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泡瀬干潟埋立・海草藻場モニタリング調査レポート 10年の記録(2003-2012年)

2012.10.02
活動報告

泡瀬干潟埋立・海草藻場モニタリング調査レポート 10年の記録(2003-2012年)

~埋め立てが泡瀬干潟に与えた甚大な影響;海草藻場が消えた~

2012年10月
公益財団法人 日本自然保護協会

<要約>埋立工事の影響で、海草藻場が消え、生物多様性が失われた。回復は見られない。

  1. 本格的な埋立工事が始まって1年後の2007年以降、埋立地の陸側に広がっていた海草藻場は、広範囲にわたって消滅した。
  2. 事業者は海草藻場激減の原因を大型台風とするが、大型台風が来ない年でも回復は見られない。
  3. 2箇所の調査地(L1,L2)で、コアマモ、リュウキュウスガモは全く見られなくなり、わずかに生育しているマツバウミジグサのバイオマスは激減し、地上部の葉は草丈が短く細くなった。
  4. 海草藻場の消失と共に、そこに多数生息していたクロナマコ、コブヒトデ、ハボウキガイはほとんど見られなくなった。藻場の海底に穴を掘って暮らしていたハゼやエビ、緑藻のカサノリ、ホソエガサは姿を消した。
  5. 浚渫と護岸建設により、海水の流れが変わり砂州が大きく変形。埋立地の陸側に土砂が堆積し藻場を埋めた。

アセスに反する埋立事業はすぐに中止し、干潟と藻場の保全・復元をすべきである


工事前(2004,2005年)

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工事後(2010,2012年)

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はじめに

2000年に国(沖縄総合事務局)が公表した、中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業に係る環境影響評価書では、泡瀬干潟の海草藻場については、「埋立ての影響はほとんど無し、埋立地以外の海草藻場の保全に万全を期す」「海藻草類の濃生・密生域やサンゴ類の分布域(生育被度0-10%の区域)が埋立てによりやむを得ず一部消失するが、周辺にはまだかなりの分布域が残っている。さらに、消失藻場区域内での主要な構成要素である大型海草種の濃生・密生域については、その一部を移植することにより新たな藻場環境の創出にも努める。したがって、これら海藻草類やサンゴ類の生育・生息地への影響は少ないものと考えられる」としていた。しかし、2006(H18)年1月に、本格的な埋立工事(航路の浚渫、沖合の護岸工事、浚渫土砂の投入)が始まると、泡瀬干潟の海草藻場は激減し、現在も毎年変化し続けている。

また、2001(H13)年から実施した、海草の移植実験では、バックホウという建設機械を用いて被度50%以上の良好な海草藻場を海底の土砂ごと約1haの面積を海底から剥ぎ取って移動させた。しかし、移動し移植した(剥ぎ取ったブロックを海底に置いただけ)先では、その土砂が流出し、海草の根が海中にむき出しになり、ほとんどの海草は枯死した(【写真0】)。海草藻場を剥ぎ取った場所も海底の土砂がむき出しになり、海水は濁り、荒地となった。この機械化移植実験により、移植元と移植先の両方で、広大な海草藻場は失われた。環境影響評価書に記された新たな藻場環境の創出どころか、埋め立てを免れるはずであった周辺海域の海草藻場まで破壊したのである。

これに対し、日本自然保護協会では、2003年から、泡瀬干潟の海草藻場のモニタリング調査を、毎年実施してきた。本書は、その調査結果および、海草藻場の変化と埋立事業の関係についての考察を報告する。

【写真0】移植した海草ブロックと移植先の海底(2002(H14)年6月)
20121002awase3.jpg(左)海草の根が海中にむき出しになっている 
(右)海草は生育しておらず、海水は濁っている

1.調査方法

(1)調査ラインの設定

調査を開始した2003年(ライン2は2004年)の時点で、海草の生育状況が良好で被度が50%以上ある均質な群落を含む、環境の異なる海草藻場3ヶ所を選んだ。そして、それぞれの藻場の変化しやすい辺縁部を避け、中央を通る調査ラインを設定した。調査ラインは、山立て法とGPSを用いて起点と終点を定め、毎回一定したラインに沿って調査を実施した。
設定した調査ラインの位置は図1に、それぞれのラインの環境と海草藻場の特徴は表1に示した。

表1 調査ライン
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20121002awase4.jpg図1 海草藻場モニタリング調査ライン

(2)写真撮影

ライン上の海草群落を撮影し、生育状況を記録した。

(3)被度の測定

LSでは、5mごとにラインの東側に50cm×50cmの方形枠を置き、その中の海草の種類ごとに被度を測定した。
L1、L2では、ラインの両側1mで囲まれる範囲に出現する海草の種類別に、10mごとに区切って被度を測定し、記録した。
なお、L1、L2とも2005年までは、群落ごとに被度を測定していたため、群落ごとの被度、10mごとの被度は、それぞれ下記のように換算して扱った。
例えば、L1では群落ごとに被度を示す場合、2006年以降は、群落が分布する範囲(距離)の10mごとの被度の平均値を群落の被度として扱った。L2では10mごとに被度を示す場合、群落の分布する範囲の距離を10mごとに分けて被度を換算した(例:100m―125mに分布していた群落の被度が30%だった場合、100-110mの被度は30%、110-120mの被度は30%、120-130mの被度は15%)。

(4)バイオマスの計測

各ライン上に出現した主な群落において、10cm×10cmの坪刈りを行い、海草を採取して、種類ごとに乾重量(80℃で48時間乾燥)を計測した。
LSでは、15m付近のマツバウミジグサ-コアマモ群落
L1では、515m付近のマツバウミジグサ-コアマモ群落、525m付近のウミジグサ-マツバウミジグサ群落、618m付近のリュウキュウスガモ群落
L2では、450-460m付近のマツバウミジグサ-コアマモ群落、950m付近のリュウキュウスガモ群落、960m付近のベニアマモ-ボウバアマモ群落、1050m付近のベニアマモ群落

(5)草丈の計測

LSにおいて、被度を測定した方形枠内の海草の草丈(地面からの葉長)で最も長いもの3-5枚を計測し、記録した。

(6)底質の粒径組成の計測

LS,L1の主な海草群落において、坪刈りを実施した際に同時に底質を採取し、粒径組成を調べた。調査地点毎に、10cm四方の範囲で海草の地下茎と根茎がすべて入る深さ(おおよそ15cmほど)を採取した。
採取した底質試料は、前処理として手作業で確認できる植物体や生貝等を除去し、その後水道水で脱塩、洗浄作業を3回行い、処理後の試料を乾燥させ、ふるい分け試験機にかけてふるい分けした後電子天秤にて質量を測定した。
下表に、ふるい分けに用いた粒径ごとのふるいの目のサイズを示した。

(単位:mm)
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2.調査結果

(1)LSの小型海草マツバウミジグサ-コアマモ群落の変化

LSは、浅場の干潟域に生育するマツバウミジグサ-コアマモ群落に設置した70mの調査ラインである。
写真1は、2004年9月と2011年7月のライン上の海草藻場及び坪刈りを行なった15m地点の藻場の様子である。2004年には一面に藻場が広がっているのが確認できるが、2011年は、わずかに海草が生育しているのが確認できる程度で、砂地となっている。
写真2は、ライン上5mごとに設置した方形枠内に生育する海草群落の変化の様子である。本格的な埋め立て工事が始まった2006年を境に変化が始まり、2007年以降は、砂地が目立ち、海草は激減した。
図2は、5mごとに設置した方形枠14個で測定した被度の平均値の変化を示すものである。被度+は1%と換算して計算した。
2003年から2004年にかけて、マツバウミジグサが激減した。2004年から2005年までは時期によって変動が見られたが、2007年以降最も多く生育していたマツバウミジグサの被度は1%にも満たなくなり、2012年には、限りなく0に近い状態であった。コアマモは全く見られなくなった。

【写真1】 LS上の海草群落(上)とLS  15m地点の坪刈り地点の藻場の様子(下)

2004年

2005年

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【写真2】 LSのマツバウミジグサ-コアマモ群落の変化(2004-2011年)
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図2 LSの海草群落の被度の変化(種別)

図3は、LS 15m地点で坪刈りした海草のバイオマスの変化を示したものである。被度の変化と同様に、2007年以降マツバウミジグサ、コアマモとも減少を続け、2008年以降コアマモは全く見られなくなり、わずかに生育しているマツバウミジグサも年々減少している。

20121002awase-gurafu2.jpg図3 LS マツバウミジグサ-コアマモ群落のバイオマスの変化

図4は、被度を測定した方形枠内及び坪刈りした海草の最高草丈の変化を示したものである。
2006年以前と2007年以降を比較すると、2007年以降は草丈が低くなっていることがわかる。これは、1つ1つの海草に注目した場合、生育状況が悪くなっていることを示していると言える。

20121002awase-gurafu3.jpg(2006年10月はライン上の草丈は未計測)
図4 LS マツバウミジグサ-コアマモ群落の最高草丈の変化

図5は、LS15m地点で坪刈りした海草の底質の粒径組成の変化を示したものである。2007年以降、シルト・粘土と中礫が減少し、細砂・粗砂が増え、底質のほとんどを占めるようになった。

20121002awase-gurafu4.jpg図5 LS マツバウミジグサ-コアマモ群落の底質の粒径組成の変化

(2)L1の潮間帯(500m以降)の海草群落の変化

L1は、埋立て計画地より陸側の(北側)の干潟域から潮間帯-潮下帯の海草藻場に設置した600mの調査ラインである。
写真3は、L1の500-600mの海草藻場の様子である。緑のじゅうたんのように濃密に生育していたマツバウミジグサ、コアマモ、ウミジグサ、リュウキュウスガモ、ウミヒルモが混生する海草群落は、2007年以降ほとんど見られなくなり、砂地の海底が直接見えるようになった。また、2007年以降は、調査中は海水は常に濁り海底がはっきりと見えない状況であった。2010年には10cm先が見えないほどの濁りであった。
この海草藻場には、ナマコやハボウキガイ、ハゼやハゼと共生するエビの仲間などさまざまな底生生物が生息していたが、海草がなくなるのに合わせて姿を消した。2008年には、ハボウキガイの死んだ殻が、かつて藻場があった砂地に数多く観察された。
また、600m付近のリュウキュウスガモ、マツバウミジグサの群落の中には、緑藻のカサノリやホソエガサ(絶滅危惧I類)が生育していたが、今では消失した。

【写真3】 L1の500-600mの海草藻場の変化
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図6は、L1の300m付近の干潟域の小型海草群落(群落1)と、500m以降の潮間帯から潮下帯に生育する主な群落の被度の変化を示したものである。

群落1のマツバウミジグサ-コアマモ群落は2006年以降被度が減少し2%以下の低い値で推移している。2012年は0.8%だった。
群落2は、2006年より前はマツバウミジグサとコアマモが少なくとも15%以上、多いときは70%以上だったが、2006年以降激減した。マツバウミジグサは2006年に3%だったが、それ以降は2008年と2011年に0.5%確認されただけで、2007、2009、2010、2012年には生育が見られなかった。混生していたコアマモ、ウミジグサ、ウミヒルモは全く見られなくなった。
群落3は、2006年以降被度が激減し、全体でも5%に満たなくなった。この群落は、ウミジグサの混生が特徴的で、2006年以前は少なくとも1%以上生育が見られたが、2006年以降は0-1%となった。コアマモは2009年以降見られなくなった。2012年にはマツバウミジグサも減少した。
群落4は、潮下帯のリュウキュウスガモが優先する群落である。しかし、2006年にはライン上にはリュウキュウスガモが確認できず(周辺には少ないが生育していた)、2007-2009年はわずか1-2%の被度となり、2010年以降は消失した。2012年には、調査ラインの周辺にも全く見られなくなった。ウミジグサも2007年以降見られなくなった。

■群落1 280-310m
20121002awase-gurafu5.jpg

■群落2 500-520m
20121002awase-gurafu6.jpg図6-1 L1の主な群落の被度の変化(群落1,2)

■群落3 520-620m
20121002awase-gurafu7.jpg

■群落4 620-629m
20121002awase-gurafu8.jpg図6-2 L1の主な群落の被度の変化(群落3,4)

図7は、群落2,3,4に対応して、それぞれ515m、525m、618m地点で坪刈りを行い、秤量したバイオマスの変化を示したものである。その変化は被度と同様の傾向であった。
515m地点の群落は2007年以降消失した。525m地点は、2008年以降はマツバウミジグサがわずかにあったが、ほとんど無いに等しい値となった。618m地点のリュウキュウスガモは、2008年に大きく減少し、2009年以降はほとんどなくなった。2012年は、全く確認できなかった。マツバウミジグサが数十グラムある程度である。

■群落2 515m地点
20121002awase-gurafu9.jpg

■群落3 525m地点
20121002awase-gurafu10.jpg

■群落4 618m地点
20121002awase-gurafu11.jpg図7 L1 515地点マツバウミジグサ-コアマモ群落、525m地点ウミジグサ-マツバウミジグサ群落、
618m地点リュウキュウスガモ群落のバイオマスの変化

図8は、L1全長600mのライン上に出現する海草の被度の変化を種別に示したものである。被度は群落ごとの被度(ラインの両側各1mと群落分布距離の範囲の値)の600m分の合計ポイントである。図6,7と同様の傾向で、2006年以降藻場の海草は激減し、2007年以降コアマモは消失、ウミジグサ、リュウキュウスガモもほとんど見られなくなった。

20121002awase-gurafu12.jpg図8 L1のライン上に出現する海草の被度の変化(種別)

図9は、群落2,3,4に対応して、それぞれ515m、525m、618m地点で坪刈りを行なった海草の底質の粒径組成の変化を示したものである。
群落2:515m地点マツバウミジグサ-コアマモ群落の底質は、2005年にシルト・粘土が減少し、中礫が増加した。2007年以降は、シルト・粘土はそのまま低い値のままで、細礫、中礫は減少、全体として細砂、粗砂の割合が増えている。
群落3:525m地点ウミジグサ-マツバウミジグサ群落の底質は、2005年と2007年を境に、シルト・粘土が減少し、粗砂が増えている。2011年には細砂と粗砂が占める割合が最も大きくなった。
群落4:618m地点リュウキュウスガモ群落の底質は、毎年変動が見られるが、顕著な傾向は読み取れなかった。

■群落2 515m地点マツバウミジグサ-コアマモ群落
20121002awase-gurafu13.jpg

■群落3 525m地点ウミジグサ-マツバウミジグサ群落
20121002awase-gurafu14.jpg

■群落4 618m地点リュウキュウスガモ群落
20121002awase-gurafu15.jpg図9 L1 515m地点マツバウミジグサ-コアマモ群落、525m地点ウミジグサ-マツバウミジグサ群落、618m地点リュウキュウスガモ群落の底質の粒径組成の変化

(3)L2の海草群落の変化

L2は、泡瀬通信基地の先端と西防波堤を結ぶ約1600mのモニタリング調査ラインで、砂洲の北側に広がる海草藻場に設置したものである。
写真4は、L2の500mを過ぎた辺りから出現する砂州と海草藻場の様子を捉えたものである。
調査を開始した2004年当時は、砂州はラインの南側に位置していたが、2006年に本格的な埋立工事が始まり、ラインに南側で航路の浚渫工事が行われると砂州が大きく動いて変形し、ライン上に乗ってきた。そのため、ライン上にあった500m付近の一部の海草藻場は砂州の下敷きとなり消失した。その後も、毎年砂州は高さや広がりを大きく変え続けている。

【写真4】
20121002awase12.jpg

図10は、L2全長1600mのライン上に出現する海草の被度の変化を示したものである。被度は10mごとの被度(ラインの両側各1mと10mの範囲でならした値)の1600m分の合計ポイントである。

図11は、同じデータを種別のグラフで示した。

ライン全体で見ると、2005年から2007年に海草が激減しているのがわかる。図11で海草の種別に詳しく見ると、マツバウミジグサは、2005年と2007年を境に被度が激減し、年々減少している。

コアマモは2005年と2007年を境に、ライン上では、ほとんど生育が確認できなくなった。

ウミヒルモは年による変動が大きく、傾向は明らかになっていない。

ウミジグサは2008年以降、被度は減少し、低い値で推移。2011年はさらに減少した。

リュウキュウスガモは2005年と2007年を境に被度は減少し、最近3年では、激減した。

ベニアマモは2004年以降激減し、2005年以降は被度の変化は小さい。

ボウバアマモは、2008年以降、生育が確認できなくなった。

リュウキュウアマモは、2005年と2007年を境に被度は減少し、低い値で推移している。

20121002awase-gurafu16.jpg図10 L2のライン上に出現する海草の被度の変化(全体)
(2006年は潮周りの関係で780m地点までしか調査を実施できなかったため、データを使わなかった。)

20121002awase-gurafu17.jpg図11-1 L2のライン上に出現する海草の被度の変化(種別)

20121002awase-gurafu19.jpg図11-2 L2のライン上に出現する海草の被度の変化(種別)

図12は、L2の主な群落4ヶ所でそれぞれ坪刈りを行い、秤量したバイオマスの変化を示したものである。
450-460m地点のマツバウミジグサ-コアマモ群落は2007年以降消失した。950m地点のリュウキュウスガモ群落は、種によって消長が激しい。960m付近のベニアマモ-ボウバアマモ群落は、リュキュウスガモ、リュウキュウアマモ、ベニアマモがそれぞれ多いときは、その他の種が少なかった。ボウバアマモは、2007年以降なくなった。1050m付近のベニアマモ群落は、ベニアマモは継続して生育が見られるが、その他の種は消長が大きい。
(*2012年はL2における坪刈は実施していない)

■450-460m地点のマツバウミジグサ-コアマモ群落
20121002awase-gurafu20.jpg

■950m地点のリュウキュウスガモ群落
20121002awase-gurafu21.jpg図12-1 L2 450-460m付近のマツバウミジグサ-コアマモ群落
950m付近のリュウキュウスガモ群落のバイオマスの変化

■960m付近のベニアマモ-ボウバアマモ群落
20121002awase-gurafu22.jpg

■1050m付近のベニアマモ群落
20121002awase-gurafu23.jpg図12-2 L2 960m付近のベニアマモ-ボウバアマモ群落,1050m付近のベニアマモ群落のバイオマスの変化

3.考察

(1)海草藻場の減少と埋立工事との関係

LSのマツバウミジグサ-コアマモ群落は、写真による観測、被度、バイオマスのすべての調査結果において、2007年以降海草の生育量は激減した。マツバウミジグサは埋め立て工事開始以前は50%以上の被度で生育していたものが、2011年7月時点で被度は+(1%あるかないか)
となり、コアマモは被度2-10%だったものが、消失し確認できなくなった。
埋立工事との関係を見てみる(表2)。2006年1月から浚渫、護岸〆切、護岸内への埋立土砂の投入が行われたことを踏まえると、LSは、陸と埋立護岸に挟まれた海域であり、浚渫された沖合の海域から海水が流れてくる場所に位置し、浚渫された海底からの土砂が流れ込んでくると考えられる。また沖合に建設された護岸を回り込む形で海水が流れてくるため、護岸建設により掘り返された海底からの土砂、埋立地に投入された土砂等がLSに流入し、水の濁りや底質を変化させたことが容易に推察される。実際に、現場の観察からも海草藻場の上に土砂が堆積した様子が観察されている(写真5)ほか、図5が示すように、2007年以降群落生育地の底質の粒径組成が変化していることからも明らかである。これにより、マツバウミジグサやコアマモの生育環境が変化し、生育量が減少したものと考えられる。また、図4のマツバウミジグサの草丈の変化のグラフからわかるように、単に分布域や生育個体密度が減少しただけではなく、生育状況が悪化していることが明らかとなった。海草は水面の高さまで草丈を伸ばすことができることから考えれば、草丈が短くなったことは、海底から水面までの深さが浅くなったことを示していると考えられる。このことは、土砂が堆積して地形を変化させたことを示唆するものである。

表2 泡瀬干潟埋め立て工事年表
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L1のマツバウミジグサ、コアマモ、ウミジグサ、リュウキュウスガモ、ウミヒルモの混生群落は、写真による観測、被度、バイオマスのすべての調査結果において、2007年以降海草の生育量は激減した。2007年以降はほとんど海草藻場がなくなり、砂地の海底が直接見える状況になった。中でも比較的大型のウミジグサ、リュウキュウスガモ、次いでコアマモの消失が顕著である。L1はLSと同様、陸と埋立護岸の間に位置する潮間帯-潮下帯の海草藻場であるため、上述したLSと同様、埋立工事による水の濁りや底質の変化などの環境変化が推察される。そのため海草藻場がほぼ消滅したと考えられる。また、2005年頃までは、この海草藻場には、共生するハゼとエビの仲間や、クロナマコ、ハボウキガイなど多様な底生生物や緑藻のカサノリやホソエガサ(絶滅危惧I類)が生育していたが、現在ではほとんど観察されなくなったことからも、海草藻場を含むこの海域の環境が大きく変化したことを示しているといえる。図9の底質の粒径組成の変化のグラフは、2007年以降、粒径の小さいシルト・粘土が減少し、細砂や粗砂などの砂質分が増えていることを示しており、これは、L1の群落生育地の環境変化を裏付けるものである。

L2では、ラインの南西近傍で、2006年1月に海底の航路浚渫工事が行われた。このため掘られた航路の溝に沿って海水が流れるようになり、これが原因となって海水の流れが大きく変わり、ライン南側に位置する泡瀬干潟の特徴ともいえる大きな白い砂州の地形まで変形させたと考えられる。砂州の変形により、2006年10月には、L2上に砂州が移動しており、500m近辺にあった海草藻場を砂州が完全に埋めてしまった。500m近辺には、2005年までまとまったマツバウミジグサ、コアマモ、ウミヒルモ、ウミジグサが混生する群落が生育していたが、いずれも2006年に激減している。これは、浚渫工事によって海水の流れが変わって砂州が変形移動し、海草藻場を埋めたことが原因で消失したことは疑う余地がない。リュウキュウスガモ、ベニアマモ、ボウバアマモ、リュウキュウアマモの大型の海草群落は、ラインの900m以降に分布しており、浚渫した航路や砂州よりも沖側に位置しているためか、500m近辺の群落のように2006年の工事直後に直接的な影響により消失することなかったが、2007年以降被度の減少が続いており(図10)、ボウバアマモは2008年以降消失した。これは、工事の影響による恒常的な水の濁りや海水の流れの変化による底質の変化が影響したものと考えられる。

すべての調査ラインにおいて工事の影響により海草群落が減少あるいは消失したと結論づけられる。しかし、事業者はこれら海草群落の2006年以降の急激な変化は、すべて台風の影響によるものとしている。台風の影響であるとするならば、埋立工事が始まるずっと以前からこの泡瀬海域に広大な海草藻場が生育していたことを説明することはできない。
2006年以降、泡瀬海域に大きな風雨をもたらす台風がこなかった年においても、海草藻場の回復は見られていない。このことは、埋立工事により、沖合に建設された構造物が海草藻場の生育環境に影響を与え続け、生育を阻害していることにほかならないと考えられる。

【写真5】陸と埋立地に挟まれた海域に堆積した土砂(LS近辺)
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(2)環境影響評価で予測していない異常事態

海草藻場の減少及び、砂州地形の変化、陸と埋立地に挟まれた海域への土砂の堆積、海水の濁りといった埋立地周辺海域の環境変化については、本事業に係る環境影響評価書では「埋立ての影響はほとんど無し、埋立地以外の海草藻場の保全に万全を期す」とし予測されていなかったことである。事業者は、予測していなかった異常事態が発生した場合は、原因を究明し、保全措置をとることを環境影響評価書の中で約束しているにも関わらず、何も対応していない。
また、埋立てが進む第Ⅰ区域には、海草藻場のほか、サンゴ群集(スギノキミドリイシ・リュウキュウキッカサンゴ等)、環境影響評価後に見つかったニライカナイゴウナ(貝類)やホソウミヒルモ(海草)等の新種や希少種が多数生育・生息しているにもかかわらず、保全措置をとらず、埋め立てようとしていることは生物多様性保全上大問題である。これらの生物のそれらの貴重な命が失われるだけでなく、種の存続にも大きな影響を与える可能性がある。

さらに、海域に構造物を建設する事業において、大きな影響が予測される「海水の流れ」や「底質の動き」について事後調査をしていないことは、もともとの環境影響評価が不備であったと言わざるを得ない。環境影響評価書で予測していなかった環境の悪化が起きていることに対し、早急に、科学的な原因の究明と影響の回避、環境保全措置の実施が必要である。

(3)新土地利用計画の環境影響評価

2010年に策定された新たな土地利用計画(第Ⅰ区域)について、環境影響評価を実施せずに工事を再開したことは問題である。LSと L1が含まれる第Ⅱ区域は、今回の計画変更で埋め立てを免れた海域であるが、陸から沖に続く干潟、海草藻場、砂洲、サンゴ群集、水深5m前後の潮下帯といった多様な環境から成り立ち、それらがバランスを保ちつつ極めて高い生物多様性を育んでいる。埋め立てが進められる第Ⅰ区域と一連の生態系である。そのため、第Ⅰ区域の埋め立ては、泡瀬干潟の生態系を分断し、第Ⅱ区域の豊かな生物多様性にも大きな影響をもらたすことは明らかである。

これまで、本報告で述べてきたように、これまで実施された航路の浚渫、護岸建設、土砂投入の工事だけでも(2)に述べた環境影響評価では予測されていなかった地形変化(砂洲の変形)や海草藻場の大規模な消失、サンゴ群集の劣化が起こるなど、大きな影響が出ている。
また、新計画では、埋立ては浚渫土砂では足りず、他の海域の海砂を購入して投入するとしている。他の海域の貝類等の生物が持ち込まれることにより、泡瀬干潟の生物群集、生態系を攪乱する可能性が大きい。また、海砂が周辺海域に流出し続けて、海草藻場やサンゴに堆積して劣化させることが懸念される。

事業者は、新計画は公金支出差し止め判決が出された計画とは別の新たな計画としていることから、これまでの環境変化を踏まえ、新たな計画に係る環境影響評価を実施しなければならない。環境影響評価を新たに実施しないことの理由を旧計画の計画変更の範疇であるとするのならば、先に公金支出差し止めの判決がだされた旧計画を強行していることにほかならず、裁判の判決を真っ向から否定する行為であると言える。

4.参考文献

(財)日本自然保護協会,埋立事業が泡瀬干潟に与える影響と保全の提言―泡瀬干潟自然環境調査報告書―.2007

問い合わせ先
公益財団法人日本自然保護協会  担当・執筆:開発法子(事務局長)
〒104-0033 東京都中央区新川1-16-10 ミトヨビル2F
Tel.03-3553-4101
Eメール:kai@nacsj.or.jp
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