「事業の問題点を科学的に指摘した、32の提言」
建設大臣 関谷勝嗣 殿
当協会は、これまで日本の河川のあるべき姿を提言すべく河川問題調査特別委員会を設置し、その下に長良川河口堰問題専門委員会、千歳川問題専門委員会を置き、それぞれの問題に対して提言してまいりました。長良川河口堰の影響に関しては、堰稼働後のモニタリング調査を続行し、堰事業が環境に与える影響を明らかにしております。
一方1998年3月には、「吉野川第十堰可動化及びダム事業審議委員会に対する意見書」を、建設大臣ならびに吉野川第十堰建設事業審議委員会委員長に提出し、自然環境に与える影響に関する調査を最新の科学的知見を活用してやり直し、それに基づいて最終判断を下すことを求めました。しかし同年7月には、同委員会は自然環境に与える影響に関して十分な議論がないまま、「可動堰の建設を妥当」とする結論を出しました。
そこで当協会は同年10月、常設の保護委員会の下に、吉野川第十堰問題小委員会を設置し、各分野の専門家によって、吉野川第十堰改築事業が自然環境に与える影響について検討し、吉野川第十堰問題小委員会報告書をまとめました。報告書では、建設省がこれまで実施した環境影響調査結果の有効性を検証するとともに、環境影響評価法を先行適用して実施される環境アセスメントへの提言を行っています。
当協会は、この報告書に基づき、以下の通り要望します。
- 建設省は、多額の税金の投入を伴う環境アセスメントに入る前に、第十堰改築の必要性を自ら見直すとともに、可動堰を前提とせず、かつ市民参加による議論の場を改めて設けた上で、この事業を最初から立案し直すべきである。
- 吉野川第十堰の環境アセスメントを行うならば、単なる事業アセスメントとして実施するのではなく、当協会の吉野川第十堰問題小委員会報告書の提言をとりいれ、市民による合意形成のプロセスとして実施すべきである。環境影響調査にあたっては、長良川河口堰・利根川河口堰など過去に作られた堰の影響に関する最新の科学的知見を活用すべきである。
- 建設省は河川管理者として、徳島県が実施する東環状道路橋建設・流通港湾整備、道路公団が実施する四国横断自動車道路橋建設が、第十堰建設とあいまって河口干潟に与える複合的な影響を予測評価するため、それぞれの事業者にも連携した影響調査を実施するよう求めるべきである。
日本自然保護協会保護委員会
吉野川第十堰問題小委員会報告書
-吉野川第十堰改築事業の環境アセスメントへの提言-
日本自然保護協会は、1998年10月に保護委員会のもとに吉野川第十堰問題小委員会(委員長:西條八束名古屋大学名誉教授)を設置して、11名の専門家によって、吉野川第十堰改築が自然環境に与える影響を検討するとともに、これまでの建設省の環境影響調査の問題点を指摘し、環境影響評価法を前倒しして実施される環境アセスメントに対する32の提言をまとめた。
報告書では、まず大熊孝委員(新潟大学教授)が、第十堰撤去による河床変動との関係において、第十堰を撤去すると河床低下は上流まで及び、それを防ぐためにわざわざ床固工を作らざるを得なくなる。建設省がいうように河床低下がおこらないとすれば、第十樋門の取入口を少し上流に移すだけで取水の問題はなくなり、巨費を投じて可動堰を作る必要はない。建設省の技術報告書でも、計画高水位19000m3/secが流下したとき、水位が計画高水位を上回るのは、堰の上流4-5kmの間であり、最新の技術を使って堤防を補強しても事業費は1000億円も要しない。さらに建設省の計算結果は洪水痕跡と異なり、吉野川シンポジウム実行委員会の計算では、19000m3/sec流下時にも、水位は計画高水位を越えない、など事業そのものの必要性が十分に説明されていないと指摘した。
次に原科幸彦委員(東京工業大学教授)が、環境影響評価法の手続きを前倒しして実施する環境アセスメントでは、スコーピングの段階で、説明会・公聴会を実施し、積極的に住民参加をはかるべきである。環境保全措置の妥当性を検討するためにも、代替案の比較検討が必要である。第三者による審査会が必要である、という意見を述べた。
続いて、奥田節夫委員(岡山理科大学特任教授)、西條八束委員(名古屋大学名誉教授)が、河川の水質、底質、地下水などに与える影響に関して、これまでの建設省の環境影響調査のモデルには誤りがあることを指摘した。水質については、貯水池の容量が2倍になり、農地防災事業によって流入量が減少することから、貯水池の水の滞留時間が30-40日と、自然湖沼の諏訪湖に近くなるため、藻類発生など水質悪化の影響が生態系全体に及ぶおそれがある。また堰上流の水温成層、堰下流の塩分成層によって、底層の貧酸素化が予想される。また堰上下流に有機性微細粒子が堆積し、化学・生物学的な結合によって、出水時も容易に流出しない。建設省の予測は、これらの条件を考慮に入れておらず、シミュレーションをやりなおすべきである。
國井秀伸委員(島根大学助教授)、石川慎吾委員(高知大学教授)は、水生植物・陸上植物への環境を検討した結果、吉野川下流部は四国に残されたほとんど唯一の大規模な低湿地であり、吉野川に生育している貴重種の種子の供給源を周辺地域に求めることは難しい。とくに可動堰建設によって失われる汽水域の植物に与える影響は、小さくないことを指摘した。
和田恵次委員(奈良女子大学教授)は、吉野川河口干潟の底生生物に与える影響を検討し、現在はシオマネキとハクセンシオマネキしか調査されておらず、干潟のレッドデータブック掲載種をきちんと調査すべきであると指摘した。
谷口順彦委員(高知大学教授)は、吉野川の魚類資源の検討から、堰上流の貯水池の水の滞留時間がのびることで、アユ仔魚が流下できずに飢餓により死亡することを指摘、可動堰に併設される新型魚道の有効性を、現堰の補修案などと比較すべきだと述べた。
石井愃義委員(徳島大学教授)は、陸生昆虫・両生は虫類・鳥類・ほ乳類の生息環境に与える影響を検討し、多自然型川づくりなどの環境保全措置によって回復可能であるという建設省の予測結果に疑問を投げかけた。
鎌田磨人委員(徳島大学助教授)は、景観生態学の立場から、生態系の連続性を考慮した環境影響評価を行うためにビオトープマッピングを提案した。
吉田正人(日本自然保護協会保護部長)は、人と自然との豊かなふれあいの調査に関して、豊かな触れ合い活動とは何かを定義した上で、吉野川でなければできない活動を高く評価するよう求めた。
以上、各委員による、建設省の環境影響調査の問題点の指摘をもとに、吉野川第十堰の環境アセスメントに対して、小委員会は次の32項目を提言する。
<環境調査委員会の独立性に関する疑問>
1. 環境調査委員会は、事業者である建設省から独立した立場で、意見を述べるべきである
環境調査委員会は、行政機関である建設省から委嘱されているとはいえ、事業者である建設省からは独立した立場で、純粋に科学的な見地から、事業者が実施する環境調査に対して助言・提言をし、環境影響予測評価に対して意見を述べる機関であるべきである。しかしながら、これまでの環境調査委員会の活動をみると、委員会としての独自の見解は一つも発表せず、建設省の事務局が作成した資料を点検し、修正を求めることに終始している。調査委員会では、建設省の用意した資料に対する厳しい意見が出たとしても、会議も議事録も公開されていないため、結果的には建設省の予測評価を追認するだけであったという批判を免れない。
環境影響評価法の成立を求める自然環境保全審議会の審議過程においても、第三者機関による予測評価の審査が求められているところであり、この環境調査委員会が環境影響評価に関わるのであれば、これまでの姿勢を改め、事業者から独立した立場で方法書、準備初等に対する意見を述べるべきである。
同じように環境影響評価法を先行実施している2005年日本国際博覧会では、通産省に環境影響評価手法検討会が設置され、事業者である2005年日本国際博覧会協会とは独立した立場で報告書を出している。第十堰改築事業の場合、事業者も監督官庁も建設省であるという違いはあるが、少なくとも委員会報告は独自の立場でまとめるべきである。
<可動堰建設を前提とした議論への疑問>
2. 環境調査委員会は、可動堰建設を前提とせずに、あらゆる選択肢を念頭に置いて、ゼロから議論をし直すべきである
環境調査委員会は、水域、陸域の現況及び生物の現況を把握し、堰改築による生物の生育・生息環境への影響及び環境保全対策を検討して、新たな水辺環境を創出するための施策を改築事業に反映させるための提言・助言を行うことを目的としており、これまでは、可動堰建設を前提として、生物の現況把握、環境保全対策に助言を行って来た。
環境調査委員会が発足した1992年当時は、吉野川第十堰改築問題がこれだけ多くの市民の注目を集め、徳島市の有権者の半数が住民投票を求めるような社会情勢になるとは想像もつかなかったことであろう(長良川河口堰建設や諌早湾干拓事業が、自然を破壊する公共事業として批判を浴びたのもその後のことであった)。そのため、可動堰建設を前提として、少しでも環境への影響を緩和する方向で議論が進められたことは、当時としてはやむをえざることであったかも知れない。
しかし、1997年に河川法が改正され、環境影響評価法が成立する時代となっても、可動堰建設を前提とした議論を続けることは、もはや許されることではない。1999年2月に橋本建設事務次官が「環境影響評価や河川整備計画を通じて民意を反映させる」と発言したことは、その意味で象徴的なことである。
環境調査委員会は、これまでのように「治水を主、環境を従」とした議論をするのではなく、「治水についても環境についても、さまざまな選択肢がありうる」という立場で、改めてゼロから議論をし直すべきである。
<環境調査委員会の公開性に対する疑問>
3. 環境調査委員会は、その検討過程を市民に公開すべきである
吉野川第十堰建設事業審議委員会は、市民の度重なる要望によって、ようやく公開されることになった。しかし環境調査委員会は、会議も議事録も非公開のままである。
河川法改正によって、住民の意見を反映した河川整備が求められるようになった今、河川整備についての方針を決めるのは建設省だけではない。流域住民が河川に関する知識を共有し、正しい判断ができるように情報提供が行われなければ、住民の意見を反映した河川整備は実現できない。その意味で、環境調査委員会は、建設省に諮問されたことに答えるだけでは不十分であり、住民に対して科学者としての意見を公開し、住民の疑問に答える説明責任を有している。
環境調査委員会は、会議および議事録を市民に公開すべきである。
<可動堰の環境への影響に関する最新の科学的知見の活用>
4. 環境影響評価にあたっては、利根川河口堰、長良川河口堰等、既存の可動堰の環境への影響に関する最新の科学的知見を活用すべきである
環境調査委員会の報告資料には、利根川河口堰、長良川河口堰等、既存の可動堰の環境への影響に関する最新の科学的知見、とくに可動堰に批判的な知見は全く活用されていない。環境調査委員会が設立された1992年には、長良川河口堰もまだ完成していなかったことを考えれば、当時としてはやむをえざる面もある。しかし、長良川河口堰のモニタリング調査報告(NACS-J 1996、建設省・水資源開発公団 1995、1996、1997)、利根川河口堰の流域水環境に与えた影響調査報告(NACS-J 1998)など、次々と可動堰のモニタリング調査結果が明らかになっているにもかかわらず、「吉野川は、利根川や長良川とは違うので、悪影響はない」と主張し続けることは、可動堰のモニタリング調査に費やされた何十億円という予算を無駄にするものであり、科学的な態度とはいえない。
環境調査委員会は、利根川河口堰や長良川河口堰で得られた最新の科学的知見や、環境への影響予測モデルを十分に活用しつつ、吉野川における環境影響予測評価を行うべきである。必要であれば、利根川河口堰、長良川河口堰のモニタリング調査に携わっている研究者を招請して意見を聞くなどの方法をとるべきである。
<旧アセス技術指針による予測評価の根本的な見直しを>
5. 環境調査委員会資料における影響予測評価(とくに生物および生育・生息地への影響予測評価)は、旧アセスメントの技術指針に基づいているため根本的な見直しが必要である
環境調査委員会(第4回、第5回)の委員会資料は、同委員会の最終結論とはいえないまでも、第十堰建設事業審議委員会に提出するために、自然環境への影響を予測評価した準備書ともいえる書類である。しかしながら、生物および生育・生息地への影響に関しては、旧アセス技術指針に拠っているため、「全国的価値を有するもの=環境要素を努めて保全する、都道府県的価値に値するもの=環境要素を相当程度保全する、市町村的価値のもの=環境要素への影響を努めて最小化する」という環境保全目標に基づいた予測評価がなされている。水質基準など数値化できる項目と違い、生物に関する環境保全目標には、「努めて」、「相当程度」などきわめて曖昧な表現が用いられているために、影響予測が不確実な種までひっくるめて、「環境保全目標は達成されると考える」という紋切り型の予測評価となっている。
環境影響評価法を先行適用して環境アセスメントを実施するからには、「生物の多様性の確保と自然環境の体系的保全」という目的のもとに、調査項目、調査手法、保全目標の新たな検討が必要である。また生物および生育・生息地への影響の予測評価にあたっては、収集可能な情報量に差があることから、影響予測の不確実さを含めた表現にすべきである。最近、藤前干潟、大規模林道(朝日-小国区間)などの環境アセスメントにおいて「影響は明らか」「環境保全目標の達成は不可能」という表現が使われだしたが、影響があると思われるものは「影響あり」と認めるアセスメントこそ科学的な環境影響評価といえる。
生物の調査項目では、調査方法、種の同定など、細部にわたる問題点が指摘されている。また水質・底質の項目でも、予測モデル、実験方法などに問題点が指摘されている。
<環境アセスメントの進め方について>
6. スコーピングの過程で説明会・公聴会を実施し、双方向のコミュニケーションをはかるべきである
吉野川第十堰の環境アセスメントは、環境影響評価法を先行適用しスコーピングの手続きを採用した堰事業では我が国ではじめてのアセスメントの一つである。したがって環境アセスメントの実施にあたっては、環境影響評価法の趣旨を先取りしたスコーピングの手続きを行うべきである。具体的には、方法書の公告縦覧に伴い、説明会・公聴会を複数回・継続的に開催し、スコーピング手続きを双方向のコミュニケーションの場とすべきである。また市民からの意見書に対しては、一つひとつきちんと回答し、改訂した方法書を公開した上で、準備書作成のための環境調査に入るべきである。
7. スコーピングにおいて、複数の代替案の比較検討を行うことで、環境アセスメントを住民参加による意思決定のプロセスとすべきである
中央環境審議会の答申、それをふまえた国会審議において、環境アセスメントにおける複数案の検討の必要性が確認されていることに鑑み、方法書には、調査項目、調査及び予測評価の手法に加え、比較検討すべき代替案の範囲を加えるべきである。これは、1999年2月の橋本建設事務次官の発言を実現するためにも、最も重要なポイントであり、代替案には、少なくとも原案(可動堰案)、ゼロ案(第十堰を残す案)、中間案など、3案以上の複数案が検討されるべきである。
8. 調査及び予測・評価する範囲を、堰周辺の数キロ範囲に限定せず、できる限り広くとるべきである。とくに堰周辺の汽水域、河口干潟の範囲への影響に関する調査及び予測評価については、重点化をはかるべきである
環境調査委員会に報告された、自然環境等の調査報告書では、調査範囲としては柿原堰から河口までとされているものの、可動堰の影響の予測評価の範囲は、可動堰の下流1km(河口12km)から六条大橋(河口16.5km)の4.5kmの事業区間に限定されている。しかし、可動堰の影響は、堰よりはるか上流のアユ資源や、堰下流の河口干潟、さらには沿岸の漁場にまで及ぶ可能性がある。吉野川第十堰改築の環境影響評価においては、予測評価の範囲を広くとり(最低でも柿原堰から河口まで)、とくに吉野川において重要な、堰周辺の汽水域、河口干潟の範囲への影響に関する調査及び予測評価については、重点化をはかるべきである。
9. 吉野川下流の関連事業(農地防災事業・東環状道路・四国横断自動車道路・流通港湾事業)との複合的影響を調査し、総合的に予測・評価すべきである
吉野川第十堰による、湛水域の富栄養化、植物プランクトンの異常発生などを予測評価するには、上流に計画されている農地防災事業との複合的影響を調査する必要がある。また、河口干潟への影響を予測評価するためには、東環状道路・四国横断自動車道路・流通港湾事業との複合的影響を調査する必要がある。
10. 吉野川第十堰の環境影響評価では、中立な立場の第三者機関による、方法書、準備書の審査を行うべきである
環境影響評価法の規定では、主務大臣にアセスメント進行の責任があるが、知事意見、市町村長意見の形成過程で、主務大臣と離れた立場での意見表明が可能である。徳島県では環境影響評価要綱を改正し、環境影響評価条例を制定すべく準備中だが、吉野川第十堰の環境アセスメントでは条例を前倒しして、県の環境影響審査委員会による審査を行うべきである。
<堰改築の必要性の評価>
11. 可動堰の治水効果を、代替案と比較検討の上、評価し直すべきである
可動堰の治水効果は、「計画高水流量19,000m3sec-1が流下したときの水位が、計画高水位より高くなる区間は、堰上流4-5kmまでである(技術報告書)」と指摘されている。利水の目的が消えた今、治水目的のみで1,000億円もの巨費を投じて可動堰を建設することが妥当かどうかを、堤防の強化、第十堰の補修などの代替案と比較検討の上、評価すべきである。また、計画高水流量19,000m3sec-1が流下したときの不等流計算については、水理模型実験の水位と実際の洪水の水位に食い違いがあり、再現性に未だに疑問が残るので、最新の洪水痕跡も含めて評価をし直すべきである。
12. 第十堰撤去による河床低下を、きちんと評価し直すべきである
建設省は、「第十堰が撤去された場合、当初堰の下流は河床が上昇し、堰上流は河床が低下するが、10年ぐらい経過すると安定的な河床勾配に達し、その後はそれが維持される」と説明している。しかし、この河床変動予測を説明する資料は、第4回吉野川第十堰建設事業審議委員会において配布された「第十堰撤去に伴う河床変動について」、第6回吉野川第十堰建設事業審議委員会において配布された「第十堰に関わるせき上げ及び河床変動計算について」の中の1枚の図のみであり、それを裏付ける資料が公開されていない。河床の変動予測手法は、現代の科学技術レベルでは、上流からの土砂の供給条件などさまざまな仮定が入り、必ずしも正確なものであるとは言いがたい。もし建設省の予測が正しいとすれば、可動堰を作らなくても取水口を少し上流に移すだけで取水可能なので、可動堰を建設する根拠が失われる。もし誤りであれば、可動堰を建設したとしても、新たに床固工が必要になり、第十堰を撤去する根拠が失われる。重大な問題であるので、現在の予測の根拠を示すとともに、環境アセスメントにおいて再度正確な予測を実施すべきである。
<堰改築の物理化学的影響>
13. 吉野川第十堰の改築による堰下流部の汽水域への影響を予測・評価するため、可動堰による塩水楔の遮断、放流水による塩水の連行を調査し予測すべきである
緩混合状態での貧酸素水塊の出現を数値的に予測するためには、環境調査委員会の資料で用いられている水質分布を決める鉛直方向の渦拡散係数に加えて、流速分布を決める渦粘性係数の値も記し、またこれらの係数値と成層安定度との関係も示すべきである。
14. 吉野川第十堰の改築による堰下流部の底層への影響を予測・評価するため、現地の水底表層物質を用いた掃流水理実験を実施すべきである
環境調査委員会の資料で用いられている、水底粒子群の限界せん断応力の見積もりだけでなく、粒子間の化学的・生物学的結合力、沈降過程での粒子のフロック化を考慮して、予測評価をするため、現地の水底表層物質を用いた掃流水理実験を行い、限界せん断応力を実測すべきである。
15.吉野川第十堰の改築による地下水への影響については具体的な根拠を示すべきである
可動堰建設による浅層地下水の上昇については、技術的に対応するとしているが、その根拠となるA層の透水係数を選んだ根拠をもっと具体的に示すべきである。深層地下水の塩水化による影響についても、B層を通じて浅層地下水に及ぼす影響を無視できることを定量的に示すべきである。
<堰改築の水質・底質への影響>
16. 溶存酸素等水質の調査は、平均値が環境基準を満たすかどうかを予測するだけでなく、底生生物に与える影響を予測・評価すべきである
堰下流においては、鉛直循環流によって川底沿いに遡上する塩水の中で、酸素消費が進んで溶存酸素が低下する現象が見られる。とくに夏期の堰下流における溶存酸素の低下は、直接貝類をはじめとする底生生物の死滅につながる。溶存酸素は、平均値で評価するのではなく、夏期に底層が貧酸素になりやすいときに底層すれすれの深さで測定し、可動堰建設の影響を予測評価すべきである。
17.堰上流における藻類発生は、窒素・リンの流入負荷だけではなく、底泥からの栄養塩の溶出、洪水時の流入負荷を加えて予測・評価すべきである
吉野川環境調査委員会資料による、堰改築後の水質予測によれば、「神宮入江川の排水バイパス対策を実施すれば、堰上流部の水質は堰改築前の水質とほぼ同じレベルであり、クロロフィルaについてはやや増加するものの現状の水質を大きく逸脱するものではなく、貯水池内でアオコが発生する可能性はきわめて低い」としている。
神宮入江川の排水バイパス対策に関連しては、長良川支流に約100億円をかけて浄化施設が作られたが、SS、BODへの対応にとどまり、窒素・リンの除去には役立っていない。また、出水時に流入する多量の汚染物質は、バイパスできずにそのまま湛水域に流入する可能性がある。神宮入江川の排水バイパス対策が、これらの問題にも対処できるのかどうか、具体的に予測を示すべきである。
また、吉野川環境ネットワークの調査によれば、旧吉野川・今切川における大量の藻類発生は、流入負荷だけでは説明できず、堆積した底泥から窒素・リンが供給されている可能性がある。堰上流の藻類発生を予測する際には、底泥からの栄養塩の溶出を考慮に入れたモデルによって、改めて予測評価すべきである。
18.新たにできる貯水池は自然の湖に近い性格を持つため、水質予測において貯水池の部分は、夏期に水温成層ができる自然の湖に準じた予測評価及びモニタリングをする必要がある
現在の堰より1.2km下流に可動堰を建設する場合、貯水池の容積は2倍以上になる。一方で、農地防災事業計画により、柿原堰における、かんがい期の取水は約10m3・sec-1増える。このため、貯水池への流入水の減少も加わり、滞留時間は約30~40日になり、諏訪湖の状況に近くなる。水深も大きくなることを考えると、その性状は、貯水池というよりも自然の湖に近くなる。滞留時間のもっと短い長良川河口堰直上流域においてさえ、夏期には上下の水温の変化が観測され、出水後1週間あまりで藻類は大発生し、底層のDOは急減した。新しい可動堰の場合は、水温成層もより顕著になると考えられ、水質の鉛直分布に配慮した予測評価及びモニタリングが必要である。なお、藻類の発生、底層DOの低下などに伴い、生態系への影響も大きいと考えられ、それも考慮したアセスメントを行うべきである。
19. 堰上下流における有機物を多く含んだ底泥の堆積ならびに堰下流域の底質の貧酸素化は、利根川・長良川などでも生じており、吉野川でも起こりうるという前提で予測・評価すべきである
堰上下流における有機物を多く含んだ微細な粒子の底泥の堆積は、今切川、利根川、長良川など、吉野川に計画されている可動堰と同様の構造を持った、既存の河口堰において共通にみられる現象である。建設省は、「吉野川は他の川と比べて河川勾配が大きいので泥の堆積は起こらない」と主張するが、平均的な河川勾配はともかく、第十堰と1.2km下流地点の可動堰が作られる地点の間は平坦であり、とくに貯水池の水の滞留時間が長くなり、自然の湖に近い状態に変わるため、底泥の堆積の可能性はきわめて高い。
とくに堰下流での堆積は、第十堰地点でさえ塩水遡上がみられることから、1.2km下流の可動堰建設地点では、可動堰による遮断により、川底に沿った塩水遡上によって有機物を多く含んだ底泥が堆積する可能性が高いと考えられる。また、堰下流域底層の高塩分水の貧酸素化も、既存の河口堰で認められていることである。底層水の貧酸素化ならびに底生生物への影響について適切な予測評価が行われるべきである。
20. 堰周辺の水質・底質への影響を予測するためには、ゲート操作日数の予測値を公開し、その上でゲート操作日数が予想よりも多くなった場合を想定して行うべきである
可動堰のゲート操作が、どのように行われるかによって、堰周辺の水質・底質に与える影響は大きく左右される。利根川、長良川の例をとってみても、可動堰建設前に説明されていたゲート全開日数と、実際に運用が始まった後のゲート全開日数には大きな隔たりがあり、ゲート操作日数の増加が見られる。堰周辺の水質・底質への影響を予測するためには、まずゲート操作日数の予測値を公開し、その上でゲート操作日数が予想以上に多くなった場合も想定して、予測評価すべきである。
<生物および生育・生息地の調査の問題点>
21. 生物およびその生育・生息地の調査にあたっては、生態系の連続性を考慮した環境影響調査を実施すべきである
河川生態系の特徴は、上流から下流、高水敷から低水路といった、縦横の勾配によって形成される多様な環境の中に成立していることである。生態系の基礎を作り上げる物理的条件は現堰から河口まで非常に不均一であり、それが生物群集の構造を決定づけている。堰の移築が生物群集、生態系に及ぼす影響を評価するためには、生物群集の地図化(ビオトープマッピング)によって現状を把握し、それに事業計画を重ね合わせることによって、直接的・間接的に影響を受けるビオトープを見いだし、それによる波及効果を予測評価しなければならない。
22. 全国的に湿地環境が減少する中で、吉野川の汽水環境は非常に重要な意味を持っているため、重点的な調査を実施すべきである
環境調査委員会に提出された報告書には、「可動堰を第十堰の1.2km下流に建設することによって失われる汽水域は全体の4%なので環境保全目標は達成できる」とか「汽水域の消失によって失われるイセウキヤガラ群落は全体の7%なので環境保全目標は達成できる」などの表現が見られるが、吉野川の汽水域は四国でも最大のものであり、他の河川では失われてしまった汽水環境を今も保っている。わずか数%失われただけでも、汽水性の動植物、あるいは一時的に汽水域を必要とする動植物にとっては、重大な影響を被る可能性がある。イセウキヤガラをとっても、可動堰建設によって失われる群落は二番目に大きな群落であり、最上流に位置することから種子供給源として大きな役割を果たしている可能性もある。汽水環境の重要性を認識し、重点的な調査を実施すべきである。
23. 吉野川の河口干潟は国際的な重要性を持っているため、干潟への影響については重点的な調査を実施すべきである
吉野川第十堰環境調査委員会資料は、「可動堰設置後も下流への土砂の供給は同じ」と述べているが、流量が460m3sec-1を超える日数は、年2-3回しかないこと(昭和63年、平成6年)、また建設省の計算には、堆積物の化学的生物的結合が考慮されていないことから、河口干潟に影響はないとする主張は受け入れがたい。机上の計算ではなく、実際の底泥を用いた流出実験、実際の出水前後の土砂の動きの調査に基づいて、河口干潟への影響を予測評価すべきである。なお干潟の保護にあたっては、単に地表に現れる砂州のみではなく、満潮時には水面下となる潮間帯、さらには干潮時も水面下にある浅場も、底生生物、魚類の仔魚の生息地として重要であり、砂州の形の変化だけではなく、底質の変化にも留意して、予測評価すべきである。諌早湾という我が国最大の渡来地を失った今、ラムサール条約の「東アジア・オーストラリア地域のシギ・チドリ類に関するネットワーク」に入っている吉野川河口干潟の重要性は、ますます高まっており、改めて十分な調査を行うべきである。
24. 干潟の生物については、以下の種について再調査すべきである
河口干潟の存続に疑問がある以上、河口干潟を生息地とする生物への影響の予測評価は改めてやり直すべきである。とくに底生生物では希少種としてエドガワミズゴマツボ、ミズゴマツボ、カワグチツボ、マルウズラタマキビ、ウミニナ、ヘナタリ、フトヘナタリ、シマヘナタリ、イボウミニナ、ハマグリ、ハナグモリ、オオノガイ、クシテガニ、アリアケモドキ、水産生物として、ヤマトシジミ、アサリ、ハマグリ、テナガエビ、ヨシエビ、ウシエビ、クルマエビ、タイワンガザミ、ガザミ、ノコギリガザミ、モクズガニ、魚類ではトビハゼが調査対象に加えられるべきである。また底生生物では、シオマネキ、ハクセンシオマネキ、昆虫では、ルイスハンミョウ、ウミホソチビゴミムシが、調査対象になっているものの、生息密度の調査がなされていない。
なお最近になって、水産庁より「日本の希少な野生水生生物に関するデータブック(1998)」、環境庁より「汽水・淡水魚類のレッドリストの見直しについて(1999)」が出されており、これらに掲載された種についても、調査が必要である。
25. 植物種・植物群落に関しては、以下の種について調査をやり直すべきである
同定の誤りの可能性のある沈水植物の「イトモ」、砂礫地が失われることによって絶滅の可能性のある河川敷の植物、特定の昆虫の食草となっている植物、編纂中の「徳島県レッドデータブック」に掲載される植物。
26. アユの遡上および仔魚の流下に与える影響の再評価をすべきである
可動堰がアユの遡上および流下に与える影響を評価するためには、現在の天然アユ資源の実態把握が不可欠である。渇水期に底泥による溶存酸素の消費により、底層が低酸素状態となることが懸念される。また、堰上流の湛水域の貯水池の水の回転率は約30日と推定されていることから、アユの流下仔魚は貯水池を脱出する前に、死滅することが予想される。アユの流下仔魚の実態について、定量的に把握し、アユ資源に与える影響を予測評価すべきである。
27. 新型魚道の効果を、他の方法と比較し再評価すべきである
サツキマスをはじめとする回遊魚のために最新式の魚道を設置するとしているが、大型回遊魚の遡上流下には、一定の水位が必要である。新型魚道の効果は、原堰の魚道の改修、歴史的頭首工などと、比較して評価すべきである。またモクズガニ、テナガエビに対する魚道の有効性も示すべきである。
28. 生物の調査は定量的に行うべきである
吉野川環境調査委員は、「第十堰周辺でしか見られない鳥はいないので、堰移築の影響があるといっても、大きな影響ではない」と主張しているが、これは生物種リストに基づいた、定性的な判断であって、それぞれの種が、どのくらいの個体数、どのような環境を、何のために利用しているかが示されなければ、環境影響を予測評価することも、保全対策をとることもできない。生物の調査は、定量的に行うべきである。
29. 調査方法を明確にすべきである
生物の定量調査では、どのような調査方法・採集器具を用いたかによって、結果が大きく異なることがあるため、調査方法を明確にすべきである。
30. 生物種の同定と標本の取り扱いについて 生物種の同定は、分類群ごとにきわめて専門的であり、専門外の調査者にとっては誤りやすいため、種の同定を行った調査員の氏名を明らかにし、植物・昆虫などは可能な限り標本を保存することで、同定の誤りを遡及できるようにすべきである(調査終了後、標本は、県立博物館などに寄贈し、誰でも閲覧できるようにすべきである)
<環境保全措置の問題点>
31. 多自然型河岸の創出(代償措置)は、回避・低減が不可能である場合にのみ可能な措置であり、代償措置によって安易な復元を考えてはいけない
吉野川第十堰環境審議委員会資料では、ほとんどの河川敷の動植物に関して、多少の影響を認めるものの、「多自然型河岸の創出」によって復元可能であるという結論を出している。環境保全措置の基本は、まず回避、低減であり、代償措置はこれらの措置がどうしても不可能である場合に限るという原則、また他の方法では代償できない重要な場所は、代償措置の対象にはなり得ないという原則に照らし合わせて、この環境保全措置を見直すべきである。とくに第十堰下流の汽水域や汽水環境の生物種は、「多自然型河岸の創出」では回復が不可能である可能性が強い。また代償措置による復元が可能であると判断される場合でも、失われるものと復元されるものを質的・量的に比較して、環境保全措置の妥当性を評価しなくてはならない。
<人と自然との豊かな触れ合いの場>
32. 人と自然との豊かな触れ合いの場の評価に当たっては、「豊かな」触れ合い活動とは何かを定義した上で、他の地域あるいは他の活動では代替できない触れ合い活動こそ高く評価すべきである
人と自然との触れ合いの場の評価に当たっては、第十堰の撤去によって失われる現在の吉野川下流および第十堰における人と自然との触れ合いの場、可動堰建設によって喪失または創造される人と自然との触れ合いの場の2つの評価が必要である
環境庁の基本的事項では、「人と自然との『豊かな』触れ合い活動の場」として、「豊かな」という言葉を含んでいるが、建設省他の堰事業環境影響評価技術指針には「人と自然との触れ合い活動の場」という表現に変わっている。他の地域あるいは他の活動では代替できない、自然との共生関係を強め、土地との結びつきが強い活動こそ、「豊かな」触れ合い活動であり、高く評価すべきである。
■日本自然保護協会保護委員会吉野川第十堰問題小委員会委員(1998年10月~1999年3月)
委員長 西條八束 名古屋大学名誉教授/陸水学
委 員 石井愃義 徳島大学総合科学部助教授/生物学
石川慎吾 高知大学理学部教授/植物生態学
大熊 孝 新潟大学工学部教授/河川工学
奥田節夫 岡山理科大学理学部特任教授/河川物理環境
鎌田磨人 徳島大学工学部助教授/景観生態学
川那部浩哉 琵琶湖博物館長/動物生態学
國井秀伸 島根大学汽水域研究センター助教授/植物生態学
谷口順彦 高知大学農学部教授/魚族生態学
原科幸彦 東京工業大学大学院教授 環境アセスメント
和田恵次 奈良女子大学理学部教授/動物生態学
事務局 吉田正人 日本自然保護協会保護部長/環境教育