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名古屋大学情報文化学部・広木助教授による意見書

1999.04.07
要望・声明

名古屋大学情報文化学部・広木助教授による意見書
(同委員会の許可をいただき、全文を掲載します。 なお、ぜひご注目いただきたい点を、NACS-J編集広報部で着色し、レイアウトを変更させていただいています。)


財団法人2005年日本国際博覧会協会殿

1999.4.6

 

                    名古屋大学情報文化学部助教授
広木詔三

貴財団の縦覧した環境影響評価準備書にたいして、以下の10点について意見を申し述べます。いくつかの点においては、再調査を行うなり、評価を改めることを要望致します。

2005年日本国際博覧会に係る
環境影響評価準備書における問題点

1.「自然との共生」という言葉を取り下げたことについて
1993年に、木村尚三郎東京大学名誉教授を会長とした21世紀万国博覧会基本構想策定委員会の中間報告で「自然との共生」を国際博覧会の理念として打ち上げてきた経緯がある。しかし、「準備書」では、この自然との共生という言葉が欠落している。国際博覧会の開催の理念そのものに、「自然との共生」について軽視する意図があるのではないか、と疑われてもしかたのないものとなっている。

2.里山の自然の軽視について
1995 年の閣議了解において、会場計画の具体化の際に、自然環境保全に十分に配慮することが求められている。この場合の自然とは、会場計画予定地の自然であり、まぎれもなく都市近郊における里山の自然を指している。ところで、「準備書」の「はじめに」においては、里山の自然環境保全の立場が明確でなく、むしろ「里山利用のあるべき姿について考える」とあるように、里山利用のみの観点から書かれている。里山の自然を考える場合、二次的自然としての雑木林がその保全の中心的位置を占めるものとならなければならないにもかかわらず、後に見るように「準備書」では、雑木林の評価は低く見積もられている。

3.「準備書」における自然環境における判断の根拠が明確でないこと    
「準備書」の38ペ-ジから39ペ-ジにかけて、会場候補地の自然環境についての評価が述べられており、「しかし、注意しなければならないことは、ただ自然のままに放置しただけでは、里山の生物多様性は維持できないという事実です。」としている。しかしながら、海上の森で、放置した場合、どのような生物多様性の低下が生じるのであろうか。具体的な海上の森における現況把握が十分でない状況のもとで、人間の関与を主張することは、恣意的に自然を改変することにならざるをえない。多様性が低下すると言う場合、現実に多様性の減少する根拠を明らかにする必要がある。博覧会の会場として、多くの雑木林を利用した場合、海上の森における雑木林の減少が生物の多様性の低下にどれほど影響を及ぼすかについては言及していない。種の多様性の維持には、基本的に面積の大きさが効いていることも一般的な原理として知られている事実である。

また、同書の39ペ-ジで、「薪炭林や農用林としての利用がされなくなった丘陵地の森林は・・放置がすすんで、自然が荒廃しています。」と述べている。人間による森林の過度の伐採によって自然が荒廃することはありえても、人間の干渉から免れて遷移の進行しつつある森林が荒廃していることは本来ありえないことである。遷移の途中相において、一時期高密度になり、自己間引きが進行しつつある過程は、荒廃とは無縁のものである。

自然は、人間によって分断され、孤立化しなければ荒廃することはない。荒廃という表現には「準備書」作成者の恣意的で意図的な価値感が投影しており、自然の改変を進めるための口実としていると言わざるを得ない。

さらに、同書の39ペ-ジで、「この会場候補地の自然は、繊細な人間の関与を必要としています。」と述べている。しかしながら、博覧会の会場として利用すること自体が自然にたいする繊細な関与どころではなく、重大な干渉である。この博覧会による大きな干渉には目をつぶったままで、会場候補地の自然環境の保全を論じるのは、たいへんな思い上がりと言わざるを得ない。

4.落葉広葉樹林の軽視の問題点    
里山の生態系を基本的に支えているのは、アベマキ・コナラの落葉広葉樹林である。「準備書」では、人工林も落葉広葉樹林も現存量のみが推定されているにすぎない(p.522)。万博のメイン会場となるAゾ-ンだけで、落葉広葉樹林が何ヘクタ-ルあるのか、そして会場として何ヘクタ-ルが消失するのかが明らかにされていない。また、たんに現存量の測定のみではなく森林の発達度を評価に加えるべきである。森林の発達度の差異が存在することも生物多様性に密接に関わるからである。

さらに、たんに植物社会学的な森林の類型化を行っているが、落葉広葉樹林を構成している常緑・落葉の低木類の種構成を具体的に明らかにして生態系を支える具体的な内容として、森林の構造の実態を把握する必要がある。

5.植物群落特性評価について    
「準備書」の515ペ-ジから521ペ-ジにかけて、植物群落の特性評価が試みられている。この評価システムは、アベマキ・コナラ等の落葉広葉樹は低い評価が与えられるようになっている。「準備書」では、コナラ・アベマキ林の総合評価はIII-B とされている。里山の雑木林は、たとえ二次林であっても里山生態系の中心的な役割を果たしている点を考慮するならば、植生自然度で評価するのは好ましくない。また、この「準備書」の特性評価システムでは、人為撹乱に対する感受性と立地特殊性という評価項目を併用して、とりわけ貧栄養の湿地や稀少種を高く評価することが意図されている。その反面、この評価方法は、鳥類の生息環境や繁殖の場としての評価が欠落している。

また、落葉広葉樹林の評価としては、同一の森林内の種多様性(α多様度)のみでなく、空間的に広がる森林の配置によってどのような多様性が 維持されているかというβ多様度も調べる必要があろう。

さらに言えば、貧栄養の湿地と落葉広葉樹林が織りなす異なる立地の共存というγ多様度も考慮する必要がある。このような貧栄養の湿地と落葉広葉樹林がセットで隣接しているということは、生態系の多様性という観点からもより重視されてしかるべき点である。

6.生態系としての評価の問題点  
海上の森には、サンコウチョウ、サンショウクイ、オオルリ等の渡り鳥が飛来して繁殖活を行っている。生態系としては、海上の森だけで孤立しているのではなく、他の地域の生態系とも繋がりを有しているという点で、これら渡り鳥の実態を把握すべきである。

また、植物に関しては、ウンヌケを生態系の指標として位置づけたのは決定的な誤りであると言わざるをえない。ウンヌケはもともと貧栄養で疎開している立地に生育するものであるから、海上の森の一部に分布するとは言え、海上の森を特徴づける位置にはない。生態系を基本的に特徴づけるものは、生産者・消費者・分解者という生き物の機能的な関係にあるのであるから、そもそもウンヌケを対象とする根拠が成り立たない。

7.貧栄養湿地植生について(p. 530-532)    
短期間の一時的な調査結果から、湿地の遷移の方向性を結論づけている。たとえば、次のような表現がなされている。「立地が安定化すれば遷移が進行し、湿生低木林へと移行していくという傾向がみられた。」さらに、「貧栄養湿地植生が成立している場所も、周辺からシデコブシに覆われて衰退しつつある場所が多い。」としている。

これらの湿地の維持には地形と流水量あるいは湧水量との関わりが無視できない。これらの点を無視して、湿地の遷移を論じても結論は恣意的とならざるをえない。森林の発達を立地の安定化としてとらえ、立地の安定化が湿地の消失につながるとしているが、森林の発達と地下水の関係はまだ明らかにされていない。したがって、このような立地の安定化という論理はいまのところ通用しない。

8.吉田川峡谷の評価について   
吉田川は、海上の森の南部の花崗岩地帯を東西に走り、比較的狭い谷幅で峡谷を形成している。この吉田川のすぐ北側をこの吉田川に沿って断層が走り、その北側に砂礫層地帯が広がっている。この吉田川の峡谷自体が地形的にも景観的にも、まず、保全の対象として評価がなされなければならない。「準備書」においては、この吉田川の峡谷を評価する視点が欠落している。この吉田川峡谷の評価については、入り組んだ侵食地形とその景観の他に、この吉田川峡谷を挟む地域の植生と動物の関係を把握する必要がある。

吉田川沿いには、カワセミ、アオゲラ、サンコウチョウ、ギフチョウ、ムササビ、ゲンジボタル等が生息あるいは繁殖していることが「準備書」で指摘されている。ひとつ一つの種ごとの評価ではなく、これらの種のセットとしての評価がなされる必要がある。また、後に述べるように、これらの動物の生育環境としての植生や地形を踏まえた総合的な評価がなされるべきである。

518ペ-ジの植物群落特性評価図を見ると、この吉田川沿いの植物群落はおもに落葉広葉樹林で、植物群落特性評価が総合評価ランクでIII-Bに位置づけられている。この評価方法で落葉広葉樹林そのものの評価が不十分である点についてはすでに述べたとおりである。518ペ-ジの図1-15-10では、吉田川沿いはすべて落葉広葉樹林として色分けされているが、実際には、アラカシやツブラジイがわずかに点在し、ヒノキの人工林もところ どころまとまりをもって存在する。したがって、実際の森林の実態はかなり混交している。サンコウチョウの繁殖場所として、この吉田川峡谷は、地形的にも、植生から見ても重要な位置を占めている。

この吉田川沿いの植生は、サンコウチョウのみでなく、多くの鳥類の生息環境としても重要な役割を果たしている可能性が予想されるので、鳥類の調査とそれに対応した植生の具体的な調査が必要である。植物社会学的な調査は、変化に富んだ具体的な森林の実態を捨象し、また、無視することになりかねない。

さらに重要な点は、518ペ-ジの図1-15-10で明らかなように、この吉田川峡谷を挟む植生が貧栄養湿地が存在する砂礫層地帯の植生と隣接していることである。生態系というものは、それぞれのサブシステムが共存して全体としてまとまりを有することによって成り立っていることを考慮するならば、この吉田川峡谷とその植生を、その全体的な配置からきちんと評価がなされなければならない。

以上のような多岐にわたる重大な問題点を含む吉田川峡谷とそこに成立する植生ならびに動物をセットで評価しうる評価項目を設定すべきである。

9.ギフチョウについて    
647ペ-ジで「本地区周辺に残存する森林内には、スズカカンアオイおよび吸密植物が比較的豊富に分布していることから、ギフチョウの生息域としての条件は事業実施後も確保できるものと予測される。」としている。しかしながら、ギフチョウそのものの動態を踏まえなければ、ギフチョウの動態の予測は不可能であって、スズカカンアオイからギフチョウの動向を予測することはできない。平成10年になぜギフチョウの産卵が少なかったのか。もしも、ギフチョウの産卵が減少しているならば、この会場計画は、その減少に追い打ちをかけるのではないかという点が懸念される。

そのような予測をする上で、道路が建設された場合に、それがギフチョウに及ぼす影響を評価していない。また、宅地化や公園化した場合のそのギフチョウに及ぼす影響が評価されていない等の問題もある。

10.名古屋瀬戸道路の影響について    
名古屋瀬戸道路が海上の森の中央を横切るように建設された場合、ギフチョウへの影響ばかりではなく、オオタカ、その他の鳥類、ムササビ等の空中を移動して生活する動物に及ぼす影響がまったく考慮されていない。道路そのものが生態系に及ぼす影響は無視しえないので、この点についても評価を行うべきである。


愛知県知事殿

1999.4.6

 

                    名古屋大学情報文化学部助教授
広木詔三

現在縦覧中の環境影響評価準備書にたいして、新住事業については以下の10点、さらに道路については3点に絞って意見を申し述べます。いくつかの点においては、再調査を行うなり、評価を改めることを要望致します。

瀬戸市南東部地区新住宅市街地開発事業
環境影響評価準備書における問題点

1.事業の目的における問題点    
「準備書」の5ペ-ジにおいて、環境共生型の科学研究都市づくりを行うものと唱っている。しかし、この「準備書」においても示されているように、そもそもこの都市そのものの創出が海上の森に対する大きな影響を及ぼすことが予想されており、この事業の目的そのものが環境共生という点で矛盾を包含していると言わざるを得ない。

2.事業による整備に当たっての基本的な方針における問題点  
「準備書」の6ペ-ジにおいて、「自然環境にやさしいまちづくり」の項目の中で、「緑地として回復する場所では生物の生息・生育空間に配慮した新たな自然環境の創出に取り組む」と唱っている。しかし、新たな自然環境の創出というのは、自然の実態を無視した思い上がりと言わざるを得ない。後に指摘するように、また、「準備書」においても示されているように、海上の森における当該開発はきわめて重大な自然破壊をともなうものであり、したがって事業整備の基本的な方針そのものに重大な問題点を含んでいると言わざるを得ない。

3.環境影響評価項目の問題点
「準備書」の10ペ-ジにおける調整池・の設置は吉田川峡谷そのものの重大な改変を伴うので、吉田川峡谷とその周辺に成立する植生と動物をセットとして評価するための評価項目を設定する必要がある。後に詳述するように、サンコウチョウ、ムササビ、カワセミ等の個々の動物種について個別的に評価するのみでは、吉田川峡谷が生態系において果たしている役割が正しく十分に評価しえない。

4.落葉広葉樹林の軽視の問題点
里山の生態系を基本的に支えているのは、アベマキ・コナラの落葉広葉樹林である。「準備書」では、人工林も落葉広葉樹林も現存量のみが推定されているにすぎない(p.160)。住宅等の建設による改変区域内において、落葉広葉樹林は何ヘクタ-ル存在して、それは改変予定区域面積内の何パ-セントに当たるのか。また、調査内容としては、たんに現存量の測定のみではなく森林の発達度を評価に加えるべきである。森林の発達度の差異が存在することも生物多様性に密接に関わるからである。

さらに、たんに植物社会学的に森林の類型化をして済ませるのではなく、落葉広葉樹林を構成している常緑・落葉の低木類の種構成を具体的に明らかにする必要がある。オオタカやフクロウを支える生態系としてばかりでなく、生態系を支える具体的な内容として、森林の構造を実態として把握する必要がある。

5.植物群落特性評価について    
「準備書」の153ペ-ジから156ペ-ジにかけて、植物群落の特性評価が試みられている。この評価システムは、アベマキ・コナラ等の落葉広葉樹は低い評価が与えられるようになっている。「準備書」では、コナラ・アベマキ林の総合評価は III-Bとされている。里山の雑木林は、たとえ二次林であっても里山生態系の中心的な役割を果たしている点を考慮するならば、植生自然度で評価するのは好ましくない。また、この「準備書」の特性評価システムでは、人為撹乱に対する感受性と立地特殊性という評価項目を併用して、とりわけ貧栄養の湿地や稀少種を高く評価することが意図されている。鳥類の生息環境や繁殖の場としての評価が欠落している。

また、落葉広葉樹林の評価としては、同一の森林内の種多様性(α多様 度)のみでなく、空間的に広がる森林の配置によってどのような多様性が維持されているかというβ多様度も調べる必要があろう。

さらに言えば、貧栄養の湿地と落葉広葉樹林が織りなす異なる立地の共存というγ多様度も考慮する必要がある。このような貧栄養の湿地と落葉広葉樹林がセットで隣接しているということは、生態系の多様性という観点からもより重視されてしかるべき点であろう。

6.生態系としての評価    
海上の森には、サンコウチョウ、サンショウクイ、オオルリ等の渡り鳥が飛来して繁殖活を行っている。生態系としては、海上の森だけで孤立しているのではなく、他の地域の生態系とも繋がりを有しているという点でこれら渡り鳥の実態を把握すべきである。

また、植物に関しては、ウンヌケを生態系の指標として位置づけたのは決定的な誤りであると言わざるをえない。ウンヌケはもともと貧栄養で疎開している立地に生育するものであるから、海上の森の一部に分布するとは言え、海上の森を特徴づける位置にはない。生態系を基本的に特徴づけるものは、生産者・消費者・分解者という生き物の機能的な関係にあるのであるから、そもそもウンヌケを対象とする根拠が成り立たない。

7.貧栄養湿地植生について(p. 168-170)    
短期間の一時的な調査結果から、湿地の遷移の方向性を結論づけている。たとえば、次のような表現がなされている。「立地が安定化すれば遷移が進行し、湿生低木林へと移行していくという傾向がみられた。」さらに、「貧栄養湿地植生が成立している場所も、周辺からシデコブシに覆われて衰退しつつある場所が多い。」としている。

これらの湿地の維持には地形と流水量あるいは湧水量との関わりが無視できない。これらの点を無視して、湿地の遷移を論じても結論は恣意的とならざるをえない。森林の発達を立地の安定化としてとらえ、立地の安定化が湿地の消失につながるとしているが、森林の発達と地下水の関係はまだ明らかにされていない。したがって、このような立地の安定化という論理はいまのところ通用しないと言わざるをえない。

8.吉田川峡谷の評価について    
吉田川は、海上の森の南部の花崗岩地帯を東西に走り、比較的狭い谷幅で峡谷を形成している。この吉田川のすぐ北側をこの吉田川に沿って断層が走り、その北側に砂礫層地帯が広がっている。この吉田川の峡谷自体が地形的にも景観的にも、まず、保全の対象として評価がなされなければならない。「準備書」においては、この吉田川の峡谷を評価する視点が欠落している。この吉田川峡谷の評価については、入り組んだ浸食地形とその景観の他に、この吉田川峡谷を挟む地域の植生と動物の関係を把握する必要がある。

吉田川沿いには、カワセミ、アオゲラ、サンコウチョウ、ギフチョウ、ムササビ、ゲンジボタル等が生息あるいは繁殖していることが「準備書」で指摘されている。

156ペ-ジの植物群落特性評価図を見ると、この吉田川沿いの植物群落はおもに落葉広葉樹林で、植物群落特性評価が総合評価ランクでIII-Bに位置づけられている。この評価方法で落葉広葉樹林そのものの評価が不十分である点についてはすでに述べたとおりである。156ペ-ジの図1-15-10 では、吉田川沿いはすべて落葉広葉樹林として色分けされているが、実際には、アラカシやツブラジイがわずかに点在し、ヒノキの人工林もところ どころまとまりをもって存在する。したがって、実際の森林の実態はかなり混交している。サンコウチョウの繁殖場所として、この吉田川峡谷は、地形的にも、植生から見ても重要な位置を占めている。

この吉田川沿いの植生は、サンコウチョウのみでなく、多くの鳥類の生息環境としても重要な役割を果たしている。

さらに重要な点は、156ペ-ジの図1-15-10で明らかなように、この吉田川峡谷を挟む植生が貧栄養湿地が存在する砂礫層地帯の植生と隣接していることである。生態系というものは、それぞれのサブシステムが共存して全体としてまとまりを有することによって成り立っていることを考慮するならば、この吉田川峡谷とその植生を、その全体的な配置からきちんと評価がなされなければならない。

この事業計画では、とくにこの吉田川峡谷とそこに成立する植生およびそこで生活する動物に対する影響が大きいことが予想される。「準備書」の279ペ-ジでサンコウチョウに対する影響が無視しえないことを記している。しかし、根拠が不十分なままで、「残置森林における適正な環境保全に配慮した管理計画や、改変区域における緑化計画の実行等の保全措置を講ずることとした」とし、保全措置の効果の不確実性から、あとは事後調査にゆだねるとしている。しかしながら、このような措置では、保全対策としては効果はありえないことは明白であり、事後調査で逃げ切ることは重大な問題点である。

9.ギフチョウについて  
286 ペ-ジで「本地区周辺に残存する森林内には、スズカカンアオイおよび吸密植物が比較的豊富に分布していることから、ギフチョウの生息域としての条件は事業実施後も確保できるものと予測される。」としている。しかしながら、ギフチョウそのものの動態を踏まえなければ、ギフチョウその動態の予測は不可能であって、スズカカンアオイからギフチョウの動向を予測することはできない。平成10年になぜギフチョウの産卵が少なかったのか。もしも、ギフチョウの産卵が減少しているならば、この会場計画は、その減少に追い打ちをかけるのではないかという点が懸念される。

そのような予測をする上で、道路が建設された場合に、それがギフチョウに及ぼす影響を評価していない。また、宅地化や公園化した場合のそのギフチョウに及ぼす影響が評価されていない等の問題もある。

10.評価方法等の問題点  
「準備書」の279ペ-ジで、サンコウチョウに対する影響に関して、その影響が比較的大きいと予測しているが、その保全対策として「影響が比較的大きいと予測された種の繁殖場所を確保するため、第7章第4節に示した残置森林における適正な環境保全に配慮した管理計画や、改変区域における緑化計画の実行等の保全措置を講ずることとした。」と述べている。しかしながら、これらの対策で、どの程度回避できるのかがまったく示されておらず、しかもその根拠もまったく示されていない。住宅等の施設や道路に近接した場所がサンコウチョウにどのような影響を及ぼすかがまったく考慮されていない。

また、同じペ-ジで、「繁殖可能性4以上の確認箇所の大半がケネザサ-コナラ群集、アズキナシ変群集他の植物群落に含まれていたことから、造成緑地の整備や残置森林の管理等においては当該群落の再生を一つの目標とする。」と述べている。しかしながら、従来の造園技術では、もとの森林を再生することはほとんど不可能に近い。なぜならば、現在の森林は人工的に管理して形成されたものではなく、放置して、森林自体が自立的に生成したものであり、それはかなり偶然性を内包しているのである。したがって、管理することによって、もとの森林が再生する保証はない。このことは不確実性が存在するのではなく、むしろ再生しない確実性が高いと言うべきである。であるから、同書の280ペ-ジで述べているような「残置森林や造成緑地といった限られた空間における保全措置の効果については不確実な要素が多いと考えられる云々」といった表現は明らかに論理的に誤りである。また、同じ280ペ-ジに「多様な環境の創出」を論じている箇所があるが、自然の創出はごく一部の生物種や特殊な立地を除いては、環境の創出は現時点では不可能である。なぜなら、サンコウチョウの生息空間の生態学的諸条件が分かっていないからである。植物社会学的な抽象的な群集名のみでは、サンコウチョウの生息環境について何らの情報ももたらさない。このような状況のもとで、環境の創出などという言葉を用いるのはまったくの詭弁であると言わざるをえない。


名古屋瀬戸道路(瀬戸市・豊田市)
環境影響評価準備書における問題点

1.環境影響評価項目の問題点  
当該事業計画は、吉田川峡谷をまたがって通過するように計画されており、吉田川峡谷そのものの重大な改変を伴うので、吉田川峡谷とその周辺に成立する植生と動物をセットとして評価するための評価項目を設定する必要がある。後に詳述するように、サンコウチョウ、ムササビ、カワセミ等の個々の動物種について個別的に評価するのみでは、吉田川峡谷が生態系において果たしている役割が正しく十分に評価しえない。

2.吉田川峡谷の評価について  
吉田川は、海上の森の南部の花崗岩地帯を東西に走り、比較的狭い谷幅で峡谷を形成している。この吉田川のすぐ北側をこの吉田川に沿って断層が走り、その北側に砂礫層地帯が広がっている。この吉田川の峡谷自体が地形的にも景観的にも、まず、保全の対象として評価がなされなければならない。「準備書」においては、この吉田川の峡谷を評価する視点が欠落している。この吉田川峡谷の評価については、入り組んだ浸食地形とその景観の他に、この吉田川峡谷を挟む地域の植生と動物の関係を把握する必要がある。

吉田川沿いには、カワセミ、アオゲラ、サンコウチョウ、ギフチョウ、ムササビ、ゲンジボタル等が生息あるいは繁殖していることが「準備書」で指摘されている。ひとつ一つの種ごとの評価ではなく、これらの種のセットとしての評価がなされる必要がある。また、後に述べるように、これらの動物の生育環境としての植生や地形を踏まえた総合的な評価がなされるべきである。

吉田川峡谷の植生の特徴は、ツブラジイ・アラカシ等の常緑広葉樹やアベマキ・コナラ等の落葉広葉樹、さらにはヒノキの人工林がパッチ状に混在して、多様な森林環境を形成していることである。鳥類の生息環境としての役割を評価するために、このような植生の特色を具体的に把握すべきである。

この吉田川沿いの植生は、サンコウチョウのみでなく、多くの鳥類の生息環境としても重要な役割を果たしている。ひとつ一つの種ごとの評価ではなく、これらの種のセットとしての評価がなされる必要がある。また、後に述べるように、これらの動物の生育環境としての植生や地形を踏まえた総合的な評価がなされるべきである。

さらに重要な点は、この吉田川峡谷を挟む植生が貧栄養湿地が存在する砂礫層地帯の植生と隣接していることである。生態系というものは、それぞれのサブシステムが共存して全体としてまとまりを有することによって成り立っていることを考慮するならば、この吉田川峡谷とその植生を、その全体的な配置からきちんと評価がなされなければならない。

3.動物に対する影響評価の問題点    
名古屋瀬戸道路が海上の森の中央を横切るように建設された場合、ギフチョウへの影響ばかりではなく、オオタカ、その他の鳥類、ムササビ等の空中を移動して生活する動物に及ぼす影響がまったく考慮されていない。道路そのものが生態系に及ぼす影響は無視しえないので、この点についても評価を行うべきである。

307ペ-ジから308ペ-ジにかけて、繁殖場所を通過しないので、サンコウチョウに対する影響がまったくないと結論づけている。しかし、すぐ近くを道路が通過するのに、影響がないと判断するのは、サンコウチョウをはじめとした鳥類の行動をまったく無視した素人考えであると言わざるを得ない。この点については、調査と影響評価をやり直す必要がある。

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