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鹿児島大学高隈演習林内で計画されている大規模風力発電事業に対して、計画段階環境配慮書段階で事業中止を求める意見書を提出しました

2022.08.25
要望・声明

日本自然保護協会(NACS-J)は、鹿児島県垂水市などで計画されている(仮称)垂水風力発電事業について、以下のような点で自然環境および防災面での影響が大きいと予測されるため、計画段階環境配慮書段階で中止すべきとして、事業者の株式会社ユーラスエナジーホールディングスに意見を出しました。

  1. 生物多様性上重要な照葉樹林が喪失する
  2. 研究、教育目的である鹿児島大学演習林の機能が喪失する
  3. 猛禽類の生息への影響が懸念される
  4. 周辺地域の土砂災害発生リスクが増大することが懸念される

大規模風力発電事業が計画されている場所を示す地図

(仮称)垂水風力発電事業計画段階環境配慮書に関する意見書(PDF/948KB)


22022年8月24日

株式会社ユーラスエナジーホールディングス 御中

(仮称)垂水風力発電事業計画段階環境配慮書に関する意見書

〒104-0033 東京都中央区新川1-16-10 ミトヨビル2F
公益財団法人 日本自然保護協会
理事長 亀山 章

日本自然保護協会は、鹿児島県垂水市および鹿屋市で計画されている(仮称)垂水風力発電事業(事業者:株式会社ユーラスエナジーホールディングス、最大総出力:192,000kW、基数:最大32基)の計画段階環境配慮書に関して、自然環境と生物多様性の保全の観点から、意見を述べる。
本事業は下記のような懸念があり、生物多様性の喪失などの自然環境面での甚大な影響が予測されることから、計画段階環境配慮書の段階で計画を断念すべきである。

1.生物多様性上重要な照葉樹林が喪失する

事業実施想定区域の8割以上が鹿児島大学高隈演習林内にあり、人工林や二次林が多いものの、風力発電機設置想定区域の尾根部には照葉樹の自然林が広く分布している。
照葉樹林は、熱帯から温帯の移行部の植生帯として成立し、世界的にみても大陸東岸の湿潤な地域にしか見られない特異な生態系である。特に、東アジアでは熱帯から大陸に沿って連続的に分布しており、生物多様性が高い地域となっている(Udardy 1975)。かつて、照葉樹林は西日本に広範囲に分布していたが、スギやヒノキの植林地の拡大などにより、残存エリアは狭くなっており、原生的な照葉樹の自然林は国土の約1.6%と少なくなっている(環境省 1996)。その中にあって鹿児島県や宮崎県では、照葉樹の自然林が他地域と比較して高い残存率を示している。特に鹿児島県の大隅半島は他地域の照葉樹林と比較しても構成種数が最も多く(約400種)、照葉樹林のホットスポットともいえる地域である(中尾ら 2014)。これは90cm以上の巨木が集中しておりニホンジカの食害の影響が少なく、典型的な照葉樹林の林床植生が見られるためである(前迫ら 2020)。その中でも鹿児島大学高隈演習林の照葉樹林は、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)において特定第一種国内希少野生動植物種(特一)に指定されているハツシマランなどの絶滅危惧種の生育が知られている(馬田ら 1999)。さらに近年では、照葉樹林における菌従属栄養植物の生態系における菌類を介した窒素循環や生物多様性保全上の重要性も明らかになりつつある。
日本自然保護協会は、宮崎県の綾の照葉樹林プロジェクト(2005年~)や鹿児島の大隅照葉樹林復元プロジェクト(2011~2013年)に取り組んでおり、屋久島低地照葉樹林の保全への意見書提出(2020)などを通して照葉樹林の保全活動を進めている立場から、生物多様性や学術的上重要な鹿児島大学高隈演習林の照葉樹林での本事業は、断念すべきと考える。

2.研究、教育目的である鹿児島大学演習林の機能が喪失する

大学演習林は大学設置基準第39条で、「学部又は学科の教育研究に必要な施設」と規定されており、森林生態系や動植物、森林の育成方法、森林の環境的機能の仕組み、林道設計、林業機械などについての研究や教育活動が展開されている。本事業が実施されれば、演習林内には大規模風車を搬入するのに十分な林道が存在しないことから、風車の設置場所だけでなく演習林全域で大規模な樹木伐採や土地改変が行われることは明らかである。そのため、本事業の実施は、演習林内に生息する動植物への影響は不可避であり、演習林が本来果たしていた学術的教育的機能は失われる。演習林での、これだけ大規模な風力発電建設計画は前代未聞であり、計画段階環境配慮書段階で本事業を断念すべきである。

3.猛禽類の生息への影響が懸念される

事業実施想定区域では、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)において国内希少野生動植物種に指定されているクマタカの生息が確認されているだけでなく、想定区域及びその周辺は、サシバ等の主要な渡り経路となっている。環境省作成の陸域版センシティビティマップにおける注意喚起メッシュ図では、「注意喚起レベルC」のメッシュとして示されており、風力発電設備への衝突事故や移動経路の阻害等による鳥類への重大な影響が懸念されるため、本事業は断念すべきである。

4.周辺地域の土砂災害発生リスクが増大することが懸念される

事業実施想定区域の下流域では過去に何度も土石流が発生している。代表的なところでは、西側の海潟地区では1993年に(北原ら 1994)、南側の市木地区で1989年と2006年に、北側の牛根地区で1976年、2007年にそれぞれ大規模な土石流が発生し、人的物的被害が起きている(亀田 2010)。このように事業実施想定区域周辺は、東側の鹿児島大学演習林側を除いて度々土砂災害が発生している地域であり、事業実施想定区域の一部が水源かん養保安林に指定されているだけでなく、風力発電機設置想定区域も含めて一部は土砂流出防備保安林、さらには崩壊土砂流出危険地区に指定されている。このような場所で大規模な土地形状の変更や森林の皆伐を行うことは、これまで以上に土砂災害の発生が懸念される。自然災害のリスクが大きいことからも、本事業は断念すべきである。

引用文献

  • 亀田晃一(2010)災害情報伝達と避難における社会学的アプローチに関する一考察―鹿児島県垂水市の事例をもとに―.災害情報:8,75-85.
  • 環境庁 (1996) 第4回自然環境基礎調査植生調査報告書(全国版). 環境庁自然保護局.
  • 北原一平・河村和夫・佐口治(1994)鹿児島8月6日災害における土砂災害調査報告.地すべり:31,56-63.
  • 前迫ゆり・幸田良介・比嘉基紀・松村俊和・津田 智・西脇亜也・川西基博・吉川正人・若松伸彦・冨士田裕子・井田秀行・永松大(2020) シカの影響に関する植生モニタリング調査と地域の生物多様性保全研究 ―シカと植生のアンケート調査(2018~2019)報告― ―地域の植生と生物多様性保全研究グループ―.自然保護助成基金助成成果報告書:29, 14-26.
  • 中尾勝洋・津山幾太郎・堀川真弘(2014) 九州地方における植物種のホットスポットはどこか?-ニッチベース分布予測モデルによる全種と低頻度種の比較.環境情報科学論文集:28, 31-36.
  • Udvardy, M.D.F. (1975) A Classification of the Biogeographical Provinces of the World. IUCN 20 Occasional Paper No. 18, IUCN, Morges, Switzerland.
  • 馬田英隆・横田昌嗣・前田利盛(1999) 絶滅したと考えられていたハツシマラン(ラン科)の再発見.鹿児島大学農学部演習林研究報告:27, 31-32.

以上


高隈演習林内に咲いているキリシマシャクジョウの写真▲キリシマシャクジョウ(ヒナノシャクジョウ科)絶滅危惧Ⅱ類(VU)
照葉樹林の林床にみられる腐生植物.演習林内ではやや乾いた斜面上部から尾根でよくみられる

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