(仮称)宗谷管内風力発電事業 環境影響評価方法書に関する意見を提出しました
日本自然保護協会(NACS-J)は、「(仮称)宗谷管内風力発電事業」について、計画地が絶滅危惧種イトウの国内最大の産卵地であり、また広範囲に貴重な自然林の伐採が予想されるなど、生物多様性への影響が甚大であることから、事業の中止を求める意見を提出しました。
2024年5月14日
株式会社ユーラスエナジーホールディングス 御中
(仮称)宗谷管内風力発電事業 環境影響評価方法書に関する意見書
〒104-0033 東京都中央区新川1-16-10 ミトヨビル2F
公益財団法人 日本自然保護協会
理事長 亀山 章
日本自然保護協会は、自然環境と生物多様性の保全の観点から、北海道稚内市、宗谷郡猿払村、天塩郡豊富町及び幌延町で計画されている(仮称)宗谷管内風力発電事業(事業者:株式会社ユーラスエナジーホールディングス、最大1,000,000 kW、基数:120~160基)の環境影響評価方法書(作成委託事業者:日本工営株式会社、以下本アセス図書と言う)に関する意見を述べる。
本計画は、対象事業実施区域に国内最大級のイトウの産卵河川流域および生物多様性保全の鍵になる地域(KBA)を広範囲に含んでおり、他の風力発電事業と比較して生物多様性への影響が甚大であることから、以下に述べるように事業は実施すべきではない。
1.本事業計画地はイトウの国内最大の産卵地であり、事業による影響は甚大である。そのため、本事業は行うべきではない
サケ科イトウ属のイトウは、かつては北日本の45河川水系に生息の記録があったが、近年急激に生息河川が減少している。現在の生息河川は北海道の11水系のみ(福島, 2008)で、うち、安定した個体群を維持している河川は7水系のみであり(江戸, 2007)、イトウは絶滅の危機に瀕している。そのため、「環境省レッドリスト2020」で絶滅危惧IB類(環境省)に、IUCNレッドリストでCritically Endangered(深刻な危機)に指定されている。
本事業の宗谷丘陵地区の対象事業実施区域周辺はイトウの重要な生息地となっている。特に、イトウの個体群維持にとって重要である以下の産卵地である河川が対象事業実施区域に含まれている。
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※希少種保護の関係上、ウェブサイトでは一部情報を黒塗り表示にしています。
これら河川のうち、特に宗谷丘陵地区の対象事業実施区域東側の猿払川水系は、天塩川と並んで国内最大のイトウの生息河川である(福島, 2008)。本事業では、国立環境研究所が公表している猿払川水系のイトウの産卵地点を対象事業実施区域から除外している。しかし、猿払川水系を含め、上記河川上流域のほぼ全域が風力発電施設の建設予定地となっている。風力発電施設を建設するためには、大規模に森林を伐採し、広範囲で作業道を建設する必要があるため、以下のようなイトウへの影響が懸念される。
1)上流域の森林が伐採されることにより流域の保水力が失われ、夏季などに河川の流量減少が生じやすくなり、高水温と酸欠によってイトウが死亡する危険性が高まる。
2)降雨時にイトウ産卵河川への土砂の流入が生じやすくなり、卵や仔魚の死滅、稚魚の餌となる水生昆虫の死滅、イトウの隠れ場所となる倒流木の量の減少、産卵に欠かせない河床礫の露出現象が起こりやすくなる。
以上のように産卵地そのものの直接的な改変を回避したとしても、上流部での事業の実施により、工事中だけでなく工事完了後も継続的にイトウの生息地への影響を与え続けることになる。事業の実施により、絶滅に瀕しているイトウの国内最大の個体群存続を危うくする恐れが極めて高く、生物多様性保全の観点より宗谷丘陵地区での本事業は実施すべきではない。
2.生物多様性保全上の重要な地域が含まれている
当協会は、これまでに計画段階配慮書に関する意見として、本事業実施想定区域内に含まれている、一般社団法人コンサベーション・インターナショナル・ジャパンによって生物多様性保全の鍵になる地域(KBA)に指定されている猿払、サロベツ川・天塩川の2か所を計画エリアから外すべきであると指摘した。
それに対し、同計画段階環境配慮書の表7.1-1(3)では、「方法書以降の手続きにおいては、事業計画の具体化に合わせて区域の絞り込みを行うことで影響の回避を図るとともに、現地調査で現況を把握し、その影響の程度について専門家等の助言を踏まえ適切に予測した上で、影響を回避又は低減できるように努めます。」と、見解を述べている。
しかし、本アセス図書の図3.1-34(3)で示されている対象事業実施区域には、KBAの猿払とサロベツ川・天塩川がともに含まれている。特に上幌延地区の計画地では、対象事業実施区域の約2/3の範囲がKBAのサロベツ川・天塩川と重なっている。このようなことから本アセス図書は、生物多様性に配慮した計画に改善したとは到底言えるものではなく、そもそも事業実施によって重要な自然環境の損失の回避が不可能であれば、事業を撤回すべきである。
3.計画地は道北では数少ない自然植生が広範囲にみられる場所であり、自然林を保護するために事業は行うべきではない
これまで道北では多くの風力発電事業が沿岸地域や丘陵地域の採草地で計画され建設されてきた。しかし、本計画の対象事業実施区域の内陸部は人為の影響が比較的少なく、自然植生が広範囲でみられる。本アセス図書でも、対象事業実施区域の大半が植生自然度9のエゾマツ、トドマツなどの針葉樹自然林、もしくは、これら針葉樹種に広葉樹種が混交する針広混交林の自然林であることが示されている。これら森林のほぼ全域は国有林であり、かつ保安林に指定されている。
本事業の実施は、広範囲の自然林の伐採が伴うことが予想され、伐採樹木本数は数十万本であり、現在のような原生林に近い森林に戻るのには数百年単位の時間を要する。本事業の実施によって、貴重な道北の自然環境が広い範囲で改変されることは避けるべきであり、本事業は実施すべきではない。
4.鳥類への累積的影響を正しく評価して計画地を選定すべきである
対象事業実施区域の周辺には、既設の川南ウインドファーム、天北ウインドファーム、さらきとまないウインドファーム、上勇知ウィンドファーム、ユーラス宗谷岬ウインドファームがあり、建設中の(仮称)北海道(道北地区)ウィンドファーム豊富、(仮称)樺岡風力発電事業、(仮称)川西風力発電事業、(仮称)芦川風力発電事業が存在する。さらには、(仮称)宗谷丘陵南風力発電事業、(仮称)豊富山風力発電事業、(仮称)宗谷丘陵風力発電事業、猿払村および浜頓別町における風力発電事業、(仮称)勇知風力発電事業など複数の風力発電事業が環境影響評価手続き中である。対象事業実施区域周辺は、オオワシやオジロワシ等の海ワシ類およびノスリの渡りのルートにあたるが、上記のように風力発電事業が過密状態にあり、これら既存事業および計画が対象事業の存在と相まって生じる累積的影響が懸念される。累積的影響が発生しないように、十分に計画地を検討すべきである。
5.自然環境への懸念がある地域の自然環境の調査地点が不足している
宗谷丘陵地区の対象事業実施区域南東側の幌尻山から北側の206.0m三角点の間の稜線周辺と、対象事業実施区域北東側の295.1m三角点は、対象事業実施区域の中でも自然林および自然草原が最もまとまった面積で存在する地域である。これら地域では風力発電施設が広範囲で建設予定であるにも関わらず、哺乳類、爬虫類、両生類、昆虫類、鳥類、植物などの動植物、および生態系の調査予定地点が皆無である。このような特に自然度の高い地域での調査が欠落している調査地点の配置計画では、事業による自然環境への影響を十分に正しく評価することは不可能である。事業予定地の中でも特に自然環境への影響が大きい、幌尻山から206.0m三角点の間の稜線周辺と、295.1m三角点周辺の動植物および生態系の調査地点を大幅に増やすべきである。
引用文献
江戸謙顕 (2007) イトウの生態と保全.北海道の自然:45,2-9.
福島路生(2008)イトウ:巨大淡水魚をいかに守るか.魚類学雑誌:55(1),49-53.
以上