自然に親しむための「利用ルール」をつくる
▲2002年度調査時の至仏山の状況
自然を守りながら利用、大切なのは社会的合意形成
自然の「利用」とは?
ここでいう「利用」という言葉の定義をまず確認しておきましょう。自然の利用というと、一般に食べ物、エネルギーなど資源としての利用、生活環境の開発などいろいろな人間の行為をさすのですが、ここでは自然に親しむ、楽しむ、観察する、という意味と考えてください。たとえば、自然公園は自然を楽しむ目的でつくられているところですから、公園を訪れることを「利用」と言っているのです。そこで、もう少し概念を広げて身近な自然環境でも、自然を学ぶ、自然を楽しむ、という行為を「利用」と言うことにしましょう。
この特集では、里地や海から国立公園特別保護地区のように厳格に自然が守られなくてはならない場所までのさまざまなケースを取り上げ、利用のルールの実情や事例を紹介してきました。
自然性の高い場所でのルールづくり
国立公園など自然の保護がその目的のひとつとされているところでは、利用のルールが決められなければならないのは当然です。ところが、どこまで厳しくルールを決めればいいのかが、実は一番難しい決めごとなのです。自然の豊かなところでは、ビジターが自然に親しむだけでなく、観光事業のためにも自然が利用されています。このような場合は、観光客が大勢入ってくるだけで自然に大きな影響を与えることになります。なるべく多くの人が自然を利用することも自然公園の目的なので、地域経済との両立という課題を解決しなければ利用のルールもつくれません。問題はたくさん残されています。
いま、世界中で話題になっているエコツーリズムは、利用の仕方に厳しいルールを設け、自然を守りながら営利的な観光事業を成り立たせようという試みです。エコツーリズムはもともと、森林開発などの自然破壊を止め、それに代わって少しでも住民が収入を得られる経済手段をつくり出そうというアイデアです。日本でも地域おこしのひとつとして自然体験型エコツーリズムに期待がかかっています。しかし、所得水準が高く、常に収益性が重視される日本の地域社会では、エコツアーのプログラムづくりには格段の工夫が必要になります。ここに取り上げた宮城県田尻町の蕪栗沼や宮古島の八重干瀬では、地域の人々すべての合意ができるよう、いかに粘り強い努力がされたかをうかがい知ることができます。
里山を取り巻く自然でのルールづくり
国立公園やエコツアーでは、当然その管理者、主催者が利用のルールを決めておかなくてはなりませんが、そのルールはこうした特別な場所に限ったものではなく、身近な自然とのふれ合いの場所でも必要になります。どんなことが問題なのか、ここでは自然観察会のフィールドを例にして考えてみます。そこには大切なことがひとつあります。それは、自然を守るということは単に動植物、景観に配慮するだけでなく、農家の仕事や地域の生活習慣、権利も守っていかなくてはならないということです。里山の雑木林、水辺の芦原、草原など、日本の景観や生態系はいわば古くから農業、漁業といった人々の営みが密接にかかわりあってできた風土だからです。
自然観察をする場合でも、地域の人々が大切にしているものを不用意に取ってしまわないよう、しっかりルールを決めておく必要があります。また観察会のフィールドづくりをするときには、地域の人々とも十分話し合って、みんなが合意できるルールをつくらなければなりません。環境教育活動だから、調査研究だからといって、伝統的なコミュニティーのルールを破ることはできません。
こうしてみると、国立公園でも里山でも、自然を守りながら利用するためには、自然の保全だけでなく人と人との関係を大切にしなければならないことがよくわかります。利用のルールは地域の行政や学識者だけで決めてしまうものではなく、何より地域社会の合意が大切です。そして、こうした全員参加の合意形成のプロセスはまた、自然保護の考え方を話し合ういい機会となるでしょう。
(水野憲一・NACS-J理事)
この号で紹介した記事
- 宮城/蕪栗沼
「管理計画」をつくり、渡り鳥の越冬地を守る。
呉地正行(蕪栗ぬまっこくらぶ 副理事長) - 滋賀/琵琶湖のヨシ原
人の生活にヨシを利用するルールこそ必要
今森光彦(写真家) - 質問です!身近な観察会に関係するルール
「野草を食べる」観察会をうまく開くにはどうすれば?
ギモンに思った人…愛知の杉浦恵美さん
答えてくれた人…
菊屋奈良義さん(NACS-J参与/(社)大分県野生生物研究センター副理事長) - 沖縄/八重干瀬
観光ツアーのための「ガイドライン」
梶原健次(平良市栽培漁業センター) - 東京/御蔵島
イルカウオッチングをマネジメントする「協定」と「マナー」
菱井 徹(御蔵島観光案内所) - 日本の国立公園
法律はあるものの、現実の利用ルールが不備
横山隆一(NACS-J常勤理事) - 特別保護地区にすむクマを守れるか
清水 弟(朝日新聞記者) - 尾瀬のクマ問題…
地域全体の利用ルール、関係者の語り合いが必要
小澤晴司(環境省北関東地区自然保護事務所次長) - 編集部が考えた自然体験のフィールドに役立つ「ルールづくり」のノウハウ
(編集部)