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特集「猛禽類保護Q&A ワシやタカがくらす自然をどう守るか?」Part.3 自然保護と猛禽類を知るためのQ&A

1999.12.07
解説

猛禽類の保護に取り組んでいると、周りからさまざまな質問がよせられる。そのうちよく聞かれるものについて、日本イヌワシ研究会理事の新谷保徳さんに答えていただいた。

会報『自然保護』No.408(1996年7/8月号)より転載


Q1. 猛禽類についてどこまでわかっているのか?

現在日本で繁殖する猛禽類(フクロウは除く)は16~18種、越冬や渡り途中に通過するもの13種が知られている。これらの種すべてが十分研究されているわけではなく、ほとんどの種はようやく調査研究が始められたばかりである。そんな中から、全国規模での調査がなされているいくつかの種について、研究の現状と課題を紹介しよう。

■イヌワシ

北半球に広く分布する大型の猛禽で、古来から日本各地の自然が豊かな山岳地帯に生息している。1981年に設立された研究者組織である日本イヌワシ研究会の調査結果によって、現在約130ペアが生息し、全国の平均繁殖成功率が最近10年間に急激に悪化していることがわかった。このままでは、今後さらに個体数が急減し、繁殖はおろか生息も危うい状況に陥ることが危惧されている。今後は、繁殖率の急速な低下の原因究明、九州など絶滅の危機にある地域個体群の回復、未調査地域での生息数の把握、さらには幼鳥の分散過程の究明などの課題に早急に取り組まなければならない。

■クマタカ

クマタカは、南アジアから東アジアにかけての森林に分布する大型の猛禽で、日本では北海道から九州にかけての山岳森林に生息しており、その分布はイヌワシよりも広く、より日本の森林生態系に依存している。個体数はイヌワシよりかなり多いと思われるが、森林内での活動が多く、目につきにくい鳥であるため、正確な個体数は不明である。イヌワシが主に草原や木のまばらなところで狩りをするのに対し、クマタカは主に森林内で小動物などを狩る。したがって、その行動をつかむのは難しく、生態は未解明の部分が多い。
森林伐採、観光開発などによる生息環境の悪化で繁殖率の低下が懸念されているが、詳しい生態、全国的な分布や繁殖状況は十分に把握されていない。1996年5月に、研究者を主体とするクマタカワーキンググループ(仮称)が設立され、全国規模での調査・保護活動を目ざすことになった。

■オオタカ

日本全土に広く分布する中型の森林性の猛禽。クマタカよりも人間の生活圏に近い山麓や丘陵地に生息している。森林内やその周辺の開けた農耕地などで野鳥などを主な餌としている。オオタカは狩りの名手で、古来からタカ狩りに用いられてきた。そのため地域によってはいまだに密猟が横行しており、大きな問題となっている。さらに近年は、宅地やゴルフ場開発などで生息地を追われている。正確な生息数は把握できていないし、生態は未解明の部分も多い。近年、全国の研究者によって日本オオタカネットワークが設立された。

■オジロワシ・オオワシ

オジロワシは日本では北海道でのみ繁殖する大型のウミワシの仲間。冬季はより北方からの固体が越冬のために飛来する。オジロワシ・オオワシ合同調査グループが、1980年から毎年道東地区でオオワシも含めた越冬固体や越冬生態を明らかにする調査を行っている。
それによると、近年両種とも個体数が減少してきている。主な越冬地である羅臼地区での個体数が減る傾向にあり、原因は沿岸部でのスケトウダラの不漁のためとされている。オジロワシの繁殖個体数や移動の経路など不明な点も多い。オオワシは最近発信機を装着し、繁殖地への移動ルートの一端が明らかにされた。また、日本・ロシア共同で繁殖地調査が行われたことがある。

■その他

渡りをするタカとして有名なサシバ・ハチクマについては、わずかな人が限られた地方で繁殖生態を観察しているにすぎない。サシバについては、主な生息地である丘陵地や山麓部が宅地やゴルフ場として開発されるなど、近年急速に減少しつつあると言われているが調査する人がほとんどいないのが現状。

一方、秋の渡りの生態については、多くの人が観察するようになり全国規模での渡りルートが明らかになりつつあるが、今後は観察者のつながりを密にし、繁殖状況調査も含めた総合的な調査研究ネットワークづくりが課題である。また、越冬地である東南アジアでの密漁の問題についても、海外との保護の協力体制を強化していく必要がある。

ハヤブサやハイタカ類は、近年本来の生息地から都市やその近郊に繁殖地を広げるものも現れてきた。早急に全国規模での生息数や繁殖状況を把握する必要がある。その他のチュウヒ、ミサゴなどは、ほんとうにごく一部の人に観察されているにすぎない。

Q2. 個体数が少ない貴重な生き物だから守るのか?

最近よく耳にする「生物多様性」という言葉があるが、猛禽類はその多様な生物相に支えられて生きている。したがって、猛禽類が生息していることは、それらを支えるだけの多様で豊かな自然があるということを示している。猛禽類同様に生態系の頂点にいる人間も、長い歴史の中でより多様な生物相に依存し、食物だけでなく、いろいろな生活の知識までもこの自然界から吸収し、今日の繁栄を築いたといっても過言ではないだろう。

今後も人類が、さまざまな危機に直面した時、これらの多様な自然界のしくみの中に解決策を見いだせるかもしれない。にも関わらず、この1世紀ほどの間に多くの生きものが人間の手によって滅ぼされたり、今まさに絶滅しようとしている。猛禽類を保護することには、単に個体数が少なくなったから、貴重だからといった理由だけでなく、生物多様性を守ること、すなわち人類の存続の基盤を守るという大きな意味をもっている。

Q3. 開発予定地に猛禽類が… このことを自然保護に生かすには?

近く開発が予定されている地域にイヌワシが生息していることがわかったとしよう。現在イヌワシが生息している地域は、例外なくいろいろな動物が生息する自然の豊かなところである。したがって、開発行為の大小に関わらず、自然保護のための最も重要な指標生物として、その動向に注目していく必要がある。

かつて日本の山々には、イヌワシやクマタカがどこにでもすめるぐらい豊かな自然が広がっていたと考えられている。しかし、それらの生息環境は、近年の高度経済成長によって急激に悪化してきた。具体的には、エネルギーの石油依存によって生物生産性が高い薪炭類が、経済性が高いといわれたスギ・ヒノキなどの人工林に置き換えられてきたことによって餌動物の減少を招いたこと、加えて営巣地および周辺での電源・水資源開発などによる営巣環境の悪化が大型猛禽類の繁殖率の低下をもたらしたと考えられている。

特にイヌワシは、人間による開発行為がゆるやかであった戦前に比べて、ほとんどの地域で生息数や密度が低下している。開発行為が早くからすすんでいた九州・四国などでは絶滅に近い状況にあり、豪雪などのために比較的開発の遅れた地域に生息が集中している。すなわち、日本における大型猛禽類の生息環境と森林の状態とは密接な関係がある。それだけに、イヌワシなどの大型猛禽類は、森林生態系が維持された豊かな自然環境の広がる地域でしか生きていけない。

イヌワシは現在、種を維持できるぎりぎりの状況にあり、もしこれらの開発行為によってこの地域から追いやられた場合、ほかに新たな生息地を確保できるような場所も環境も残っていない。したがって、現在の日本では、ひとつの安易な開発行為が、イヌワシの種の維持に致命的な影響を与えることになりかねない。このことは、他の猛禽類についても言えることである。

Q4.調査活動が悪影響を及ぼさないためには、何に注意をすべきか?

猛禽類に限らず、野生動物を調べる場合、最低限守るべきマナーがある。最も重要なことは、営巣期の巣へは接近しないことである。基本的にこの時期の「巣」や「巣があると思われる場所」への接近は避けるべきである。

イヌワシにおいては、抱卵期から育雛期にかけての巣付近での伐採作業、山菜採り、カメラマンなどの接近が繁殖失敗の原因のトップに挙げられている。イヌワシの抱卵期から育雛期である2月~3月は気温が低く、人がむやみに接近すれば親ワシが警戒して巣に戻れなくなる。そのため、卵の発育が止まったり、ヒナが凍死してしまうのである。

それは調査活動であったとしても同じことである。仮にブラインドを設置しても、この時期の野生動物は非常に過敏になっており、人の影響を皆無にすることは困難である。現在のところ、猛禽類の調査方法についてはマニュアル化されていない。したがって、それぞれの種について生態系を熟知した者による指導のもとに経験を積んでいく必要がある。

Q5. 種の保存法の「保護増殖事業」とはどういうものか?

1993年、絶滅の危機にある野生動植物種の保護を目的とした、通称「種の保存法」が制定された。この法律に基づいて、国が必要と認め、かつ保護対策事業として実現できる種から「保護増殖事業計画」を策定し、順次実行されつつある。

すでにトキ、タンチョウ、シマフクロウ、アホウドリ、イリオモテヤマネコ、ツシマヤマネコ、イヌワシについて事業が開始されており、今後も対象種が増やされることになっているという。イヌワシについては、日本イヌワシ研究会のデータなどにもとづいて、94年から事業がすすめられている。

事業計画を策定するにあたって、環境庁では、実態把握などのために保護増殖基本計画策定調査を実施した。日本イヌワシ研究会会員で構成されたワーキンググループによって、イヌワシの現状と課題に関する資料や知見を収集・分析。その結果をもとに、イヌワシ保護増殖基本計画策定調査検討会で内容の検討が行われ、調査報告書が作成された。そして、緊急を要するものや、今すぐ実施可能なものから事業を開始、並行して関係省庁と協議の上「保護増殖事業計画」が策定された。

今後は、事業の進捗とイヌワシの生息の動向を見ながら、その事業の評価や修正を行い、より効果的な事業を展開していくという。この事業によって、イヌワシの個体群の規模および分析が自然状態で安定して存続できる状態を確立し、20~30年後には期待するレベルまで分布や繁殖率が回復することが当面の課題である。

Q6. 給餌やヒナの移入をすれば種を保護できるのか?

人工的に餌を供給したりヒナを移入することによって、極端に繁殖力が低下した特定のペアの活性化は期待できる。しかし、全国的なレベルでの作業としては、費やす労力と時間から考えても不可能であろう。根本的な問題の解決のためには、繁殖率低下の原因究明とその解消に向けての施策の実施が必要である。

具体的には、慢性的な餌動物の不足への対応が考えられるが、その改善には餌動物が安定して生息できる生息環境の確保こそ必要である。しかし、それには長い時間が必要であり、十分な生息環境が回復させられるまでの間、前者のようなきめ細かい対策を並行して行うことが必要と、私たちは考えている。

Q7. 猛禽類がくらす自然を全国的に残していくには、何から改善していくべきか?

日本では、一般の人々が、自然界における猛禽類の存在の重要性はおろか、その存在自体あまり知られていないのが現状だと思う。欧米では、自然生態系の教育における教材として、猛禽類は重要な位置付けがされている。日本でも今後、猛禽類を重要な生き物として認識できるような教育環境づくりが必要であろう。

そのためには、人材の育成、教育環境、観察場所の確保、傷病鳥の有効活用などの実施に向けてのシステムと体制の整備が必要である。1人でも多くの人が猛禽類に親しみをもつことが、保護をすすめていく上で重要となるだろう。

Q8. 日本の猛禽類に関する研究団体には、どんなものがあるか?

猛禽類を専門に全国規模で研究をしているグループは非常に少ない。設立されたばかりのものもあるが、3つ紹介しよう。

■日本イヌワシ研究会

イヌワシの生態研究と保護を目的とした全国組織の研究グループ。1981年に設立され、その後の調査活動により、全国各地の生息地を確認するとともに、その生息状況や繁殖状況についても継続的にモニターしている。その結果、イヌワシが危機的な状況にあることがわかってきた。このような状況のもと、92年に「イヌワシ保護対策の具体的な施策の計画書」を作成し、関係機関への提言や要望を行うなど、常に科学的なデータにもとづいて積極的な保護活動を展開している。 なお、入会には、会員2名以上の推薦が必要。

■日本オオタカネットワーク

全国で個別に研究していた研究者がお互いに情報交換しながら生態や保護方策を研究することを目的として、1995年に設立された。 全国の繁殖・生息状況を把握し、研究会の開催、研究報告書の発行、テーマを決めた調査などを行っている。オオタカは人里近くに生息しているため、さまざまな開発によって危機にさらされている。人間との共存をどのようにデザインできるかが今後の重要な課題であり、行政機関にも保護に関する積極的な提言を行っていく予定である。 なお、入会には、会員2名以上の推薦が必要。

■クマタカワーキンググループ

1996年5月に設立されたばかりのクマタカの生態と保護方策の研究を目的とするワーキンググループ。 実際にクマタカの調査を行っている研究者を中心に情報の整理を行い、未解決の生態や具体的な保護方策の実践のために必要な課題を調査・検討する。

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