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川辺川ダム建設に伴う水質保全措置の効果について

2001.12.09
活動報告

「川辺川ダムを考える住民大集会(12月9日、熊本県)」で発表


平成13年12月9日

川辺川ダム建設に伴う水質保全措置の効果について

(財)日本自然保護協会
研究員 程木 義邦

1.はじめに

川辺川ダム建設が流域環境に与える影響に関して、国土交通省は平成12年6月に「川辺川ダム事業における環境保全のとりくみ」を発表している。しかしここでは、閣議アセス時代の要綱にもとづく天然記念物や希少生物のリストアップまでは実施されているものの、新しい環境影響評価法が求める河川生態系に与える影響は全く評価できていない。

日本自然保護協会は、クマタカや洞窟生物などへの影響に関して、熊本県クマタカ調査グループ、自然観察指導員熊本県連絡会の調査に協力し、共同で結果を公表してきた。また、昨年からはアユの生息環境に着目し、河川生態系そのものへの影響に関する調査を実施し、その結果、川辺川のアユは体長や肥満度ともに、既に市房ダムのある球磨川上流部のアユを上回り、川辺川の漁師さんたちが感じていた違いを科学的に裏付けるものとなった。

日本自然保護協会は、釣り人から尺アユと呼ばれ親しまれる川辺川のアユをはぐくむ、川辺川の河川生態系の豊かさをきちんと調査し、その価値を正しく評価すべきであると考え、また、川辺川ダムを建設したならば、この豊かな河川環境にどのような影響が出るか、そのことで失われるおそれがあるのは何かを、新しい環境影響評価法の技術指針を使って予測評価するこが重要だと考えている。

一方、国土交通省は、川辺川ダム建設では水質保全対策として、選択取水設備、清水バイパスおよび水位維持施設(ダム堆積物の巻き上げ防止)の設置を行うため、ダム下流域の水質を現状と同じレベルに保つことが出来るとし、ダム建設が河川生態系に与える影響は小さいと述べている。しかし、これらの水質保全措置が十分な効果を発揮できるかについては、水質予測モデルに基づくシミュレーション結果の提示のみであり、既存ダムにおける選択取水+清水バイパスの効果検証データは示されていないため、その評価に対する信頼性については大きな疑問が残る。日本自然保護協会では本年5月、選択取水と清水バイパスを併用している既存ダムの水質データを提示するよう国土交通省河川局に申し入れをしたが、当局からの回答は今だ無い。

上述したように、水質保全措置の効果を評価するためには、これらの施設を備えた既存ダムによる実証的検証が必須であるが、以下に国土交通省が行った水質予測モデルの結果についての評価を行った。

 

2.川辺川ダム建設後の河川水質の変化と水質保全対策の効果の検討

1)水質保全措置の概要

水質保全対策の効果に関しては、国土交通省川辺川工事事務所が発行している「川辺川ダム建設事業Q &A」のp46~48に示されているが、濁り・水温ともにダム建設後も現状と「大差ありません」と述べられている。これらの結果の基となっているのが「川辺川ダム事業における環境保全への取り組み」のp4.2.27~28に示されている一方向多層流モデルであるが、この基礎式をみると、ダム内部での濁りの発生は全く仮定しておらず、ダム自体が流入してきた河川水中に含まれる懸濁物質(濁り成分)を取り除くための大きな「沈殿槽」の役割をしているという前提を置いていることが分かる。つまり、大雨により大規模な濁水の流入が無ければ、ダム建設後は現状よりも濁りの少ない清んだ水が下流域に供給されることとなる。この前提条件自体も、既存ダムで生じている植物プランクトンの発生やのり面の崩落等による濁りの内部発生を見てる限りにおいて、大きな疑問がのこる。

また選択取水設備と清水バイパスの一連の役割は以下の様になる。河川からダム内へ流入してきた懸濁物質(濁り成分)は、ダムサイトへ近づくにつれてダム底層へと沈殿していく。そこで、選択取水装置により表層の水を取水することに、濁りの少ない水を下流に放出する。また、大量に懸濁物質が流入した場合には、ダムサイト付近でも濁りが増加し、良好な水質の水を排出できなくなる。そこで、清水バイパスにより流入河川水(水位維持施設の水)を迂回・排出する。
一方、選択取水装置により取水するダム表層の水は、夏季は外気や太陽光により暖められるため、ダム流入水よりも水温が高い。また、冬季は逆に冷やされるため、流入水よりも水温が低くなる。そこで清水バイパスにより、ダムから放水する水と流入水を上手く混合することにより水温変化を防ぐ。つまり、選択取水は濁水排水の防止、清水バイパスは濁水排水防止と水温調節の役割を担っている。この様な水質保全施設の役割を踏まえた上で、以下に国土交通省が示した濁度のシミュレーション結果および選択取水設備と清水バイパスの運用方法の評価を行う。

2)ダム建設後の河川水濁度の変化

国土交通省は「ダム放流水の濁りは現状と大差ありません」と述べているが、この結果はシミュレーションによる予測値のみによる評価であり、更に、昭和33年~平成8年の平均値で示しているため、時期(季節)や洪水規模による検討結果は示されていない。そこで、シミュレーション結果(「川辺川ダム事業における環境保全への取り組み」資4.2-20~34)に基づき評価を行った。

図Aに洪水後の濁り継続日数の増加率を月別で示した。増加率は、「ダム建設後の濁り継続日数(シミュレーション結果)÷現況の濁り継続日数」として示してある。つまり、増加率=1の時は、水質保全措置が効果的に機能し、ダム建設後も現況の濁り継続日数と変わりが無く、増加率が1以上であると、濁りが長期化することになる。結果を見ると明らかなように、6月、7月、8月は水質保全措置が機能し濁り継続日数は現況と変わらないが、3月、4月、9月では、濁り継続日数が月別平均で1.4~3倍にも増加している。図BとCに、3月、4月、9月のダム建設前後における濁り継続日数の変化を示した。例えば、昭和41年3月2日の洪水では、14日で川辺川の濁りが収まったが、川辺川ダムを建設した場合には、濁りの継続日数が1ヶ月にも及ぶ。この様な濁り継続日数は、程度の大小はあるものの、夏季の豊水時以外はすべての時期に起こることが分かる。特に、平成3年9月26日の洪水は、9日で河川水の濁りが低下したのにもかかわらず、ダム建設をした場合では2ヶ月以上(73日間)も濁りが継続することになる。

3)ダム建設後の水温の変化

「川辺川ダム事業における環境保全への取り組み」のp4.2-56(図4.2.3.4-3)に示されている選択取水設備と清水バイパスの運用方法をみると、河川からの流入濁度が25度以上のときは、清水バイパスは使わず、ダム内の最も濁度の高い層から放流することとなっており、水温に関する規定が一切含まれていない。「川辺川ダム事業における環境保全への取り組み」の資4.2-6の「水質予測モデルの検証計算結果(水温鉛直分布)」を見ても明らかなように、夏季には水温成層が形成されるため、ダムサイト付近では表層が20℃以上、底層が10℃前後と温度差が10度以上もある。河川から流入した懸濁物質はダムサイトに近づくに従って底層へと沈降して行く。従って、濁度の高い層が底層付近に形成されている場合は、底層水の放流により、河川水温が10度近く低下する可能性があり、下流域に生息する魚類等に与える影響が強く示唆される。

 

3.まとめ

上記のように、川辺川ダム建設に伴う水質保全措置は時期によっては全く機能しないことが明らかである。6~7月にはダムから放水される水質は比較的良好に保たれるものの、3~5月と9月には濁り継続日数が増加する傾向から、本水質保全措置は、清水バイパスによる迂回排出に強く依存しており、この機能は6~8月の豊水流量時期で清水バイパスでの排水流量を十分に確保できる時期のみしか効果が発揮されないことが考えられる。「川辺川ダム事業における環境保全への取り組み」の資4.2-1にも述べられているように、アユの漁獲量に関しては、自然濁水の長期化で懸濁物質濃度5mg/Lで影響が出ると報告されている。従って、国土交通省のシミュレーション結果から考えても、下流河川のアユ漁獲量に大きな影響を与える可能性が十分に考えられる。特に、ダム建設に伴う濁り継続日数の長期化は、3~5月のアユの遡上と成長のために重要な時期であるため、その影響が懸念される。

また、濁水流入に伴うダム底層水の放水は、下流河川水温の著しい低下を引き起こすことが予測されるが、現在計画されている選択取水と清水バイパスの運用方法ではこれらの影響を避けられない。「川辺川ダム事業における環境保全への取り組み」の資4.2-3によると、前歴水温よりも4~5℃水温が低下すると、アユの忌避行動が見られ、漁業やアユ釣りに大きな影響を与えると述べられている。また、アユの生育可能な水温は13~30℃であるため、それ以下の水温のダム底層水が放水された場合には、アユの生育阻害も起こることが十分に考えられる。

以上のように、球磨川水系の重要な漁業・観光資源であるアユの生息環境と照らし合わすと、国土交通省のシミュレーション結果・清水バイパス等の運用方法から考えても現在計画されている川辺川ダム建設に伴う水質保全措置では不充分であり、現況よりも水質は悪化し河川生物へも大きな影響を与えることが明らかである。球磨川漁協総会における投票結果も、この様な川漁師さん達の疑問・懸念が全く解消されないことがその背景にあると言える。国土交通省はアユへの影響は補償さえすれば良いという考えから、県民・国民に対する説明責任を怠ってきたといわざるを得ない。国土交通省は、この様な状況の中で、漁業権の強制収容という強権的な手法はあきらめ、ダムの必要性を根本的に見直すべきである。

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