第3次海上の森・万博問題小委員会調査報告書(はじめに/要約)
『海上の森南地区博覧会場が自然環境に与える影響』
~NACS-J保護委員会/第3次海上の森・万博問題小委員会調査報告書~
■もくじ
・はじめに/要約
・地形地質からみた問題点
・吉田川流域の森林の重要性
・昆虫類にとっての南地区の重要性
・吉田川流域の鳥類に与える影響
・吉田川流域の動物に与える影響
・海上の森南地区の環境影響評価書を読む
■NACS-J保護委員会/第3次海上の森・万博問題小委員会委員
委員長 金森正臣 哺乳類 愛知教育大学教授
委員 小笠原昭夫 鳥類 愛知県自然環境保全審議会専門委員
八田耕吉 昆虫 名古屋女子大学教授
広木詔三 森林 名古屋大学教授
森山昭雄 地形地質 愛知教育大学教授
事務局 吉田正人 日本自然保護協会保護部長
はじめに
2000年4月4日、深谷通産大臣、神田愛知県知事、豊田博覧会協会会長から、「海上の森の博覧会事業及び地域整備事業の基本的方向について」が発表された。これによって、愛知万博と一体となってすすめられてきた新住宅市街地開発事業は中止、都市計画道路の名古屋瀬戸道路・若宮八草線は都市計画申請取り下げとなった。1996年に第1次海上の森・万博問題小委員会を発足させて以来、当協会はこれらの地域整備計画の問題を指摘してきたが、これを中止するという知事の勇気ある決断を評価したい。
一方で海上の森の博覧会事業については、「南地区の中に、自然環境の保全に最大限の配慮を払いながら、『自然の叡智』というテーマを具現化するシンボルゾーンとしての会場を整備することをめざす」という会場計画案が発表された。「当該会場には、テーマ館やシンボル館、自治体館などの展示施設を配置することなどが考えられる。会場の整備に当たっては、水系や地形への配慮を行う等環境負荷を最小化するとともに、海上の森との調和に最大限配慮する。なお、その整備に当たり、保安林区域については、解除申請は行わない。」としている。しかし、自然環境の保全に最大限の配慮を払いながら整備し、水系や地形への配慮を行う等環境負荷を最小化することは果たして可能であろうか?
当協会は、さっそく第3次海上の森・万博問題小委員会を発足させ、4月9日には南地区(西地区を含む)の現地調査、5月3日には追加調査を行い、南地区博覧会場計画が自然環境に与える影響を検討した。この報告書は、その結果をまとめたものである。
「これらの施設の建設、運営について、『自然の叡智』というテーマにふさわしい博覧会の実現ということを念頭に、地元関係者、自然保護団体や有識者等の意見を幅広く聞きながら検討を進める」とされ、これに基づいて、近く地元関係者、自然保護団体、有識者をまじえた愛知万博検討会議が設置され、南地区会場計画はその会議の結論にゆだねられる予定である。
この会議における議論に際して、科学的な検討材料となることを願い、本報告書を公表することにした。とりまとめにあたって、金森委員長はじめ、委員の方々には、短期間にもかかわらず現地調査、資料分析などの労をとっていただいた。深く感謝申し上げたい。
2000年5月19日
(財)日本自然保護協会
理事長 奥 富 清
報告書 要約
(経緯)
日本自然保護協会は、海上の森南地区博覧会場計画が自然環境に与える影響を調査するため、第3次海上の森・万博問題小委員会を設置した。4月9日に西地区から南地区にかけて現地調査、5月3日に追加調査を実施、その後、室内における資料分析を行い、地形地質・森林・昆虫・鳥類・哺乳類の各分野に関して、南地区会場計画の影響に関する検討結果をとりまとめた。
(南地区会場計画案について)
海上の森南地区会場計画については、4月4日の「基本的方向」に「南地区の中に、自然環境の保全に最大限の配慮を払いながら、『自然の叡智』というテーマを具現化するシンボルゾーンとしての会場を整備することをめざす。当該会場には、テーマ館やシンボル館、自治体館などの展示施設を配置することなどが考えられる」と述べられているが、その詳細は明らかになっていない。そこで「基本的方向」や関係者からの聞き取りをもとに、南地区会場案とは、以下のようなものであるという仮定のもとに評価を行った。
4月4日の「基本的方向」に、「会場の整備に当たっては、水系や地形への配慮を行う等環境負荷を最小化するとともに、海上の森との調和に最大限配慮する。なお、その整備に当たり、保安林区域については、解除申請は行わない」とあることから、南地区会場案は、吉田川の左岸(南側)、保安林区域よりも手前に計画される。テーマ館やシンボル館、自治体館など3-5の展示施設として5-10haを利用する。西地区の駐車場から、南地区に至るアプローチ道路として、都市計画道路の図面を生かし幅30mの道路を建設する。以上の前提が異なれば、影響も異なるが、とりあえずこの前提に基づいて評価を行った。
(地形地質)
西地区の地質は、基盤の花崗岩とそれを覆う砂礫層からなる。地下水のしみだしが、トウカイコモウセンゴケなどの湿性植物、ハッチョウトンボの生息環境を形成している。断層と推定される西地区、南地区の境界の谷には、断層を水みちとする地下水の湧出が推定され、シデコブシ、サクラバハンノキが見られる。また谷には平安期の古窯跡が見つかっている。西地区に道路を通せば、これらの自然や文化財の破壊につながるおそれがある。
南地区の地質は、基盤の花崗岩が大部分で、尾根の一部に砂礫層を乗せている。南地区は、猿投山北断層と分岐断層にはさまれ、隆起をくりかえしながら、吉田川の侵食を受けてきたため、海上の森の中でも急峻な谷を刻んでいる。南地区に道路を通し、尾根上に施設を建設すれば、大きな地形改変が避けられず、吉田川の水系への影響は明らかである。保安林を解除しないとしても、発達した二次林を伐採することになり、調整池を設置しなくてはならなくなる。
(森林)
西地区の森林は、生育の悪いモンゴリナラとアカマツの疎林であり、オオタカの餌場として重要な役割を果たしていると考えられる。南地区の森林は、コナラ・アベマキの発達した二次林であり、ムササビや野鳥の生息環境として重要な役割を果たしていると推測される。南地区会場計画は、鬱蒼とした森林を生息環境とするサンコウチョウ等の渡り鳥の繁殖に大きく影響を与えることが予想される。
(昆虫)
西地区の池周辺には、砂礫層からしみ出す地下水によって、トウカイコモウセンゴケなどが生育する貧栄養湿地が形成され、ハッチョウトンボの重要な繁殖地となっている。
南地区には、ギフチョウの食草であるスズカカンアオイが広く分布しており、ギフチョウも確認されている。北地区のギフチョウは採集によって減少している。北地区がギフチョウの生息に適さなくなったとき、南地区の生息地は重要になってくる可能性がある。
(鳥類)
南地区は、コナラ・アベマキの高木におおわれた谷間をせせらぎが流れ、サンショウクイ(絶滅危惧II類)、サンコウチョウ(全国的に減少)が繁殖するほか、コマドリ、コルリ、クロツグミ、キビタキ、オオルリ、センダイムシクイ、エゾムシクイ、メボソムシクイ、ヤブサメ、ヨタカ、ミゾゴイが観察される。
1995年にはオオタカが繁殖しており、今後も営巣の可能性がある。
(哺乳類)
南地区には、コナラ・アベマキの大径木が散在し、付近にスギの植林地もあるため、ムササビの巣作りの場所として最適な環境である。南地区に営巣木と皮剥ぎ跡がそれぞれの2カ所ずつ発見されたことから、現在の営巣の有無を確認する必要がある。
林の階層構造が発達し、谷底に背の高い林が成立している。下層にはヤブツバキが多いなど、ムササビの生活空間として海上の森の中でも最も安定した場所である。
(環境アセスメント)
環境影響評価書は、植物に関しては、西地区・南地区を評価するにほぼ使える調査が行われているが、スズカカンアオイに関しては、南地区尾根上の分布調査が欠落している。動物に関しては、吉田川の歩道沿いの調査しか行われておらず、とくにサンコウチョウをはじめとする夏鳥、ムササビに関しては、南地区の調査はきわめて不十分である。とくに愛工大北側の谷は非常に広いため、夏鳥、ムササビについて、緊急に補足調査を行うべきである。
(総合評価)
地形地質、森林、昆虫、鳥類、哺乳類など、あらゆる面から南地区会場計画の自然環境に与える影響を評価すると、地形、水系、森林、生物に与える影響は避けられず、南地区を博覧会会場とすることは不適切である。