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【会報連載】「シリーズ 新・生命の輪」アオイガイで読み解く海の変化

2013.05.13
解説

シリーズ 新・生命の輪 37

北海道に暖流系の生きものが漂着!アオイガイで読み解く海の変化

砂浜で人目を引く、白くて美しいアオイガイ。
自然しらべ2012「貝がらさがし!」の対象種のひとつにもなっている
この貝がらの漂着数を調べてみると、現在や過去の海の変化が見えてきました。

美しい貝がらの持ち主は8本足!?

2005年の秋。札幌から車で1時間ほどの石狩浜で、見慣れない白い貝がらがたくさん見つかりました。紙のように白くて薄い、らせん状の殻で大きさは5〜20㎝くらい。アオイガイです。2個の殻の口の部分を合わせるとハート形になり、「御紋」で有名な葵の葉のように見えることから、「葵貝」の和名がつきました。この形の美しさ、繊細さに魅せられる人も多く、飾り物やランプシェードにされることもあります。

海辺でいろいろな漂着物の採集を楽しむことをビーチコーミング(beach combimg)といいますが、アオイガイは多くのビーチコーマーにとって、一度は拾ってみたい憧れの貝がらのひとつです。福岡県の玄界灘沿岸では「子安貝」と呼ばれ、殻に水や湯を入れて妊婦に飲ませると安産になる、という言い伝えがあります。また、江戸時代には漂着アオイガイが幕府に献上されたという記録もあります。それほど珍しいものだったのでしょう。

そんなアオイガイ、浜辺で見つかるのはほとんどが貝がらだけ。つまり中身は空っぽです。では、もともとその殻の中には、一体どんな生きものが入っていたのでしょうか?

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アオイガイの別名はカイダコ。実は巻貝や二枚貝の仲間ではなくタコの仲間です。あの白くて美しい貝殻の中には、8本の腕をウニョウニョさせたタコが入っていたのです。”タコ入り”で漂着してもすぐにカモメやキツネに食べられてしまうため、人間が見つける時はすでに殻だけの場合が多いのです。

タコが貝がらを持っている、というと驚く人も多いかもしれません。しかし、水族館で見かけるオウムガイや、大昔の海の生物アンモナイトなども、同じように貝がらの中に入ったタコやイカの仲間。そもそもタコ・イカは、大昔にさかのぼるとみんな貝がらを持っていて、巻貝や二枚貝と先祖は共通です。アオイガイの場合は、メスだけが殻をつくってその中に入り、殻の奥に卵を産んで孵化するまで守ります。

暖かい海を漂うアオイガイ

江戸の将軍に珍重され、ビーチコーマーにはあこがれのアオイガイ。実は、九州北部や山陰地方、北陸地方といった西日本の日本海側では、時として冬に大量に漂着することがあります。一方、太平洋側や、日本海側でも東北地方や北海道では、アオイガイの漂着はめったに見られません。どうして冬の西日本、日本海側なのでしょうか。

アオイガイは浮遊性のタコで、世界中の熱帯から温帯の暖かい海をゆらゆらと漂い、海流に流されながら生活しています。日本の近海には太平洋側の黒潮、日本海側の対馬暖流のふたつの暖流が流れていて、熱帯海域から北上してくる黒潮に乗ったアオイガイは、日本列島の太平洋沿岸をかすめた後、再び暖かい外洋に戻っていきます。

それに対して対馬暖流に乗ってしまったアオイガイは、日本海をどんどん北上してしまいます。そして冬になると、暖流系の生物であるために海水温の低下に耐えられなくなり、弱っていきます。そこへシベリアの寒気による冬の北西季節風が吹き出すと、瀕死のアオイガイはバタバタと一気に日本海沿岸に吹き寄せられてしまうのです。

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北海道でかつてない大量漂着

これまで北海道では、アオイガイはどれくらい見つかっていたのでしょう。石狩で昔からよく浜辺を歩いている人たちの話を総合すると、数年に1個見つかるかどうか、というくらいだったようです。ところが2005年10月、石狩浜の一角で一度に20個近い漂着アオイガイが見つかりました。

この年は、その後もアオイガイはどんどん見つかり、11月の下旬までに150個近く採集できました。北海道でこれだけの数の漂着は聞いたことがありません。大量漂着といっていい規模です。漂着は石狩を越えて対馬暖流が流れていくさらに先でも見つかり、宗谷海峡を越えてオホーツク海側や知床、根室にまで達しました。

この大量漂着があった05年以降、アオイガイが多い年も少ない年も、客観的なデータを得るために石狩浜や周辺の砂浜を調査することにしました。石狩浜を定期的に歩きまわり、仲間からも情報を集約してきました。翌06年、07年の秋も大量漂着は続きました。08年、09年と漂着数は減りましたが、2010年には一転して、これまでにないくらいのアオイガイがやってきました。採集数は約500個。大量漂着に驚いた05年〜07年の3年間の合計よりも多い数だったのです。

海で起きていることを漂着物から考える

熱帯から温帯に起源を持ち、暖流によって亜寒帯地域沿岸に運ばれる漂着物を「暖流系漂着物」と呼びます。ヤシの実がその代表。05年から07年の3年間は、石狩浜にはアオイガイ以外にも多くの暖流系漂着物がやってきました。海面浮遊性のギンカクラゲは、このとき初めて北海道で漂着が記録されましたし、やはり浮遊性の青い巻貝、ルリガイは、07年に石狩浜で見つかったものが最北の漂着記録です。さらに、これまで北海道では数えるほどしか漂着記録のないヤシの実も、この3年間に石狩浜で4個も発見されました。

海洋生物が大量漂着する原因としては、生物が大量発生して個体数自体が急増した場合と、水温や海流、風など大気・海洋の物理的な環境の影響を受けた場合があります。05年以降の石狩浜の場合は、アオイガイの増加と一緒にほかの暖流系漂着物も増加していることから、大量漂着は単なる生物の大発生ではなく、海流の強さや海水温といった海洋環境の変動によって引き起こされた現象であるということが分かりました。

また、石狩浜へ多く漂着するのは、どの年も10~11月ごろでした。西日本などに大量漂着する場合は12~2月と冬が多いのですが、海水温の低い北海道沿岸では、本州より少し早く漂着のピークが来るようです。こうしたことから、アオイガイの大量漂着の原因は、海水温が関係していることが考えられました。そこで、石狩湾の海水温の変動を調べてみたところ、9〜10月の平均海面水温が高い年は石狩浜へのアオイガイ漂着も多い、という関係が明らかになりました(下図2)。

日本海を北上する対馬暖流の勢力が強い年には海水温が高く、大量のアオイガイが北海道までやってくるが、秋に水温低下が始まるとバタバタと力尽きていく……。これが石狩湾におけるアオイガイ大量漂着のしくみのようです。ただ、暖流系漂着物の北海道での増加が、いわゆる地球温暖化と関係あるかどうかは、まだ分かりません。海洋には数十年周期の自然な変動も存在するからです。

浜辺に漂着するアオイガイ。ただ美しいだけでなく、海の中で起きていることを教えてくれます。潜水艇や高価な観測器を使わなくても、誰でも海からのメッセージを読み取ることができるのです。ちょっと気をつけて浜辺を歩くだけで……。

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文・写真 志賀健司(いしかり砂丘の風資料館 学芸員)

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