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特集「生物多様性への道のり」その9 コラム(レッドデータブック)

2001.04.01
解説

草食動物の存在も含めて見直しを


菅沼孝之さん.jpg植物のレッドデータ・ブックは、全国版では絶滅のおそれがある種のリストとして公刊された。一方、植物の種の保護は、植物群落の一員として生活している植物であるから、植物群落を維持していく基盤をもひっくるめて保全を考えなければならない。最近、各府県では争うようにして「絶滅を危惧される動植物」に関する書物を刊行してきた。開発側にもよくわかるようなカラー写真やイラスト入りが多く、こうした書物を作っていない県を挙げるほうが早いくらいである。

府県を越えた地域での刊行物としては、三重県を含む近畿地方で編纂された『近畿地方の保護上重要な植物―レッドデータブック近畿―』があるが、内容に「保護上重要な植物の生育環境」という章を設け、府県ごとに「生育環境別の問題点と保全上の課題」がとりあげられている。かなり充実した内容であるが、種を守ろうとするとこれでも物足りない感じが強い。

そこで「植物群落レッドデータ・ブック」が浮上する。植物群落を維持していく基盤をもひっくるめた保全を図らないと、「絶滅を危惧される植物」は保全されない。ただ、絶滅を危惧される植物が滅失しても、その植物を包含している植物群落に大きく影響することがない場合も多い。

吉野熊野国立公園の一角、大台ケ原地区にニホンジカが異常に殖え、トウヒやウラジロモミ、ハリモミなどの樹皮を剥ぐことによって、分布の南限となるトウヒ林に壊滅的な打撃を与えている。剥ぐだけではなく、食べているので、気まぐれで樹皮を剥いでいるのとは違うし、針葉樹だけではなく、剥ぎやすい樹皮をもった被子植物もその対象としている。環状に剥皮されるとその木は枯死する。

大台ケ原トウヒ.jpg

 

 

 

 

 

▲大台ヶ原のトウヒ林での調査のようす
 
低木であると葉を食べて、次に展開しようとする葉も食べて、枝を枯死に追い込む。ハギ類、アオキ、レンゲツツジ、ハリブク、オオヤマレンゲなどで、いやというほど見せつけられた。草本ではシカに有毒なものでない限り(人に有毒でも、シカは平気と言う種類もある)、また、シバやミヤコザサのように再生力が強くないと、いつのまにか消え失せる。広義の絶滅危惧植物であるニシノヤマタイミンガサ、ヤマシャクヤク、シモツケソウ、クルマユリなども風前の灯火である。

同じ国立公園のなかで、大台ケ原山から西へ谷一つ隔てた大峯山脈には、オオヤマレンゲが密生していたが、増えたシカによって食害を受け、シカの口が届かない樹高がある株のみ助かった。生存株を中心にして防鹿柵を設置し、柵の中だけも助かるようにしたところ、食い残されたサンカヨウなどが大きく育ってびっくりしたものである。

こうなると草食動物を念頭に置いた絶滅を危惧される植物・植物群落を見直す必要があるのではなかろうか。今そういうことを考えながら、山野を歩いている。

菅沼 孝之(すがぬまたかゆき・元奈良女子大学教授、日本自然保護協会評議員)

 

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