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新たにエネルギー消費を伴う広域開発のリニア新幹線は、その必要性から改めて検討しなおすべき

2011.07.08
要望・声明

リニア中央新幹線計画段階環境配慮書に関するパブリックコメント(PDF/187KB)


2011年7月7日

リニア中央新幹線計画段階環境配慮書に関するパブリックコメント

公益財団法人日本自然保護協会
保護プロジェクト部 辻村千尋・大野正人

公益財団法人日本自然保護協会では、東海旅客鉄道株式会社(JR東海)が公開した、中央新幹線計画段階環境配慮書に対して、自然環境保全の立場からパブリックコメントを提出した。

 

●配慮書全般への意見

3月11日、東日本大震災に伴い福島第一原子力発電所の事故が発生し、重大な事態が続いている。被災地の復興はじめ、安全対策、エネルギー政策のあり方、経済や社会構造、私たちのライフスタイルそのものが問われている。
こうした日本の社会状況において、新たなエネルギー消費を伴う広域かつ大規模な開発事業であるリニア方式による中央新幹線計画は、企業の社会的責任として、その必要性の部分から改めて検討し直す必要がある

本配慮書は、改正された環境影響評価法の施行を待たず趣旨を先行する、「計画段階の環境影響配慮書」最初の事例となる。法改正に至るまでの議論をみると、配慮書の手続きは、位置や規模の選定時に環境の配慮事項を検討することをもって「日本版SEA(戦略的環境アセスメント)」としている。これは、計画の早い段階で、原則として複数案を比較検討し、その妥当性について広く意見を聴き合意形成を図ることに意味がある。
しかし、本配慮書の計画路線は、山梨リニア実験線(未完成区間を含む)を採用する一方で、長野県の範囲は路線さえ選定されていないなど区間によって計画の段階がそろっていない。また、複数案も示されていない。そのため、肝心な計画の総合的な妥当性を検討できず、個別項目ごとに「影響は少ない」と結論づけている。先行事例にふさわしい配慮書の要件をまったく満たしておらず、再度、検討し公表し直すべきである。

南アルプスの保護地域に大きな負荷を与える長大なトンネルを掘るべきではない。南アルプス地域は、国立公園をはじめ、原生自然としての厳重な保全が求められる「大井川源流部原生自然環境保全地域」指定地も存在する、大規模な山塊の保護地域である。大規模林道見直しの契機となった南アルプススーパー林道(一般車両通行不可)以外の道路は存在せず、以降、人為的インパクトを極力排除し、自然状態を維持してきた。大規模な山塊で、一般車両が通行できる道路、鉄道、トンネルが全く存在しない場所は、本州では南アルプス以外にはない。これは、日本の生物多様性を支えるまさに屋台骨であり、後世に引き継ぐべき財産として、環境省により国立公園の拡大指定が見込まれている。配慮書では、このような保護地域の評価が全くなされていない。また、過去にも経験してきたように、トンネル工事では、地下水文環境の大きな変化(異常出水など)、作業道路の設置・大量の排土砂による影響、斜坑の設置による地上部への影響など、大きな負荷が想定されるため南アルプスに、長大なトンネルを掘るべきではない。

 

●配慮書第4章への意見

地震活動が発生した場合、その震源である活断層を横断する構造物には、延長の長短に関わらず破壊的な被害が生じる。従って、被害を回避する方法は、原則、回避することしかない。また、既知の活断層の周辺に存在する構造的な弱線は、未知の断層として新たな起震断層となる可能性が高い(能登半島沖地震やニュージーランド地震など)。

2011年3月11日に発生した東日本大震災以降、日本列島上のどこで地震が発生しても不思議ではないという地震活動期に入った現状(気象庁見解)では、活断層のみならず、構造的な弱線等も含め、回避することが原則である。配慮書に記載された、藤野木-愛川構造線、曽根丘陵断層帯、木曽山脈西縁断層帯、伊那谷断層帯、阿寺断層帯、屏風山断層帯、糸魚川-静岡構造線や中央構造線以外にも、立川断層、鶴川活断層、扇山活断層、伊勢原活断層、赤河活断層などが、想定ルート内に存在している。これらの断層帯を回避した場合、想定ルートの設定は不可能である。

配慮書では、トンネル坑口や斜坑等の影響は触れられているが、排出される残土の量や処理方法について全く触れられていない。路線決定には、近傍の処理地の有無が大きく関係し、新たな残土処分場は二次的な環境影響を及ぼす。それにもかかわらず、全く考慮されていないのは大きな問題である。現状で想定されるトンネル規模から、残土の量の推定は可能であり、計画段階での処理方法の配慮検討はするべきである。

多摩丘陵西端部周辺でのトンネル計画が地表環境、地形、地質等の諸条件に与える影響が想定されていない。多摩丘陵では帯水層を形成している礫層が存在していることから、トンネルによる水脈への影響は想定するべきである。事実、山梨実験線ではトンネルによる水脈への影響が確認されていることから、影響回避のための対策が必須である。多摩丘陵には、地域個体群として氷河期の遺存植物と考えられているカタクリの群落等も存在し、その分布規定要因に地下水との関係が非常に大きいことが指摘されている。物理的破壊のみならず、地下水環境の変化による地上環境への影響は、慎重に評価するべきである。

配慮書では、河川を横断する際、河川流量に影響はないとしているが、横断工作物(橋梁等)により、河川環境は大きく変化することが想定される。橋梁により河川の土砂移動が阻害され、淵や瀬の配置が変化し、それに伴いヤナギ類などのパイオニア植生の分布に影響を及ぼす。河川横断工作物は河川環境に与える影響が大きいことから、延長の長短に関わらず、避けるべきである。

山梨実験線で確認された環境への影響を明示し、対策を考慮するべきである。山梨実験線では、トンネル工事の影響で、地域の水環境に大きな影響が確認されている(黒駒トンネル工区近く竹居での水枯れ)。こうした知見を得ながら、今回の配慮書では、実験線工事で実際に起きた環境影響について全く触れられていない。随所にトンネルであることで自然環境への影響は小さいとしていることと、過去にトンネルによる影響がでていることとの間に論理上も整合性がない

配慮書の「南アルプスの隆起速度は日本国内で突出した値ではない」という記述は誤りである。水準測量からみた列島の上下変動値によると、南アルプスの隆起量はその他の地域と比べて突出した高い値である(国土地理院、2000)。また日本のみならず世界的に急速に隆起していることが指摘されている(静岡県、2010)。南アルプスでは、急激な隆起のために、崩壊地も多く分布し、大量の土砂生産が行なわれ、流域のダム群の堆砂量は非常に多い。このように、隆起量も大きく、崩壊量も大きい南アルプスに、トンネルを掘ることは避けるべきである。また、もし、突出した値ではないというのであれば、その根拠を示すべきである。

土被りの大きい箇所や、大深度での地下水、地表への影響は、直接影響だけでなく、間接的な影響も考慮するべきである。地表からの深度が深い場所では、地表や表層に近い部分での地下水への直接影響は考えにくい。しかし、帯水層などの地下水は、均衡した圧力条件の元で維持されており、トンネルなどの構造物ができることで、地下の圧力の均衡状態に変化がもたらされることが想定できる。この影響が、間接的かつ長期間を経て、地上部へ影響する可能性についても検討する必要がある。

国の天然記念物である「新倉の糸魚川-静岡構造線露頭」は、日本列島の成立過程を知ることができる世界的に価値がある文化財である。後世に引き継ぐべき重要な自然環境かつ文化財である。影響は完全に回避するべきである。

東海丘陵要素のシデコブシやシラタマホシクサ等が立地している小規模な湿地群は、土岐砂礫層と陶土層の組み合わせと、地形的な要因から特異的に形成された湿地群であり、その水文環境がわずかに変化しただけで、環境を維持できなくなる。こうした特異的な条件に成立する湿地群は、トンネル工事による地下水文環境の変化が及ぼす影響が未知数であり、予防原則の観点から、ルートを回避するべきである。

 

●配慮書第5章への意見

以下に示す評価項目において選定内容が不足している。

①水質・水底の底質:配慮書では、工事の実施と鉄道の共用に伴ない影響が生じる可能性とあるが、橋梁などは構造物の存在自体での影響も項目として選定するべきである。
②地下水:大深度部、明かり部、山岳部、南アルプス部の全ての区間で、工事の実施、構造物の存在、鉄道の共用時の全てにおいて、影響が考えられるため、評価項目に選定するべきである。特に地下水の影響は、時間が経過してから表れることも想定できるため、共用後の影響の有無の把握が重要となる。
③動物・植物・生態系:工事の実施と構造物が影響を与えることは当然である。同時に共用後は影響が無くなることはなく、構造物が存在し続ける限り影響は続くものであるため、鉄道の共用に際しても、評価項目に選定するべきである。

 

●配慮書第6章への意見

・「大気環境」

排出ガスの発生を抑制するとあるが、具体的に抑制可能な量、もしくは割合を示さなければ評価できない。
道路での換気施設の事例から、同程度と予測しているが、根拠が不明である。騒音の発生源が車と鉄道では異なるため、予測値として妥当ではない。
4両編成500キロ走向時の実測データ67.5dBから、16両編成での予測値を算出した根拠を示すべきである。根拠が示されなければ、予測値が70dB内に収まるという評価結果の妥当性を判断できない。
5両編成での振動実測値から、16両編成での予測値を算出した根拠が示されておらず、予測結果の1dB増加という結果の妥当性を判断できない。
「車両の運行ルートや配車計画を適切に行なう」とあるが、具体的にどういうことかが不明である。「適切に行なう」の中身を具体的に示さなければ評価できない。
「実用化に必要な技術の確立の見通しが得られている」とあるが、今現在確立していない技術を前提に、影響が小さいと評価することはできない。現在確立している技術で、具体的にできる影響回避を評価するべきである。

・「水環境」

山梨実験線の工事時や共用後に確認できた、排水等の実測値を元に、具体的な濁水処理の方法を評価するべきである。
山梨の実験線では実際に水枯れ現象が発生し、その因果関係も認められている。こうした過去の経験から、具体的にリスクを予測するべきである。地下水は影響が出てからでは、元に戻すことは不可能である。過去の経験を踏まえ、できる限りの想定されるリスクを予測し、その対応策を評価しなければならない。

・「土壌環境」

地形・地質は、そのものに対する影響評価と同時に、動植物・生態系の存立基盤としての影響評価が必要である。今回の事業エリアには、植生の隔離分布として重要な東海丘陵要素があるが、この存立基盤には、土岐砂礫層と陶土層の丘陵地形がある。この評価がなされていないことは問題であり、基盤環境としての地形・地質という視点で、評価をしなおすべきである。

・「動物・植物・生態系」

生物の生息環境は、人為が加わればそれだけの影響が生じる。この影響に関しては、大小の評価では、不十分である。例えば、猛禽類の生息環境の一部を改変した場合、行動圏の一部であっても、その行動パターンが変化したり、繁殖率低下など、確実に影響が表れる。また、植物は種として保存されても、地域個体群として絶滅することも想定できる。本項目では、随所に、「影響は小さい」と記載されているが、これは影響がないことではなく、確実に影響があることを示している。したがって、影響評価は、その大小のみではなく、具体的に何がどのように変化し、推移するのかを予測、記載し、必要な影響回避策を検討するべきである。

以上

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