の反省を踏まえ、評価書では慎重の上にも慎重を期した環境保全措置を記述すべきである。

また名古屋大学の広木詔三教授の意見書に指摘されるように、サンコウチョウ、サンショウクイ、オオルリ、アオゲラ、ムササビ、ゲンジボタル、ギフチョウ等の生物に与える影響も非常に大きい。サンコウチョウを含めた鳥類への影響について、「全体的に見ても繁殖可能性4以上の確認箇所24箇所のうち7箇所が消失することから、繁殖鳥類の繁殖場所として利用される空間に対する影響は比較的大きいものと予測された」と記述しながら、その対策としては「残置森林における適正な環境保全に配慮した管理計画や、改変区域における緑化計画の実行等の保全措置を講ずる」に止まっている。

本事業による影響(とくに南部地域による吉田川流域への影響)が非常に大きいと判断されるため、植物・動物をあわせた総合的な影響を地域毎に評価し直すべきである。

4.「人と自然との豊かな 触れ合い」について   
自然とのふれあいの場に与える影響に関して、「会場候補地は、名古屋近郊に残された数少ない身近な自然との触れ合い活動の場として位置づけられる」という認識を示しながらも、触れ合い活動の場の保全については、利用者数の多いルートとその沿線の環境を保全対象として挙げているだけである。しかも、生じる影響に対する保全措置は、ルートの分断を代替歩道や付け替え道路で代償するとしているものがほとんどで、ルート沿線の環境保全措置についてさえ、具体的な保全策の記載がなく、その効果が十分な確実性を有している点の解説もなく検証されていない。

「人と自然との豊かな触れ合い」は、自然への影響が少なく、多様な生き物との出会いが多く、地域の自然理解につながる自然観察等の環境教育的活動が重視されなければならない。海上の森において日常的に行われている活動は、土地との結びつきが深く、他に代替できない自然との触れ合い活動であり、このような人と自然の共生・地域の歴史と文化を伝える里やまは、最優先で保全がはかられなければならない。触れ合い活動の場に与える影響の予測評価において、自然観察会活動や海上の森の里やまでの日常的な自然との触れ合い活動に対する影響とその保全措置について一切記載されていないのは致命的な欠陥である。しかも、それら多様な触れ合い活動をひとくくりにして、ルートの利用者数で触れ合い活動の場を評価しようとしているのは、「人と自然との豊かな触れ合い」に対する認識が根本的に誤っていると言わざるを得ない。触れ合い活動の場についての適切な再調査が必要である。

5.「環境保全措置」について
環境保全措置の項目は、評価書において、大幅に書き加えられたものである。環境影響評価法が、従来の環境基準クリアー型から環境保全努力型に変わったことで、もっとも期待される項目であるが、本評価書の記述は今後の環境影響評価法の運用に悪影響を与えかねない重大な問題を含んでいる。

その第一は、環境庁が97年12月に示した「基本的事項」にある、「環境保全措置についての複数案の比較検討」が行われていないことである。その第二は、同事項にある「講じようとする環境保全措置の妥当性を検証し、これらの検討の経過を明らかにできるよう整理すること」が実行されていないことである。

例えば、注目すべき植物種(スミレサイシン、イトトリゲモ、サガミトリゲモ、ウスバシケシダ)に関しては、代償措置として「移植」が選択されているが、代償措置以前に回避低減するための措置を考え、それと比較検討した結果を記述するということが行われていない。
注目すべき動物(カワセミ)に関しても、コンクリート製人工崖の提示がなされているが、それ以前の回避低減措置やそれとの比較検討が記載されていない。

このような環境保全措置の記述を許せば、今後の環境影響評価においては、安易な代償措置が比較検討した経緯の説明もなしにまかり通ることになりかねず、これを許すことはできない。
環境保全措置に関する項目は、環境庁の基本的事項に従って、全面的に書き換えるべきである。

以上

 

(吉田正人・NACS-J保護部長)

 

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