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「環境保全エリアの造成は、湿地の代償とはなりえない ~環境保全措置のあり方と建設計画の再検討を」

1998.10.02
要望・声明
1998年10月2日

大阪ガス(株)社長
福井県知事
環境庁長官     野村 明雄  殿
栗田 幸雄  殿
真鍋 賢二  殿

中池見湿地の工事着手に関する緊急要請書

 

NACS-J保護部長 吉田正人

大阪ガス(株)が液化天然ガス(LNG)基地の建設を計画している福井県敦賀市の中池見湿地は、環境庁のレッドリスト(絶滅のおそれのある野生植物種リスト、1997)に記載されたイトトリゲモなどの植物種ばかりでなく、かつてわが国の湿地には普通にみられたにもかかわらず、現在では少なくなっているゲンゴロウなどの動植物が生息する、きわめて重要な湿地である。このような平野部の低湿地は、人の居住空間と隣接し開発されやすい立地であることから全国的に減少しており、日本自然保護協会の「環境影響評価技術指針にもりこむべき重要な植物群落~保護上の危機の視点から選んだ第1次リスト~」(1998年6月)は、中池見湿地に多く見られるような「低層湿原・挺水植物群落」、「浮葉植物群落」、「沈水植物群落」等の植物群落を「Aランク/危機に瀕している植物群系(18群系)」に挙げている。京都・神戸・福井三大学合同中池見湿地学術調査チームの学術調査報告書(第一次調査結果の報告、1998)や、「中池見湿地の保全に関する要望書」(1996年3月)においても、その学術的価値は高く評価されている。

また、中池見湿地は、「日本の地形レッドデータブック」(日本の地形レッドデータブック作成委員会、1994)にも記載された「袋状埋積谷」と呼ばれる特異な地形であり、「福井県敦賀市樫曲地区工業団地開発可能性調査」(通産省委託調査1990、1991)では45?以上におよぶ泥炭層のコアが採集されている。中池見湿地は、過去の気候変動の研究の場として学術上の価値を持つばかりでなく、軟弱地盤であることにくわえて活断層の存在が推測されるなど、LNG基地という安全性が求められる施設の立地としては、極めて条件が悪いという指摘がなされている。

一方で、中池見湿地では昔ながらの伝統的な農作業が営まれ、失われつつある日本の農村景観が保たれてきた。LNG基地の計画が出る前から、当協会の自然観察指導員らが長年にわたって自然観察会のフィールドとして親しんでおり、人と自然のふれあいの場として、環境教育の場としても価値の高い場所である。昨年成立した環境影響評価法に「人と自然との豊かな触れ合い」の評価項目が新たに盛り込まれたことからも明らかなように、原生的な自然だけでなく、人にとって身近な二次的自然の保全上の価値が大きく見直されており、その観点からも中池見湿地の今日的価値はますます高まっている。

しかしながら、大阪ガス(株)は、希少種を中心とした移植による環境保全措置の実行を条件に、環境影響評価の手続きを終え、開発計画に対するさまざまな疑問・批判が多くの研究者やNGOから提起されているにもかかわらず、7月下旬に環境保全エリアや仮設道路の工事に着手した。中池見湿地の生態学上の価値、自然環境保全上の価値、文化的価値等に対して寄せられている社会的関心の高さに照らし、大阪ガス(株)の行為は極めて問題が大きいと言わざるを得ない。また、近年、多くの生態学者らが中池見湿地に対する学術上の関心を寄せ、現地調査・研究によって新たな科学的知見が蓄積されつつある最中において着工に踏み切ったことは、誠に遺憾である。

日本自然保護協会は、中池見湿地のLNG基地開発計画は、環境影響評価を終えた今の段階でも、環境保全上大きな問題点があり、立地の変更を含めた根本的な見直しが必要であると考える。環境保全措置として着手された環境保全エリアの造成は、中池見湿地の代償とはなりえず、希少種の生存についても不確実性が高い。よって、以下の2点を緊急に要請する。

  1. 大阪ガス(株)は、環境保全エリアおよび仮設道路の工事をいったん中断し、環境保全エリアの造成を含むLNG基地建設の全体計画の見直しを検討すること。環境保全エリア造成に批判的な研究者・自然保護団体をまじえ、環境保全措置のあり方を再検討すること。
  2. 福井県知事、環境庁長官は、環境影響評価の手続きが終了した後であっても、新たな科学的知見のもとに中池見湿地の重要性が再評価されている現実をふまえ、大阪ガス(株)に計画の再検討を指導すること。

 


 

理由

(1)環境保全措置としてのミティゲーションのあり方

開発に伴う環境保全措置としてのミティゲーション(Mitigation、注)には、回避・低減・最小化・代償などの概念が含まれ、とりわけ、環境への影響を回避するための代替案の検討こそ優先されなければならない。移植・復元などの代償措置は、代替案の検討を行った上で、どうしても回避できない影響を緩和する場合においてのみ、社会的合意の下に許され得るものである。中池見湿地でも、まず環境への影響を回避するための代替案を検討し、その詳細な経緯と結果を市民に情報公開すべきであって、それをせずにいきなり移植・復元などの代償措置を計画することは本来の環境保全措置としての意義を持ち得ない。中池見湿地の場合、保全上の価値が高い25?の湿地のうち20?以上を消滅させ、残りの数?においてミティゲーションを行う計画であり、この決定にいたるまで、どのような回避・低減・最小化の措置を検討し、現計画を最適であると判断したのかが明らかになっていない。もし、このようなミティゲーション案を環境保全措置と呼ぶならば、藤前干潟で問題となっている人工干潟の造成など、開発を前提とした代償措置が環境保全措置の主流となり、今後の環境影響評価制度に与える悪影響ははかりしれない。

(2)維持管理試験の妥当性  

環境保全エリア内では植生の維持管理試験として、植物の移植・繁殖実験が昨年度から行われている。大阪ガス(株)の資料「1998年度調査等の中間報告」(98年8月、第六回環境保全エリア整備専門委員会)によると、「(2)調査結果の概要」で「調査は現在も継続中であるが、昨年度と同様に多様な植生が維持されており、維持管理作業が有効であることが確認されている」と報告されている。続いて、「○○はいずれも昨年移植した場所から発生しており、移植が順調に推移していることを示している」「今年移植した○○についても順調に活着している」「繁殖試験では発生率100?を示し、開花段階に至っている」と報告されているが、人工的な移植・繁殖は科学的に不確実性が高く、数年間で成功したように見えても長期的には消滅してしまうケースが少なくないため、わずか数年単位の試験をもって安易に判断すべきではない。

大阪ガス(株)が取り組む維持管理試験は、中池見湿地のような二次的自然の生物多様性が、伝統的な農作業を通じた人為的攪乱によって維持されてきた点に着目し、地元農家の協力を得て田起こし、草刈り、江掘りなどの営農作業を実施しつつ生物多様性を維持しようとするものである。しかしながら、長期的に生物多様性の保全をはかろうとする場合、ある程度まとまりを持った大規模な面積が確保されることによって、初めて自然の攪乱と遷移のバランスのとれた多様性のモザイクが保たれるのであって、現在の中池見湿地の約8割をつぶし、保全エリアだけで湿地の動植物の生息・繁殖を維持しようとするのは極めて困難と言える。特に、LNG基地の建設によって、環境保全エリアと隣接した北側の湿地で大規模な埋め立て工事が行われ、水系・土壌が完全に遮断されるため、長期的にみて環境保全エリア内の生態系の保全は極めて困難と考えられる。

(3)環境保全エリア内の「自然観察ゾーン」の問題点  

中池見湿地は現在、自然観察や環境教育の場として多くのNGOによって活用されている。こうした活動では、湿地内を縦横無尽に走る大小の水路や水田、あぜ、休耕田などがモザイク状に入り組み、変化に富んだ多様な自然環境を形成している25?の湿地全体が生かされている。大阪ガス(株)の資料によると、環境保全エリアには「サンクチュアリ・ゾーン」「農村ゾーン」と並んで「自然観察ゾーン」が設けられる予定となっている。しかし、このような小規模で人工的に維持される箱庭的なサンクチュアリは、木道から植物観賞をする大人には役に立っても、湿地に入って生き物とのふれあいを必要とする子どもには役立たない。琵琶湖周辺における調査でも、自然環境の多様性の減少が、水辺遊びの多様性と生物の呼称の多様性の減少につながっていることが明らかとなっている(「水辺のあそびにみる生物相の時代変遷と意識変化 琵琶湖博物館研究調査報告9号」1997)。中池見湿地全体の保全を考えず、環境保全エリアの一部に自然観察ゾーンを造成するという現計画は、中池見湿地が持つ自然ふれあい・環境教育の場としての機能を、完全に失うものである。

(4)二次的自然の開発の正当化に対する疑問   

大阪ガス(株)は、中池見の現状について、その動植物の生息・生育環境が営農作業を通じた人為的攪乱によって維持されていること、長期間放置されている所では遷移が進行し、ヨシ原が広い面積を占めていること、ヨシ原が現在も急速に拡がっており希少な植物が減少しつつあることを挙げ、現在のまま放置するとヨシ原が拡大し、貴重種が減少するという遷移の過程にある、としている。そこで、開発によって湿地の大部分を消滅させる代わりに、環境保全エリア内においてこうした営農作業による維持管理を継続し、貴重種を保全するとしている。しかし、二次的自然の特徴を、このように開発を進める理由付けとしたうえ、代償措置として自然を人工的に維持管理する手法を正当化するのは、問題が大きい。二次的自然の生物多様性を支えてきた農林業が衰退する中、二次的自然の維持管理の在り方は現在、自然保護にとっても全国共通の課題となっており、二次的自然を維持するための公的支援体制の確立、研究者・NGOレベルでのノウハウの蓄積などが急がれている。このような中、遷移の過程にあるということを理由に二次的自然の価値を軽視し、開発や代償措置の安易な実施を容認するのは論理のすり替えである。


(注)ミティゲーション(Mitigation)

本来、開発行為を実施しないことによって環境への影響を回避する「回避=Avoid(ゼロ案)」、影響を最小化する「最小化=Minimize」、影響を受けた環境を修復・回復させる「修正=Recity」、影響を低減または除去する「低減=Reduce」、開発で失われる環境を、代替的な資源または環境で置き換えようとする「代償=Compensate」が含まれる(米国環境審議委員会=CEQによるMitigation定義より)。まず最初に影響を完全に回避するための「代替案の検討」が優先されなされなければならず、それが不可能な場合に最小化、修正、代償という順番に影響緩和の検討に入るべきであって、昨年成立した環境影響評価法(アセスメント法)では、事業者はそれらの検討経過について環境影響評価準備書に明記しなければならない。

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