小笠原・空港計画の中止が決定されるまで 固有な自然の保全をめぐって・・・
会報『自然保護』No.463 (2002年1/2月号)より転載
2001年11月13日、東京都は、小笠原諸島・父島の時雨山付近に計画していた空港建設を正式に撤回した。これで、中型旅客機の乗り入れを前提とした空港建設計画に終止符が打たれた。
“東洋のガラパゴス” に空港建設計画
小笠原諸島は東京から1000km離れた太平洋上に位置する(地図)。数千万年の歴史の中で、大陸と一度も地続きになったことがないため、地球上でこの島々にしか見られない動植物種が多数存在している。また、それらの固有種をはぐくむ植生や地形・地質にも非常にユニークな点が多い。「東洋のガラパゴス」と呼ばれる所以である。
この島々に行くには、現在も船で片道25時間強。航空路はない。そこで1989年に、多くの人が住む父島の北側に位置する無人島の兄島に、中型旅客機が発着できる1800m級の空港を建設する計画が東京都によって決定された(地図)。
しかし、兄島にも固有動植物が多数生息しているうえに、世界的にもユニークな「乾性低木林」と呼ばれる植生が広がる場所だったのである(写真)。
▲乾性低木林(兄島の旧空港予定地)。兄島や父島に広がる特徴的な植生。
そこで、小笠原自然環境研究会をはじめ、日本生態学会、日本鳥学会などが、空港建設でこのような自然が多大な悪影響を受けることを危惧する内容の意見を表明した。また、小笠原島内でも、「小笠原の航空路を考える会」が誕生し、自然保護上の危惧や適正規模の島民の足としての航空路を求める立場から疑問を提示した。NACS-Jも、現地視察や小委員会での検討を実施した上で1991年と1996年に意見書を提出してきた。
このような意見を受けて、運輸省は東京都に対して航空需要と費用負担の見通しの明確化に加え自然環境への配慮を求め、環境省も兄島以外での空港建設の可能性を検討することを求めた。
父島・時雨山への変更
そこで、東京都は候補地の再選定作業を行い、1998年に父島の時雨山周辺域を予定地に再決定した。
東京都は環境影響評価に先立って現況調査を開始、調査結果と環境保全策を検討するために「小笠原自然環境保全対策検討委員会」を設置した。この委員会には、委員長になったNACS-J理事・奥富清をはじめ、これまで自然保護の立場から発言してきた多くの研究者も加わった。
委員会は、検討の結果、時雨山周辺域も、ムニンツツジなどの多くの固有種や絶滅が危惧されるオガサワラオオコウモリやオガサワラノスリの生息にとって重要な場所であること、島民の飲料水の水源地にあたること、どのような環境緩和策をとっても限界があることなど、この計画に対して否定的な内容の意見書をまとめ、2001年10月に東京都に提出した。
東京都は、11月13日に委員会の意見書を受ける形で空港計画の撤回を発表した。自然保護上の問題に加え、遠隔地で、かつ地形の起伏が大きい場所のために莫大な事業費と長い工事期間を要することも、撤回の理由に挙げられた。
島民の手によるルールづくりをめざして
空港計画が白紙に戻ったことで、小笠原諸島の自然環境保全は、新たな段階に入ったといえる。自然を損なうことなく、ゆたかに暮らしていくにはどのような利用ならば賢明と言えるのか。これは、世界中で模索が続いている重要な課題であるが、さらに小笠原の場合、自然の質が非常に特異で、たいへん脆弱であるという難題を含んでいる。
空港建設は白紙になったが、2004年には高速船テクノ・スーパーライナーの就航が決まり、島民の生活環境の改善とともに、観光客の増加が期待されている。島民が主体となって、自然の持続的利用を前提としたエコツーリズムや国立公園の地種区分の見直し、森林保護制度の活用などを含めたルールづくりを、できるだけ早くすすめておく必要がある。
小笠原空港建設問題の経緯
東京都のうごき
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NACS-J/国のうごき
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1988年6月 |
計
画 開 始 |
小笠原諸島返還20周年式典で、鈴木東京都知事が、小笠原空港建設推進を明言 | |
1989年2月 |
兄
島 案 |
東京都が兄島への空港建設計画案を正式決定 | |
1991年9月 | NACS-J「東京都・小笠原諸島における兄島空港建設計画案に関する意見書」を提出 | ||
11月 | 国が「第6次空港整備5カ年計画」に予定事業として採択 | ||
1996年1月 | 東京都は「再検討調査」とそれに基づく兄島案再決定を発表 | NACS-Jは、都の発表に対し、「東京都による小笠原諸島・兄島空港建設計画の基本的見直しに関する意見書」を提出
環境庁は、兄島の自然を高く評価し、兄島以外での空港建設の可能性を検討する必要性を提示 |
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7月 |
再
検 討 |
東京都は、兄島以外の空港建設を検討するため「小笠原環境調査委員会」を設置し、小笠原空港環境現況調査を開始 | |
12月 |
父
島 案 |
国が「第7次空港整備五箇年計画」に盛り込む | |
1998年5月 | 東京都は、空港建設地を父島の時雨山周辺域(父島案)と決定 | ||
1999年1月 | 東京都は、学識経験者等で「小笠原自然環境保全対策検討委員会」を設置 | ||
2001年5月 | 東京都は、「小笠原空港環境現況調査結果」を発表 | ||
10月 | 「小笠原自然環境保全対策検討委員会」は、上記調査結果を検討し、父島案に対して否定的な意見をまとめ、東京都に提出 | ||
11月 | 東京都は、父島案を撤回 |
NACS-Jは、1994年と1997年に自然観察指導員講習会を開催し、人と自然のかかわりを強く意識する人の輪を小笠原の島内に広げることに努めてきた。1996年からは、父島の属島である南島の保護と利用のありかたを検討するための調査などにもかかわり、島の方々に関心をもっていただけるようになったと感じているところでもある。
小笠原の自然と人々は、世界中が模索している持続的な社会を実現できる可能性を十分に抱いていると感じている。NACS-Jは、これからも小笠原の自然保護のために協力していくつもりである。
(中井達郎/普及広報部)