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諫早湾潮受堤防内外の底質・水質の現状(中間報告)

2001.03.26
活動報告

(はじめに)

諫早湾が潮受け堤防により締め切られてから4年近くが経つ。昨年末からの有明海北部を中心とした海苔不作問題により、かつて諫早湾にあった泥干潟が有明海中の有機物の分解や窒素の系外排出(脱窒作用)、リンの吸着など、水を浄化する大きな役割を担っていたのではないかと推測されている。諫早湾干拓地域環境調査委員会が毎年まとめている「環境モニタリング結果」によると、潮受堤防により遮断され淡水化された調整池では、窒素やリン量の増加と共に植物プランクトンの増加が観測されている(参考資料A)。また、水質汚濁指標であるCOD,TP,TNは環境基準値を常に上回っており(参考資料B,C,D)、底泥のCOD,TP,TNも潮受堤防締めきり後、増加する傾向が見られている(参考資料F,G,H)。

一方、潮受堤防外の海水域では海水中の COD,TP,TNに増加する傾向が見られないことから、現在問題となっている漁業被害と諫早湾干拓事業の間の因果関係は証明できないとの解釈がされている。確かにこれらの物質の海水中での増加は観察されていないが、底質の調査結果を見る限り、潮受堤防付近で、底泥のCOD,TP,TNは締め切り後、局所的に増加している(参考資料B,C,D)。一方で、海水中の懸濁物質濃度(SS)は締め切り後、減少する傾向が見られる(参考資料E)。これは、潮受堤防が建設されたことにより、諫早湾内の潮汐運動が低下したことが原因で、調整池から排出される有機汚濁物質が拡散せず、逆に諫早湾内で沈殿しやすい状況を作り出している結果であると解釈出来る。よって、水質では顕著な差が現れていないが、底泥に調整池内の有機物やリン、窒素が増加している状況であると考えられる。

以上の点を踏まえ、2001年3月9~11日に日本自然保護協会が行った調査では、第一に、諫早湾内における底泥堆積状況と有機汚濁の現状を調べることを目的とし、GPS搭載水深計測装置を用いて調査を行った。また、底泥の厚さを測定したライン上数点で採泥を行い、堆積している底泥の各種有機汚濁指標(COD,TP,TNなど)の分析を行った。第二に、調整池から排出される有機汚濁物質が海域底泥に与える影響を評価するため、排水門から排出される調整池水の潮受堤防外での空間分布を調べた。なお現在の段階では全ての分析や解析が終わっていないことから、今回の中間報告では、これまでに得られたデータの一部を報告する。

(調査方法)

1.底質
底泥堆積状況と有機汚濁化の現状の分布を広範囲で調べるため、水面から200kHz、50kHzの音波を底質に当て、それらの反射水深の違いにより底泥堆積物の厚さを測定するGPS搭載水深計測装置(CTIサイエンスシステム)を用いて調査を行った。200kHzの音波は底泥表層で反射し、50kHzの音波は砂質の層で反射される。よって底質にシルトや微細な粘土粒子などの軟泥が堆積している場合、その厚さを計測することができる。

底泥堆積物厚の測定は調整池内で1ライン(堤防から500m)、潮受堤防外の海域では5ライン(250m、1,3,5,7km)で行った(図1A)。また、GPS搭載水深計測装置により底泥厚を測定したライン上の3地点においてエクマン・バージ採泥器により表層堆積物を採取し、有機炭素含量、強熱減量、全リン含量、全窒素含量、硫化物含量の測定を行った。本報告書では、有機炭素含量と強熱減量、全リン含量のデータのみを示した。

2.水質
調整池から排出される有機汚濁物質が海域底泥に与える影響を評価するため、図1Bに示した諫早湾内11地点でDO, 塩分濃度, 水温, pH, 濁度測定を行った。また、それぞれの定点において2~3水深から採水をし、Chl.a, DIP, DIN, POP, CHNの測定を行った。本報告書では、3/11 6:30~8:00に行った潮受堤防の北部排水門から湾口中央部にかけての4地点(約20m, 200m, 500m, 1.5km)での調査結果を基に、調整池から排出される淡水の空間分布を示した。また、北部排水門から200m付近に多項目水質計と流測計を設置し、2日間連続測定を行った。これらの調査結果から、調整池から排出される物質の海域での拡散状況を解析した。

(結果)

1.底質
1)底泥厚の音響測定
図2~3にGPS搭載水深計測装置での測定結果を示した。グラフ中の線は200kHz、50kHzの音波の反射深度を示しているので、この差が堆積している軟泥の厚さとなる。矢印は、採泥を行った地点を示している。

調整池(堤防から約500m)の北部排水門付近では200kHzと50kHzの反射深度に顕著な差は見られなかったことから、軟泥の堆積量は少ないと考えられた。しかし中央部から南部排水門付近にかけ20~60cmの反射深度の差が見られ、特に中央部でその差が大きかった(図2A)。潮受堤防外の約 250mの地点(図2B)の北部排水門周辺では、軟泥の堆積は見られなかった。しかし、32°53’30″N, 130°09’40″E以南では概ね50cm以上の軟泥堆積が観測され、特に中心付近に見られる窪地(32°52’36″N, 130°10’24″E付近)では1m近くの堆積が見られた。

潮受堤防外の底質の傾向として、諫早湾南側では堤防付近(250m~1km)での反射深度の差が大きく、湾口に近づくに小さくなる傾向が見られた。北側では、堤防付近および湾口付近での軟泥の堆積は小さい(図2B)が、1~3km付近で最も大きく50~100cm以上の堆積が観測された。中央部では、 200mと5kmで堆積した軟泥の厚さが50cm以上と大きかった。7km地点(図3F)では潮受堤防建設時に行った採砂による地形変化が見られた。図4 に採砂跡地の底泥堆積物の測定結果を示したが、窪地での軟泥の堆積は確認されなかった。

2)底泥分析
調整池と潮受堤防外(250m, 1km, 3km, 5km, 7km)計18地点で採泥した底泥の有機炭素量と強熱減量、全リン含量を図5に示した。調整池の有機炭素含量は平均15mg C/gであるのに対し、潮受堤防外250m地点では25 mg C/gと高い値を示した。強熱減量も、有機炭素含量と同様に、調整池よりも潮受堤防外(250m~1km)が最も高く、さらに湾口に向かって減少する傾向がみれらた。

一方、全リン含量は、調整池内の底泥が最も高く潮受堤防から離れるに従い減少する傾向が見られた(図5C)

2.水質
北部排水門200m付近に設置した多項目水質計の連続測定結果を図6に示した。調査期間中水門からの排水は2回あり、いずれも夜~早朝の干潮時であった。塩分濃度は淡水と海水がどのぐらい混ざっているかの指標となるため、調整池から淡水が排出されると塩分濃度の急激な低下が見られる(図6A)。

調整池内の淡水は海水と比べ水温が低かったと考えられる。そのため、調整池内の水が排出されている間、水温の低下が観測された(図6B)。また、調整池から排出された水は懸濁物が非常に多いため、濁度が急激に上昇する。

図7に3/11 6:30~8:00に調査を行った、北部排水門前から沖合1.5kmにかけての塩分濃度(%)と濁度の分布を示した。調査当日は排水が4:30~5:30 の間に行われていたため(図6)、調査時点では排水後から1~3時間が経過していたことになる。塩分濃度(図7A)をみると、北水門から200m付近、水深0mを中心に塩分濃度が非常に低い(<1.5%)水塊が存在していることが分かる。淡水は海水と比べ比重が軽いため、北部排水門から排出された淡水は、海水表層に浮き上がり拡散していく。この様な低塩分濃度の水塊は、3/10(10:30~12:00)の調査ではb6(北水門から3km)、 b5(3km), a7(4.5km)地点でも観測された。3/10は3:24が干潮で10:00が満潮であったことから、干潮時に排出された淡水はその後の満潮時でも完全には混ざらず、潮受堤防から沖に向かって広がっていったと考えられる。

図7Bの濁度では、北部排水門から200m付近、水深0mを中心に、高い値を示していることが分かる。図8Aに濁度と塩分濃度の関係を示した。塩分濃度が上昇するに従い濁度が低下する負の相関関係が見られた(Spearman順位相関係数, n=34, r=-0.82, P<0.01)。諫早湾中央付近での濁度は概ね0~5度程度であることから、調整池から排出される淡水には、少なくとも海水の40倍以上の懸濁物質が含まれていることがわかった。また濁度が最も高かった地点(北門から200m、水深0m)のクロロフィルa濃度は6.2μg/Lと比較的低い値であったことから、濁度として測定されている懸濁物は調整池内で増殖した植物プランクトンではなく、おそらく舞いあげられた堆積物(泥)だと考えられる。

図8Bに塩分濃度とリン濃度の関係を示した。水中のリンは分析上、溶存態無機リンと懸濁態リンの2つに分けられる。前者の溶存態無機リンは植物プランクトンが直接増殖に利用できるリンである。後者の懸濁態リンは、植物プランクトンが含んでいるリンと生物的(バクテリアの分解など)・化学的(底泥の嫌気化によるリンの回帰)作用の後、利用可能となるリンの2種類で構成されている。リン濃度は、濁度と同様に、塩分濃度との間に負の相関関係が見られた(Spearman順位相関係数,懸濁態リン: n=8, r=-0.87, P<0.05、溶存態無機リン:n=8, r=-0.86, P<0.05)。つまり、調整池排水中のリン濃度が高く、海水に希釈されるにしたがってそのリン濃度が低下する傾向を示した。北部排水門から排出される淡水中にはリンが非常におおく含まれており、このうち3~4割が植物プランクトンが直ちに利用できる溶存態無機リンであった。これは、調整池内から排出された水が海に流れ込むことにより、潮受堤防外の海洋性植物プランクトンの増殖を促進する可能性を示唆している。

(考察)

これまで諫早湾干拓事業によって調整池内が富栄養化し、調整池水や底泥の有機汚濁が進み、これらが排水時に潮受堤防外の海域に排出され、諫早湾を含めた有明海域に悪影響を与えていると考えられていた。調整池内底質の堆積物や汚濁物質の増加は幾つかの研究グループにより報告されている。また、農村振興局の環境モニタリング結果からもその傾向は認められる(参考資料)。

今回行ったGPS搭載水深計測装置を用いた広範囲の底質調査では、堆積している軟泥の厚さは調整池内よりも潮受堤防付近の海域の方が大きい傾向が見られた。堆積物表層の有機炭素含量と強熱減量も、調整池と比べ潮受堤防付近の海域(堤防から250m~1km)の方が高かった。また、本中間報告では硫化物含量のデータを示すことが出来なかったが、潮受堤防外の底泥は表層1~2cm以深では黒色で異臭がしたため、底泥中は嫌気化しており多量の硫化物が含まれている事が推測される。つまり、底泥堆積物の厚さや有機物含量から評価すると、潮受堤防外の海域は、既に、調整池と同じ程度、底泥の汚濁がおきていると考えられる。

なぜ、調整池内よりも潮受堤防外の方が堆積物の量が多いかという点について考えられる理由は以下の2つがある。

第一に、調整池内の堆積物は恒常的に潮受堤防外海域へ排出されていることが考えられる。調整池内は水深が浅いため常に底泥が強く撹拌され、結果として排水中に多く含まれていると考えられる。GPS搭載水深計測装置での測定結果では、北部排水門付近では、潮受堤防内外ともに軟泥の堆積量が少なかった(図 2A, B)。これは、排水門付近では排水の流速が早いことから、堆積物がたまりにくい状況にあると解釈できる。逆に、流速が遅くなる潮受堤防沖合(または堤防中央部)付近で、水中の泥が沈殿し堆積物量が増えている傾向も見られている。以上のように調整池内の堆積物が恒常的に海域に排出されている状態にあるとすれば、調整池内での軟泥堆積量より、堤防付近の堆積量が多かった理由が解釈できる。

潮受堤防付近の海域で堆積物が多かったもう一つの理由として、海域由来の有機物(諫早湾内で増殖した海洋性植物プランクトン)が潮受け堤防付近で堆積していることが考えられる。潮受堤防から250mの地点で採取した底泥を顕微鏡観察したところ、ほとんどのケイ藻遺骸がRhizosolenia spp.やSkeletonema costatum,Thalassiosira spp. などの沿岸性植物プランクトンであり、調整池由来と考えられる淡水性植物プランクトンは観察されなかった。これは、調整池から排出された、植物プランクトンが直接利用可能な栄養塩類(溶存態無機リンなど)を、諫早湾内で植物プランクトンが利用・増殖し、底泥へ沈殿している可能性を示唆する。また、堤防が出来たことによる潮流運動の変化により、湾外から運ばれた物質が堆積している可能性も考えられる。今後、堆積物の粒度組成やケイ藻遺骸組成等を詳細に調べることにより、潮受堤防外に堆積した物質の由来を明確にする予定である。

今回の調査の結果、軟泥の堆積量は調整池内よりも潮受堤防外の方が高いことが明らかとなった。この原因として、1)調整池内底泥の恒常的な排出と諫早湾内での堆積、2)無機栄養塩類の増加に伴う海洋性植物プランクトンの増殖と堆積、の2点が示唆された。現在、有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会において開門調査の是非やその具体的方法について議論されており、その中で、水門開放により調整池内の汚れた水と泥が流れ出し諫早湾内の漁場が荒れるという懸念がされている。しかし本調査の結果から、潮受堤防外の海域の底泥堆積や有機汚濁の現状は調整池内のそれと同レベルであり、底泥の堆積や有機汚濁という意味では水門開放による堤防外の海域の底質が更に悪化することはないと考えられる。今後の懸念としては、水門開放によって潮受堤防内外に既に堆積している底泥が舞い上がり、現在までに底泥中に蓄積した硫化水素などの還元性物質やリンなどの栄養塩類が海水中に放出され、一時的に水質の悪化(赤潮や青潮の発生)を引き起こす可能性が考えられる。しかし、底泥の舞い上げは底泥中への酸素の供給量を増加し有機物の分解を促進するため、長期的には諫早湾内の環境を改善すると考えられる。現在行われている水門開放の議論でも、調査という事にこだわらず、この様な長期的な諫早湾内の環境回復も視野に入れた議論を行うべきである。

今回の中間報告では、未だ十分な分析解析が済んでいない状況である。しかし、潮受堤防内外の底泥堆積状況や北部排水門から排出される淡水の拡散状況など、これまでの農水省環境モニタリング結果や緊急調査結果では明らかとされていない情報が得られたと考えている。3/27に行われる第三回有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会で行われる、今後の調査計画の検討や排水門開放に関する議論の資料となれば幸いである。

調査者:村上 哲生(名古屋女子大学)
小寺 浩二(法政大学)
程木 義邦(NACS-J)
吉田 正人(NACS-J)

 

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