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特集「長良川が教えてくれたこと」(その2)

1999.07.01
解説

438特集表紙.jpg

長良川河口堰5年間のモニタリング調査から
1999年7/8月号より転載
特集:長良川が教えてくれたこと(PDF/4.1MB)
 
こちらも併せてお読みください。
>>特集「長良川が教えてくれたこと」(その1)


河口堰によってどんな変化がおきるのか 見つづけたこと

長良川河口堰のモニタリング調査結果は、誌面に限りがあるので詳細まではご紹介できないが、どんな視点でどんな項目がチェックされてきたかを知るために、調査報告書のもくじをご紹介する。

河川環境に関するチェック

水面下に隠された泥、目には見えない水に含まれる物質や小さな生き物。川という環境をつくる”土台”にどんな変化があったかをチェック。

(1)水質と底質
「長良川全水系の栄養塩量に関する調査」村上哲生・黒田伸郎
「長良川下流域の藻類発生量に及ぼす河口堰の影響」村上哲生・黒田伸郎・田中豊穂
「長良川河口堰下流の河床状況および塩分濃度の調査」山内克典・粕谷志郎・田中豊穂
「河口堰下流部の底泥の性状、規模および堆積時期」山内克典・粕谷志郎・足立孝・古屋康則・高木久司
「長良川河口堰周辺の堆積物の性状と分布―シルト・粘土の堆積と有機物の起源について」村上哲生・黒田伸郎・吉田正人・山内克典・田中豊穂
「長良川河口堰周辺でのメタンの発生」村上哲生・黒田伸郎・山内昇子・八木明彦

(2)動物プランクトン
「長良川河口堰湛水域における動物プランクトンの個体数変動」山内克典
「長良川下流河口域における大型プランクトン相に関する調査報告」木村清志・木村文子

(3)底生生物
「長良川河口堰が石礫付着珪藻群集の種類組成に及ぼした影響」村上哲生
「ユスリカ相の変化」粕谷志郎・山内克典・足立孝
「長良川下流域から姿を消すベンケイガニとゴカイの仲間」伊東祐朔・籠橋数浩・千藤克彦
「堰下流における底生動物の変化」籠橋数浩
「シジミの鋤簾漁法による追跡調査ー堰稼働前後の比較ー」シジミ・プロジェクト

川の生物に関するチェック

川の環境が変わることで川を生活の場所にする生き物は徐々に影響を受ける。川の生き物にどんな変化が現れたかをチェック。

(4)魚類
「長良川下流河口域における魚卵・仔稚魚相に関する調査報告」木村清志・岡田誠・山下剛司・淀太我・広瀬充・谷山泉・佐土哲也・木村文子
「長良川におけるアユ仔魚の流下状況」古屋康則・足立孝・山内克典
「長良川のアユ漁獲高の変化」足立孝
補足資料「長良川上流域における鮎の変化ー漁師からの聞き取り調査ー」長良川水系・水を守る会
「長良川河口堰によるサツキマスの遡上に対する影響」新村安雄
「長良川中流・今川における回遊魚の年別捕獲個体数の変化」後藤宮子

(5)植物
「長良川河口域湛水域におけるヨシ原の変化」山内克典・足立孝・古屋康則

鳥類に関するチェック

生きていくために川は必要不可欠ではあるけれど、翼があるので移動もできる。そんな鳥たちにどんな変化があったのかをチェック。

(6)野鳥
「長良川下流域におけるカモ類の個体数変動」熊崎詔之・大塚之稔

NACS-Jが問題にしてきたこと

NACS-Jでは、長良川河口堰の問題点を検討した結果をこれまでに3冊の報告書にまとめている。そこで指摘したのが以下の7項目だ。

ほかに方法はないのか
(1)水害防止の根拠が不明–川底の掘り下げ(浚渫)が一番有効だとした根拠となる数字に疑問がある。公開されていないデータも多い。
(2)水の供給は必要か–1970年頃以降は水需要の伸びは止まっているのに、見直しがなされていない。

生態系への影響が大きい
(3)水質・底質が悪化する
(4)貝の水揚げに大打撃を与える
(5)いろいろな生活史をもつ魚に影響する
(6)河川敷の生態系が変わってしまう

なぜ公正な環境影響評価ができないのか
(7)古い計画なので十分な調査に基づいた「環境アセスメント」が行われていない


2.自然の、ここが変わった

各モニタリング調査の結果から、一部を抜粋してご紹介する。

アシ原消滅

アシ原は、河口域の代表的な景観である。水質浄化作用の著しい水域であること、チュウヒやオオヨシキリなどの鳥類が採餌・繁殖、稚魚や稚貝などの生育に重要な場所であることから、近年その保全が注目されている。

長良川河口域のアシ原は、近年の護岸工事などのために年々減少していた。建設省によれば、約300haあったものが、1995年までに約100haにまで減少したと言われる。

これらのほぼすべてのアシは、潮間帯(干潮時に露出し、満潮時に水没する区域)に生育していた。河口堰運用が始まると、水位は80cmから130cmの間に保たれ、80cm以下の区域は常に水没することになった。この変化が、アシ原にどのような影響を及ぼすかを知るために、長良川下流域生物相調査団の山内克典・足立孝・古屋康則氏によって調査が行われた。

湛水域(河口堰によって水がたまるようになった範囲)のアシ原は、年々衰退し、運用後3年で半減した。残るアシ原も、大部分はきわめて成育状況が悪く、数年後には湛水域のアシ原は、中州や岸辺のごく一部を除いてほぼ消滅すると考えられる。とびら(2頁)に掲載したアシ原の写真は、5地点で行われてきた定点観測のうちの1カ所だ。

一方、水深1.5mまでの浅瀬で、ホテイアオイが岸辺に漂着し増殖しはじめた。吉野川・紀ノ川・芦田川など既存の河口堰では、ホテイアオイやカナダモなどの水草が大発生し、建設省はこれらの除去に多大な費用を投じてきた。これらの植物が今後、どのように変化していくのか、水質や他の生物にどのような影響を及ぼすことになるか、系統的な調査・研究が必要だろう。

長引く藻類発生

目に見えないところですすんでいる変化もあった。水質や川底につもったヘドロである。

水質の状態を知る目安のひとつが、クロロフィルaの濃度を調べる方法だ。クロロフィルaは植物に含まれるので、川で発生する藻類(植物プランクトン)の増減を把握することができる。藻類は飲み水にしたときに臭さを感じる原因になるほか、川底に積もりそれがほかの生き物に影響するなど、河川環境の根幹にかかわっている。

村上哲生・黒田伸郎・田中豊穂氏の調査によると、長良川では、試験湛水が行われた1994年には、堰の約18キロ上流で、クロロフィルa濃度が急激に高まった。本格的に堰が閉鎖された年には、グラフはさらに高く伸びてより大規模な藻類発生があったことを示している。また、堰近くの調査地点では、堰完成前にも藻類発生はあったが、初春や夏に短期間だけだったものが、晩春から秋にかけて何度も記録されるようになった。

NACS-Jと西條八束氏は、堰の影響としての藻類発生を事前に指摘していたが、1990年当時、建設省・水資源公団は、堰というのはダムと違うので水は留まらず藻類の発生はないとしていた。たしかに発生した藻類は河川棲浮遊藻類と呼ばれる種で、堰がつくっている環境は、必ずしもダム貯水池のような止水的な環境と同じではないことがわかる。とはいえ、藻類の発生は、堰によって水の滞留日数が伸びて起きると考えられている。流れに影響される藻類の挙動を読み解かなくてはならない。

川底に積もるヘドロ

長良川下流域生物相調査団の山内克典・粕谷志郎・足立孝・古屋康則・高木久司氏らは、魚群探知機を使って河床の状態を調べ、プラスチックパイプを打ち込んで採取した底泥を分析してきた。

それによると、堰運用前の1994~1996年までの2年間で、堰下流では、最大1m前後、1998年までの4年間で最大2mもの泥が堆積していることがわかった。堆積がもっとも厚かったのは堰下4.8km付近であった。

泥は、大部分がシルト以下の細かい粒子からなり、黒色、含水量・有機物含量の多い軟泥、いわゆる「ヘドロ」であった。河床面から5cm以上深い泥の中には底生動物が生息していなかった。

上流から来た泥 

河口堰周辺に積もったシルトや粘土がどこからきたものかを調べる調査もされている。村上哲生・黒田伸郎・吉田正人・山内克典・田中豊穂各氏による調査は、船から採泥器で集めた泥の分析、超音波探査による堆積物の厚さ、泥に含まれる珪藻遺骸群集の種類組成を調べた。

堰の下流に積もった珪藻遺骸は、上流に積もっていたのと同じ淡水産つまり上流から供給されたものがほとんどだった。おそらく堰上流につもった藻類の遺骸が、高水時、または堰操作により下流に排出されて底に沈降したあと、堰があることでおきる鉛直循環流という流れに乗って、再び堰下流に堆積したものと思われる。

シジミの交代と消滅

長良川は、シジミの名産地である。シジミ漁で使われる鋤簾(じょれん)を使ったシジミの監視調査が、シジミプロジェクト・桑名(代表・伊藤研司)によって行われた。同会は、木曽・長良・揖斐川の河口域でのシジミを主要な対象としている赤須賀漁業協同組合員の有志と桑名・長良川河口堰を考える会が、調査のために発足させた組織だ。調査方法について悩んだ結論、漁業の実際を反映する方法として鋤簾による採取を採用したという。

河口堰建設の影響をめぐる議論の中でも、シジミ漁業への影響は大きな課題になっていた。建設省は、1992年には「堰の上流側は、河口堰の完成後淡水化するため、汽水域で繁殖するヤマトシジミは繁殖できなくなる。また、堰下流域では汽水域が維持されるので生息環境は保たれるが、川底を掘り下げる工事などの影響を受ける区域で、漁獲量が減少することが予測される」としていた。

ヤマトシジミは、河口堰の下流側でも、1994年6月まではかなり獲れていたが、それ以降激減し、建設省の言っていた「減少」を通り越して1996年からはまったく獲れなくなってしまった。ヤマトシジミが減少し始めた時期は、堰の試験運用が始まった時期とほぼ一致する。隣接する揖斐川の採取量は減少していないこと、川底のしゅんせつはシジミが激減する以前の1994年にはすでに完了していたことから、堰の設置・運用が下流のシジミの現象に影響したことはほぼ間違いない。

淡水化する堰の上流側では、ヤマトシジミは自然には繁殖しないことは事前にも予測されていたため、地元の漁協によって揖斐川から稚貝が移動放流された。最初はかなりの貝がとれた。しかし、次第に減少していること、平均重量が増加していることから、繁殖していないだけでなく稚貝の移動放流の効果は十分ではないと考えられる。

一方、堰上流側では、閉鎖の1年後くらいから、淡水にすむマシジミが獲れ始め、急速に増加した。ある程度予測されていたことではあるが、そのマシジミもまた減少し始めている。堰の上・下流で進行している、いわゆる?ヘドロ?の堆積とも関連した現象なのかは、引き続き調査が必要である。

増えるカモ減るカモ

日本野鳥の会岐阜県支部では、県下のカモ科類の個体数調査を毎年1月15日前後に実施している。このうち、長良川下流域(岐阜県海津町)での10年間の調査結果を分析したところ、河口堰運用開始の1996年を境に個体数の変動が見られた。

長良川下流域は、岐阜県内ではもっとも多くのカモ類が渡来する場所である。1998年には県内のカモ総個体数の38%を占め、マガモ・カルガモなど20種が観察されている。過去10年間の推移をみると、県全体と同じゆるい増加傾向にある。

河口堰運用前後で、個体数の平均値を比較すると、増加していたのは、カルガモ・ホシハジロ・キンクロハジロ・ヒドリガモであり、減少したのはマガモ・コガモであった。減少したマガモ・コガモは運用前から個体数が多く減少傾向はわずかだった。

増加したカモの中で、キンクロハジロは、河口堰運用後の1996年に急激な増加をした後で、97年、98年と大きく減少した。キンクロハジロの主食は二枚貝といわれている。千葉県の利根川河口堰では、キンクロハジロの餌であるシジミなどの貝類の減少との関係が指摘されている。長良川でも同様のことが考えられるが、河口堰運用3年ほど前からほとんど姿が見られておらず、堰の運用後の減少といっても1990年ころに戻ったという見方もできる。1996年の急増は流速の変化など餌の取りやすい条件をつくっていたなども考えられ、今後の研究課題としたい。

サツキマスの季節

サツキマスは昭和初期までは、アマゴの生息する多くの河川でみられた。しかし現在では、自然状態で産卵が確認され、漁業が成り立つほどの個体数が生息するのは、長良川だけとなっている。通し回遊魚であるサツキマスにとって河口堰は、降海と遡上のいずれについても大きな障害になることが懸念された。サツキマス研究会は、1989年から小型電波発信器を使って、降下時と遡上時の河川内での移動に関しての行動調査、1992年からは漁業者の協力を得て漁獲数の推移、漁獲個体の形態計測などを行った。

長良川の下流域ではサツキマスが遡上する時期に、トロ流し網と呼ばれる流し刺し網による漁が、同一の業者によって長年に同じ場所・漁法で行われている。河口から38km地点での漁獲数を見ると、1995年以外は例年700~1000尾台を推移しており、河口堰によるサツキマス遡上に対する影響は見られないようにも見られる。

しかし、各年の漁期を見ると、河口堰運用後は、サツキマスの漁獲日が遅くなる傾向が見られた。サツキマス漁の最盛期がいつであるかを見るため、各シーズンの50%の漁獲に達した日を調べると、河口堰運用前は5月6~15日であったのに対し、運用後は5月27、28日にずれこんでいる。漁の終了日も、5月中だったのが6月になっても相当数のサツキマスが遡上し漁獲されるようになった。漁業者によると、同地では50年以上もサツキマス漁を行っているが漁期が6月までずれこんだ年は河口堰運用以前にはなかったという。

2週間ほどの遡上の遅れがサツキマスの生活史全体にどのような影響をおよぼすかは必ずしも明らかではないが、経済活動の面からみれば、その影響は大きい。さつき、すなわち5月という名称自体が意味するように5月の季節の魚というイメージが損なわれ、また、6月になるとアユ漁が本格化することからサツキマスの市場価値は下落する。現実にこの業者は、年間契約で全量出荷していた料理店から97年からは受け入れを制限され、従来は行わなかった岐阜市場への出荷に切り替えたという。

また、河口堰運用に伴い、最下流の漁場は浚渫により漁場そのものがなくなったり、湛水域にあたる漁場は引き潮を利用して網を流せなくなった漁業者は、1995年の不漁もあって、木曽川・揖斐川に漁場を移している。

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