プリザベーション区域の拡大を目指して(やさしくわかる自然保護9)
月刊『自然保護』No.433(1999年1/2月号)に掲載された、村杉事務局長による自然保護に関する基礎知識の解説を転載しました。
自然保護に関する考え方や概念それに用語など、基礎的なデータベースとしてご活用ください。各情報は発表当時のままのため、人名の肩書き等が現在とは異なる場合があります。
やさしくわかる自然保護 もくじ
プリザベーション区域の拡大を目指して ~日本自然保護協会の取り組み~
今でこそ世界自然遺産の登録地として有名になった白神山地だが、わずか15年前は知名度も低く、ここにも大型の開発計画が立てられていた。それを中止させ、何とか世界遺産の傘下に入れるまでの経緯は、会員の皆様のなかにご記憶の方も多いことと思う。
今回は、その流れをプリザベーション区域の拡大にむけた日本自然保護協会(以下協会)の活動を中心に、2回にわけて振り返ることにする。
協会が、原生的な自然を手つかずの状態で守ることの必要性を唱えて、その保護に取り組んだのは、白神山地の保護運動よりずっと前の1950年代からであった。この時から白神の保護に取り組むまでの30年間に作成された原生林保護に関する陳情書・意見書は20以上を数える。
この間の日本は国中が開発ブームにわく高度成長期、協会の努力は必ずしも十分に報われたとはいえないが、これらの成果をもって、国立公園の特別保護地区や前回述べた原生自然環境保全地域、そして、次号に述べる森林生態系保護地域の設定といった、いわばプリザベーション的な保護に関する国レベルのしくみづくりに大きく貢献したことは、十分評価に値すると思う。今回はその歴史の中から、特に冒頭に記した白神山地をめぐる動きにスポットをあてたい。
1982年「秋田–青森県境にある広大なブナ林を貫いて基幹林道をつくる計画がある。これを何とか中止させることはできないだろうか」という地元の会員の方からの声に応えて協会が動いた。自然林を守りたい、地元で頑張っている方々を応援したい。さっそく現地調査を行った結果、この地が東日本を代表する日本最大のブナの自然林で、生態学的にも価値が高いことが判明、この時から積極的な保護活動が開始された。
報告書・意見書などの作成と提出、地域の団体との連携づくり、マスコミや一般の人々にブナ林の大切さをわかってもらうための多彩なキャンペーン活動や大規模なシンポジウムの開催など、これらによって少しずつ世論を盛り上げつつ、地域の方々とともに行政(林野庁、秋田県、青森県)と国会を動かし、8年がかりで林道建設を凍結に追い込んでいった。
協会では、この活動のゴールを単に白神山地を林道開発から守るというだけではなく、白神山地をモデルとして先進的な保護制度を創設すること、そしてその制度のなかで、まとまった広さの原生的な自然をプリザベーションによる保護地域として位置づけることにおいていた。
この種の保護地域には、前回触れた環境庁の「原生自然環境保全地域」はすでに存在していたのだが、それだけでは狭すぎる。しかも、該当地域はいわば丸はだかの状態、その周辺に内部を守るための適切な緩衝地帯があるわけではない。それならいっそ新たに白神山地のようなまとまった国有林を、林野庁の国有林制度の中でプリザベーションによる保護地区にできないだろうか。環境庁でだめなら林野庁で、というわけである。
(村杉幸子・NACS-J事務局長)
<参考資料>
1)(財)日本自然保護協会(1985) 「自然保護のあゆみ」
日本自然保護協会三十年史編集委員会
2)「保護・研究活動レポート’94」日本自然保護協会1994