「すべての野生生物保護法制について生物多様性の保全という視点から見直しを」
(財)日本自然保護協会 保護研究委員会
野生生物小委員会
委員
坂元雅行 (弁護士・野生生物保全論研究会)
関根孝道(弁護士・関西学院大学総合政策学部)
羽山伸一 (日本獣医畜産大学野生動物学教室)
鷲谷いづみ(東京大学大学院農学生命科学研究科)
事務局
吉田正人 (日本自然保護協会 常務理事)
相馬麗佳 (日本自然保護協会 保護研究部)
(財)日本自然保護協会 野生生物小委員会提言
野生生物とその生息地を守るための27の提言
はじめに
日本自然保護協会は、1989年に保護委員会の下に野生動物小委員会を設けて、21世紀の野生動物保護の提言1(1991)、同提言2(1996)をまとめた。この間、地球サミットにおける生物多様性条約の採択などを受けて、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)の制定、1993年には環境基本法の制定、1997年には生物多様性国家戦略の策定、環境影響評価法の制定など、さまざまな法制度の整備が行われ、2001年には環境庁が環境省に昇格した。
西暦2002年は、地球サミット10年を記念して、持続可能な開発に関する首脳会議(ヨハネスブルグサミット)が開催される年であり、種の保存法制定から10年、生物多様性国家戦略の策定、環境影響評価法の制定から5年という節目の年にあたる。また、1999年に鳥獣保護法改正が国会で議論された際に、特定鳥獣保護事業計画の策定など、鳥獣の捕獲に重点を置いた政府改正案に対して、鳥獣保護制度の充実を求める付帯決議や3年後の見直しを定めた附則が付されたが、3年後の年はこの2002年にあたる。今年、環境省は生物多様性国家戦略の改訂をすすめるとともに、自然公園法、鳥獣保護法の改正案を通常国会に提出している。また外来種対策に関しては2001年の内閣府総合規制改革会議においても、外来種対策の法制度化を含む提言が行われており、早急な対応が求められている。
このような状況の中、当協会では保護研究委員会の提言(資料2)を受けて野生生物小委員会を設置し、2001年9月から4ヶ月をかけて、野生生物の絶滅、外来種の侵入、狩猟と被害防除、商業利用などの分野にわたって野生生物に関する現状の問題点を検証し、将来的な野生生物保護法制のあり方を提言することを目指して討議を重ねてきた。本冊子は、小委員会の中間報告を通常国会に間にあうように提言としてまとめたものであり、「法制度全般への提言」、「種の保存法への提言」、「外来種対策への提言」、「鳥獣保護法への提言」、「野生生物の商業取引に対する提言」の5章からなっている。なお最終報告は、現場での事例などを含め、2002年夏に出版する予定である。
第1章
現代および将来の国民の公共信託財産としての野生生物
~野生生物の法的な位置づけに関する提言 ~
野生生物保護法制のありかた
小委員会では、鳥獣保護法、水産資源保護法、種の保存法、文化財保護法など細分化された野生生物関連法制に、外来種対策などの施策を加え、一つの法制度にできないかどうかを検討した。しかし、それぞれ法律ごとに目的が異なり、対象とする生物の範囲も異なることから、これらの法制度を一足飛びに一つの法制度に統合しようとすることには現状では無理であると判断した。現段階でもそれぞれの法律が現実の野生生物問題を解決できていないのに、さらに法制度と現実とのギャップを拡大することになると考えたからである。そこで小委員会では、将来的な野生生物保護法の可能性をにらみつつも、まず種の保存法及び鳥獣保護法の改正と、外来種対策法の制定を提言し、同時に水産資源保護法など関連する法制度の改編を求めることにした。
野生生物の法的位置づけ
野生生物はそれ自身が内在的な価値を持つ存在である。野生生物は、人間にとって資源的利用価値があり、それを持続的に利用するという意味からだけではなく、地球の歴史の中で進化し、その結果としてできた生態系の構成員として、生態系の中で一定の役割を果たしているという意味からも尊重すべき対象である。この立場は、自然の権利の考え方にも通じるものである。わが国でも、自然の権利裁判が各地で起こされているが、「奄美自然の権利訴訟」では、自然物に原告適格は認めないまでも、訴訟の意義を認めるところまで変わってきている。国際的には1982年の国連総会において採択された世界自然憲章や1992年の生物多様性条約の前文には、生物の内在的価値を認めることが宣言されている。
一方で、野生生物の運命を左右するほどの大きな科学技術を手にした人類は、人為的な野生生物の絶滅を回避するとともに、将来の進化の可能性を含めて生存しつづけることが可能になるよう生態系を管理してゆく責任を有している、という考え方が受け入れられつつある。これはアルド・レオポルドが提唱した土地倫理の考え方でもある。また、人間は神のスチュワード(執事)として、生態系や野生生物を保全する責任を有しているという考え方もある。このスチュワードシップの思想は、米国において土地の買い取りと保全を行っているTNC等の団体に影響を与え、またカナダの種の保存法においても強調されている。
日本の古来からの自然観は、野生の動植物を人ともに生きる対象とみるものであった。私たちは地球市民として、自然環境の重要な要素である内在的な価値をもった野生生物の存在を尊重するとともに、日本国民あるいは地域住民として、野生生物と今後も共に生き続けられるように、その生息地を保全してゆく責任を有している。そのためには、これまでのような野生生物の資源的価値、あるいは農林業に対する害性のみに基づいた野生生物法制のあり方を見直し、野生生物の内在的価値とその守り手としての人間の責任を包含した「野生生物保護法制」を確立するとともに、野生生物の生息地の保全と開発に関係するすべての法制度に、このような認識を盛り込んで行く必要がある。
提言1:野生生物保護法制全般に、「野生生物は国民の公共信託財産である」という考え方を盛り込む
- 野生生物保護法制全般に、野生生物は公共信託財産であり、現代及び将来の国民の信託に基づいて、保護管理すべきであることを盛り込むこと。
- 野生生物保護法制全般に、保護管理の担い手の養成と配置の重要性を盛り込むこと。
- 野生生物の生息地の保全・開発に関係する法律全般に、生物多様性の生息地内保全(野生生物の種を生息地の中で保全すること)と地域に根ざした生息地管理のしくみづくりの重要性の認識を組み込むこと。
- 生物多様性国家戦略に、野生生物とその生息地の保全の重要性を盛り込み、それをすべての法律の上位のものとして位置づけること。
第2章
種の絶滅の防止から地域個体群と生息地の回復へ
~ 種の保存法に関する提言 ~
日本の「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(以下、種の保存法)」は、多くの問題を抱えている。
とくに、米国の種の保存法である「絶滅危惧種法(Endangered Species Act)」と比較した場合、種の保存法の本質的な欠陥が明らかとなる。レッドデータブックには、動物668種、植物1,994 種が絶滅のおそれのある種として掲載されているが、種の保存法の政令指定種はわずか57種、全体の2%でしかない。また生息地等保護区の指定もわずか7箇所にとどまっており、生息地保全はきわめて不十分である。種の保存法は、自然保護法の発展段階からいえば、捕殺に制限をもうける鳥獣保護法と同レベルにとどまっている。種の保存法の制定から今日に至るまで、絶滅のおそれのある種が増え続けているのも、同法が本質的な欠陥をもった法律であることのあらわれである。これ以上の種の絶滅を阻止するためには、少なくとも以下の提言事項を含めた早急な法改正が必要である。種の保存法の問題点は多岐にわたるが、根本的な欠陥として、以下の3点を指摘することができる。
第一に、人間の経済的な利益優先の財産権尊重や開発自由の思想に貫かれていて、近視眼的な人間中心主義を越える視点に欠ける。少なくとも、種の保存法というためには、種の保存と経済的利益の両立では不十分であり、種の存続を人間の経済的利益より上位におく必要がある。種の存続のためには一時的な人間の経済的利益を犠牲(もちろん長期的には、それが人間の利益にもつながる)にすることが求められている。
第二に、行政手続についていえば、種の保存のための行政過程は、行政サイドの専権と裁量などに支配されており、法の実効性が失われている。このような官主導のシステムは、行政改革の一環という視点からも、透明性、説明責任、情報公開、市民参加などの確保という時代的な要請をふまえ、変革していく必要がある。
最後に、種の保存の実効性の確保という視点から、法システムの全体を見直していく必要がある。種の保存法には、種の保存という法目的を達成するための実効性確保の視点がなく、その手続も用意されていない。
なお、以下の提言事項は、世界の種の保存法の範とされる米国法において制度化されたものであり、我が国が目標とすべきものである。
提言2:これ以上の種の絶滅を防ぐため、財産権の保障や開発の自由よりも、種の存続に優先的な価値をおくこと
これまで日本において、多くの種が絶滅のおそれのある状態にまで追いやられてきた最大の原因は、種の存続よりも人間の財産権や開発の自由を優先させてきたためである。財産権の行使としてなされる開発、あるいは、自然に対する公的管理権の行使としてなされる開発は、本来、自由であるべきものとされてきた。このような開発の自由に対し、種の存続という観点から制約を課すことは、私的な財産権や公的な管理権の侵害とされてきた。財産権の保障や開発の自由という価値が、種の保存という価値よりも上位に置かれたためである。このような優先順位による限り、今後とも種の絶滅は不可避である。
したがって、米国の種の保存法のように、財産権の保障や開発の自由と種の保存が対立する場面では、後者を優先させることが必要である。このような価値のパラダイム・シフトなくして、もはや絶滅の危機に瀕した種の保存を図ることは不可能である。
- 種の保存法から財産権尊重条項(第3条)を削除し、種の保存が財産権の保障や開発の自由に優先することを明記し、国の政策上も、種の保存が人間の経済的利益に優先することを法律の中で宣言すること。
- 絶滅のおそれある種の存続に影響を与える行為は、絶滅を防ぐために必要な場合、学術研究を目的とする場合、人間の生命や身体を守るために真にやむを得ずなされる場合のほかは認めないこと。また絶滅のおそれある種の利用は、人間の生存のために真にやむを得ない場合に限定し、経済的理由による(生計の維持のための)利用を認めないこと。
- 種の保存法は、単に消極的に種の絶滅を阻止するだけでなく、より積極的に種の回復をはかり、同法による保護を不要にすることが目的であることを明言すること。
提言3:種の保存法の政令指定種や生息地等保護区の指定基準を見直すこと
種の保存を確実なものとするためには、種の保存法の政令指定種や生息地等保護区の指定基準(希少野生動植物種保存基本方針第2、第4)を客観的かつ定量的なものとし、政治的・社会的な理由や法制度の不備などによる種の減少も指定基準に含めることが必要である。指定による経済的影響は考慮すべきではない。
日本の種の保存法では、政令指定種や生息地等保護区の指定基準が、客観的かつ定量的に明記されていない。その結果、政令指定種や生息地等保護区の指定が行政裁量事項とされ、行政的に恣意的な適用がなされてきた。種の絶滅の危機が一層深まりつつあるにもかかわらず、いっこうに政令指定種の指定がすすまないのも、指定基準が曖昧にされているところが大きい。さらに、すでに開発計画があるとか、地元の同意が得られないとか、本来、種の保存のためには考慮してはならない事由によって、指定が見送られることも少なくない。また同時に、既存の法制度の不備が、種の絶滅に拍車をかけることも多い。
- 種の保存法に、政令指定種・生息地等保護区の、客観的かつ定量的な指定基準を明記すること。
- 政令指定種については、行政および民間のRDB掲載種を指定し、保護区については、原則として重要な生息域全体を指定すること。
- 種の指定は経済的影響を考慮せず純粋に科学的知見のみに基づいて行い、生息地等保護区の指定も原則として経済的影響を考慮しないこと。
- 指定のために、野生生物の専門家からなる科学的諮問委員会を設置し、その判断に従って指定すること。
- また、容易に指定できるシステムをつくるために、指定によって著しく経済的影響を受ける者に対しては、経済的措置を講じること。
提言4:政令指定種の範囲および指定種を拡大すること
種の保存法は、種の回復をはかり、同法の適用を不要とすることを究極的な目的とする。そのためには、予防原則を徹底し、絶滅のおそれが顕在化する以前の段階から、十分な保護措置を講ずることが必要である。
そのため、すでに絶滅の危機に瀕した絶滅危惧種だけでなく、その予備軍というべき膨大な数の準絶滅危惧種に対しても、絶滅危惧種に準じた法的保護を与えることが必要である。
さらに、地域個体群についても、これまで他の地域に同じ種のものが存在し、種レベル・全国レベルでは絶滅のおそれがないという理由で、当該地域個体群に影響を与える行為が容認されてきた。その結果、地域個体群の絶滅が促進され、日本で最後に残された地域個体群と認識されるまでは、法的保護の対象にならないものとされてきた。
したがって、保護種の範囲を拡大し、準絶滅危惧種や地域個体群についても、絶滅危惧種に準じた法的保護を与える必要がある。
- 種の保存法の指定種を海生生物まで拡大すること。
- 種の保存法の指定種を拡大すること。とくにレッドリストの絶滅危惧IA・IB・IIランクの種は、緊急に指定種とすること。
- 将来的に、レッドリストの絶滅のおそれある準絶滅危惧種も政令指定種に含めること。
- 地域個体群についても、種の保存法の適用上独立の「種」として扱い、政令指定種に含めること。
- 準絶滅危惧種や地域個体群の指定に際しては、不確実性を理由に先延ばししないという「疑わしきは保護せよ」の予防原則に徹すること。
- 緊急指定種については、現在は絶滅のおそれのある新発見の種などが想定されている。しかし、既知の種であっても、ジュゴンのように生息環境が悪化しているにもかかわらず政令指定まで時間がかかる場合は、それまでの間、緊急指定種とすべきである。
提言5:生息地等保護区指定の遅れが種の保存の実効性を損なっている。よって、その手続を改めること
生息地破壊が種の絶滅の最大の原因であることに鑑みると、種の保存をはかるためには、生息地等保護区の設定が不可欠である。
ところが、生息地等保護区の設定は、種の指定以上に人間に与える影響が大きいために、いっこうに進展していない(平成14年3月現在、7箇所、863ha)。種指定がなされても、生息地等保護区設定はなされないのが、むしろ一般的である。これでは、単に種の直接的な捕獲等を規制するだけで、到底、種の保存をはかることはできない。生息地等保護区の指定が進まないことが、種の絶滅を加速させる大きな原因となっており、種の絶滅阻止が人間の経済的利益に優先すべき緊急の課題である以上、生息地等保護区の設定を躊躇すべきではない。
したがって、種の保存の実効性をはかるために、政令指定種と生息地等保護区の指定をワンセットで行うという観点から、生息地等保護区指定の手続を見直すことが必要である。
- 生息地等保護区の指定は、原則として、政令指定種の指定と同時に行うこと。
- 生息地等保護区の指定は、法に定める基準に適合するかという観点からのみ判断し、それ以外の事情を考慮してはならないようにすること。
- 生息地等保護区の指定にさいしては、原則として、種の存続に不可欠かという生物学的な判断を優先させ、それ以外の事情による恣意的な判断を排除すること。
提言6:公共事業などによる大規模な種の絶滅を阻止するために、行政機関の行為が種の存続に影響を及ぼさないことを保障する実体的な義務を課すこと
諫早湾干拓事業や川辺川ダム計画などに見られるように、大規模な公共事業が種の存続に重大な影響を与えた事例は、枚挙にいとまがない。本来、公益実現のために行われるべき公共事業によって、種の絶滅が促進されるというような事態は、絶対にあってはならないことである。ところが、種の保存法では、個体を移動・移植さえすれば生息地を破壊するような行為が許される(施行規則第1条2の4項)。
したがって、公共事業などの行政機関の公的な行為によって、大規模な種の絶滅が惹起されている現実を直視し、このような公共性に反する行政上の意思決定がなされないようにするため、行政機関に対し、そのすべての行為が種の存続に影響を与えないことを保障する義務を課す必要がある。しかもこの義務は、単に一定の手続を済ませばよいというな手続上の義務ではなく、種の存続という結果を実現する実体的な義務とすべきである。
- 公共事業を種の保存法の適用除外とする規定(第54条)を削除し、すべての行政機関に対し、そのすべての行為が種の存続に影響を与えないことを保障する実体的な義務を課すること。
- 行政機関の上記実体的義務の履行を確保するための法システムを整備し、行政機関は、種の存続に影響するおそれのある意思決定をしようとするときは、環境大臣と協議しその意見を求めるとともに、環境アセスメントの前に生物学的アセスメントを行い、その影響の有無を科学的に確認すること。
- 環境大臣は、上記の意見を提出するに際し、専門の科学者からなる科学諮問委員会の意見をもとめ、その意見を尊重すること。
- 上記実体的義務に違反し、種の存続に影響を与えた場合には、その意思決定を行った者に対し、種の保存法上の制裁を課すること。
提言7:種の保存法による行政手続の運用上、透明性・情報公開・説明責任・市民参加を徹底させるために、種の保存法の行政手続を変革すること
種の保存法は、行政機関にいくつもの重要な権限を付与し義務を課しているが、その適用の行政過程は、ブラックボックスとなっている。例えば、政令指定種の指定についても、いかなる情報にもとづき、いかなる事情を考慮して、いかなる手続きを経て決定がなされたか、外部から知ることができない。その結果、行政上の意思決定が恣意的になされたり、誤った決定がなされてもチェックできない。このような行政運用のしかたは、種の保存法が存在するにもかかわらず、いっこうに種の絶滅を阻止できない一因となっている。したがって、同法適用の行政過程を根本から見直すことが不可欠である。
- 行政機関による意思決定の過程が外部からも分かるように、透明性を確保すること。
- 行政機関による意思決定をチェックできるように、その判断の基礎となった情報公開を徹底すること。
- 行政機関による意思決定過程において、環境NGOを含む一般市民を参加させ、市民からの情報提供の機会を保障するとともに、その意思決定過程における判断にもを参加させること。
提言8:政令指定種や生息地等保護区などの指定申立権を一般市民にみとめること
種の保存法上、保護種や保護区の指定は、行政のイニシアティブによるものとされ、環境NGOを含む一般市民には、その申立権は認められていない。
そのために、種の絶滅が差し迫っていても、行政サイドの事情により指定が先送りされ、絶滅のおそれが加速されてきた。一方、民間の研究者や環境NGOなどには、絶滅が問題となっている種に関する科学的データ、研究成果などを持つものが少なくない。彼らの知見を活用することは、経済的な効率性の観点からも望ましく、最近、注目されているPFI(民間主導による社会資本整備)の精神にも通じる。このような手続参加は、上述した市民参加の観点からも要請されるところである。
したがって、政令指定種や生息地等保護区の指定について、これを行政の専権とする行政主導主義の見直しが急務である。
- 民間研究者や環境NGOなどを含む一般市民に、政令指定種や生息地等保護区などの指定についての申立権を認めること。
- 一定の科学的根拠をもって申立がなされた場合には、行政機関は一定期間内に指定を行うかどうか決定すべきものとし、その決定に対し不服申立の権利を保障すること。
- 指定の申立を奨励するために、報奨金や費用償還などの経済的インセンティブを用意し、申立をした者に対し経済的支援を行うこと。
提言9:種の保存法を実効的なものとするために、市民訴訟条項をもうけ、一般市民が同法を執行できるような制度を創設すること
市民訴訟(citizen suit)条項というのは、行政機関自らが法に違反して法の命じた義務を履行しない場合に、公益実現のために、一般市民が行政に代わって法を執行する権限を付与する制度である。米国では、環境法の実効性を確保するために、主要な環境法に市民訴訟条項が設けられており、大きな成果を挙げている。しかし、日本では、現行法上、法律の執行は行政の専権とされているために、行政機関が誠実に法律上の義務を履行しない場合に、法律の実効性が失われる結果となっている。
したがって、新たに市民訴訟条項をもうけ、一般市民が、種の保存という公益実現のために、行政に代わって同法上の義務の履行を求め、裁判を起こせる制度を導入すべきである。
- 行政機関が同法上の義務を果たさない場合に、市民訴訟制度により、一般市民が行政機関を相手として当該義務の履行を求めて提訴できるようにすること。
- 同制度により、一般市民は、同法に違反した一般私人を相手として、違反事実の是正をもとめたり、違反に対する制裁の発動を求めて、提訴できるようにすること。
- 市民訴訟を奨励するために、市民訴訟を提起して公益実現に貢献した一般市民に対し、報奨金や訴訟の費用償還など、経済的な支援措置を講ずること。
提言10:種の絶滅防止から地域個体群と生息地の回復にシフトするため、保護増殖計画を回復計画に変えること
- 政令指定種に関しては、種指定から1-2年以内に回復計画をつくることを義務づけること。予防原則からすれば、政令指定種だけでなく、レッドリストに掲載されたすべての絶滅危惧種については、回復計画を作成することが望ましい。類似した環境に生息生育する複数の準絶滅危惧種についても、生態系アプローチから保全する回復計画をつくれるような規定とすること。
- 回復計画には目標とプロセスをはっきり分けてく。また、回復計画が有効に機能しているかどうかを定期的に科学的評価をするシステムを導入すること。
- キーになるのは、回復計画の実施主体の確保である。そのための民間活動の支援措置を強化すべきである。
- 回復計画を作成する主体は国や地方自治体に限定せず、NGOでも企業でも回復計画を作成し実行できるような民間主導の「スチュワードシップ」方式を取り入れること。
- 国が管理している土地については、国が責任をもって回復計画を作成し、市民も参加して実行できるようにする。関連する行政機関の協力義務を明文化するとともに、絶滅のおそれを招く公共事業をコントロールすること。
- 回復計画の主体が地方公共団体の役割とされる場合において、複数の自治体にまたがるような生物の管理計画を立てることができるように、調整する役割を国が担うこと。
- 大学の研究者に協力してもらうため、研究機関の回復計画への協力・支援を誘導するようなしくみをつくり、研究者を環境省の一時的な公務員にするなどして、各絶滅危惧種ごとに研究者を最低一人つける態勢を整えること。
第3章
日本の生物多様性を守るために~ 外来種に関する提言 ~
外来種(alien species・あるいは移入種)とは、特定地域(日本列島、地方など)の生態系に人間活動に伴って、意図的あるいは非意図的に新たに特定地域外(日本国外あるいは国内の他地域)からもたらされる生物種(種内の地域個体群も含む)のことである。外来種が、生態系、生物多様性、人の健康・生命および生産活動などにもたらす望ましくない影響やそれによって生起する問題をここでは「外来種問題」と呼ぶ。そのような問題を引き起こす外来種を侵入種(invasive species)と呼ぶこともある。なお、遺伝子組み換え生物も本来自然界に存在しなかったものであり、特殊な外来生物とみることができる。また、最近では、日本に自生する「在来種」の特定の地域集団から採集あるいは増殖させた生物材料を、何らかの利用のために国内の他地域に導入することによる遺伝的な攪乱などの「国内外来種問題」も頻発している。
現在、わが国では、多様な外来種が大量に輸入されて利用されており、また、グローバリゼーションの進行にともない、人と物資の移動による非意図的な導入も頻繁に起こるため、さまざまな外来種が野生化して、生態系や人間活動に悪影響をもたらすことが多くなってきた。
外来種は、競争、捕食、病害を通じて、あるいは生息環境の改変を通じて侵入先の在来種を絶滅の危険にさらす。そのため、外来種の影響は、生育場所の喪失や分断・孤立化、乱獲・過剰利用とともに生物多様性を脅かす最も主要な要因の1つとして認識されている。他方、在来種との間に雑種をつくり、在来種の純系を失わせる。そのため、生物多様性条約第8条に、「生態系、生息地若しくは種を脅かす外来種の導入を防止し又はそのような外来種を制御若しくは根絶すること」と記されている。 外来種が生物多様性に与える影響は不可逆的であり、長期的に見れば生息場所の破壊より深刻である。生物多様性喪失の要因に占める外来種の位置は、ますます深刻なものとなっていることから、外来種管理の重要性と必要性は、今では世界的な共通認識となっている。
現在の日本においては、病害虫、ヒトの感染症を媒介する可能性のある生物など、ごく一部の限られた生物を除くと、多様な利用目的のために海外からの生物を持ち込むことに関して規制がほとんどない。そのため、生態系に対する影響についての考慮がまったくなされないままに、安易に外国産の生物が導入される。肉眼では見えない微小な細菌から大型の哺乳動物まで、多様な生物が、ペットとして、あるいは産業における利用のために日本列島に大量に持ち込まれている。しかもその実態すら十分に把握されていないのが現状である。
多くの場合、外来種の持ち込み利用で恩恵にあずかるのは一部の産業とペットの所有者など限られた個人だけであるが、その外来種が野生化して問題を引き起こした場合、その悪影響を被るのは、日本列島の豊かな自然の恵みを享受する機会を損なわれる広範な人々、特に後の世代の人々であり、その損失は永続的である。
外来種問題に関して現在の日本はきわめて無防備で「無法地帯」に近い。今日の状況は、本来比類無く豊かな生物相を誇る日本列島の生態系が外来種によってどのように変質させられていくのか、壮大な実験を展開しているようなものである。豊かな日本の自然と人の営みと文化を外来生物が急速に侵食しつつあるという事実を重く受け止め、必要で有効な外来種の侵入防止と管理のための有効な制度を一日でも早く作る必要がある。
外来種による生物多様性の侵食、生態系、産業や人の健康・生命への悪影響を回避するためには、1)外来種のリスク評価、2)水際における侵入の防止、3)導入された外来種による被害の防止・軽減の各段階で対策が必要である。
これらの対策を実施するため、新たに「外来種対策法(仮称)」の制定を提言する。
提言11:外来種導入に先立つリスク評価を義務づけること
- 外来種導入にあたっては、輸入、国内での利用に先立つリスク評価の実施を義務づける。
- すべての種を対象にすることは事実上困難と思われるので、危険性が予想される種のグループのブラックリストを作成し、それに該当する種をリスク評価の対象とする。(IUCN外来侵入種ワースト100が参考となる。)
- 危険の程度はそれぞれの外来種の生態的な特性や導入個体の飼育・管理の方法などにもよって異なるため、科学者によるリスク評価委員会を設置して、野生化の可能性、野生化した場合の生態系、野生生物種、産業、人の健康等への影響を科学的に評価する。
- ブラックリストグループの生物は、国内の種や生態系に影響を与えないと判断され、ホワイトリスト(国内への導入後のモニタリングを条件として輸入を認める生物のリスト)に移されない限り輸入禁止とする。またホワイトリストに載ったとしても、数年おきに事後評価を行い、その結果をその後の評価に反映させる。
提言12:水際における侵入の防止(ボーダーコントロール)を強化すること
- 税関・検疫に外来種対策専門官をおくなど、水際でのボーダーコントロールを強化する。また、国内からの持ち込みに対応するためには、税関検疫職員とは別に、動物の識別ができる環境省の専門官を置くことが望ましい。
- さらにニュージーランド等で配置されているような外来種対策犬の養成と配置などを早急に検討する。
- 沖縄や小笠原諸島などの島嶼生態系では、国内・国外外来種が致命的な影響を与えることになるので、水際での防除を強化する。
提言13:すでに導入された外来種の管理を強化すること
- 輸入業者の登録、利用者登録、飼育動植物の個体登録など、国内の外来種管理体制を整える。とくにワシントン条約の対象種(付属書II、III)を扱う事業者及び個体の登録制度を整備して、行政が実態把握すべきである。この申請費用は輸入業者に負担させる。
- ペットなどの飼育動物に関しては、飼い主の責任を明確にする登録制度を義務づける(首輪、マイクロチップなど)。とくに、固有種が集中する地域、生態的に脆弱な地域では、「ペットは室内で飼育する,上記のような地域には連れていかない」などのマナーの徹底を図る。
- 外来種を輸入、利用、管理する者に対して、遺棄・放逐を禁止し、一定の逸出を防止する措置をとる義務を負わせる。違反したものに対して、行政罰または反則金を課し、対策費用にあてる。
- 外来種の輸入、売買に課税(外来種税)するか、あるいはデポジット制(保証金)をとり、誤って野外に逸出した場合の対処予算にあてる。
提言14:外来種の駆除や制御の費用負担等のルールを定めること
- 現在では外来種を野外に放逐した原因者が明確な場合でも被害者側(行政や問題を認識したボランティア)が止むに止まれず駆除・制御対策を実施しており、社会的に不公正な状態が生じている。外来種の野生化をもたらした責任を有するものに駆除と制御(増殖・蔓延・影響の抑制)の責任を負わせるための制度を創設する。
- 外来種の輸入・売買を業とする者に保証金を課して、在来種の利用促進、定着した問題外来種の駆除費の基金とする。
- 外来種の駆除事業を実施する自治体、NGOなどに財政的な支援を行う。
- 生物多様性の維持を目的とした外来種の駆除・制御に対して、動物の福祉という観点から反対が起こる事例が増えている。動物の福祉に配慮しつつ、外来種を駆除する正当性が理解されるよう、合意形成のルールを確立する。
提言15:外来種を利用しないですむ方途を奨励すること
- 産業における外来種の利用を抑制し、在来種(地域の生態系に含まれる生物)に切り替えるための新産業の育成を行う。例えば、現在では外来植物の利用が多い緑化等の材料を、使用した場所から逸出しても生物多様性に影響を及ぼすことのない在来植物に切り替え、必要な時に必要量を供給するための植物育成計画、栽培管理、地域農家への栽培委託などを業とする新たな産業が必要。
- さまざまな土木工事に伴う緑化だけでなく、各種工事における自然への負荷の少ない伝統的な技法などを見直し、緑化材料を地域の在来種に切り替えるための施策とともに、自然再生型の公共事業における植生復元材料などの確保のためにもそのような産業の育成は不可欠である。
- 島嶼生態系など、本土とは異なる種が分布している地域では、その場所に生息している植物であっても、他地域から同種または近似種の種子を持ってくることを禁止する。
提言16:外来種問題に関する普及啓発をはかること
- 外来種問題の解決には、法律による取締だけではなく、一般国民とくに外来種のいる風景があたりまえとなってしまっている若い人々に対する普及・啓発が必要である。
- 将来の日本を担う小中学生などが、外来種と在来種の区別をきちんとできるように、理科や生物の授業でも取り扱うようにする。
- 商社は外来生物を取り引きするだけではなく、顧客に対して、その管理方法や取り扱い注意事項を指導すること。
- 外来種対策法ができたときは、その条文や解説を新聞に載せて、一般国民が外来種対策の趣旨を理解できるようにする。
以上の提言を実現するためにも、早急に「外来種対策法」を成立させると同時に、鳥獣保護法、種の保存法、自然公園法など関連する法律にも、「外来種対策」を盛り込む。
第4章
狩猟に依存せずに野生動物と共存できる社会に
~ 鳥獣保護法に関する提言 ~
現行の鳥獣保護法は、1918年(大正7年)の「狩猟法」に起源を持ち、狩猟の適正化と農林水産業への被害防止を図るのが当初の目的であった。しかし、1963年(昭和38年)の改正によって、名称は「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」となり、原則的に野生鳥獣の捕獲を禁止し、「狩猟鳥獣」と定められたものに限って狩猟を認めるという制度に変更されたのは画期的であった。
近年、狩猟者が激減し続けていること、狩猟によってのみ被害対策が完結しないこと、外来種などのように狩猟資源ではないが個体数管理の必要な鳥獣が増えていることなど、従来の狩猟を柱にした鳥獣行政ではもはや対応できない現状となっている。
また、1999年の鳥獣保護法改正を前にして、自然環境保全審議会答申では「野生鳥獣の保護管理施策全般にわたって科学性および計画性の付与を図る必要」が指摘された。これを受けて、特定鳥獣保護管理計画制度が創設されたが、鳥獣保護制度全体への科学性・計画性の付与は未だ見送られたままである。したがって、2002年通常国会に提出されている改正案では、問題解決には全く不十分であり、さらなる改正が早急に必要である。その場合には、あらゆる制度に科学性、計画性を付与することはもちろんのこと、狩猟依存の制度から脱却し、行政が国民の公共信託財産である野生動物の管理者として、主体的に施策を実行する制度に転換すべきである。
これまで山野において自由に狩猟することは、狩猟者にとっての権利であると考えられてきた。しかし、現代のように国土が稠密に利用され、また多くの野生動物の生息地が分断された状況では、もはや自由狩猟が許される社会状況ではない。これからの狩猟は、科学的なデータに基づき、適正な管理の下に行われるべきもので、従来の自由狩猟を認めたいわゆる乱場制や、実質的な狩猟制限のみの保護区制は見直す必要がある。このような管理狩猟制度を整備するためには、自由狩猟を排した新たなゾーニングを検討するべきである。
提言17:鳥獣保護法全体を生物多様性保全を目的とした法律にし、その実現のために具体的な制度を創設すること
- 鳥獣保護法改正案では、第1条の目的規定に「生物多様性の確保」が盛り込まれ、有害鳥獣駆除は削除された。しかし、鳥獣保護法全体を生物多様性の保全を目的とした法律にするために、以下のような具体的な施策を講じるべきである。
- 鳥獣保護事業計画の下位計画として、地域や自然の特性に応じた地域鳥獣保護管理計画(仮称)を策定する制度を創設する。
- 地域鳥獣保護管理計画を実現するため、都道府県が地域ごとに合意形成をはかるなど、きめ細やかな対応ができる地域保護管理協議会(仮称)を設置できる制度を創設する。
- 鳥獣保護法においても、絶滅のおそれのある種の回復とその生息地の保全が図れるように、鳥獣保護区制度等の変更や活用をはかる。
- 鳥獣保護法にも外来種対策の計画制度を創設する(海外の狩猟法の中には、外来の動物は在来種に悪影響を与えるので放獣が禁止されているものがある)。また、在来種と交雑する可能性のある鳥獣の流通を原則禁止する。
提言18:鳥獣保護法の対象種を拡大するとともにカテゴリー化を行い、きめ細かな対応をはかること
- 鳥獣保護法改正案において「鳥獣」とは、鳥類・哺乳類に属する野生生物と定義されたが、適用除外規定(第80条)が曖昧であるために、海生哺乳類は十分な保護管理措置を講じることができない可能性がある。よって、第80条に関する環境省令の手続きを透明化するとともに、適用除外された種であっても、環境省が管轄省庁に意見を述べることができるようにする。
- 狩猟鳥獣については、種のみならず地域個体群単位で指定できるようにすること。クマのように絶滅のおそれのある地域個体群は狩猟鳥獣から除外すること。
- 現行の鳥獣保護法では、「狩猟対象種」のみが指定され、狩猟が許されている。しかし、アライグマのような外来種が狩猟鳥獣に指定されていたり、またサルのように狩猟鳥獣に指定されていないにも関わらず年間1万頭以上が有害駆除されている実態があり、科学的合理性に欠ける。したがって、管理のあり方に応じた種のカテゴリー化を行い、それぞれきめ細やかに対応し、科学性・計画性を付与出来るようなものにする。
提言19:鳥獣保護区の計画制度を科学的に整えること
- 特定の保護区や渡り鳥のフライウェーに関わる複数の保護区などを、適正かつ効果的に保護管理するため、科学的かつ民主的な手法を取り入れた新たな計画制度を創設する。
- 渡り鳥のフライウェーの復元・回復に必要な地域に、積極的に中継地や越冬地などを人工的に設置する保護区制度を創設する。
- 鳥獣保護区を、単なる狩猟禁止区域ではなくて、野生鳥獣の研究モニタリング、環境教育の場として位置づける。野生生物の研究調査施設を作り、専門家を配置する。
- 自然公園法の改正によって、公園計画の中に、野生生物の保護管理計画制度を創設する。
- 林野庁とも協力し、自然保護区、自然公園、保護林などの保護区を回廊で結ぶ。
提言20:自由狩猟から管理狩猟へ転換すること
- 全国を原則禁猟にし、狩猟は管理可猟区で行うようにする。新たな管理狩猟制度を整備するためには、以下のようなゾーニングが考えられる。
1)野生生物保護地域
- 鳥獣保護区(野生動物と生息地の保全を重視した地域)
- その他(種の保存法、自然公園法等によって狩猟による捕獲を制限する地域)
2)普通地域
- 保護管理区(狩猟は禁止されるが、特定鳥獣の計画的な個体数調整が行われる地域)
- その他(都市部など、安全上の理由から狩猟が禁止される地域)
3)可猟地域
- 猟区(従来の経営猟区)
- 管理可猟区(科学的計画的な狩猟を認める地域)
- 民有地での可猟区設定について、地権者の所有権・財産権を保証し、設定の承諾を得られるようにする。
- 狩猟免許を、スポーツハンティング用の「アマチュア免許」と、野生生物の保護管理ができるようなプロフェッショナルな知識を持って銃も扱えるという「ワイルドライフマネジメント免許」とに分ける。
提言21:有害鳥獣駆除は科学的根拠にもとづいて実施すること
- 総合的な被害防除の中に駆除を位置づけ、駆除よりも防除に力を入れる。
- 有害鳥獣駆除は公的機関が科学的根拠に基づいて実施する。
- 科学性のない予察駆除は廃止する。とくに春グマ駆除は、猟期外の狩猟として実施されており、冬眠後の胆嚢は商業的価値も高いことから、このまま放置すれば地域的な個体群の減少を招くおそれがある。
- 第5章でもふれるが、有害鳥獣駆除の捕獲個体(クマの胆嚢、ニホンザルの医学実験利用)の商業的利用が問題になっている。有害鳥獣捕獲個体の利用は原則的に禁止する。
- ツキノワグマについては、イノシシを捕獲するためのくくりわなによる錯誤捕獲が多く発生し、個体群の維持に重大な影響を与えている。鳥獣保護法改正案第12条または、第15条(指定猟法禁止区域)を適用して、ツキノワグマ生息地におけるわなの使用を禁止する区域を設定する。
提言22:農林水産業被害に対して公的な支援を強化すること
- 農林水産業被害に対しては、鳥獣行政だけでは効果的な対応が不可能なことから、農林水産行政においても立法措置を含めた体制整備をする。
- これらの被害対策に関わる経費に対しては、被害防除策導入コストの相当部分を公的に支援する仕組みを含め、公的資金による支援制度をよりいっそう整備する。
- 経済的損失に対する補償制度や共済保険制度の活用を促進するとともに、中山間地域などにおける直接支払い制度や、他の農林水産業振興政策に野生鳥獣被害対策を取り入れる。
提言23:野生鳥獣の保護管理にあたる人材育成と配置を強化すること
- 鳥獣保護法に、動物愛護法17条(動物愛護担当職員)などに見られるような専門担当職員の配置を明文化する。
- 法律で非常勤と定められている鳥獣保護員とは別に、各地域の保護管理計画を実施する専門職(常勤の保護管理員)を法の中で位置付け、権限や予算を付ける。
- 鳥獣保護員に関しても、狩猟者がほとんどを占めているため、狩猟者以外の市民から鳥獣保護員を登用する制度に改めるべきである。
提言24:野生鳥獣と共存できる社会づくりを推進すること
- 農林水産業に関わる団体(農協、森林組合、漁協など)や地元企業などが、食料や野生生物を含めたあらゆる地域の自然資源を管理する法人(例えば、自然資源管理組合)を設立し、被害対策や保護管理の担い手にもなれるような制度を創設すべ民間主導の好例として、科学的・計画的な野生動物対策を行政の委託や自主活動で行っている企業がある*。民間保護管理組織を育成する制度を創設し、専門家を育成する民間団体を後押しできるような制度が必要。
*長野県軽井沢町の(株)星野リゾート「ピッキオ」の事例
第5章
商業利用から野生生物を守るために
~ 野生生物の商業利用に関する提言 ~
「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(ワシントン条約)規制対象種(附属書I、II、III掲載種)の日本への合法的な輸入件数は、年間40,000件(1997年)以上にのぼる。この数は、世界第2位 、国民一人当たりの輸入件数では世界第1位である。具体例では、世界全体の国際取引のうち、生きた鳥(主にペット用)の42.5%を、は虫類の皮のハンドバッグの52.5%を、サンゴの42.2%を日本が輸入しており、いずれも世界1位である。このように、日本は野生生物の輸入大国であるが、輸入件数と比較して輸出件数は非常に少ないことを考えると、「野生生物消費大国」であるともいえよう。また、ワシントン条約附属書掲載種に関する密輸ルートをインターポール(国際刑事警察機構)が分析したところ、密輸の目的地ではアジア域内で日本が一番多かったことや、日本の税関におけるワシントン条約附属書掲載種の輸入差止件数が約1,700件(2000年)にものぼっている(うち10件が関税法違反で通告・告発)ことから、合法取引のデータにあらわれている以上の野生生物が、日本の消費が原因となって悪影響を受けていると考えられる。
こうした状況からすれば、これら輸入される種の国内需要および流通の徹底した管理・監視が必要である。しかし現行法は、原則的に日本に輸入できないもの(附属書I掲載種)を監視しようとするのみであり、それ以外の、規制は受けつつ大量に輸入されてくるもの(附属書II掲載種)については監視の外においている。そのほか、附属書I掲載種であっても、それが国内加工産業の原材料として国内取引されるものの流通については、実質的に規制の適用除外とされてしまっている。象牙およびべっ甲の流通に関しては業の規制を通じた管理が行われているが、監督官庁(環境省及び経産省)の監視がきわめて弱体で業者の自主的管理に依存する仕組みとなってしまっている。
日本国内に生息する野生生物に関しても、水産業等の一次産業による野生生物種の過剰利用が問題とされるほか、野生鳥獣の商業利用を目的とした捕獲が問題となっている。特に、有害鳥獣駆除を目的として捕獲された個体がその高い市場価値ゆえに市場に流通している点は問題である(製薬の原材料としてのクマの胆嚢や実験動物としてのニホンザルなど)。このような事態は、野生鳥獣の需要を一層刺激し、国内の捕獲圧を高めるとともに国外に生息する近縁の種の捕獲圧・違法取引圧を高め、内外で種の存続に悪影響を与えている。
これまで日本の行政は、商業捕鯨や象牙取引問題への対応に見られるとおり、野生生物の商業利用を積極的に推進する政策をとり続けてきたが、これを転換した上で、輸入されたもの及び国内に生息するものを含め、商業利用される野生生物の需要および流通の本格的な管理に取組み、実効的な規制を行なうための制度を整備すべきである。その際、捕獲や取引の規制の実効的な監視を保障する手続の整備にも留意しなければならない。
野生生物の商業利用問題は、人間あるいは日本人がその環境との関係で野生生物をどうとらえ、どう処していこうとするのかについて、鋭く問いかけている。「人間と野生生物との共存」と言うは易いが、その中身の程度を映し出す鏡のひとつが商業利用問題ともいえるだろう。課題は多いが、以下では、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)を中心としたワシントン条約の効果的実施並びに「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」(鳥獣保護法)における有害鳥獣駆除および狩猟による捕獲個体の飼養および譲渡に関する基本的事項に関して提言する。
提言25:ワシントン条約付属書掲載種すべてを国内取引の規制下に
- ワシントン条約附属書掲載種すべての国内取引を種の保存法で規制する。具体的には、以下の手法が考えられる。
- 附属書掲載種を取扱う業を許可制あるいは届出制とし、流通の監視と業の遂行の監督を行なう。
- 附属書IIやIII掲載種の個体等についても、輸出枠が設定されていたり、特別な監視プログラムの対象とされているもの等に関しては、附属書I掲載種同様の規制を適用する。
- 種の保存法により、国内取引が規制される個体の部分・派生物の範囲を、ワシントン条約で規制される範囲と一致させるよう、種の保存法施行令の改正を行う。
- 種の保存法上、国内加工用原材料とされる附属書掲載種の、輸入から小売に至るまでの流通経過を厳格に監視するための仕組みを整備する。その監視に耐えない産業に関しては、代替原材料の使用を奨励したり、産業従事者に対する職種転換のための支援措置を充実させつつ、当該附属書掲載種の流通を排除していく。
- 種の保存法に関して司法警察権限を持つ取締官の制度を規定するとともに、これら取締官から構成される取締担当ユニットを設ける。このユニットは、違反行為の監視、違反行為の情報の警察、税関、関係省庁、国際刑事警察機構、ワシントン条約事務局との積極的な情報交換、取締活動上の協力を行なう。
- 違法に取り引きされた動物を収容する施設に関する制度を作る。既存の施設でそれに適したものを認定し、収容できるような仕組みを作る。
- 野鳥に関しては、中国等からの国内種との共通種の輸入が問題となっている。ワシントン条約附属書掲載種はもちろん、それ以外の共通種についても、原産国の証明書の添付を必須のものとする。具体的には、鳥獣保護法改正案第26条のただし書き(証明制度を有しない国の適用除外)を削除する。
提言26:有害鳥獣駆除による捕獲個体の飼養及び譲渡を原則として禁止すること
- 有害鳥獣駆除によって捕獲された個体(捕獲個体から繁殖したものを含む)の飼養および、有害鳥獣駆除によって捕獲された個体の譲渡(捕獲個体から繁殖したものおよび捕獲個体・繁殖個体の部分・派生物を含む)は、以下の条件をすべて満たす場合を除き禁止する。
- 当該鳥獣の生態や保護管理に関する、学術研究や教育目的で行なう場合。・ 野生個体群に対する捕獲圧を高める等、その保全に悪影響を及ぼすおそれがない場合。
- 飼養については、人的物的な飼育環境が整っている等適切な飼養が担保される場合。
ただし、ニホンザル及びクマについては、医学実験利用及びクマの胆嚢の利用を目的とした譲渡が捕獲圧を高めていることから、鳥獣保護法改正案第23条の販売禁止鳥獣とし、飼養および譲渡は認めない。 - 有害鳥獣駆除により捕獲された生きた個体は、放獣が可能であれば放獣、それができない場合は収容施設に入れるか安楽死させる。死んだ個体は、譲渡禁止を実効あるものにするため、原則破棄とし商業利用を封じる。
- 捕獲個体の処理方法(飼養する場合は、飼養条件も含む)を含む捕獲許可条件を法定化し、許可条件に違反した者に対して、改善命令及び捕獲許可の取消しを行う。
- 捕獲個体から繁殖したものに関する飼養許可手続及び監視(個体の識別方法を含む)に関しては、捕獲許可手続とは別途規定する。
- 捕獲者が、鳥獣の捕獲結果および飼養状況に関して、捕獲毎に捕獲許可権者に対して行なう報告義務(鳥獣保護法改正案第66条)のみならず、捕獲許可権者が捕獲許可事項および飼養条件の遵守状況を監視するための手続を整備する。
- 捕獲地と飼養地が異なる都道府県にまたがる可能性があるため、飼養条件の監視が実効的に行われるよう手続を整備する。
- 譲渡の許可については、譲渡人と譲受人の住所地を管轄する都道府県が異なる可能性があるため、許可が適正に行われるための手続を整備する。
提言27:狩猟個体の飼養及び譲渡に明確な基準と手続きを定めること
- 狩猟個体の飼養(狩猟個体から繁殖したものを含む)は、野生個体群に対する捕獲圧を高める等その保全に悪影響を及ぼすおそれがなく、かつ人的物的な飼育環境が整っている等適切な飼養が担保される場合を除き禁止する。
- ただし、クマを飼養する場合は、上記の条件に加え、当該鳥獣の生態や保護管理に関する学術研究や教育目的を有しなければならない。地域個体群の絶滅のおそれを生じているため、種の保存法の国内希少野生動物種と同等の扱いをする(種の保存法施行規則第2条、第4条)。
- クマ(狩猟個体・繁殖個体の部分・派生物および、狩猟個体から繁殖したものを含む)の譲渡については、鳥獣保護法改正案第23条の販売禁止鳥獣に指定するとともに、種の保存法施行規則第5条2の5を削除することにより禁止する。