【配布資料】今日からはじめる自然観察「春の七草を見つけよう」
<会報『自然保護』No.549(2016年1・2月号)より転載>
このページは、筆者の方に教育用のコピー配布をご了解いただいております(商用利用不可)。
ダウンロードして、自然観察などでご活用ください。
道端でも見かける身近な草たちが、1月7日に食べる七草がゆの具材に名を連ねています。
旧暦のころからの習慣のため、現在の新暦1月7日に探すには少し早いですが、
冬から春の成長・変化も観察してみましょう。
髙野哲司(自然観察指導員 /IPNET-J参与)
これは、小倉百人一首に編まれた名歌で、平安時代の若菜摘みの光景が詠まれています。
春の七草は、7種類の若菜を意味する言葉です。若菜とは、まだ寒い早春にたくましく葉を広げる野草や野菜のこと。この若菜を野辺で摘んで羹(お吸い物)にして食べる習慣は、万葉集の歌が詠まれたころからありました。当時の人々は若菜を野で摘み、羹として食べることで、病気をはらい、若菜が持つ生命力を取り入れていました。
平安時代は若菜の種類は
昔から七は吉数とされました。昔から七は吉数とされました。中国では、元日から七日目を人日と呼び、この日に七種の菜で羹をつくって食べ、病気のもとをはらう習わしがありました。これが日本で、若菜摘みの文化と結びついたと考えられます。
日本では、平安時代に書かれた『皇太神宮儀式帳』(804年)に、正月七日(旧暦の1月7日・現在の1月下旬~2月中旬)に若菜を羹として奉ったことが記録されています。室町時代の連歌師・梵灯が著した連歌の注解書『梵灯庵袖下集』には、現在の七種の若菜の名があげられています。ただ、若菜の種類は文献によって少しずつ違い、しっかり決まっていなかったようです。
江戸時代に幕府が人日を五節句のひとつに定めたことで、庶民も七草がゆを食べるようになりました。
七草を探そう
七草は、正月六日に野原や水辺で摘みます。七草は前年の秋に新しい芽が出て、小さなまま冬を越して春に萌え立つので、若菜に摘むぐらいの大きさには育っています。茎が伸びずに地面に葉を広げている状態の時(薹が立つ前)が食べごろです。
六日の夜に、摘んできた若菜を、七草ばやしを歌いながら、まな板の上で大きな音を立てて打ち(刻み)ます。七草ばやしは、地域によっても違うので、ぜひ地元の七草ばやしを調べてみてください。
また、七草を覚えるには江戸時代につくられた次の和歌が便利です。
七草は、野原や水辺、田畑など住居に近い場所に生育しています。有毒植物に十分気をつけるとともに、取り過ぎないことも大切です。野辺に出て、春の七草を摘み、 若々しい生命力を体感してください。
クイズの答え:ホトケノザ(シソ科)