特集:このままでいいのか!? 防潮堤計画
- 特集:このままでいいのか防潮堤計画「東日本太平洋沿岸から砂浜が消える?!」(PDF/2.08MB)
- 特集:このままでいいのか防潮堤計画「防潮堤に頼らない海岸のまちづくり」(PDF/2.12MB)
- 特集:このままでいいのか防潮堤計画「ココが問題!巨大防潮堤」(PDF/1.64MB)
- 特集:このままでいいのか防潮堤計画「日本の沿岸管理のあり方を見直すために」(PDF/1.84MB)
特集
このままでいいのか!? 防潮堤計画
今、東北の被災地をはじめ全国各地で、巨大な防潮堤の建設計画が進もうとしていることをご存知でしょうか?
防災対策が必要な一方で、巨大なコンクリート構造物に頼る方法で事業を進めてしまえば、地域の財産でもある自然環境を失うことになりかねません。
沿岸の暮らしと自然環境の折り合いをどうつけていくのか、これからの地域の海辺の管理のあり方を考えます。
東日本太平洋沿岸から砂浜が消える?!
東北3県だけで総延長約370km!
現在、青森県から千葉県の東日本太平洋沿岸で進む巨大防潮堤建設計画。その規模は、岩手、宮城、福島の東北3県だけで総延長約370km、約8200億円。高さは既存のものを大きく上回る10m前後で、高い場所では14mを超えている。東北3県の自然海浜は、現時点ですでに全体の7%にまで減少している※。残された自然海浜とどう付き合うか、住民合意を置き去りにしたまま、計画の一部はすでに着工されている。
※環境省平成24年度東北地方太平洋沿岸地域自然環境調査海岸調査よりNACS-Jが算出
防潮堤の形状は台形で、まるでコンクリートの山
防潮堤の復旧にあたり国から示されているのが、越流したとしても直ちに全壊しない「粘り強い構造」。天端(防潮堤のてっぺんの幅)の3m以上の確保や、壁面の勾配を緩くする、といった基本的な方針を示す。これに従った標準断面では、仮に高さが10mの場合、底幅は43m以上となり、砂浜を広く覆いつぶす。
建設計画は日本全国にある!
「全国防災対策費」という予算をご存じだろうか。5年間で約19兆円を投じ東日本大震災からの復興を目指すものだが、このうち1兆円程度は被災地以外の防災・減災対策にも使用可能。また、「国土強靭化」を進める安倍政権が誕生させた2012年補正予算、2013年当初予算では、公共事業予算が増額され、議論のないまま新規事業に多額の予算がつけられた。さらに、今年5月に自民・公明両党から提出された「防災・減災等に資する国土強靱化基本法案」が成立すれば、全国を対象とした新規公共事業の根拠法がさらに増える。海岸や河口を埋める防潮堤計画は、決して被災地だけの話ではない。
防潮堤に頼らない海岸のまちづくり
防潮堤のような巨大な海岸構造物に頼らない防災計画・まちづくりは可能なのでしょうか。景観まちづくり、ビーチフロント計画(豊かな海岸地域形成)が専門の岡田智秀さんに伺いました。
■ずばり防潮堤に頼らないまちづくりは可能なのでしょうか?
まず、始めに押さえるべきは、「防潮堤ありか、なしか」という議論ではなく、街としてどう防災対策を立てていくかを複眼的、総合的に考える必要があるということです。
複眼的とは、さまざまな手段や方法について、総合的とは、地域全体を鳥瞰的・俯瞰的に見て検討するということです。
■「複眼的」に考える、とのことですが、防潮堤以外にどんな方法があるのでしょうか?
参考となる事例としては、ハワイ州の「海岸線セットバックルール」があります。これは沿岸域には極力構造物をつくらず、住宅などの建造物を海岸線からセットバックさせることを定めたもので、1977年にハワイ州法のコースタルゾーン・マネジメント(CZM)沿岸管理計画で規定されました。
それまでのハワイでは、今の日本と同じく構造物による海岸線の維持管理を行っていました。しかし一度構造物を入れたことで逆に構造物周辺の洗掘が進み、それを食い止めるために次々に構造物をつくらなくてはならないという悪循環に気づいたのです。ハワイ州は観光が主要産業ですから、構造物によって自然環境や景観を損ねるだけでなく観光資源である砂浜がなくなっては話になりません。そこで、思い切って海岸に構造物をなくし、街自体を海岸から離す制度づくりを決断しました。
砂浜の消失は日本でも大きな課題となっています。構造物に頼らず経済的・効果的に、観光資源でもある海岸の自然を残し、防災に配慮したまちづくりを実現したこの事例には、日本も学ぶべき点がたくさんがあるでしょう。
海岸構造物のないハワイのビーチの典型例(オアフ島東部海岸線)。セットバック距離の具体的な数値や基準は郡によって異なるが、基本的には、砂浜の自然観察を通じて高波などの最高到達ラインを調査し、その到達ラインから、10~15mほどの標準距離と、建物の耐用年数に見合った砂浜の自然浸食距離を合計した距離を後退させるという方法をとっている。
■自然の条件に合わせて土地の利用方法を決めるのですか?
そうです。ハワイでは、構造物を用いて人工的に安全な住環境を沿岸に生み出すのではなく、人の方が海岸線との距離を常に考慮し、土地の利用を制限することで街の安全性を保っています。今後は日本でも、堤防の高さという垂直方向での防御だけではなく、海から後背地にかけての「面」で受けていく発想が必要だと考えています。
自然条件に合わせた土地利用が展開できれば、防潮堤の高さにこだわる必要はなくなるはずです。高台移転はその最たる事例ですが、すべてを移転することができなくても、例えば海への依存度別に土地利用を制限していくなどの方法も考えられます。
災害時の避難先となる学校や市役所といった施設はできるだけ高台などに置き、水産加工業など海に依存する施設は、避難経路を確保したうえで沿岸に配置して防護範囲を最小化するといったものです。日本は今後人口減少が進むばかりですから、居住地の選択集中という点でも土地利用のあり方を再整理することは重要でしょう。
■なぜ日本ではハワイのような土地利用と合わせた計画がつくれないのでしょうか?
日本では現行の制度上、沿岸域の管理者がいくつにも分かれていることが大きな要因です。海岸法での海岸保全範囲は海岸線を中心に100m足らず。それより陸側は都市であれば都市計画法、防災林があれば林野庁で、田畑なら農水省が所管していて、実際はこれらがモザイクのように入り乱れて存在しています。沿岸域の自然条件に合わせてまちづくりや防災計画を整備したいと思っても、管理者が異なり、総合的な視点で計画できないのが日本の現状なのです。
今回の震災で、行政間で連携・調整して新しい流れができるかと思いましたが、結局何も変わらない。このままでは、何度でも同じことを繰り返します。
■ほかにも沿岸構造物に頼らないまちづくりの例はありますか?
避難訓練や防災教育などソフト面の対策や、避難路・避難タワーの整備が重要なことは言うまでもありません。名古屋港周辺では、区域の条件に応じて建築物の1階の床の高さや構造などを規定する「名古屋市臨海部防災区域建築条例」を定めています。
平野部に位置し高台の少ない静岡県袋井市では江戸時代の知恵を活かし(写真2)、津波発生時の避難場所かつ平時の憩いの高台にもなる「平成の命山」の築造が決定しました。さらに、砂丘や海岸林といった自然地形の存在を尊重し、積極的に防護施設として活用するという考え方もあります。
大分県の中津干潟では住民が生態系保全の必要性について声を上げたことで、防潮堤の建設位置が干潟の後方に変更されました。
これらは平時の豊かさや自然環境保全と防災を両立させた、いい事例と言えるでしょう。
静岡県袋井市の中新田命山。高さ5m。江戸時代に台風による高潮災害を受け住民たちが築山した。
■地域ごとにさまざまな工夫があるのですね。
そうですね。先に紹介したハワイのセットバックルールを日本のすべての沿岸域で適用すべきだとは思いません。1mでも高い防潮堤が必要な地域もあれば、そうでない地域もある。ただここで留意すべき点は、「公共事業は地域の利益が最大になるものでなくてはならない」ということだと考えています。地域の利益とは何か、住民自身が考え、覚悟を決めていく過程が必要なのです。
イカ漁の盛んな青森県むつ市の木野部海岸ではかつて、防災のために行政主導で磯を覆うようにつくられた緩傾斜護岸を、「海の豊かさを取り戻したい」と願う住民の声で撤去につなげていきました。撤去後、住民たちの発意で、防災効果を高めつつ昭和30年代の磯場の風景も取り戻そうと、沖合に自然石を撒いて、わが国初ともいえる「築堤」を実現しています。その後、一時落ち込んだ漁獲量も回復し、その築堤周辺は磯遊びの場や漁場にもなるなど、今や地域の財産になっています。
公共事業は、地域の人が求める日常の暮らしの豊かさを一方的に奪うものであってはなりません。そのためには、住民と行政が協調して現行制度の壁を乗り越えていく勇気と実行力が必要になるでしょう。
地域に合ったまちづくりを考える際には、地域の文化や伝統から学ぶ点もたくさんあります。神社やお寺などの宗教施設は高台に配置され、今回の震災でも、被災せず避難所となった場所も多くありました。伊豆地方では海岸線から神社へ続く参道が津波避難路にも指定されています。地名からも土地の特徴を見出すことができる。地域の人がつないできた先人の知恵を今一度学ぶことも重要です。これからの海岸まちづくりのキーワードは、平時の豊かさと災害時の防護の共存策です。
・・・これからの海辺のまちづくりのために・・・
- 海の猛威は、一線かつ限定的な位置で抑えようとすると海岸構造物の大型化を招くが、面的かつ複眼的な海岸防護策を講じることで海岸構造物の最小化を目指すことが可能。
- 面的な海岸防護策を検討するためには、陸側の土地利用形態にも配慮する、新たな社会的しくみが必要。
- 砂丘や海岸林といった自然地形の存在を尊重し、積極的に防護施設として活用するための検討が必要。
- 地域の海象や伝統文化を踏まえ、地域の利益を住民自身が考え、地域の将来像を描いていく合意形成の過程が重要。
岡田 智秀
日本大学理工学部まちづくり工学科准教授。景観まちづくり、ビーチフロント計画が専門。国交省・農水省・水産庁「防災・利用と調和した海岸の景観形成のあり方に関する検討委員会」委員などを務める。
ココが問題! 巨大防潮堤
現在、東日本太平洋沿岸域を中心に進められる巨大防潮堤建設計画には、どのような問題点があるのでしょうか。
NACS-Jは今年2月、防潮堤復旧事業の問題し、生態系への配慮を求める意見書を出しました。意見書の内容(青字部分)とあわせて重要な問題を整理します。
日本の沿岸管理のあり方を見直すために
沿岸の保全管理には、なぜ地域の力が必要なのか、海岸の自然環境と暮らしのかかわり方をどう見直したらよいのか、NACS-J沿岸保全管理検討会委員の清野聡子さんに伺いました。
海岸の自然保護活動は防災活動でもあった
近年、津波被害を軽減する砂丘や砂浜の自然地形の存在が、改めて注目されています。砂丘の防災効果は、古くから戦後のころまでは、沿岸域に暮らす住民にはよく知られていました。多くの沿岸部の集落のお祭では、お神輿は山から下りて波打ち際を走ります。ウミガメが産卵する砂浜を海からのお使いが上陸する神聖な場と考えたり、沖縄では、来世への想いをつなぐ礼拝を砂浜で行ったり、さまざまな伝説や伝統によって海岸は神聖な場とされ、人のテリトリーが海に近づき過ぎないよう規制されていました。海の危険を予防するための適度なバッファーゾーン(緩衝帯)が維持されてきたのです。
かつて沿岸の住民は、その地に合わせた住まい方を熟知していました。自然を観察することで、地形によって異なる波の上がり方や、砂丘の防災効果を知り、安全な場所に暮らす。動植物と同じく、人間もまた自然条件に即した場所にすみ、空間を使い分けてきたのです。自然の力が強い海岸は人間が近づきすぎると危険で、その境界となる砂丘に咲くハマヒルガオのような海浜植物群落は、限界線の象徴でした。コアジサシが営巣し、ハマヒルガオが咲き乱れ、ウミガメが上陸する浜を守ることは、人と海との適切な関係を保ち、防災効果を最大限に発揮する砂丘を守る防災活動なのです。しかしこの自然の防災効果を忘れ、海に近づきすぎた結果、巨大な防潮堤で海岸を囲むという選択をすることになりました。
砂浜に咲くハマヒルガオ
「線」にこだわりすぎた日本の失敗
日本の沿岸管理の失敗は、海岸「線」を死守する管理に終始してきた点にあります。日本の制度では「大地は動かざるもの」を前提として、海岸線の変動を「国土の消失」と見なし、沿岸管理の現場には1㎝たりとも国土を減らすなという意識を持たせてきました。本来、海岸を地形的に守るには、背後の陸、川、沖の海まで含めて、全体がつながっている流域というシステムを「面」として統合的に把握しなくてはなりません。しかし、日本の海岸の管轄は、海岸四省庁と呼ばれる「河川」(国交省水管理・国土保全局)、「港湾」(同港湾局)、「漁港」(農水省漁港漁場整備部)、「農地」(同農村振興局)に分割され、後背地は林野庁などとさらに細かく分けられ、システム全体でとらえるという当たり前の概念を反映できない状態にありました。そして管轄ごとに海岸線を守るために、自然の変動を無視し、本来、波や潮、風によって時々刻々と姿を変える渚や海岸を人工構造物で固めてきたのです。
海岸は常に変動する場であり、海岸線に構造物を設置するだけでは対処できないことは工学の分野でも明らかになりつつあります。世界を見ると、欧米ではイギリスをはじめ各国で構造物主義を大きく見直しつつあり、アジアの新興国は当初から動的な海岸の環境に配慮した制度設計を行おうとしています。日本は環境配慮のない中で制度をつくり、全体を見直す機会がないまま、付け足しや一部変更だけでとどまってきました。そして、海岸を構造物で固める事業は、国土と人命・財産を守る防災事業として民意にも支えられ、原因の精査が不十分なまま、護岸やブロック投入という対処療法的な対応が全国で続けられてきました。防災工事に異論を唱えることが地域において反社会的な行動とされ、国土保全のあり方の社会制度まで問う全国的な動きには至らなかったのです。
東日本大震災では、大きな地盤沈下が生じました。従来通り、国土保全の原則にのっとったままでは海没個所を線で守るために強固な構造物をつくらなければ対応できなくなります。コンクリートの巨大防潮堤がスタンダードとして示されてしまうのは、従来の原則に基づいた結果です。
地域知を再発見し新たな沿岸管理計画を
しかし今こそ、このような沿岸管理の歴史を実証的に調べ、制度に踏み込んだ変化を求める時機にきています。沿岸管理の問題は、決して東北沿岸の被災地だけの問題ではありません。海岸防災工事は、全国でこの数年間に急激に進みます。現在、太平洋岸をはじめ各地で計画段階に入っています。巨大防潮堤のような従来通りの方法ではない道を探るなら、今が意見を言う大事なタイミングです。そして、代替案の検討に入るならば、地域の海岸の歴史、地形、動植物などの情報を集中的にまとめていく必要があります。ここが、地域で長く自然観察をしてきた人の出番であることは間違いありません。
大分県中津干潟、沖縄県嘉陽海岸、千葉県鴨川沿岸は、いずれも、根本を問い直す自然保護運動があり、海の自然環境に関するデータを蓄積したうえで、利害関係者が共に解決の道を探る場がつくられてきました。相互不信を脱却し、具体的なデータを持って共に未来をつくろうとする場ができて初めて、海岸の総合的な将来像を考える時間的、精神的な余裕が出てきます。日本の沿岸管理が多くの問題を抱えていることは行政も自覚してきています。だからこそ隘路を探る場が確保されれば、それぞれの人たちが持っている良さがかみ合ってくるでしょう。新たな沿岸管理計画を見出し、調整するために必要な苦労は多大なものになります。それを超えてでも、よりレベルの高い沿岸管理を目指す覚悟が、今、行政や地域住民、そして私たち一人ひとりに求められているのです。
海岸を「線で守る」から「面で対応する」転換には、その場所に合わせた土地利用計画も欠かせません。現在は、海岸管理のあり方を「利用」「環境」「防災」と要素に分けて考えていますが、海辺に暮らした先人たちは自然を総合的にとらえ、自然条件に即して土地利用を行ってきました。この先人たちの知恵こそが「地域知」です。海岸の自然を見つめ続けてきた住民、自然に依存して生業を営む漁業や観光業、そしてナチュラリストたちによってこそ、この「地域知」は再発見され、新たな沿岸管理手法がつくられていくはずです。
清野 聡子
九州大学大学院工学研究院環境社会部門准教授。沿岸開発・保全の合意形成について、環境改変などの研究をもとに、地域会議の企画運営、計画作成、実施時の生態工学的な技術支援を行っている。