【配布資料】今日からはじめる自然観察「海辺で貝がらをさがそう!」
<会報『自然保護』No.528(2012年7・8月号)より転載>
このページは、筆者に、教育用のコピー配布をご了解いただいております(商用利用不可)。
ダウンロードして、自然観察会などでご活用ください。
毎年、NACS-Jは身近な生きものをみんなで調べる「自然しらべ」を開催しています。
今年のテーマは「貝がら」。貝がらさがしに出かけてみませんか。
山下博由(貝類多様性研究所)
日本に貝の仲間は9000種
軟体動物門の中で、貝がらを持つものを貝類と呼びますが、貝がらを持たないウミウシ・ナメクジ・イカ・タコも軟体動物で貝の仲間です。軟体動物は深海から陸上までさまざまな環境に適応し、全世界に約10万種が生息するとされ、種の多様性の高い生物群のひとつです。日本は南北に長く、多様な環境があり、陸産を含め約9000種も生息しています。
さて、貝がらを持つ貝(以下、貝類)が今回の主役です。貝がらは軟体を支え保護する役割をしており、非常に多様な形態を持っています。その色彩・造形美は、古くから多くの人を惹きつけてきました。人が貝類に興味を持つのは、海岸に打ち上げられた貝がらを拾い上げ、その美しさに感動するのがきっかけになることが多く、私もそうでした。
海岸に漂着した貝類を「打ち上げ貝」、それを採集することを「打ち上げ採集」(ビーチコーミング)と呼びます。打ち上げ採集は、最も初歩的な貝類採集ですが、水深10mくらいまでに生息するその地域の貝類相を把握する簡単で効率的な方法です。
どこで貝を探そう?
打ち上げ貝の多い海岸と少ない海岸があります。貝がらが落ちていないから、その海域には貝類が少ないということではなく、地形や波浪といった海岸の物理的条件に大きく左右されています。大きな貝がらだけが打ち上がる海岸もあれば、小さな貝がたくさん打ち上がる海岸もあります。
石川県増穂浦、和歌山県オゴクダの浜、福岡県津屋崎などは、よく知られた打ち上げ貝の名所です。打ち上げ貝は、砂浜のほか、岩礁・岩礫海岸の入り江でも多く拾えることがあります。満潮時の波打ち際や、干潮時の浜の斜面の下部には貝がらがたまっている場所があったり、海岸の端や河口近くには、貝がらが多く打ち上がる傾向があります。台風などで海が荒れた後は、多くの貝が打ち上がります。
打ち上げ貝からはいろんなことが読み取れます。同じ種類の貝をたくさん集めれば、成長段階の殻の変化や年齢構成などが調べられます。二枚貝では、殻に丸い小さな穴が開いたものがよく見られますが、これはツメタガイなどのタマガイ類に食べられたものです。どの程度の割合で捕食されているか、殻のどこに穴が開いているかも調べてみましょう。
貝がらには新鮮なものと古いものがあります。例えば、バイやハマグリなどは、日本の多くの海岸で消滅しており、今では古い殻しか拾えない場所も多くなりました。東京湾のふなばし三番瀬海浜公園では、今でもハマグリの殻が拾えますが、それらは30年以上前に生息していたものです。古い貝がらも集めてみると、昔の海の環境を知ることができます。2000年以上昔の貝の化石が、古い地層から洗い出されて見つかることもあります。
地元産以外の貝も落ちている
海岸では、食べかすなどでほかの場所の貝がらが捨てられていることがあるので注意が必要です。日本には生息していないシナハマグリの殻もよく捨てられています。また、人工海浜では、海底から浚渫した砂に貝がたくさん混じっています。浚渫砂の貝は、殻が劣化していたり、その海域にいないものであったりして、専門家には区別ができますが、一般の人には難しいかもしれません。
地域の貝類相を調べるときには、こうしたよそから持ち込まれた貝類を区別せねばなりません。浚渫砂による人工海浜の造成は、環境破壊の問題がいろいろと指摘されていますが、ある地域の自然を調べる上でも、生物地理学的な混乱をもたらしています。そのほか、海外との船の往来によって持ち込まれたシマメノウフネガイ、ムラサキイガイなど、日本に定着して広がっている外来種もあります。
日本人は、古くから渚に寄せる貝を愛でてきました。平安時代には「貝合わせ」という貝を見せ合って歌を詠むという遊戯が成立しています。「しほそむる ますをのこ貝ひろふとて 色の浜とはいふにやあるらむ」という歌は、平安時代末期~鎌倉時代初期の僧・西行が現在の福井県敦賀市色ヶ浜で「ますほの小貝」を拾う情景を詠んだものです(山家集)。
江戸時代の歌人・松尾芭蕉はこの歌に憧れて「十六日、空晴たれば、ますほの小貝拾はんと、種の浜に舟を走す」と色ヶ浜(種の浜)を訪れ、「波の間や 小貝にまじる 萩の塵」(波の間には、ますほの小貝に混じって、萩の花びらも舞っている)の歌を残しています(奥の細道)。この「ますほの小貝」は7㎜ほどの二枚貝・チドリマスオガイ(*)のことであろうと考えられています。
いかに日本人が自然の小さく繊細な美を愛してきたかを物語る素晴らしいエピソードだと言えるでしょう。私たちが浜辺で貝がらを拾った時に感じる自然の造詣への感動は、西行法師や芭蕉が生きていた時代と変わらぬものであるように思います。
*チドリマスオガイ:「ますほの小貝」。清浄な砂・砂礫浜に生息しているが、全国的に生息地は限定され、少なくなっている。(写真:木村昭一)