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【特集】地球へつなぐ大実験「コリドー」(その4)水辺林コリドーの働きを発揮させる   パイロットフォレスト

2001.01.01
解説

会報『自然保護』No.453(2001年1/2月号)より転載

 


湿原域を積極的に管理

北海道は釧路駅から電車で約1時間の標茶(しべちゃ)駅から、さらに東に車で走るこ と約40分。北海道森林管理局帯広分局管轄の「パイロットフォレスト」にやってきた。 北海道特有のなだらかな丘陵の間に低層湿原が広がる。湿地は広大な植林地となっている丘陵部に入り組み、その湿地の中を別寒辺牛川(ベかんべうしがわ)の緩い流れが続いている。ここは、カラマツ林を中心に約1万ヘクタールという大面積が広がる造林地だ。

パイロットフォレストは、かつてあった自然林が長い間の山火事によって失われ、その原野に緑を再生しようと1956年から拡大造林が始まった場所だ。植林活動はエゾヤチネズミの食害やたび重なる山火事との闘いでもあった。

パイロットフォレスト1.jpg

一帯の自然環境や気候が安定して一定の木材生産が行われるまでになった現在、新たな目標に森林生態系の維持を掲げて、 網目状に流れる渓流と湿原域、さらにその周辺の水辺域を積極的に管理することになった。

厚岸湾へと流れる別寒辺牛川の上・中流域にあたる一帯は、水辺林のコリドー整備のモデルとなっている。水辺林は渓畔林・湿地林・湿地周囲林に区分され、水辺域としてさらに湿地が加わる。根釧西部森林管理署標茶パイロットフォレスト営林事務所所長の上村哲也さんの案内で、水辺がどんな様子なのか現場を歩いてみた。

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上村哲也さん.jpg▲上村所長。左手奥には、タンチョウの生息地としてラムサール条約の指定地になった湿原が広がっている。

雪をかぶった湿地の中にハンノキが点々と立っている。この湿地林は、人手を加えないで自然の推移に任せる「自然維持林」の区分になるという。実際のところ、湿地が人を寄せつけず放置同然にされてきたところだ。その大部分が、93年にタンチョウ生息地保護林に指定された。

湿地を囲むように続くのが湿地への緩衝帯の役割をもつ湿地周囲林で、ミズナラやエンジュ、ハルニレなどの自然林、あるいはトドマツや広葉樹が混じるカラマツとの混交林である。いずれも湿地の端から一定の幅を「水土保全林」にしており、在来の樹種を天然更新に任せたり、天然更新が難しい場合には人が更新の手助けをする「天然林施業」を行っている。

そこからつながる丘陵には経済林がどこまでも続く。こうした丘陵部の川の両岸には、渓畔林である自然林の広葉樹が幅広く確保されている。ここでの水辺整備の原則は、氾濫原全体を保全できる幅を確保すること。そのため川岸に約30メートル幅の林地を設定して河川生態系の保護を図っている。

 

水質浄化機能の重要さ

「パイロットフォレスト下流域に位置する別寒辺牛湿原は93年にラムサール条約の登録湿地になっており、特別天然記念物タンチョウの営巣地になっています。また、その一部では高層湿原も発見されて現在調査がすすんでいます。湿原の水質はここの生態系にとってますます重要な要素になっているのです。さらに、河口の厚岸湾はカキの養殖で知られるところで、流域の水質保全は沿岸域の漁業を支える意味からも大事なのです」。上村さんは、このように水辺林管理の重要性を強調する。

厚岸漁協では十数年前から別寒辺牛川の上流とその周辺に細々とながら植林を行ってきた。それが現在では「海をきれいにしよう」という運動の象徴として、町を挙げての活動に広がっている。

パイロットフォレスト水辺林整備計画.jpg▲パイロットフォレスト水辺林整備計画

黒い部分が水辺林。タンチョウの生息地になっている別寒辺牛湿原に流れ込む川は、「まるで毛細血管のよう」(上村所長)に入り組んでいる。なだらかな丘陵から集まってくる水は、湿原をうるおし、海へと流れていく。(『流域一貫-森と川と人のつながりを求めて』中村太士著、築地書館発行より)

流域の自然生態系に大きな影響を及ぼす河川とその水辺林の働き。その関係は、切っても切り離せない密接かつ重要な意味を持つ。日本の多くの河川では土地開発に伴う河川改修によって美しい河畔林の風景はめったに見られなくなった。しかし、生態系を守る観点から、水源域から上流、下流にいたる流域で水辺林をつなぐコリドー構想があってもいいだろう。それには、河川管理主体との連携が不可欠だ。身近で可能な場所から水辺林をつないでいきたい。

(島口まさの)


コラム

河畔林の河川の生態系への働き

森と海を結び、上流と下流をつなぐ河畔林のコリドーが注目されている。しかし、その働きについてはまだ、鳥類に関してごくわずか事例があるに過ぎない。そこで、水辺の生態系にとって重要な役割を果たすとされる河畔林が、具体的にどのような機能を持つのか、 北海道大学大学院農学研究科森林管理保全学講座、教授の中村太士さん(写真)に聞いた。

「まず、樹冠が閉じてトンネルのようになった河畔林では、水面がおおわれて太陽の光が遮断されます。そのため、山地上流の水温は低温に保たれ、水量が少なくなる夏期でも藻類の繁殖が抑えられます。これは、またサクラマスなどの冷水を好む溯河回遊魚の生息域としても欠かせない条件となっています。

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一方、このように冷涼な状態では水生植物による光合成がきわめて少ないので、外からのエネルギー供給に頼らなくてはなりません。その大部分が秋にもたらされる河畔の落ち葉なのです。落ち葉の分解速度は樹種によって異なり、河畔に多いハンノキやシナノキが最も分解されやすく3カ月程度、カエデやシラカンバが中程度で、ブナの葉では1年程度を要します。また、川に流れ込んだ倒流木は、魚類のかっこうの生息地になります」

さらに近年の研究の成果として、河畔林の水質を維持するためのフィルター機能が大きく取り挙げられている。 「河川水質の汚濁源になる窒素・リンや微細な土砂が、河畔林帯を30メートル程度流れ ることによって大幅に除去されることが報告されています。河畔林の中でも、湿地に生育する湿地林、およびスゲ、ヨシに代表される低層湿原はその水質浄化機能が注目されてます」。

(島口まさの)

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