世界的に貴重なラムサール条約登録「中池見湿地」に 北陸新幹線を通すべきではない! 環境省と国交省に要望書を提出。
2012年11月 19日
環境大臣 長浜 博行 殿
国土交通大臣 羽田 雄一郎 殿
公益財団法人日本自然保護協会
理事長 亀山 章
ラムサール条約登録湿地「中池見湿地」を通過する
北陸新幹線建設計画に対する要望書
福井県敦賀市の「中池見湿地」はその湿地の希少性と豊かな生物多様性により、今年7月に世界的な保護区であるラムサール条約の登録湿地として認定されました。また、それに先立って2011年12月に越前加賀海岸国定公園に編入され法的にも保全されています。しかし、今年6月に認可された北陸新幹線の新たな計画路線図が8月に公表され、条約登録湿地内を路線が貫通する計画であることが明らかとなりました(別添資料1)。本計画を実行することは湿地の保全にとって以下のような重大な影響を及ぼしかねません。
1. ラムサール条約登録湿地は、世界的にも学術上・保全上重要な湿地であり、将来にわたって永続的に保全管理していくことを世界に約束した国際的な保護地域である。条約登録範囲に新幹線を建設する計画自体が、国際的な信用を失墜させるだけでなく他の条約登録湿地の保全の在り方にも大きな影響を及ぼしかねない重大な事項である。
2. 「中池見湿地」は10万年もの歴史をもつ泥炭層を有する特異な湿地である。この湿地の形成には湿地周囲を山々が囲む「袋状埋積谷」という特殊な地形が重要である。今回明らかとなった路線計画はこの山々を貫通するものであり、水系や地下水脈など水環境の変化が生じればこの湿地全体の自然環境とその維持機構に影響を及ぼしかねない。なお、過去に行われた環境影響評価の調査・評価手法はまったく不十分であるうえに、さらに今年明らかとなった計画路線はその際の計画よりもさらに湿地の内側に変更されている。
3. 路線の建設が予定されている「後谷(うしろだに。地元では「おしゃたん」と呼ばれる)」はミズトラノオなどの絶滅危惧種10種をはじめとした希少種が集中して分布している場所であり、全国的にもヘイケボタルが最も多くみられるなど、中池見全体からみても生物多様性の保全上たいへん重要なホットスポットである(資料2)。現行の計画では後谷は完全に破壊されてしまう。
以上のことから、当協会は次の二点を強く要望します。
・世界的な保護地域であるラムサール条約の登録範囲を新幹線が貫通することはあってはならない。ラムサール条約締約国としての責務を果たすよう現在の北陸新幹線の路線計画を直ちに変更すべきである。
・路線計画の変更にあたっては、十分な透明性と科学性のある調査・評価が実施されることを確保し、中池見湿地周辺の自然環境に影響が及ばないようにすべきである。
以上
←中池見湿地の位置と湿地を通り抜ける北陸新幹線の予定ルート(※画像をクリックすると大きくなります)。
資料2:ラムサール条約登録湿地「中池見湿地」 後谷の自然環境の重要性についての調査レポート(PDF/490KB)
資料2:
ラムサール条約登録湿地「中池見湿地」 後谷の自然環境の重要性についての調査レポート
作成:公益財団法人 日本自然保護協会
はじめに
・本資料は北陸新幹線の路線建設が予定されている「後谷(写真1)」に関する自然環境の情報を取りまとめたものである。
・取りまとめにあたっては、地元市民団体やここを調査研究対象としてきた専門家の方々から情報をお寄せいただいた。
・本取りまとめは新たな路線計画の公表に対応して短時間で緊急的に作成したものであり、当地の重要性を十分評価するためには今後より詳細な調査を実施することが不可欠である。
・希少種の種名については保全上の理由から公開していないものもある。
自然環境の重要性
1.絶滅危惧種10種をはじめとする希少生物の生息生育地となっている
取りまとめの結果、後谷には環境省レッドリストに掲載される種が20種以上(絶滅危惧10種、準絶滅危惧11種)生息生育していることが明らかとなった。
特に新幹線の路線建設が計画されている湿地部分には水辺の絶滅危惧種が集中している。ミズトラノオ(写真2)、ミズオオバコ、モートンイトトンボ、クロゲンゴロウ、ミズコハクガイ、メダカ、ヨコハマシジラガイ、マシジミ、ナタネキバサナギガイなどの絶滅危惧種をはじめとする多数の水生動植物が確認されている。
ヨコハマシジラガイやモートンイトトンボなど、中池見湿地の中でもこの後谷でしか確認できない種も多い。これは、後谷の環境が特異的であることや、過去20年間でほとんど無くなった水田的環境がこの場所に多く残されているためであり、中池見湿地全体からみても後谷が重要なホットスポットの一つであることを示す。
谷の湿地部分だけでなく、両側の森林内にも絶滅危惧種に指定される複数のラン科植物や貴重なチョウの繁殖場所が確認されている。また、日本でしか繁殖が確認されていない鳥であるノジコ(IUCNレッドリスト絶滅危惧II類)やミゾゴイ(IUCN絶滅危惧IB類)が確認されているほか、ミゾゴイ・サシバ(環境省レッドリスト絶滅危惧II類)については後谷で繁殖している可能性も指摘されている。
2.全国的にも重要な自然環境が存在している
中池見のメダカは、今年6月に新種として記載された北日本型メダカ(Oryzias sakaizumii)のタイプ標本産地とされている。後谷は中池見湿地と湿地外側の生息地をつなぐ「コリドー(回廊)」として重要な場所である。
後谷は中池見湿地の中でもヘイケボタルが最も多く確認できる場所である。現在環境省が全国40ヵ所以上で行っている「モニタリングサイト1000里地」ホタル調査の結果と比較すると、この場所の記録個体数が飛びぬけて多く、全国でも重要な場所の一つであることがわかる。
3.豊かな生物相を支える豊富な湧水が存在している
後谷の両側の山腹からは季節を通じて常に湧き水が湧き出ており、このことが安定的な湿地環境の形成につながっている。この湿地に水を供給する両側の山の存在や、湿地本体から連続的に続く水路など、水環境を支える周辺の地形・植生・水文環境が現在の豊かで貴重な生物相を支えているといえる。特に路線計画の直上に位置する場所は後谷の中でも湧水量が豊富な場所である。
後谷の湧水は古くから水田の用水や信仰の対象ともなっている。また後谷は市民運動の重要な活動拠点のひとつであり、今後は外部からの条約湿地の来訪者を受け入れる際の主要な入口部分となることも予定されている。このように後谷は農業資源・信仰・環境活動・観光資源といった様々な視点からも重要な場である。
情報提供をいただいた方のリスト(順不同。敬称略)
・NPO法人ウェットランド中池見:笹木 進、吉田 一朗、藤野 勇馬、千々岩 哲、和田茂樹
・角野 康郎(神戸大学 理学研究院 教授)
・平井 規央(大阪府立大学 生命環境科学研究科 助教)