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【特集】地球へつなぐ大実験「コリドー」( その2)東北の背骨を樹林帯でつなげる 奥羽山脈

2001.01.01
解説

会報『自然保護』No.453(2001年1/2月号)より転載


ブナ林をつなぎなおそう

「旧青森営林局は、世界遺産の白神山地をはじめ、クマゲラやイヌワシなど希少な鳥類も多く、自然保護事案が非常に多いのです。そのため、中央紙、地方紙の新聞記者に相当厳しく追求されるのが常でした。95年の春、恒例の記者会見を間近にし、『自然保護対策の目玉をつくれ』と命令されたのが奥羽山脈をつなぐコリドー(回廊)を考えるそもそものきっかけです」

当時計画課長だった中岡茂さんはこう語る。

「このとき、目に留まったのが岩手県内の複数の自然保護団体が提出されていた要望書でした。瀬川強さんたちが提唱していた『グリーンベルト』というのが、なかなか面白い案だと思いました」 グリーンベルトとは、東北の奥羽山脈や白神山地、北上山地、朝日山地などを結び、野生動物の移動経路、つまりコリドーをつくろうという提案だった。

中岡さんが局の管内図をあらためて眺めてみると、そこには奥羽山脈の尾根沿いに国有林が連綿と続いている。東北はなんといっても全国でも国有林が最も多いところだ。青森県の八甲田山から宮城県の蔵王山まで長さにして約400キロメートル。その主要な山塊である八甲田山、八幡平、岩手山、栗駒山、船形山、蔵王山などは国立公園の特別保護区や国有林の森林生態系保護地域注1に指定されている。中岡さんは「いける」と確信した。

中岡茂さん.jpg▲旧青森営林局で奥羽山脈樹林帯構想の推進役となった計画課長(当時)・中岡茂さん

ただ、東北の場合は現状でも広く森林が存在するため、コリドー整備の目的が野生動物の移動の確保というだけでは意味が薄いのではないか。それなら、野生植物であるブナ林に注目して人工林で分断されたまとまりを復活させる案はどうだろう。そして、ブナの自然林をコリドーとしてつなぐアイデアをつけ加えた。

こうして民の発想を官が引き上げるという形で、奥羽山脈の脊梁部400キロメートルを国有林で連続させる壮大な方針が誕生した。よいことは民官の別なく、みんなでやろうと中岡さんは思った。記者会見では好評で、なにより地元の人たちに歓迎された。

 

全国の営林局に広がる

「構想を練っているうちに、林野庁が率先してやるべき国有林の仕事だと思うようになりました。森林の環境保全への役割を望む世論にマッチするばかりか、国有林を分割民営化せよという解体論への反論になるとも考えました」。中岡さんは「構想の内容は林野庁がこれからすすむ方向と少しも違わなかった」というが、局内では反対する人たちと摩擦が起き、相当の覚悟が必要だったともいう。本庁は「あくまでも青森局独自で」と言って牽制してきた。

しかし、構想はもっと広がると中岡さんが予感したとおり、わずか2年半後の98年12月、新たに定められた国有林野の管理経営に関する基本計画の中に、「森林生態系保護地域を中心に他の保護林とのネットワークの形成を図るため、いわゆる「緑の回廊(コリドー)」 を設定し、野生動物の自由な移動の場として保護するなど、より広範で効果的な森林生態系の保護に努めるものとする」という一文が入った。現在は、林野庁からの通達により全国の森林管理局で、この「緑の回廊」の設定作業や準備がすすめられている最中である。

「奥羽山脈縦断自然樹林帯整備構想」の画期的な点は、該当する主要な山岳に新たに6ヶ所の保護林を設け、破格の大面積をコリドーの一部となるように設定したこと。新しく 森林生物遺伝資源保存林(八甲田山)注2植物群落保護林(八幡平、和賀岳、焼石岳、 船形山、蔵王山)注3を指定し、既設の2つの森林生態系保護地域(葛根田・玉川源流部、栗駒山・栃ヶ森周辺)に34,000ヘクタールが加わった。そして、これら8カ所の保護林を連結するのは平均1キロメートル幅の樹林帯で、これだけでも36,000ヘクタールを有する。8つの保護林とそこを結ぶ樹林帯の合計面積はなんと86,000ヘクタールにも及ぶ。

また、保護林以外の樹林帯(狭義のコリドー部分)については、その管理方針が全国版にはない部分にまで踏み込んで設定している。現在は木材用の経済林も含まれるが、伐採後は自然更新に任せて将来は天然林にするという方向づけを基本にしているほか、皆伐は行わないこと、林地外への転用の規制などが含まれている。

用語解説

注1【森林生態系保護地域】森林の生態系の保存、野生動植物の保護、生物遺伝資源の保存を目的とする保護林。
注2【森林生物遺伝資源保存林】森林生態系を構成する生物全般の遺伝資源の保存を目的とした保護林。
注3【植物群落保護林】希少な高山植物、学術上価値の高い樹木群などの保存を目的とした保護林。
(「平成11年度国有林野の管理経営に関する基本計画の実施状況」の冊子から)
いずれも林野庁長官通達によって設定する国有林の保護区域。

 

それは市民提案から始まった

構想の原案となった要望書を、瀬川さんら岩手県の森林保護にかかわるグループが連名で提出したのは89年、瀬川さんがグリーンベルト推進連絡協議会を発足させた年だ。当時は白神山地や知床などビッグネームの自然保護運動が盛り上がりを見せていたが、そうした特別で希少な森だけではなく、ごくふつうにある森を守らなくてはという思いから瀬川さんらが立ち上げたネットワークだ。

「要望書がすくい上げられ、樹林帯構想になったことはうれしいですね。でも、岩手県内では樹林帯を分断する山岳横断道路が、しかも税金の無駄遣いとしか思えないような工事が行われたり、東北6県の自然保護団体に呼びかけて結束したにもかかわらず計画の対象地が奥羽山脈の東半分の旧青森営林局管轄内に限られていたことなど、まだまだ注文はいっぱいあります」

瀬川強さん.jpg▲協議会事務局・瀬川強さん

瀬川さんはこの道路工事の無用さを訴えて県会議員や村会議員を現場に案内したり、また「中止になるまで工事現場で自然観察会を続けよう」と、これまでに5回を開催した。 そして2000年8月、公共事業の再評価制度で奥地産業開発道路建設はついに休止を宣言された。瀬川さんたちの地道な努力が実を結んだ瞬間だ。

せっかく東北地方をひとつにつなぐ樹林帯ができたのだから「一緒に緑のつながりを感じよう」と、瀬川さんら東北6県の自然保護団体は、樹林帯設定後の98年から毎年、一斉観察会の開催を行ってきた。奥羽山脈の新緑が最も美しい5月から6月にかけて、東北を縦断する樹林帯のあちこちで自然を愛するそれぞれの地域の人たちが森に集い親しんできた。

樹林帯構想では山脈の西半分を管轄する旧秋田営林局との足並みがそろわなかったが、99年には青森・秋田の両営林局が東北森林管理局に統合。今回、秋田・山形両県の回廊が設定されれば、東北森林管理局全体での緑の回廊面積は88,000ヘクタールに及ぶことになる。うれしいことに、98年10月の青森・岩手・秋田の3県の知事サミットでは、民有林 でも県境の脊梁地帯を中心に回廊でつなぐことが提唱された。

さらに、瀬川さんたちがグリーンベルトの一環としてつなげようと訴えていた奥羽山脈に平行する北上山地でも、奥羽山脈ほどの規模には達しないものの回廊でつなぐプランが検討されている。「生態系として重要な河畔林なども対象に含め、奥羽山脈という本流にたくさんの支流網をつないでいくことが大事です」と瀬川さんは話す。

グリーンベルト地帯.jpg▲グリーンベルト推進連絡協議会が提言した「グリーンベルト地帯」。インデックスページの林野庁による設定と見比べてほしい。

 

風景はアイデンティティ

中岡さんは現在、四国森林管理局の森林整備部長。 民有林が多い四国では地元の関心は高いものの、個々との調整に時間を要し、なかなかすすまないという。樹林帯構想がなぜ東北で成功したのか、その決め手が何であったか中岡さんに尋ねた。

まず国有林が占める割合が多いという森林状況を挙げ、次に「なにしろ現場から立ち上がってきた意見だったから」と答えた。現場を地域と言い換えてもいいだろう。地域に住むということは、朝に夕に周囲の山や川、樹木や草や風までも目でながめ呼吸して自らに取り込み、ともにあるということだ。

樹林帯観察会.jpg▲東北6県で一斉に行われている「樹林帯観察会」。写真は、2000年6月に開催されたカタクリの会主催の奥羽自然観察会。(撮影・櫻庭邦浩)

そうした自然のありようの中で人は自らのアイデンティティを育んでいく。奥羽山脈の青い連なりが培った土地の人たちの自然に対する誇り。これこそ、自然保護の原点かもしれない。

(島口まさの)


コラム

ブナの「保護樹帯」を伐らないで

「花巻のブナ原生林に守られる市民の会」の望月達也さんは、瀬川さんとともにグリーンベルトの要望書を送った岩手県の市民団体のひとりだ。「旧青森営林局の対応は穏やかで、自然保護団体には話のわかる営林局でした」と話す望月さんは、当時計画課長を務めた中岡さんとは今でも年賀状をやりとりする間柄だ。

「この構想はとても評価しています、ただこれが天然林のブナ林をおおっぴらに伐るための免罪符にされるとしたらたまらないことです」と続ける。

というのは、望月さんの暮らす花巻市はもちろん、東北各地でこの8~9年の間に、国有林の中のブナの「保護樹帯」が目立って伐採されるようになったからだ。この保護樹帯というのは、奥山の植林地で植えたスギやカラマツを風害から守る目的で、ブナなどの天然林を山肌に網目状に残しておくもので、山頂や尾根部分から渓畔林までをつなぐ約30メートル幅の帯になっている。

このブナの帯が、野生鳥獣にとっても、個体の交流や里山への渡りのルート、隠れ場、エサ場などとして、大きな役割を果たしているという。しかし、スギなどの人工林が植林から10年を経過すると、こうした保護樹帯は役目を終えたとして伐採してもかまわないことになっており、91年ごろから目立って伐られるようになったと望月さんは訴える。

望月達也さん.jpg▲白神山地でクマゲラのねぐらを調べる望月さん

保護樹帯.jpg▲今も続く保護樹帯の伐採。岩手県・岩泉県。(提供・望月達也)

「山肌に雪が降り積もる季節になると、成長の悪いスギやカラマツは雪に埋もれて白く見え、その反対に背の高い自然林は黒っぽく見えるのでよくわかります」。望月さんは、「田」という字にたとえ、空白の部分が植林地、黒い実線がブナ林だと説明する。伐採がすすんだ今は、黒い実線が点線になっている状態だという。大きな保護林ができる一方で、こんなところでブナ原生林が伐られている現実があることも忘れてはならない。

「世界遺産の白神山地では4ペアのクマゲラが発見されました。クマゲラは今や白神のマスコット的存在ですが、営巣が確認されているのはすべて遺産地域周辺の施業林なんです」。白神は沢以外の奥山の標高が1000メートルもある。望月さんは、クマゲラがすみかにするのは、じつは標高のそれほど高くないなだらかな山の樹齢を重ねたブナの木だと話す。動物にとっても住みやすい里山の保全もまた、これからの大事な課題である。

 (島口まさの)

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