ありあけ大調査 第1回結果速報
「農水省の見解に反し、
底層の貧酸素化は梅雨時期にすでに始まっていた」
-第1回ありあけ大調査の速報-
有明海漁民市民ネットワーク+日本自然保護協会
1.はじめに
昨年夏、諫早湾を中心とした有明海の広い範囲で、酸素濃度の極端に低い水の塊(貧酸素水塊)が発生していることが、日本自然保護協会の調査により明かとなっています。この貧酸素水塊の発生する原因として、1)堤防を締め切ったことによる、諫早湾内における潮流の減少(酸素供給速度の減少)、2)堤防内側の調整池からの有機物負荷量の増加(有機物分解に伴う微生物の酸素消費量の増加)が考えられます。よって、この「貧酸素水塊」がいったいいつ頃から発生しているのか、その発達過程を時間的にきちんと追うことは、諫早湾干拓事業と有明海の環境悪化との因果関係を知るうえで、また、有明海の環境回復の方策を探る上で非常に重要な意味を持つ急務の課題となっています。しかし、この様な調査では、時間的な変化を追うための定期的な調査を、複数の調査地点を調査員によって同時に実施できる体制が必要です。
「ありあけ大調査」の第1回プロジェクトでは、多数の漁師の方々が船を出してくださることになりましたので、市民の調査協力者を募ることによって体制を整え、貧酸素水塊の時間的な発達状況の「監視」を行うこととなりました。
この度、第1回目の調査を6月8日に無事行うことが出来ました。本報告は、第1回調査結果のうち、海水中の酸素濃度、水温、塩分の結果を速報としてまとめたものです。
2.調査方法
1) 調査体制
6月8日の第1回調査では、佐賀県南川副と大浦、福岡県大和町、長崎県島原と有明町、熊本県荒尾と滑石から、32艘の漁船により有明海全域の合計77地点で調査を行った(図1)。事前の打ち合わせにより、調査は各地域の満潮時刻±1時間の間に開始することとした。実際には、朝5:30~9:30の4時間で全調査地点における作業は終了した。
2) 調査方法
各漁船は割り当てられた調査地点へ赴き、表層(0m)と底層(海底から 0.5~1m)の採水を行い、溶存酸素濃度測定(ウインクラー法)のための海水の採取と固定、水温の測定、ケメットDO計による溶存酸素濃度の簡易測定を船上で行った。また、表層・底層ともに、海水を1.5リッター採取し、持ち帰り各種分析に用いた。
3) 海水サンプルの分析
調査地点から持ち帰ったサンプルは、佐賀県大浦、長崎県島原、福岡県大和町の3カ所の分析拠点に持ち込み、研究者および市民ボランティアにより海水のろ過処理とウインクラー法による溶存酸素濃度の分析、塩分(導電率換算による)の測定を行った。ろ過処理した海水およびフィルターサンプルは、植物プランクトン量(クロロフィルa量)の測定、各種栄養塩の測定に用いる。
3.調査結果
1) 水温
各調査地点における表層と底層(海底から0.5~1m)の水温を図2に示した。なお、底層の水温は採水後、船上で測定したため、実際の水温よりも高めに見積もられていると考えられるので参考値として扱う。
水温の水平分布は特段地域的な傾向は見られないが、諫早湾湾奥や佐賀~福岡の沿岸付近の調査地点は水深が浅いため、鉛直混合により表層と底層で水温の差はほとんど見られていない。また、水深の深い沖合の調査地点では、表層と底層で2~3℃程度の水温差が見られ、既に水温成層が発達しつつあることが伺われる。
2) 塩分
塩分は水温と同様に、諫早湾奥部と佐賀~福岡の沿岸域の調査地点では、水深が浅いため表層と底層で大きな差は見られていない(図3)。一方、諫早湾湾奥の調査地点2では、表層の塩分が2.2%と低い値が観測された。これは、潮受堤防の中央付近に設置されているポンプ排水施設からの調整池水の常時排水の影響により、この付近だけ極端に塩分の低下が生じているものと考えられる。
3) 溶存酸素濃度
図4に有明海における表層(0m)の溶存酸素濃度の水平分布を示した。なお、調査地点58と61のサンプルは、測定値の誤差が極端に大きかったため、採水・酸素固定の手順に不備があったと見なし今回の解析には用いなかった。
表層の酸素濃度は殆どの調査地点において、6.5~8.0mg/Lの範囲であった。これは、飽和酸素濃度(海水1リッターに溶けることができる酸素量)の90~110%にあたるため、ほぼ飽和していたといえる。また、全体として沖合ほど酸素濃度が高く、沿岸に近づくにつれ低下する傾向が見られた。特に佐賀~福岡の沿岸域では、溶存酸素濃度が6mg/L以下(飽和濃度として65~85%)の値が広く観測された。これらの調査地点は干潮時には干潟となるほど水深が浅い地域のため、満潮時に底泥の巻き上げによる海水中の酸素の消費が生じているものと考えられる。
底層の溶存酸素濃度は、殆どの地域において5~7mg/L(飽和酸素濃度の65~95%)の範囲にあり、有明海湾口部付近(島原~緑川河口付近)ほど高く、有明海奥部に向かうにつれ低くなる傾向が見られる(図5)。溶存酸素濃度が4.5~5mg/Lと比較的低い地点が、佐賀県竹崎~太良町沖の4地点(地点14, 34, 39, 40)、鹿島沖の2地点(地点、22, 27)で観測された。
底層の酸素濃度が最も低かった地点は、諫早湾湾奥から湾央にかけての地点1,5,8であり、それぞれ3.49 mg/L(飽和濃度の49.4%)、3.70 mg/L (50.1%)、3.58mg/L(48.5%)であった。これらの調査地点では、、日本水産資源保護協会が水産用水基準(2000年度版)で定めている「内湾漁場の夏季底層において最低限維持しなければならないDO(溶存酸素濃度)」の4.3 mg/Lを下回る濃度となっている。
4.考察
6月8日に行った第1回「ありあけ大調査」により、諫早湾内では既に底層の貧酸素化が始まっていることが明らかとなった。貧酸素水塊の発生に関しては、1997年6月と1999年6月に東・佐藤らが、また昨年には、日本自然保護協会をはじめとして、水産庁、環境省による調査でも観測されている。今回の調査結果では、未だ時期が早いこともあるため、昨年8月に報告されたほど規模は大きくなく酸素濃度も低くはなっていないが、今後、梅雨時期の流入量の増大に伴う塩分成層の発達や気温の上昇に伴う水温成層の強化により、大規模な貧酸素水塊の発生につながる可能性がある。
昨年9月に行われた第6回有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会において農林水産省農村振興局は、昨年7月~8月に観測された諫早湾内の底層の貧酸素化について、梅雨時期の流入量の増大に伴う塩分成層の発達が底層の貧酸素化をもたらしたと解釈している。また、昨年程度の塩分躍層の形成はこれまでにも生じていた事を挙げ、干拓事業に関わらず、諫早湾内ではこれまでも底層の貧酸素化が生じていた可能性があるとの見解を出した。しかし、本調査結果により、底層の貧酸素化は梅雨時期の塩分成層の形成以前に既に生じていることが明らかとなったことから、農村振興局による上記の見解は反証されたことになる。
また、タイラギ等の貝類の死滅は、夏季の貧酸素水塊の発生が観測される以前に生じていることから、底層の貧酸素化だけがこれら底生生物の減少要因ではないとの解釈もある。しかし、今回の調査結果の通り、これまでの知見よりも諫早湾内における底層の貧酸素化は早く生じていることから、やはり底層の貧酸素化がタイラギ等の底生生物に与える影響を再認識する必要がある。
ありあけ大調査では、今回と同様の調査を2週間おきに8月下旬まで行う予定である。既に諫早湾内で生じている底層の貧酸素化が、今後どの様に発達し消滅するのか、今後も監視を続けてゆく。
調査代表者: 村上哲生(名古屋女子大学)
程木義邦(日本自然保護協会)
羽生洋三(有明海漁民・市民ネットワーク事務局)