特集「エイリアンスピーシーズ」その5 どうする、移入種
日本での「移入種問題」ガイドラインを考える
会報『自然保護』No.450(2000年10月号)より転載
移入種はなぜ問題なのか
移入種は、これまでは帰化動物・帰化植物と呼ばれてきた。しかし、こう呼ぶと誰にも分かりやすいが、生存をすでに認めた意味合いをもつこと、また、外国からばかりでなく国内で移入したものを表すときに相応しくないという理由から、現在では「移入種」という言葉が使われつつある(下欄参照)。それにしても、移入種はなぜこれほど問題なのだろう。
これに答えるためには、まず1995年の生物多様性条約会議で決議された生物多様性の問題をおさらいする必要がある。生物の多様性には、
- 種の多様性
- 生態系の多様性
- 遺伝子の多様性
という3つの段階があり、自然を保全するためには、それぞれを守っていかなければならないというものだ。
「種の多様性」とは、動物・植物など生物はさまざまな種で構成されているが、その数を今より減らすことなく、少なくとも現在の数を守っていくこと。ただし、種の多様さは、地理的条件など地球の歴史を背負ってつくられたのであって、単に数が多いという意味ではない。
「生態系の多様性」とは、砂漠や湿地・海辺・高山などさまざまな自然環境があるように、気候条件の違いなどによって動植物の組み合わせはそれぞれ異なっている。それらを自然のまとまりとして守っていくということ。
3つめの「遺伝子の多様性」とは、例えば動物の場合、どんどん数が減って少なくなると一家族とか二家族の均一な遺伝子になり、それがその種の崩壊につながるため、遺伝的な多様性を保持しようということ。
移入種は、それらの守られるべき種や生態系、遺伝子それぞれに重大な脅威をもたらし、生物の多様性を危機にさらすものなのである。
日本も批准している生物多様性条約第八条(h)には「生態系、生息地もしくは種を脅かす外来種(移入種)の導入を防止し、またはそのような外来種(移入種)を制御し、もしくは撲滅すること」とはっきりと記述されている。
KEYWORD~"移入動物"とは
ある生物が、本来生息していなかった地域へ、人間を介して意図的・非意図的に持ち込まれて野生化し、自然繁殖するに至った一群の動物。外国から持ち込まれたという意味から、帰化動物や外来種とも呼ばれた。また、外国に限らずある生態系に入り込んできたという意味から、侵入種という言い方もある。
次頁に紹介したIUCNガイドラインでは、「外来侵入種」(Alien invasive species)と外来種(Alien species)を使い分けている(邦訳は本誌上における仮訳)。ただし、用語の定義づけや使い分けは、専門家の中でも検討されている最中だ。今回本誌では、これらを包括する意味から、基本的には移入種(移入動物)という言葉を使用した。
移入動物の定着過程のイメージ(池田2000;宮下1978より改変)移入動物は、初めは潜伏していて、ある程度の数になったときに爆発的に増加を始め、増減を繰り返しながら、安定するや消滅するものがいる、と考えられている。それぞれの段階ごとに、在来種への影響は異なる。
移入種は環境を撹乱する
移入種のうち移入動物は、どんな問題を引き起こすのだろう。その要点は次の6つ。
- (1)農業被害など人間生活への直接的な被害
- (2)人獣共通感染症の伝播
- (3)近縁在来種との交雑による遺伝的侵食
- (4)競合による在来種の排除、置換
- (5)捕食による在来種の減少
- (6)環境の改変
それぞれをアライグマのケースで考えてみよう。
まず挙げられるのが (1)の食害による農業被害、牛舎や人家への侵入など。農業被害はタイワンリス、ミンク、マングースなどによっても起きている。
また(2)の狂犬病や回虫の媒介ともなる。人がアライグマ回虫に冒されると視覚障害を起こして死に至ることもある。
(3)の心配はアライグマにはないが、タイワンザルは下北半島にいるニホンザルと交雑する問題が出て以前から問題になっている。北海道でも、公園に放されたチョウセンシマリスが在来のエゾシマリスと交雑を始めているとみられるが、この場合両者の見分けがつかないことが状況をさらに複雑にしている。
(4)については、キタキツネやエゾタヌキとの競合がこれに当たる。
アライグマがアオサギのコロニーの消失を招いたり、マングースが奄美の希少動物を捕食するのは、まさしく(5)の問題だ。
(6)は、もとは家畜だったノヤギが問題になっている小笠原諸島の例が代表的。草木を食べ尽くして植生が変わったり、表土が流されたりする。流れ出した表土は海を汚染してダメージを与えている。
あるものはペットや家畜・天敵として、またあるものは毛皮養殖や観光のために、あるいは経路も分からないままに、じつに多くの動物が日本列島に侵入してきている。
哺乳類では、日本の在来陸生哺乳類105種に対し約40種の移入哺乳類が記録されている(日本哺乳類学会99年10月)。しかし、これまで行政的な対策はほとんど講じられてこなかった。
日本の対策づくりの考え方
今年開かれた第5回生物多様性会議では移入種に関する中間的な原則対策指針を含む決議が行われ、2002年の第6回会議では移入種問題が中心課題となる予定だ。IUCN(国際自然保護連合)の種の保存委員会でも、移入種問題専門家グループがつくられており、今年2月にガイドラインが発表された。
一方、日本では、今年8月、野生生物保護対策検討会に「移入種問題分科会」(通称「移入種検討会」)が発足し、検討が始まったばかりだ。環境庁自然保護局野生生物課の植田明浩さんによると、環境庁が行っている移入種政策は、移入種検討会による方針づくりの部分と、今年から始まった奄美でのマングースのモデル駆除事業との2本立てになっている。
「ひとくちに移入種と言っても、自然繁殖の初期段階なのか、それとも定着してしまったのか、農林水産業への被害は大きいのか小さいのか、生態系への影響はどうかといった条件がさまざまに異なります。どの移入種から手をつけるかという、対応の緊急度の評価が最も難しいでしょう」。
移入種検討会委員の一人であり、以前から日本向けの移入種対策ガイドラインが必要と訴えてきた北大の池田さん(前出)は、「現状で何が起きているのか、何が日本の特徴になっているのかをきちんと把握し、そこから問題を取り上げなければなりません。IUCNのガイドラインでは予想できないことが日本で起きていないかどうか。現状のモニタリングから問題対処へつなげるシステムづくりが重要」と考える。
また、「環境庁は日本で繁殖して野生生物となったときには管轄ですが、輸入の時は通産省、ペットとして飼われているときは総理府。ならば、逃げてウロウロしているときはどこが管轄するのか。これらをハッキリさせて、少なくとも多様性条約に関係する省庁がすべてかかわらなければガイドラインができても実効性は薄い」と指摘する。
野生動物がペットとして輸入される場合、ワシントン条約で禁止されている種以外は無規制に等しく、輸入頭数の記録さえ残らないのが現状だ。
しかし、2000年1月から狂犬病の検疫対象動物として、アライグマ、スカンク、キツネなどに60日間の検疫が義務づけられた。この期間にかかる費用はすべて業者負担、1匹でも病気感染していればすべて許可しないという厳しい内容のため、ペット業者にはリスクが大きい。
そのために事実上これらの動物が外国から入ってくることは激減するのではと期待される。こうした水際での法整備や、一般のペット飼育者への教育なども重要な対策だろう。
移入種検討会では、現状把握・問題構造分析を行った上で、来年には、日本の自然の現状と法規制に即したガイドラインの完成を目指している。
(島口まさの)
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