市採石場前海底潜水調査報告
市採石場前海底潜水調査報告
向井 宏(海の生き物を守る会)、安部真理子(日本自然保護協会)
▲船は綾音祢丸。写真は、潜水場所から採石場を見たもの。
海の中には驚いたことに生きものが見当たらない。透明度は1m程度か。サンゴは、キクメイシの10cm程度のもの、ハマサンゴは10~30cmくらいのものが岩の上に生育している。
岩の表面はぬるぬるした粘土と粘液が混じったようなものに覆われており、その厚さは1cmくらいある。サンゴはなんとか活きているも、気息奄々のように見える。魚がほとんど見えない。30分ほど潜って5匹くらい。そのうち2匹はスズメダイ。残りは小さなネンブツダイの様な魚。大きなハマサンゴやサンゴ塊の下にいるはずの魚たちがまったくいない。
岩の間には、厚く泥が貯まっている。手を入れればすっと入っていく。ヘドロの堆積だ。深いところでは30cmくらいはありそうだ。しかも、表面は酸化しているが、直下は還元状態で、真っ黒だ。次の写真から、その様子がうかがえる。
水深1m以内の岸寄りの浅いところでは、礫があり、少し深くなると岩が出てくる。岩の上には、カサノリが少し見られる。その他には海藻らしきものはわずかだ。カサノリも本来は群生するものだが、ここのカサノリは1本のカサノリが点々とある。カサノリの傘の上には粒子が堆積しており、おそらく生まれるそのそばから枯れていくのだろう。
サンゴ礁であったと思われる岩礁地帯も、ハマサンゴ類を除けば、わずかの魚以外に生きものの姿がほとんど見られない。貝もいないし、カンザシゴカイ類の華やかな色もない。エビ類やカニ類もまったく見られない。浅くて光もよく届いているにもかかわらず、いわば「死の世界」の様相だ。
深さ2mほどのところで、コンクリートの柱のようなものを見つけた。これはおそらく採石場の施設の一部が流れたものであろう。このようなものが存在することは、採石場からの土砂などの流れ込みは明らかである。周りの石もその形状からほとんどが陸上からの流れ込みによるものと推定できる。
報告書の最初に挙げた航空写真からも分かるように、採石場のすぐ前面には、海底に流れて堆積した土砂や岩石が、広がってそこは海底が浅くなっている。写真で判別できる以外に、土砂・岩石の堆積はその周辺に広範囲に広がっている。これはおそらく前年の大雨の時に一気に流れ出した採石場からの土砂・岩石が滞積したものであろう。これだけでも海と海の生き物に大きな影響を与えている。
しかし、重要なことは、このような大きな石や砂よりももっと細かいシルト・粘土のような粒子がその周囲にさらに広く潮の流れに乗って広がり、その後堆積したヘドロ状の堆積物である。このヘドロ状の堆積物は、岩の上に粘液状になってこびりつき、海底に積もって、まさにヘドロになって生きものが生息できない状況が作られている。
このようなシルト・粘土などの粒子は非常に細かいので、水中に懸濁して容易に海に流れ出す。小さな沈殿池では止めることは困難である。このシルト・粘土粒子の流出は、採石場が閉山になり、緑化が完成するまで止まることは無い。現状が続く限り、ヘドロ状の海底がさらに広範囲に広がっていくばかりである。
サンゴ類調査結果:
ミドリイシ類など環境の変化に弱いタイプのサンゴ類の生息は確認できなかった。キクメイシ属、ハマサンゴ類、キクメイシモドキなど悪い環境条件の下でも生息できる種類のサンゴ類のみの確認となった。塊状ハマサンゴについては長径50cm×短径50cm程度のものは数個確認できた。ハナガササンゴについては長径2.5m×短径1.2m程度の群集の生息を1個体について確認した。その他はいずれも長径30cm以下、なかでも長径5-10cmの個体が多く見られた。
塊状ハマサンゴ類。生きている部分もあるが、土砂の堆積により死滅している部分もある。
塊状ハマサンゴ類。左下が部分的におそらく土砂堆積が原因となり死滅している。
生きている部分もあるが、土砂が堆積している部分の方が多い。ユビエダハマサンゴの類であると思われる。
堆積している土砂の様子
海底のシルトの様子
過去に実施された調査からの考察:
1) 第4回自然環境保全基礎調査(環境省)
1989-1992年に環境省により実施された調査によると、トビラ島付近のサンゴは被度5-50%とあり、付近には50-100%の場所もある。この調査は、私達が潜水した場所よりも沖合にあるため直接の比較はできないものの、この海域全般のサンゴの状態は良好であったのではないかと思われる。地元の人達の記憶や当時豊富であった漁獲等とも一致する。
第4回自然環境保全基礎調査より
ちなみに、それ以降、環境省および生物多様性センターにより定期的に行われている
モニタリング1000調査では、住用湾は調査地点に含まれていない。
モニタリングサイト1000の調査地点は1:赤木名立神、2:節田、3:神の子、4:久場、5:安木屋場、6:崎原東、7:崎原南、8:摺子岬、9:大浜、10:徳浜、11:和瀬、12:実久、13:デリキョンマ先、14:平安、15:安脚場の15か所である。つまり住用湾など、奄美大島の中南部の沿岸域のサンゴ礁の状態は長年調査されて来なかったということを意味する。
モニタリングサイト1000サンゴ礁調査 2008-2012年度とりまとめ報告書(生物多様性センター)より
2) 奄美群島サンゴ礁保全対策協議会 豪雨災害後モニタリング調査
豪雨災害後モニタリング調査報告書(奄美群島サンゴ礁保全対策協議会)(PDF/4.3MB)
2010年11月に奄美群島サンゴ礁保全対策協議会により調査がされている。トビラ島陸側の離礁として「海底(4m)にはところどころに泥土が10cm程度堆積。透視度は1m。背後の採石場では土砂災害が発生しており、相当量の土砂が流出していると思われる。サンゴの70%が白化。今後、白化から回復するかモニタリングが必要」とある。
今回の潜水地と全く同じ場所であるかどうか不明であるが、近い場所であったことが伺える。2010年調査時に白化していたサンゴにはスギノキミドリイシなど環境の変化に敏感なサンゴもあったが(奄美群島サンゴ礁保全対策協議会、2010)、おそらくは2010年に白化して以降、元に戻らなかったものと思われる。
高水温や淡水の流入等のストレスにさらされたサンゴの色が抜けて白くなることはあるが、それは必ずしもサンゴの死滅を意味するものではない。水質等の環境条件が良い場所では、サンゴが一度白化しても、元に戻ることが知られている。
今後:
今回の調査では砕石に起因する赤土流入による被害が大きいことが示唆された。事業者に原状回復を求めることが出来ないか、検討する必要がある。
また、沖縄県には赤土等流出防止条例があるため、奄美大島の各地(瀬戸内町阿木名、住用町土玉、市など)で見られるように、廃土置き場が長期間にわたり野ざらしにされていることはない。鹿児島県には県が定めた「赤土等流出防止の進め方 - 防止対策方針・実施要領集」があり、厳しい規則も記されているが、県条例ほどは効力が強くないものと思われる。
今後は、鹿児島県にも赤土等流出防止条例を制定し、現在市で起こっているような海洋汚染が起こらないようにすることが第一に重要である。その後、植物を植えて赤土の流入を抑えるグリーンベルトなどの対策を取ると良いと思う。