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「白保サンゴ礁生態系への影響軽減は不十分」

2004.05.07
要望・声明

2004(平成16)年5月7日
16日自然第27号

沖縄県知事 稲嶺惠一 殿

財団法人 日本自然保護協会
理事長 田畑貞寿


新石垣空港整備事業に係る環境影響評価準備書への
環境保全の見地からの意見書

 

新石垣空港整備事業に係る環境影響評価準備書について、環境保全の見地から次のとおり意見を述べます。

 

■意見の要旨

本影響評価準備書を、自然保護・生物多様性保全の観点から評価した結果、環境を把握・評価し、影響を事前に予測して回避・低減させるという環境アセスメントの必要条件を欠いており、国または県による生物多様性や環境保全に関する施策との整合性も図られていないと判断される。

 

■意見

1.この影響評価は、当該地域における最も重要な保全目標である「白保サンゴ礁生態系」を正しく認識しているとはいえず、このまま空港建設を行えば、その劣化を免れないと考えられる。白保サンゴ礁生態系に、現在以上の負荷を与えることは何においても避けるべきである。

2.三種の希少コウモリ類(ヤエヤマコキクガシラコウモリ、カグラコウモリ、リュウキュウユビナガコウモリ)が生息する三ヶ所の洞窟の消失をやむをえないとしていることを始め、他の複数の固有・希少生物種の生息環境の消失を正しく評価していない。八重山地域における固有種・希少種の絶滅を避けるために、準備書の不備を正すべきである。

3.大きな変化が予測される景観や地形特性に対する資料がきわめて少なく、事前予測評価のための情報になっていない。建設が始まってから次々と問題が発生することが容易に想像されるものでは、環境影響評価とはみなせない。

以上のことから、沖縄県知事においては、本事業に係わる環境影響評価を十分な科学的手法を用いてやり直し、再度、縦覧すべきである。

 

■理由

I 海域生態系への影響について

 

1. 新石垣空港建設計画における海域生態系保全の意味

1)海域生態系の問題で変遷を繰り返してきた、本空港計画

沖縄県・新石垣空港建設を巡っては、1979年5月に沖縄県によって建設計画が発表されて以来、計4回の大きな計画変更がなされている(図1)
当初計画は、白保地先の海上に建設が予定された2500mの滑走路を有するものであった。しかし、まず1987年8月に500mの滑走路縮小(1回目の計画変更)、1989年4月には予定地全体を北方のカラ岳沖海上へ移動(2回目)、1990年12月には海上案白紙撤回とその後の宮良陸上案の選択(3回目)という経緯をたどった。これら3回の計画変更は、白保サンゴ礁生態系の価値とその保全の重要性について、地元をはじめ国内外から強く指摘された結果であり(IUCN 1988,1990;日本自然保護協会1990ほか)、事業主体者もそれを認めるに至ったものである。また、環境省では、この地域を国立公園および海中公園地区に編入することも検討している。
すなわちこの地域、特に海域生態系は、保全対象として極めて重要なものとして、広く認識されてきたものである。

4回目の計画変更は、宮良・牧中陸上案が土地取得を巡って紛糾した後に、あらためて候補地選定作業が行われ、2000年3月に、今回の環境影響評価の対象となったカラ岳陸上案が選定されたものである(図2)。カラ岳陸上案は、建設用地自体はすべて陸上に位置しているが、白保サンゴ礁に隣接しており、特に空港北東端は海岸に接している。

以上の経緯から判断して、現計画の場合も、隣接する重要な海域生態系への環境影響については最大の注意が払われなければならないと考える。

 

(図1)新石垣空港の建設計画地の変遷
白保空港建設計画位置.jpg

図2 現計画の空港建設計位置と白保サンゴ礁

白保空港建設計画位置とサンゴ礁.jpg

2 ) 「サンゴ礁」の認識と用法の誤り

「サンゴ礁」とは、造礁サンゴをはじめとする造礁生物によって作られた地形・地質構造物であり、浅いラグーン(礁池)を含む海面すれすれの平坦な海中地形と沖に向かって深まる斜面からなる(中井1990ほか)。「サンゴ礁生態系」は、そのサンゴ礁内に成立した、造礁サンゴ優先域、海草藻場、岩礁地、砂地のすべての環境と生物群集を含む系(つながり、システム)をいう。今回の環境影響評価準備書では、礁池内の極めて狭い一部の造礁サンゴ優先域のみを指して「サンゴ礁」あるいは「サンゴ礁生態系」と呼んでおり、これは用語本来の意味とは異なる恣意的解釈であり、用法として誤っている。

 
 
 
2. 本準備書では、「海域生態系の保全」という目標が適切に設定されていない

1.に述べたような視点に立ち、本準備書が、「空港建設事業が、隣接する海域生態系(サンゴ礁生態系)に与える影響」について、保全の立場から適正に評価されているか否かを検証した。

本準備書は、海域生態系に対して事業の影響はないものとし、環境保全措置も事後調査もまったく想定していない。しかし、その根拠は極めて希薄であり、重要な保全対象に対する影響評価作業とは認められないばかりか、むしろ海域生態系への影響をあえて無視している。以下にその理由を述べる。

 

1) 赤土流出問題の過小評価と対策のあいまいさ

隣接する海域生態系に対する影響で最も懸念されるのは、空港建設中に発生が予想される大量の赤土流出とその影響である。海域への赤土の大量流出は、海中照度の低下によるサンゴ等の光合成の低下や、堆積作用による底生生物の埋没などの多大な悪影響を及ぼす。本準備書では、赤土流出対策が万全であるために「海域生態系の基盤であるサンゴ礁、海草藻場の生息状況の変化はほとんどない」としているが、以下に列記する疑問や問題点が数多くある。

 

(1)赤土流出対策の有効性・実効性が認められない

    • 計画では、降雨時に濁水を貯め地下に浸透させる「浸透ゾーン」を設けるとなっている。この施設により、赤土を沈殿・堆積・濾過させて濁水から取り除こうとするものである。しかし、沈殿・堆積あるいは濾過される赤土の蓄積により「浸透ゾーン」の能力は時間とともに低下する。つまり”目づまり”を起こすのである。これについて本準備書はまったく考慮していない。また、その断面構造や「浸透ゾーン」に溜まる赤土量の変化、メンテナンス方法(赤土の除去など)についての記載もない。このことから、「浸透ゾーン」の効果は評価できない。

 

    • 図6-1-10には、「浸透ゾーン」を設ける場所が、工事期間中の年ごとに示されている。その図では、実質的な工事初年度である「2年次」にまず海岸に隣接して設けることになっているが、図―6.1(1)その1に示された工事展開図では、その場所で切土工事を行うことになっている。この切土工事中の赤土流出対策については、まったく記載がない。この工事は、重要な保全対象である海域に直に隣接する工事であることから最も留意すべきものと考えられるが、この点への考慮を欠いている。

 

  • 「浸透ゾーン」で処理できない場所については、機械で赤土の濁度(SS)を低減させた上で、処理水を轟川へ放流する(「機械処理」)としている。しかし、その使用位置、規模を含めた計画の詳細は記載されていない。また機械処理により、濁度(SS)が低減されるとはいえ、現在の轟川の赤土汚染の危機的状況に加えて、さらに負荷を加えることになる。この影響はまったく検討されていない。

 

(2)降水確率でなく、最大雨量に基づく対策の必要性

赤土流出を引き起こす降雨について、10年に1度、条件によって20年に1度といった起こりうる確率で降雨量を設定し、赤土流出対策の前提としている。しかしこれはあくまで確率であり、工事期間中にその確率を超える降雨量がないとはいえない。重要な海域の保全を考える場合、想定した確率を超える降雨量(最大降雨量)を前提に対処を検討しなければならないが、これがなされていない。

 

(3)付帯工事による赤土流出対策の欠落

カラ岳周辺の空港本体工事以外の付帯工事に伴う赤土流出対策も、本体工事同様の重みで検討されなくてはならないが、これが検討されていない。

 

(4)あいまいで不確実な「のり面緑化」対策

環境保全措置として、カラ岳の切削面や滑走路造成によって発生する「のり面」を緑化するとなっている。過去の土木工事例では、「のり面」が大規模な赤土流出の発生源になること、本計画は海域に極めて近い位置で工事を行うことから、のり面の掘削面の程度と「のり面処理方法」は重要な評価対象項目である。しかし、その対象斜面の勾配や使用植物種、具体的手順などの詳細は示されていない。このため、効果等も評価できず、検討可能な情報になっていない。

 

(5)石灰岩台地と鍾乳洞が持つ特性の無視

空港建設計画地は、「石灰岩台地」である。石灰岩台地の地形・地質的特性は、さまざまな項目についての影響評価に直結するが、本準備書ではこれは無視されている。

    • 赤土流出対策用の「浸透ゾーン」の造成や地下水位の変化予測において、石灰岩台地特有の地形(カルスト地形)である鍾乳洞の存在が考慮されていない。コウモリ類に関する調査で、計画地およびその周辺に鍾乳洞が多数存在することは明らかになっているが、入り口付近の形状が把握されているだけである。地下には、まだ把握されていない空洞があり、それらがつながっている可能性も高く、このようなことは地下水環境を大きく左右するのである。

 

  • もし「浸透ゾーン」がこのような空洞につながっている場合には、流入した赤土流出水をあまり濾過することなく、濁度が高いまま直接海に流し込んでしまう可能性がある。建設予定地が海に極めて近いため、大変危惧される点である。

 

2)  海域生態系および海域生物に関する影響予測項目について

(1)海底に堆積した赤土量が考慮から欠落している

予測項目に海水の濁度(SS)は入っているが、海底に堆積した赤土等の含有量(懸濁物質含量,
SPSS)については除外されている。本準備書では、底質変化についてはSSが変わらないため「赤土の堆積は現状から変化しない」としているが、これは誤りである。準備書では、「機械処理」によって轟川に放出される濁水のSSは低減できるため、轟川の河川水も、流入する海水中のSSも変わらないとしているが、工事前には生じない新たな懸濁物質が加わるわけであるから、海域まで運搬され堆積する量は当然増大するはずである。赤土の堆積は運搬されてきた懸濁物質の総量と関係するので、それを指標するSPSSの検討は不可欠で、この検討の欠落は重大な誤りである。

 

(2)塩分濃度変化の欠落、地下水の挙動変化の検討不足

    • 塩分濃度の変化についての調査・記載がなされていない。塩分濃度変化は海域生物にとって非常な重要な要素であり、地下水の変動および排水口設置に伴って濃度分布の変化が予想される。この評価がなされていない。

 

    • 塩分濃度変化と関連して、地下水の挙動変化もきわめて大きな問題のはずである。しかし、「現況の流況を変化させない工法を検討し・・」と記載して済まされている。具体的な工法等の記載が欠落したままでは影響評価を行ったことにはならない。

 

    • 海岸線への地下水の湧出現況とその変化についての詳細も示されていない。これらと海草,海藻,生死サンゴの分布は、密接に関連している。

 

    • 地下水の三次元的な挙動についての現状把握と影響予測がなされていない。特に切土部分の石灰岩台地での地質構造と、地下水位についての把握と影響予測は重要であるが、検討していない。

 

  • 「地下水位の予測については、不確実性が伴うことから、供用後に事後調査を行う」としていながら、それと密接に関わる海域生態系および海域生物については何の事後調査も行わないこととされ、つじつまが合っていない。

 

3)保全対象の考慮範囲が「河川」までに限定されていることの問題

河川水生生物で保全対象になっている種のうち、「事業区域周辺の個体群の存続に影響がある」とされるサキシマヌマエビ(Caridinarapaensis)、オカイシマキガイ(Neritodryas
subsulcata
)、ムラクモカノコガイ(Neritina variegata)の3種は、「生息環境についての環境保全措置と事後調査が必要」とされている。また、これら生物種は河川と海域を行き来する「両側回遊性」の生物であると記載されている。にもかかわらず、重要な生息環境であるはずの海域については、環境保全措置も事後調査も想定されていない。このような、考慮範囲は河川までであるとする姿勢は、重要な海域に接して行われる環境アセスメントとして認められるものではない。

 

 

II 陸上生態系への影響について

 

1. 希少コウモリ類三種の生息条件を破壊せざるをえないとしたことの問題

 

1) 三種の希少コウモリ類

本事業予定地には、ヤエヤマコキクガシラコウモリ(Rhinolophus perditus
perditus
、環境省レッドリスト(2002)では絶滅危惧IB類、石垣島固有種)、カグラコウモリ(Hipposideros turpis、同・絶滅危惧IB類、八重山固有種)、リュウキュウユビナガコウモリ(Miniopterus fuscus、同・絶滅危惧IB類、琉球列島固有種)の三種の希少小型コウモリ類の生息と、繁殖(出産・保育)あるいは越冬(休息・休眠)に使用される洞窟(自然洞)の存在が知られてきた。本準備書では、そのような洞窟の入口が計画地内に五ヶ所あることが記述されている。いずれの種も、ヤンバルクイナやイリオモテヤマネコ同様の「絶滅危惧IB類(近い将来、絶滅の危険性が極めて高い種)」で、沖縄県RDB(1996)でも絶滅危惧種・危急種にリストされ、一級の生息環境保全が緊急に求められている種である。

また1991年、西表島大富(竹富町)の国有林払い下げを伴う農地開発事業の際、これらの種の生息環境である自然洞・餌場・その間の飛翔ルートの森林全体が開発区域に含まれたことから、国内では当協会や、海外のコウモリ研究団体をも含む大きな自然保護問題として論議を呼び、大幅な計画変更を行うことになった際の該当種でもある。

本事業においては、五ヶ所の自然洞の内、三ヶ所は滑走路として舗装することにより消失させられる。また二ヶ所は残るものの、洞窟の入り口はどちらも滑走路からわずか200メートル程度の近距離となるだけでなく、工事に伴う周辺地形の改変によって洞窟内部の地形や環境の変化の可能性もある。

しかし、本事業では、これらの種の重要な生息環境の消失や攪乱は回避不能なこととして前提とされてしまい、やむをえないこととされている。このような姿勢は認められるものではない。

希少コウモリ類に対する準備書の問題点は、以下のように整理される(図3)

 

(1)楽観的解釈の積み重ねであり、生息環境を失わせることの科学的根拠を欠いている

希少生物種はいずれも、生息状況の全体像の十分な把握は難しい。しかし、島内の未調査地域が多いことをもって今後もっと生息地が見つかるであろうと解釈し、島嶼という極めて限られた生息地、環境が安定した洞窟と昆虫類が豊富な森林のセットという特殊な生息必要条件をもつ希少コウモリ類の環境喪失を正当化させることは、根拠がなく誤った非科学的結論である。また、洞窟間移動の現況把握のための標識調査結果等の肝心な資料はすべてマスキングされていることから検証不能であり、準備書の要件を欠いている。

 

(2)生息洞・繁殖洞消失を、やむをえないとしていること

最も重大な問題は、白保地域で発見された五箇所の生息洞のうち、越冬洞及び繁殖洞(ヤエヤマコキクガシラコウモリ)となっている三ヶ所の自然洞を、滑走路化のために埋め立て消失させるとしたことである(ただし、生息・繁殖への各洞窟の使われ方の記述は文章と図で必ずしも整合していない)。残る二ヶ所があるために問題は減少するとも表現しているが、いずれも滑走路直近となるものの有効な保全策は示されていない。人工洞の設置のような対処案も記述されてはいるが、代替策としての有効性は世界的に未確認とされ、何の保証もないまま済まされようとしている(△検証困難とある)。

また、コウモリをはじめとする洞窟生物の生息環境である鍾乳洞の形状、連続性、水分条件は把握されているとは言い難く、残る自然洞における希少コウモリに対する環境保全措置の効果においても重大な疑問がある。

 

(3)建設中を含む、将来の生息環境に対する決定的打撃もやむをえないとしていること

二点目の問題は、(2)に加え、6-12-177図にあるとおり、「東水岳・カラ岳海岸林・白保南海岸林域」のトライアングル状の小型コウモリ類生息範囲と空港建設・利用地域が面的に完全に重なりあっていることから、現在の生育環境を将来にわたって消滅・減少させることは明かである。このことは、石垣島の個体群の存続にとってまぎれもない打撃である。滑走路北部により、カグラコウモリとコキクガシラコウモリの餌場エリアも単純に見て質・量共に三割以上無くなるが、これらに対する問題意識は低く、有効な対処策も示されていない。この範囲に空港を建設することを変更しない限り、これらコウモリ類の生息環境の消失は免れない。

 

(4)洞窟生物群集に対する影響評価の欠落

鍾乳洞内部は、コウモリだけでなく、昆虫類や魚類などさまざまな洞窟生物の生息環境となっていることが多く、多数の新種が発見される事例も多い。鍾乳洞に関する総合的かつ詳細な調査を行わず、希少コウモリだけに偏り、それに対しても適切でない取扱いですませていることは、本事業に係わる環境影響評価としての必要条件を、根本の部分で欠いている。

過去のアセスメントの手法の域を出ていない本準備書は、科学的見地をおろそかにし何の確証もないあいまいな対処で済ませており、環境保全上の立場から許されるものではない。本事業は、法律に基づくアセスメントの中で、複数の絶滅危惧IB類の重要な生息環境に対して、このような対処で済ませることが認められるのかが問われる、重大な事例になると考えられる。

 

図3 希少コウモリ三種が生息する自然洞の位置と餌場に利用されている森林、及び空港建設計範囲の重なり(準備書6-12-177より抽出・作図)

森林との重なり図.jpg

図4 世界におけるカンムリワシの分布
(RAPTORS
OF THE WORLD”
HELM,LONDON.2001)
カンムリワシ分布図.jpg

 

 

 

 

 

 

 

2. 留意すべき優先順位が高い、他の自然要素に関わる問題点

1) カンムリワシ

本事業は、希少猛禽類カンムリワシの繁殖地に計画されている。日本のカンムリワシ(Spilornis
cheela perplexus
という亜種)は、世界におけるカンムリワシの分布の北限にあたり(図4)
分布地である石垣島と西表島両島合わせても200羽程度しか生息しないとされる重要な亜種である。この2島にしか生息地が存在しないことから、この個体群を維持する生息環境の基盤は小規模かつ脆弱で、環境省レッドリストでは絶滅危惧IA類、沖縄県RDBでは絶滅危惧種とされ、種の保存法における「国内希少野生動植物種」に加え、文化財保護法における「国指定・特別天然記念物」にも指定されている。

また本種については、1999年以降に傷病個体が急増しており、2002年には17羽もの個体が保護収容されている。1995年以降の収容個体数は64羽にものぼり、野外復帰させられた個体はわずか16羽(25%)に過ぎず、個体群の存続自体が危ぶまれている。このことは、繁殖ペアとなる成鳥のみならず、後継個体である幼鳥の保護とその生息環境の確保が急務であることを意味する。カンムリワシの餌場は、山地帯だけでなく、山地から続く丘陵地や水田、さらには干潟をも利用するものであり、餌動物も両生・は虫類、甲殻類、小型哺乳類など多岐にわたっている。保全策の構築にあたっては、山地だけでなく平地部の十分な保全が必要であるが、このような検討はなされておらず対策は本準備書には記載されていない。

本種に対する準備書の問題点は、以下のように整理される。

(1)繁殖ペアと思われる1ペアのみに注目が偏重し、若い個体の調査が欠落している

採餌状況の表にもあるとおり、若い個体は水田で観察されており、幼鳥は水田や干潟など平地も利用している。しかし、その調査は行われておらず、生息環境の将来を予測評価するならば、幼鳥や亜成鳥の生息との関係こそ評価しなくてはならない。

 

(2)繁殖に成功した期間(年)のデータが得られていない

準備書の調査期間中、調査対象としたペアは繁殖に成功していない。そのため、影響評価に最も重要な「繁殖できた年の行動圏とその内部構造」が明らかになっていない。これは、この影響評価の信頼度・達成度を大きく低下させる重要な問題点である。

 

(3)データ解析上の問題点が多い

行動圏構造の解析には、イヌワシ・クマタカ・オオタカに対する環境省版マニュアルが使用されている。しかし、カンムリワシは東南アジアの森林に生息する猛禽類であり、生態特性や行動圏内部構造が上記三種とは大きく異なる可能性がある。また、調査方法に調査員人数、観察ポイントが記入されていないため、精度や範囲を正しく検証することができない。また、調査時間中のデータが取れている割合も記入されていないため、見落としの有無や程度も明確になっていない。

 

(4)営巣環境に対する影響評価を、タキ山エリアに対して行っていない

営巣木はカタフキ山とタキ山で発見されている。しかし、行動圏の解析は空港予定地から遠いカタフキ山を中心になされ、営巣場所がタキ山となった場合の解析は行われていない。これでは、営巣環境に対する影響評価として完結しているとはいえない。

 

2) ハナサキガエル類

本準備書では、本事業地内にコガタハナサキガエル( Rana utsunomiyaorum )・オオハナサキガエル( Rana supranarina)が生息するとされている。両種共に石垣島、西表島の固有種であり、コガタハナサキガエルは環境省レッドリスト(2000)では絶滅危惧IB類、沖縄県RDB(1996)では危急種で、於茂登岳を中心に生息するとされている。オオハナサキガエルは環境省レッドリスト(2000)では準絶滅危惧種、沖縄県RDB(1996)では希少種とされ、平地を中心とした清水の水辺環境に生息する。どちらも、島嶼という狭く限られた生息環境に依存する希少生物種であり、今後の人間の土地利用にあたっては特に留意が必要な生物種である。

本種に対する問題点は、以下のように整理される。

(1)記述の不整合と思われる点が多い

準備書の中では、コガタハナサキガエルについて「(事業実施区域内の)ゴルフ場内では確認できなかった」とされているが、資料-196ページ-表6.9.1(2)の両生類出現リストでは、平成15年度ハナサキガエル類調査において、ゴルフ場内で確認されたとある。また、平成13年度、平成14年度調査においても事業実施区域内で確認されたとあることから、事業実施区域内に生息しているとも読み取れる。このような各所にみられる記述のあいまいさや不整合は、影響評価の信憑性に疑問を抱かせるものである。

 

(2)確証のない保全対策で解決できると表現している

ハナサキガエル類の保全対策は、調査によってオオハナサキガエルが事業実施区域内のゴルフ場内にある人工的な水辺に確認されたことから、オオハナサキガエルに対し、移植もしくはビオトープの創出によって保全できるとしている。しかし一方で、準備書には具体的な移植先やビオトープの詳細計画については何も記述されず、環境保全措置の記述の中では、この方法に対する効果は不確実性が高く検証困難(記号△)とされている。このような、あいまいな調査結果や確実性の乏しい保全策で、オオハナサキガエルをはじめとする希少カエル類の生息環境の永続的保全が図れるとすることには、科学的な根拠がない。

 

 

III 景観への影響について

 

1. 大きな景観変化を表現しきれていないこと等の問題

1)変化の取り扱い方の不足・不備

    • 準備書の前に作成された「方法書」では、「予測・評価の対象として選定された眺望景観及び囲繞景観における視覚的変化を、事業計画に基づいてコンピュ-タ・グラフィックス、フォトモンタ-ジュ、透視図等による予測画像を作成し、調査によって得られた現況における視覚資料(映像情報)と比較することにより、視覚的な変化状況を推定する」と記載されている。にもかかわらず、本準備書で示されたのは眺望景観予測画像(フォトモンタージュ)のみである。

 

    • 「近接地点からの景観変化予測」が欠落している。特に空港北東端の海岸に接する部分は、海岸との比高が5~6階建てのビルに相当する盛土が築かれるはずであり、接する海岸および海域からの変化予測は不可欠である。

 

  • 空港建設計画地における建設前後の比較ができる縦断面図、横断面図とそれに基づく立体図が示されていないのは、景観変化を予測する上で基本的な欠陥である。

 

■理由書検討委員(50音順)

中井達郎(国士舘大学)
長谷川均(国士舘大学)
山崎 亨(日本イヌワシ研究会)
横山隆一・大野正人(日本自然保護協会)
協力…(財)世界自然保護基金ジャパン、(財)日本野鳥の会  以上

 

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