「食料・農業・農村基本計画 改正への提言」を提出しました
日本自然保護協会(NACS-J)は、9月27日に、「食料・農業・農村基本計画 改正への提言」を農林水産省に提出しました。
提言の概要
- 基本計画において「環境への負荷」(第3条ほか)の例として、生物多様性の低下等を含むこと及び、関連する法制度における対策・改善を明記すること
- 「環境と調和のとれた食料システムの確立」実現のため、基本計画には生物多様性保全の達成目標を設定すること。目標達成のために計画の見直しと改善を明記しておくこと
- 施策の有効性を客観的に評価するため、農地の生物多様性のモニタリングと評価を実施する体制を整備すること
- 環境直接支払い等、環境保全に貢献する農業への公的支援の予算を大幅に拡充すること
- 補助金支援条件として環境負荷低減取組を義務づける際には、客観的な評価基準、チェック機能、罰則規定を設けること
2024年9月27日
農林水産大臣 坂本 哲志 様
公益財団法人 日本自然保護協会
理事長 土屋 俊幸
「食料・農業・農村基本計画」改正への提言
「食料・農業・農村基本法」の改正法が2024年の通常国会にて成立し、法律に基づく5か年の基本計画の検討が9月から開始される予定となっています。この基本計画の改正の際に盛り込むべき事項を下記の通り提案します。
1. 基本計画において「環境への負荷」(第3条ほか)の例として、生物多様性の低下等を含むこと及び、関連する法制度における対策・改善を明記すること
本法律の2024年の改正で、食料システムの各段階において「環境への負荷」があることを認め、その負担を低減し、環境との調和を目指すことを明記したことは大きな前進となった一方で、「環境への負荷」(第3条ほか)の具体的な事項が定義されない課題が残された。また、この改正法の国会審議の答弁において、「環境への負荷」の中に生物多様性の低下が含まれることが確認され、付帯決議の中で「生物多様性の保全」の実施が明記され、その実現が今後の課題となっている。そこで、基本計画において、対処すべき「環境への負荷」の具体例として、「生物多様性の低下」を明記し、土地改良法・多面法など含む関連する法制度において対策・改善を進めることを明記すべきである。
2.「環境との調和のとれた食料システムの確立」実現のため、基本計画には生物多様性保全の達成目標を設定すること。目標達成のために計画の見直しと改善を明記しておくこと
本法律の2024年の改正で「環境との調和のとれた食料システムの確立」が新たな基本理念に追加され、食料システム全体で環境負荷低減を図るとしたことは、持続可能な農業の実現のために非常に重要である。農業が環境に与える負荷の1つ「農地における生物多様性の低下」は依然として続いており、持続可能な農業の実現に向けた課題となっている。この状況を改善するには、基本計画で生物多様性保全の達成目標(成果指標)及び具体的な施策と指標(活動指標)を設定することが必要である。農林水産省が令和6年7月に公表した「食料・農業・農村基本法改正のポイント(※P24)」において、次期基本計画の見直しのために、基本理念のうち食料安全保障に関する施策目標のKPIを設定してPDCAサイクルで見直すと明記したのに対し、新たな基本理念「環境との調和のとれた食料システムの確立」の施策に対する見直し方法は言及されていない。2022年に生物多様性条約第15回締約国会議で決議された国際目標のネイチャーポジティブの実現(「2030年までに生物多様性の損失を食い止め、反転させ、回復軌道に乗せる」)では、農業分野においてもこの目標達成への貢献が求められており、基本計画の目標は、国際目標との整合性が必要である。また、目標の達成のためには状況変化に応じた計画と実施プロセスの見直しと改善の実施を明記しておくことも必要である。
※ 食料・農業・農村基本法 改正のポイント(農林水産省)(PDF/4.6MB)
3. 施策の有効性を客観的に評価するため、農地の生物多様性のモニタリングと評価を実施する体制を整備すること
「環境との調和のとれた食料システムの確立」という法の基本理念の基盤となる農地の生物多様性保全について、その現状を把握し、評価する体制が現在は十分ではない。例えば、過去には全国の水田の生物多様性モニタリングとして「田んぼのいきもの調査(2001~2009年)」※1が実施されていたが現在は廃止されていることや、多面的機能支払交付金に基づき全国3,477団体(2017年度時点)の生物調査の結果が施策の評価に活用されていないことなどがあげられる。そこで、基本計画の成果を客観的に評価し、計画の見直しに反映させるために、農地の生物多様性のモニタリングと評価の実施体制整備※2を基本計画追加するべきである。
※1 旧基本法改正(1999年)、土地改良法改正(2001年)に対応する事業として農水省・環境省連携で実施
※2 例えば、既存のデータ(環境省モニ1000調査等)の活用や、多面的機能支払交付金の生物調査を改良し評価に活用する等を含む
4. 環境直接支払い等、環境保全に貢献する農業への公的支援の予算を大幅に拡充すること
環境保全に貢献する農業は、輸入に頼っている化学肥料・農薬の量を削減し、食料安全保障や防災、健康、福祉の向上、ならびに生物多様性と生態系サービスの維持・回復など公益的なメリットがある一方で、従来の慣行農業と比べ生産量低下や手間の増加、そのための収入減少といったデメリットは個々の農業者が担うこととなる。農業における環境政策の先進地であるEUでは、環境保全活動を実施する農業者に対して環境直接支払いなどの財政支援を行うことにより、環境保全に貢献する持続可能な農業を推進している。EU各国の環境直接支払いの予算額は日本の約17倍~40倍(2020年比)に達している一方で、日本の環境直接支払いは令和5年予算時点で26.5億円、日本型直接支払交付金全体予算の3.4%と極めて少ない。環境直接支払などの財政支援の大幅な拡充は、農家の減少・経営の困難さ等の課題解決のための所得補償に加え、生物多様性を含む自然環境保全と持続可能な農業の拡大に寄与することが期待できる。そのため、日本においても制度を大幅に改善し、環境保全に貢献する農業への公的支援の予算を大幅に拡充すべきである。
5. 補助金支援条件として環境負荷低減取組を義務づける際には、客観的な評価基準、チェック機能、罰則規定を設けること
農業者が補助金などの支援を受ける際の条件として、環境負荷低減の取組の実践を義務づける「クロスコンプライアンス」を2027年までに農政の全事業に設定する方針としたことは、改正法の新たな基本理念「環境との調和のとれた食料システムの確立」の実現のためにも重要である。ただし、EUの同様の制度と比べて、要件の達成(取組の実施)を評価するための客観的基準がほとんどなく第三者による要件達成確認が困難であること、生物多様性保全に関する評価項目が不十分かつ主観的であること、取組実施のチェック機能や実施されなかった場合の罰則が欠如している。これらは、本質的な環境負荷低減を目指す制度としては大きな課題であるため、基本計画では、これらの課題を改善する方針を明記し、改正法の新たな基本理念の実現に貢献する必要がある。
以上