【自然しらべ2023】日本のカメ一斉調査 ~身近な生きものから見えてくる生物多様性~ 集計結果報告書
写真 ミシシッピアカミミガメ
1.背景と目的
公益財団法人 日本自然保護協会(以下、NACS-J)は、全国で一斉に自然を調べる市民参加型プログラム「自然しらべ」を、1995年から毎年テーマを変えながら実施している。これまでに、淡水カメ類を対象にして2003年と2013年に調査を行い、全国で観察されたカメの約6割がアカミミガメであることを明らかにしてきた。それから10年後の2023年に、アカミミガメは外来生物法による「条件付特定外来生物」としての規制が始まった。NACS-Jは、アカミミガメを含む全国の淡水カメ類の生息状況を把握することを目的に、「日本のカメ一斉調査」を企画し、実施した。
2.調査方法
NACS-Jは、2023年7月1日から9月30日を調査期間として、広く一般市民に参加を呼びかけ、野外で観察されたカメの写真記録を収集した。参加者には、スマートフォンアプリ「Biome(バイオーム)」(株式会社バイオーム)を通じて、カメを撮影した写真と観察情報を投稿してもらった。このアプリは「いきもの名前判定AI(人工知能)」機能が搭載されており、撮影されたカメの写真情報から、確からしい種名の候補を参加者に提示し、参加者はそれを参考にして種を同定し投稿することができる。
調査期間に投稿された写真記録を、監修者の矢部 隆(日本カメ自然誌研究会代表)らが同定し、写真の内容や撮影された位置情報から飼育個体と思われる記録を集計の対象外とし、野生のカメを抽出して集計対象とした。
3.調査結果
本調査の調査期間の3ヶ月で投稿されたデータは2,529件、参加者数は1,824名で、カメの確認個体数は3,181匹となった。本調査では野外で観察や捕獲等された写真記録の個体数を集計対象としているため、個人の飼育や動物園・水族館等の施設で管理された個体と思われる写真記録は対象外とした。撮影時期が調査期間外であるものや画像や位置情報から判別して重複した個体記録は、できるだけ集計対象から除外した。その結果、1,729件2,147匹のデータ、1,634地点を集計対象とした。
すべての投稿データの分析等にあたって助言をいただき、アプリのAI判定を参考に投稿者がつけた種名が誤っていると判断された場合には種名を修正したうえで集計を行った。
<調査の実施状況の概要>
NACS-Jでは、市民参加型調査活動「自然しらべ」として、2003(平成15)年及び2013(平成25)年に淡水カメ類に関する調査を行っており、本調査との比較を表1に示す。
本調査の集計対象は、2,147匹と過去の調査と比較して約3分の1程度と少ない。調査期間や参加方法がそれぞれ異なるが、得られた調査地点は1,634地点と最多である。また、2013年と比較しても調査期間が6ヶ月から3ヶ月と半減しているが、比較的全国から情報が寄せられている。
表1 2023年自然しらべで確認されたカメの集計結果
調査名称と実施年度 | 調査期間 | 参加者数 | 地点 | 集計対象 | 参加方法 |
---|---|---|---|---|---|
日本全国カメさがし 2003(平成15)年度 |
7/1~8/1 (2ヶ月間) |
1,029名 | 809地点 | 5,966匹 | 郵送 |
日本のカメさがし! 2013(平成25)年度 |
5/1~10/31 (6ヶ月間) |
3,316名 | 1,474地点 | 6,468匹 | WEBフォーム・郵送 |
日本のカメ一斉調査 2023(令和5)年度 |
7/1~9/30 (3ヶ月間) |
1,824名 | 1,634地点 | 2,147匹 | スマホアプリ |
4.集計結果
2023年のカメさがしでは、2,147匹のカメが確認され、最も多く確認されたのはミシシッピアカミミガメで1,187個体、55.3%を占めていた。2位がクサガメで382匹(17.8%)、3位がスッポンで295匹(13.7%)、4位がニホンイシガメで189匹(8.8%)であった(表2、図2)。
表2 2023年自然しらべで確認されたカメの集計結果
ミシシッピアカミミガメ | 1,187匹 | 55.3 % |
クサガメ | 382 匹 | 17.8 % |
スッポン※1 | 295 匹 | 13.7 % |
ニホンイシガメ | 189 匹 | 8.8 % |
琉球列島のカメ※2 | 43 匹 | 2.0 % |
種不明 | 35 匹 | 1.6 % |
その他外来種のカメ※3 | 13 匹 | 0.6 % |
交雑(イシガメ・クサガメ) | 3 匹 | 0.1 % |
合計 | 2,147匹 | 100 % |
※1 日本にはニホンスッポンとチュウゴクスッポンが生息しているが、外部形態で識別するのは難しいので、今回の分析においては両種を合わせて「スッポン」として扱う。
※2 リュウキュウヤマガメ、ヤエヤマセマルハコガメ、ヤエヤマイシガメ
※3 ミナミイシガメ、カミツキガメ、ハナガメ、ミシシッピニオイガメ
図2 2023年自然しらべで確認されたカメの集計結果
5.2003年、2013年の集計結果との比較
過去10年ごとに行った集計結果を種ごとの割合で比較した。2003年、2013年は両年ともミシシッピアカミミガメ、クサガメ、ニホンイシガメ、スッポンの順位であったが、2023年にはスッポンとニホンイシガメが入れ替わっていた(図3)。
3回の調査で種の割合の変化をみると、ニホンイシガメは9.9%、9.1%、8.8%、クサガメは21.1%、20.3%、17.8%と微減を続けている。しかしスッポンは2003年、2013年の2~3%から2023年の13.8%と4倍以上に増加している。ミシシッピアカミミガメは2003年、2013年の60%強から2023年の約55%に減少している。数値的にはスッポンの著しい増加がみられる。
図3 2003年、2013年、2023年の自然しらべで報告されたカメの割合の比較
6.日本のカメの分布と生息状況
(1)ミシシッピアカミミガメ Trachemys scripta elegans
ミシシッピアカミミガメは北アメリカ原産の外来種で、2023年6月1日からアメリカザリガニとともに種アカミミガメT. scriptaとして外来生物法の条件付特定外来生物としての規制が始まった。
2003年、2013年の62.2%と64.1%から2023年には55.3%に減少している。しかし、報告個体数が2003年、2013年よりも少なかったにもかかわらず、2023年にはカメが自然分布していなかった北海道を含めてほぼ全都道府県で生息が確認された。2003年2013年には東北の太平洋側からは報告がなかったが、日本全国のより広範囲に生息が確認された(図4)。
図4 ミシシッピアカミミガメの確認地点
(2)ニホンイシガメ Mauremys japonica
ニホンイシガメは日本の固有種で、日本の本州、四国、九州にのみ自然分布している。しかし詳細な分布地、生息場所はよく分かっていない。
2003年、2013年と同様に2023年には東海、北陸以西の本州、四国、九州から生息の報告があった(図5)。関東平野からも2003年、2013年に続いて2023年にも複数の情報が寄せられたが、古い社寺や庭園は放生会の習慣で人為的移入の可能性がある。北関東から東北地方にかけての報告は秋田県の1例だけであった。これらの地方は2003年、2013年にも報告はわずかであり、分布や生息の状況はよく分かっていない。
千葉県の房総半島にはニホンイシガメが分布していることが知られており、2003年と2013年には報告があったが、2023年には報告がなく、生息数が減少しているおそれがある。
図5 ニホンイシガメの確認地点
(3)クサガメ Mauremys reevesii
クサガメは日本においては古くから本州、四国、九州に分布しているが、近年、日本産のクサガメは江戸時代後期に朝鮮半島か中国から持ち込まれた外来種であるという考えが広まっている。しかしながらそのことを示す科学的データは十分ではなく、クサガメが外来種であると結論づけることは現段階ではできない。
2003年、2013年と同様に2023年には関東、東海、関西、瀬戸内、九州北部の人口の多い地域からの報告が多く、北陸、東北、カメが自然分布していなかった北海道南部からもまばらに報告があった(図6)。昭和の後半以降西日本や中国で養殖された個体がペットとして広く流通しており、その一部が野外に放逐されて野生化している可能性がある。
ニホンイシガメと交雑して繁殖能力のある雑種個体を生むことができるので、ニホンイシガメの自然分布地域に進出しているクサガメには注視していく必要があり、クサガメの分布地域や生息状況はより詳細に調査されるべきである。
図6 クサガメの確認地点
(4)スッポン Pelodiscus属
スッポンは日本列島の本州、四国、九州に自然分布しており、琉球列島のスッポンはすべて外来種である。
日本列島における在来のスッポン(ニホンスッポン)はこれまで、チュウゴクスッポンPelodiscus sinensis sinensisの亜種であるP. s. japonicusとされていたが、日本産爬虫両生類学会の日本産爬虫両生類標準和名リスト(2023年12月15日版)では、在来種は日本固有種のニホンスッポンP. japonicusであるとされた。P. sinensisは中国南部や台湾に自然分布する種であり、この標準和名は、チュウゴクスッポンとされている。
ただし、両種の識別は大変困難である。蝶形骨の形態が種間で異なるが、観察するためには解剖しなければならない。ニホンスッポンの方がチュウゴクスッポンよりも体が大きく、甲が円い傾向があるが決定的に識別できる外部形態とはいえない。そのため、本調査の集計においては両種を合わせて「スッポン」として扱った。
スッポンは食用として人為的に移動されることがある。ニホンスッポンが自然分布している地域にも外来のスッポン属が生息している可能性があり、在来種と交雑して遺伝子汚染が引き起こされている可能性がある。琉球列島においては、奄美諸島にはニホンスッポンが移入されており、沖縄諸島以南には八重山諸島までチュウゴクスッポンが移入されていることが分かっている。
スッポンの報告数の割合は2003年、2013年にはそれぞれ2.3%、3.1%であったが、2023年には13.8%と急増しており、個体数が増加していると考えられる。また2003年と2013年には関東から東海、西日本から報告されており、関東平野西部、大阪平野、濃尾平野で多く見つかっていたが、2023年にはそれらの地域に加えて関東から東海にかけての太平洋岸、瀬戸内、九州でも多く見つかっていた(図7)。日本において個体数だけではなく、生息地も拡大していると考えられる。
日本列島でスッポンが増えていると思われる原因は不明である。水辺の生息場所の環境が良くなっているわけではなく、スッポンの卵や稚ガメのときにサギ類やブラックバス、アライグマ等の天敵との関係が考えられるが、どの種の天敵が減少したのかは分からない。今後、詳細の調査と研究による実態把握が必要である。
図7 スッポンの確認地点
(5)琉球列島のカメ
琉球列島における在来のカメは次の3種で、いずれもイシガメ科である。
- リュウキュウヤマガメ Geoemyda japonica:沖縄島、久米島、渡嘉敷島に自然分布。日本(沖縄諸島)の固有種。
- ヤエヤマセマルハコガメ Cuora fravomarginata evelynae:石垣島、西表島に自然分布。日本(八重山諸島)の固有亜種。基亜種チュウゴクセマルハコガメ C. f. flavomarginataは台湾、中国東部~南部に分布。
- ヤエヤマイシガメ Mauremys mutica kami:石垣島、西表島、与那国島に自然分布。日本(八重山諸島)の固有亜種。基亜種ミナミイシガメ(タイリクミナミイシガメ)M. m. muticaは台湾、中国東部~南部、ベトナムに分布。
リュウキュウヤマガメとヤエヤマセマルハコガメは国の天然記念物に指定されている。また、リュウキュウヤマガメは種の保存法の国内希少野生動植物種として、ヤエヤマイシガメは沖縄県および石垣市、竹富町の条例により、殺傷、捕獲等が禁止されている。
在来の個体と考えてよい個体としては、リュウキュウヤマガメは沖縄島の山原(やんばる)地方から5例、久米島から1例の報告があった。ヤエヤマセマルハコガメでは28件の報告のうち石垣島から15例、西表島から13例の報告があり、ヤエヤマイシガメでは9件の報告のうち石垣島から3例、西表島から4例の報告があった。今回のカメさがしでは観察メモの欄への記録が少なかったが、道路上で見つけたとの報告がリュウキュウヤマガメで2例、ヤエヤマセマルハコガメで3例、ヤエヤマイシガメで1例あった。野生動物にもかかわらず道路という開けた環境で人間の生活圏にカメが現れていることを表しており、カメが路上で轢かれて死亡したり負傷したりしないような対策をする必要がある。
次に琉球列島の島嶼への外来のカメについて述べると、沖縄島の那覇市からミシシッピアカミミガメ3例とヤエヤマイシガメ1例、宮古島からヤエヤマイシガメ1例、石垣島からスッポン1例の報告があった。琉球列島の島嶼間で人為的に移動された例も含まれており、地域住民への情報提供や注意喚起が必要である。
(6)外来種と種間雑種の個体
カミツキガメChelydra serpentinaは北アメリカ原産のカミツキガメ科のカメで、日本では特定外来生物に指定されている。千葉県印旛沼水系、東京都練馬区の光が丘公園、静岡県巴川水系の麻機遊水地で野外繁殖していることが知られているが(光が丘公園は防除済み)、他県でも野外繁殖している可能性の高い水系がある。カミツキガメについては佐倉市から2例、愛知県刈谷市から1例の報告があった。佐倉市はカミツキガメが野生化して急増している印旛沼の近くにある。愛知県刈谷市では野外繁殖しているかどうかは不明である。
同じく北アメリカ原産でドロガメ科に属するミシシッピニオイガメSternotherus odoratusは岡山から1例、東京から1例の計2例の報告があった。このカメは日本列島で越冬することができ、野外で繁殖することができるので、日本で野生化した個体には注意を払う必要がある。
ハナガメMauremys sinensisは台湾、中国南部、ベトナム北部に自然分布するイシガメ科のカメで、日本ではかつてペットとして流通していたが、現在では特定外来生物に指定されている。本調査では兵庫県から2例、京都府から1例、東京都から1例の計4例の報告があった。ハナガメの報告においては1例がミシシッピアカミミガメと、他の1例がクサガメと誤認されていた。
同じくイシガメ科のミナミイシガメMauremys muticaは京都を中心とした近畿地方に基亜種京都府、滋賀県、和歌山県、東京都からそれぞれ1例ずつ、計4例の報告があった。4例とも亜種までの同定はできなかった。京都と滋賀の例は古くから京都を中心とした近畿地方に定着していた基亜種タイリクミナミイシガメM. m. muticaの可能性が高いが、和歌山県と東京都の例は新しい時代に人為的に移動された個体である可能性が高い。
通常、生物は種間交雑をせず、発生した雑種個体には繁殖能力がない。しかしカメ目では、同科内であれば別属であっても種間交雑することがあり、その交雑個体は繁殖能力を保つことが多いことが知られている。したがって、在来のイシガメ科のカメが生息している地域にイシガメ科の別種を人為的に移入させると、在来のカメが遺伝子汚染される危険性が高いので、注意が必要である。
野生化した交雑個体の報告としては、ニホンイシガメとクサガメの交雑個体が兵庫県、大阪府、愛知県からそれぞれ1例ずつある。ただし兵庫県と大阪府の例では交雑個体をクサガメと、愛知県の例ではニホンイシガメと誤認されていた。カメの交雑の識別は難しいので、遺伝子汚染の問題が把握しがたく、深刻化しやすい。
7.おわりに
「自然しらべ2023 日本のカメ一斉調査」は、市民参加によって全国の淡水カメ類の生息状況の現状を把握することができた。過去2回の調査結果に引き続き、ミシシッピアカミミガメが55.3%という高い割合を占め、ニホンイシガメの比率が低いため、引き続き、外来生物法の規制の遵守や地域の保全活動の実施が期待される。一方、スッポンが増加している傾向が明らかになったが原因は分からず、外来種チュウゴクスッポンとの関係や増加による生態系への影響を明らかにするため、今後、調査研究の必要がある。
また、今回、スマートフォンのアプリを使いIT情報技術やAIを駆使した企画となり、新たな参加者層が広がった可能性がある反面、スマートフォンのアプリを使いこなせないなどの問い合わせがありデジタルリテラシーや投稿データの精度などの課題があることも見えてきた。しかし現代社会のデジタル化、IT化の流れは避けることはできない。スマートフォンでの撮影に関わる光学系の技術は日進月歩で進んでおり、望遠の撮影技術も進歩している。またAIの情報処理能力も進歩が著しく、AIを用いた生物種の識別能力も向上していくに違いない。「自然しらべ」のような市民科学(citizen science)は、世界的にも重視され、進歩が著しいデジタル技術を取り入れて今後ますます盛んになるに違いない。2023年の「日本のカメ一斉調査」における試みを経て、今後の同様な企画では質と量ともにより充実した情報収集が期待される。
以上