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「干拓による直接的な消失だけでなく、潮汐の減少によっても有明海の干潟が大幅に減少」

2001.04.24
要望・声明

第4回有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会の議論に対する見解書を提出


平成13年4月24日

農林水産大臣
谷津義男殿

有明海ノリ不作等対策関係
調査検討委員会委員長
清水 誠殿

(財)日本自然保護協会
理事長 田畑 貞寿

第4回有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会の議論に対する見解書

当協会は、諫早湾干拓事業および有明海環境悪化の問題について、独自の調査結果に基づき平成13年3月26日に農林水産大臣、環境大臣、有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会委員長宛に意見書ならびに諫早湾調査中間報告書を提出し、諫早湾潮受堤防内外の底質悪化の現状について報告、この底質の回復のためには潮受堤防排水門の常時開放による諫早干潟の再生が必要であることを述べました。

第1回から第3回の有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会では、具体的な調査の方法や有明海再生に向けての方針が必ずしも十分に議論できたとは言えません。しかし、有明海異変にいたる原因仮説を多くの要因を挙げて設定したことや、排水門開放による調査が諌早干潟の機能の回復状況を調べることが目的であると位置付けられるなど、有明海の環境回復に関わる多くの提言が行われたことについては大いに評価できます。

しかし、4月14日に行われた第4回有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会で、上記の委員会提言を十分踏まえない議論が行われたことは甚だ遺憾であります。具体的には、諌早干潟の機能の回復状況を調べるために必要である中央干拓地西工区を含む諫早湾干拓事業の凍結が委員会の提言として取り上げられなかったこと、干潟浄化機能の回復のための代替案として、人工干潟の造成や覆砂など失われた干潟の代用には到底成り得ない瑣末な提案がなされたことなどが挙げられます。

また、農村振興局の環境モニタリング調査および西海区水産研究所が示した調査計画は現状把握のための調査にとどまり、第3回委員会で提言された原因仮説を検証できる計画とはなっていません。さらに、農村振興局による「排水門を開けて調査することについて」は、先の委員会提言で述べられている諫早湾干潟の機能の回復が前提とされていません。

以上の点だけでも第4回委員会は、有明海の環境回復に関して、何ら前進が見られず、むしろ第3回委員会に比べて後退したと言わざるをえません。

なおこの間、当協会では宇野木早苗氏(元東海大学教授、元理化学研究所主任研究員)に、諫早湾干拓事業が有明海の潮汐運動および干潟の消失に与えた影響に関しての解析を依頼し、別添の報告書「有明海の豊かな海はどうして悪化したか」をまとめて頂きました。

報告書の内容は、以下のように要約できます。

1)諫早湾干拓事業の影響により、有明海の顕著な潮汐の減少が見られる。
2)諫早湾干拓事業による直接的な干潟の消失だけでなく、潮汐の減少により間接的にも有明海の干潟が減少している。
3)環境モニタリングの結果からも諫早湾を中心とした地域で明らかな潮流の変化が見られている。
4)筑後大堰建設の影響などにより河川流量が減少し、有明海の環境を悪化させている可能性がある。

当協会は、第4回有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会の議論に対して、宇野木氏の報告書を踏まえ、以下の通り、農林水産大臣ならびに有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会委員長に宛て、諫早干潟および有明海の回復に関する意見を申し述べます。

農林水産大臣は、
1. 諫早湾干拓事業は、諫早湾内だけでなく有明海全体の環境悪化の原因となっている可能性が高い。したがって、今後の現状把握調査によって排水門の開放方法が決まるまでの間、調整池水質に影響すると考えられる前面堤防の工事だけでなく、中央干拓地西工区を含め諫早湾干拓事業に係る全ての工事を凍結すべきである。

宇野木氏の報告書の通り、諫早湾干拓事業は諫早干潟の消失のみならず、有明海の面積変化に伴う潮汐の減少により、有明海全体の干潟面積を間接的に減少させたと考えられる。諫早干潟と間接的に減少した干潟の総面積は、潮受堤防締めきり以前の干潟面積の約2割近いと推定される。干潟の浄化能力を考慮すれば、膨大な干潟を失ったことが現在の有明海環境悪化の一要因であることは明確である。したがって有明海の環境回復のためには、まず潮受堤防排水門の常時開放により有明海全体の潮汐運動の回復を図ること、そして消失した干潟を少しでも再生することが急務である。しかし、第4回委員会で農村振興局は、工事凍結は前面堤防のみであり、中央干拓地西工区の農地化事業は従来通り遂行する意向を示している。消失した諫早干潟の再生を図るためには、西工区を含めた全ての諫早湾干拓事業を凍結すべきである。

2.排水門開放による調査は、干潟・浅海域の機能回復を調べることが目的である。したがって、排水門開放は一時的なものではなく、調整池内の潮汐運動の回復が可能な長期的な開門方法を検討すべきである。

第3回委員会の提言「諫早湾潮受堤防の排水門を開門した調査に関わる見解について」では、水門開放による調査の目的について「海水・潮汐の導入を図り調整池側の水域が現在失っている諫早湾干潟・浅海域としての機能を回復する事は、周辺海域の水質や生態系を改善する方向へ寄与するはずであり、この効果を評価するためには、排水門を開門することにより、どの程度の速さでどの程度まで機能が回復するかを調査する必要がある」と述べている。また、「短期的調査では、調整池外側に対して、調整池内から水質の悪化した水が流入するという負の影響のみが生じる・・・・中期間的調査により、海底地形、底質、底生生物等の生息量、水質など、生物化学的環境の変化が把握可能である」と述べている。

しかし、第4回委員会において農村振興局が提示した「排水門を開けて調査することについて」は、極端な事例を並べ、中長期的に水門開放が出来ない理由を説明するばかりで、諫早湾干潟・浅海域の機能の回復の具体策を何ら示していない。一例を挙げれば、堤防内外の水位差や水門開度による流速の変化や調整池内水位など、検討が不十分な項目が多くあるにもかかわらず、護床工やゲート構造の改善など、莫大な費用と期間がかかることを強調し、中期的な開門調査は実施困難と結論付けている。農村振興局は、既存堤防の修復も含めて調整池内の潮汐運動を回復できる長期的な開門方式を検討すべきである。

有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会は、

1.有明海環境回復に係る調査は、現状把握に重点を置くだけでなく、重大な影響を与える可能性の高い要因全てに原因仮説を設定し、解析を進めるべきである。

第3回委員会の報告にあるように、現在の有明海環境悪化に関係する要因はきわめて複合的であり、ある一つの要因の対策で解決する問題ではない。しかしながら第4回委員会で検討された調査計画は、現状把握のための定点調査に重点が置かれ、委員会提言で述べられた「有明海異変にいたる原因仮説」を一つ一つ検証する調査計画にはなっていない。委員会は多くの原因仮説の提言を行っているものの、その検証方法について明確な調査・解析方法を示していないことが問題である。委員会は早急に原因仮説に対する具体的な研究テーマおよびその調査計画について検討を行うべきである。

現時点で影響を及ぼしている可能性が高い要因とその検証のための課題を挙げると、

1)諫早干潟を含む近年の干潟面積の減少と有明海の富栄養化の関係。
2)諫早湾潮受堤防による締め切りと諫早湾内の富栄養化のメカニズムの解明。
3)諫早湾湾口付近の潮流減少と貧酸素水塊、赤潮発生のメカニズムの解明。
4)筑後大堰建設に伴う河川流入量の減少が有明海沿岸の鉛直循環流に及ぼした影響。
5)有明海全域での採砂や諫早湾干拓事業、熊本新港の建設、三池炭坑跡の陥没、雲仙普賢岳噴火の土石流の影響による海底地形や海面面積の変化と有明海潮汐運動の関係。

などが緊急に調査・解明すべきテーマとして挙げられる。

上記の点は、既に東京湾、三河湾などの研究により明らかとされている科学的事実から提案されている影響モデルを基にしている。また、河口堰の影響に関するモニタリング調査からは、原因仮説を設定しない調査は現状把握には役立っても、環境回復対策の確立につながらない点が問題とされている(文献、「河口堰の生態系への影響と河口域の保全」)。

委員会は、有明海異変が予断を許さない状況であることを再認識し、現段階で有明海の環境悪化に影響を与えていると考えられる全ての要因について、現状把握の調査と平行して、その影響の解析を行うよう調査関係省庁を強く指導すべきである。

2.諫早湾干拓事業は諫早干潟の消失だけにとどまらず、有明海全体の干潟面積を直接・間接的に減少させている可能性があるため、委員会は水門開放による潮汐の回復、干潟の回復による有明海の再生に関して早急な調査・検討を行うべきである。

宇野木氏の報告書によれば、過去十年の間に干満差(M2分潮振幅)の急激な減少が起こっている。この事に起因し潮間帯は減少するため、更に1,000ha 以上の有明海の干潟が減少したと考えられる。これに諫早干潟2,900haの消失を加えると、1989年当時の有明海の干潟20,700ha(環境省、 1994)のうち2割程度が消失した計算となる。干潟の浄化能力を考慮すれば、有明海の富栄養化に与えた影響は甚大な物であったことが容易に推測される。

したがって委員会では、近年に消失した有明海全体の干潟の重大性を認識し、早急な原因究明と対策の検討を行うべきである。

また、第4回委員会で一部の委員から出された、人工干潟の造成や覆砂は、これまでの人工干潟における底生生物調査の結果、その浄化機能の効果が疑問視されている(文献:「人工干潟」実態調査委員会報告書)。それだけでなく、直接的な環境攪乱や海面面積の減少に伴う有明海全体の潮汐運動に対する影響など、更なる環境悪化を引きおこす可能性があるため慎重に議論をするべきである。今後の解析・検討においては、第3回委員会での委員長のまとめにあるように、「原因が科学的に100%解明されるまで待つのではなく、予防原則ないし(環境に)リスクの低い方向」で水門開放による潮汐の回復、干潟の回復による有明海の再生を検討すべきである。

(文献)

  • 宇野木早苗:有明海の豊かな海はどうして悪化したか-諫早湾干拓事業を中心に物理的観点から-、2001年4月
  • (財)日本自然保護協会保護委員会河口堰問題小委員会:河口堰の生態系への影響と河口域の保全、2000年7月
  • 「人工干潟」実態調査委員会:五日市人工干潟底生生物調査、1998年6月
  • 「人工干潟」実態調査委員会:葛西人工海浜底生生物調査-葛西海浜公園・東なぎさ-、1998年6月
  • 「人工干潟」実態調査委員会:大阪南港人工干潟底生生物調査-南港野鳥園、西池、北池-、1998年7月

「第4回有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会の議論に対する見解書」に関する追加説明

(財)日本自然保護協会

4月24日に提出した見解書と報告書で、諫早湾干拓事業着工前の有明海全体の干潟面積として27,000haと20,700haの二つの値を混在させたため、潮汐の減少に伴う干潟消失面積や近年における干潟消失割合の計算について混乱が生じました。これについて追加説明および訂正をいたします。

意見書の中で、「過去十年間に消失した干潟の面積が2割程度」という記述をしておりますが、有明海全体の干潟面積および潮受堤防締めきりにより消失した干潟面積については、多くの値が混在して使われています。

例えば、九州農政局「諫早湾干拓事業計画(一部変更)に係る環境影響評価書(1991)」では、諫早湾干拓事業以前の有明海全体の干潟面積を27,000haと述べているのに対し、環境省の「第4回自然環境保全基礎調査 海洋生物環境調査報告書 第1巻干潟(1994)」では、有明海の干潟面積は20,713ha(1989年調査)と示されています。また、諫早湾干拓事業による干潟の消失面積は、農水省の環境影響評価書では2,900ha、環境省(1994)では1,550haと記述されています。これら以外にも多くの文献が存在しますが、有明海全体の干潟面積と諫早干潟の面積は、文献によって値が異なっています。情報を整理し、農水省(1991)および環境省(1994)について干潟消失面積を再計算したところ、以下の表の値が得られました。

有明海全体の干潟面積(A) 諫早湾干拓事業による消失面積(B) 大潮差の減少による消失面積(C) 合計消失面積(B+C)
農水省(1991) 27,030 2,900 1,080 3,980
環境省(1994) 20,713 1,550 828 2,378

*単位は全てha



「有明海の豊かな海はどうして悪化したか-諫早湾干拓事業を中心に物理的観点から-」

(要約)
宇野木早苗

  1. 大浦検潮所における大潮差の経年変化では近年潮汐が減少している傾向が認められる。潮汐の調和分析の方法で求めたM2分潮(主太陰半日周潮)の振幅を調べたところ、諫早湾干拓事業が開始された1988年ごろから減少を始め、現在は初期より6cm程度(大潮差にして17.2cm)、すなわち1988年以前の振幅の4%程度小さくなっている。この減少は事業の進捗に平行して変化していることから、諌早湾干拓事業によるものと判断される。
  2. 潮汐の減少に伴う干潟の喪失面積は、干潟の全面積に潮汐の減少率を掛けたものであると考えられる。環境影響報告書によれば、有明海の干潟面積は27,000haとあるので、これに0.04(大潮差減少分の4%)を掛けると、干潟の喪失面積は1,080haとなる。海洋環境に対する干潟の役割の重要性を考えたとき、堤防締切による諌早湾の広大な干潟の喪失と、潮汐減少に伴なう有明海全域での大きな干潟喪失が、有明海全体の環境を著しく悪化させていることは十分理解できる。
  3. M2分潮振幅の経年変化によると、その減少開始が諫早湾干拓事業の着工時期と一致していることから、諫早湾干拓事業による有明海海面の減少が原因である可能性が極めて高い。しかしこれを表現するとなると、陸上を海水が進行しなければならない干潟が広大に広がった有明海の場合には高度な技術が必要であり、その再現は容易でないことを留意する必要がある。よって今後のシュミレーション解析については、1)M2分潮の振幅4%減少が再現できているか、2)干潟付近の潮流が実測データと比較し再現できているか、をシュミレーションの信頼性を示す基準として示す必要がある。
  4. 潮受堤防締めきり後、堤防のすぐ前面の潮流は100%近く減少し、堤防から遠くなると潮流の減少の程度は小さくなる。しかし、諌早湾の湾口を結ぶ地点でも11%から33%も潮流が減少しており、第16回諫早湾干拓地域環境調査委員会資料中に述べられている「諌早湾の湾口付近においては、流速の変化はわずかである」との結論は明らかに誤りである。
  5. 筑後川の取水は有明海の環境に悪影響を与えている可能性が強い。筑後川大堰より下流のNo.1測点における塩分の経年変化を算出したところ、1980年の始めには淡水が90%を占めていたが、1990年には64%と1/3も淡水が減っている。これは河口堰から海へ流れてくる河川水量が減少していることを推測させる。

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