人間とのかかわりを分析して何がトラブルの根本原因なのかを見つめなおす。
さまざまな野生動物とのトラブルと、その対策事例をご紹介してきました。人間と野生動物が向き合ったとき、同じ地球上の糧を分かちあう生物として、トラブルは必ずどこかで起きるものです。そのトラブルをできるだけ事前に回避させたり、小さくする努力が、人には課せられています。
表1:原因とトラブルの関係
トラブルの対象 | |||
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1.人の生産物・住居空間への経済的被害 | 2.人との接触による生命・健康被害 | ||
原因を生む人間の行為・状態 | 1.人の生活圏の拡大 – 物理的利用空間の拡大 – 新たな餌・生息空間提供 – 海外との往来増加 |
ニホンザル、イノシシ、クマ(食害・農産物被害)・カラス、クマ(ゴミ漁り)・ネズミ(IT機器配線の損傷) | クマ(襲撃:ヒトの知識・配慮不足による遭遇)・外来種、移入種(感染源、刺傷事故) |
2.生態系の改変 – 植生の変化 – 逆効果の駆除 – 天敵の駆除 |
カワウ、ニホンジカ、タヌキ(食害・個体数増加)・鳥類(空港での航空機との衝突) | ヤマビル(吸血:シカ生息域拡大と関連)・スズメバチ(刺傷:知識の欠如、食文化の変化) |
現在、野生動物とのトラブルで、真っ先に考えられてしまう対策は「有害動物の駆除」です。しかし、人にとって有害になったので、その動物を駆除する(原因排除)という方法は、問題が起きた後の事後策でしかありません。問題がなぜ起きたのかを分析し、その根本の原因を解消しないかぎり、予算と人力をかけて駆除を続けたとしても、トラブルを減少させることにはなりません。
自分たちに は関係ないと思っていても、知らないうちに駆除に多額の税金が投入され、気づいたら動物を根絶やしにしたばかりか、生態系を変え、別な問題を生み出していたということにもなりかねません。狭い国土の中で共存する宿命の、日本人と野生動物のトラブルの原因解消は、直接の被害を受けていない人々も、真剣に社会全体の問題として考えねばならない時期にきています。
人々が生活上で自然とのかかわりを意識しなくなっていくことで、増えているトラブルも多くあります。たとえばスズメバチなどは、巣ができても、かつては個人個人で対処していました。地域によっては今も食材にされているものもあります。しかし今は、ほとんどの人々が、行政や駆除業者、殺虫剤に頼って処分し、「スズメバチ類=害虫」と考えています。これは、人間社会の構造や意識の変化に原因があるものです。さらに海外への旅行や物資の往来による外来種の急増や、人工の都市空間に完全に適応した動物の急増などによるトラブルも、近年顕著になってきています。
戦後、特に日本での野生動物とのトラブルが増えた過程として、次の三つの段階を考えてみました(図1参照)。
- 人間の行為によって、約50年間秩序なく自然環境を変化させ、人工的で利便性の高いくらし(都市化)を求めてきた。
- 一方、自然とのつきあい方の中で、ある程度の損害(リスク)を見込んだり、トラブルの可能性をきちんと知る作業や、知恵の継承を続けてこなかった。
- 自分でリスクの回避策や軽減策を考えることができなくなり、その結果トラブルが発生し、他人や野生生物に無意識に責任を押しつけるような社会構造ができてしまった。
地域ごとに必要であることは、各地の事例が雄弁に物語っていると思います。トラブルの起きている地域への協力体制や支援の手段を広げていかねばなりません。
そうした多くの人々の協力は、かなり身近に期待できそうです。読売新聞が今年7月に全国の市民対象に行なった世論調査によると、「自然保護優先」のためなら、現在の生活の快適さをある程度落とすことを受け入れる、という割合がとても多くなってきています。そうした考えを持つ人々の力を結集し、社会的に維持するという環境教育も必要でしょう。古来から行なわれてきたように、動物との知恵比べを続ける努力を怠らず、人間の行為によって攪乱した自然環境や生物との関係を、いかに修復できるか。そこに野生動物とのトラブルを根本から解決する道があるはずです。
読売新聞2003年7月30日
「本社全国世論調査」結果より抜粋
調査日=7月12,13日
対象=全国の有権者3000人
有効回答数1902人
野生動物に食べ物を与えることを禁止する条例
ブラックバスなどの魚の再放流禁止や捕獲により元の状態に戻すこと
環境や自然の保護を最優先のためなら、現在の生活の快適さや便利さの水準をある程度落とす
まとめ・編集部