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特集「生物多様性への道のり」その10 秋田県田沢湖

2001.04.01
解説

「森林生態系」と「猛禽類」が戦略的につながる


秋田駒ケ岳.jpg日本自然保護協会は、ブナ林キャンペーンを展開しつつ、さらに、大きなまとまりで森林を保護する方法が模索していた。環境庁は4~5年に一度、全国的に「自然環境基礎調査」を行っているが、その中から「原生流域」いついても調べている。これは、原型をとどめた奥山の生態系が残る場所を指定でありブナ林の中核地域ともなっていた。しかし、生態的には重要な地域ということは示していても保護の法的な実効性はない。

88年にリゾート法が成立すると、リゾートブームが発生。これに乗っかった開発計画が日本各地で次々と立ち上がり、「原生流域」といえども開発候補地とされた。

ここに浮上してきたのが「イヌワシ」の存在だ。その時すでに、日本イヌワシ研究会が全国のイヌワシに関する精度の高いデータを長年集積しつつあった。イヌワシの繁殖地は、原生流域やブナ林が全面的に残る地域と一致しており、また、イヌワシの繁殖率は年々低下し、種に絶滅の危機がもたらされていた。

折しも、秋田県田沢湖畔にリゾート開発計画が持ち上がっていた。一帯は昔からイヌワシの生息地として知られ、ここを繁殖地とするイヌワシのつがいは、毎年若鳥を巣立たせている東北で最も好成績なペアとしても研究者の間では知られていた。ところがこのペアが繁殖地としている谷一帯が、89年に秋田県のリゾート重点整備地区に指定され、90年にJR東日本による大規模なリゾート開発計画が発表された。日本自然保護協会は、イヌワシを指標とした大面積の自然保全プロジェクトを戦略的すすめていった。

90年から3年間、日本イヌワシ研究会と合同で駒ヶ岳のイヌワシの生態調査を実施する。その目的は、専門的な調査員による精度の高い調査を実施して生態と繁殖の実態を把握すること、その調査成果に基づいてリゾート開発とイヌワシの生息地保護に関する結論を科学的に導き出すことの2点であった。調査でわかったのは、このひとつがいが繁殖期に必要とする行動圏は、東京の山手線内に匹敵する約7000haの自然であり、その内部構造は複雑であること。
リゾート計画地はイヌワシの行動圏にすっぽりと入っており、開発計画を見直さない限り、イヌワシの繁殖に大きな影響を及ぼす、ということを物語っていた。
94年3月に最終報告が行われると、翌四月には開発計画は全面的に見直された。いったん計画されるとまず変更されない大規模開発計画が修正された。

食物連鎖の頂点に立ち、森林生態系の豊かさを示すイヌワシを守ることは、森のすべての生き物を守り、多様性の高い豊かな自然環境を守ることにつがなる。
イヌワシが数少なく貴重な生き物だからというだけではなく、イヌワシが生息していることは、その地域特有の自然の質と量が維持されること示すから重要なのである。「種の保存」「森林生態系」「指標となる猛禽類」の自然保護の3キーワードが秋田県田沢湖のリゾート問題の中で集約されたのだった。

このフィールドで、猛禽類を自然の豊かさを総合的に把握するための指標として用い、人間の土地利用計画と重ね合わせる有効な手段として確立された意味は大きい。92年には絶滅の危機にある動植物の保護を目的とした、「種の保存法」の制定された。また今日では、猛禽類を上位性の指標とした環境アセスメントも各地の開発計画地で実行されるようになっている。

(島口まさの)

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